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第1章11話

ベッドで寝ていると、隣から凛ちゃんが俺の顔を覗き込み、怨めしそうに俺のことを見つめている。


「……何で助けてくれなかったの……お兄さん」


ごめん……許してくれ……。


凛ちゃんの頭部はぱっくり割れて、鮮血が吹き出していた。


「……桜井さん……頭が痛いです……」


すると、もう片方の隣から星野さんの顔が見えた。


星野さんの頭はぐちゃりと潰れていた。


俺が罪悪感に苛まれていると、正面から血塗れの太田さんと目黒と佐藤夫婦が俺を覗き込んできた。


「恭伸さん……彩芽をお願いします……」


みんなを助けられなくて……ごめん……うう……。


「だ、大丈夫ですか!? 恭伸さん!」


その声にハッとして目を覚ますと、莉子ちゃんの顔が目の前に見えた。


「凄い汗ですよ! タオル持ってきますね」


俺は上半身を起こすと、部屋を見渡した。


夢か……嫌な夢だったな……。


全身が汗でびしょ濡れだ。


少し経って、莉子ちゃんがタオルを持って部屋に入ってきた。


「これで拭いてください」


「ありがとう。莉子ちゃん」


俺は汗で肌に張り付いたTシャツを脱ぎ、タオルで体を拭き始めた。


「あ、あのっ、脱ぐ時は脱ぐって一言言ってください」


莉子ちゃんが顔を真っ赤にして、慌てて俺に背を向けた。


「あ、わるいわるい」


年頃の女の子の前で、服を脱ぐなんて迂闊だったな。


「凄いうなされてましたよ」


「……ちょっと嫌な夢を見てね」


「凛ちゃんや星野先生や太田さん、目黒くんと佐藤さんたちの夢ですか?」


「え? 何でわかったの?」


「ずっと、凛ちゃん。星野さん。太田さん。目黒くん。祐一さん。美里さん。『ごめん』って寝言でずっと言ってたんで……」


「そうだったんだ……」


「恭伸さんのせいではないですので、そんなに責任を感じないでください」


「ありがとう。莉子ちゃんは優しいんだね」


「そ、そんなことないですよ」


莉子ちゃんは嬉しそうに肩を少し揺らしている。


体の汗を拭き終わり、ジャージに着替え部屋の鏡に目を向けると、そこには丈の短いぼろぼろのジャージを着た俺が映っていた。


うーん、このジャージは替えた方がいいな。


俺は何かないかと、住人がいなくなった空き部屋のクローゼットを漁った。


運がいいことに、ちょうど良さそうなサイズのシャツとデニムがあったので、拝借することにした。


「莉子ちゃん。俺、これに着替えるけど、そこで見てる?」


冗談ぽく笑うと、振り返った莉子ちゃんの顔が耳まで真っ赤に染まった。


「み、見ませんから! 恭伸さん! また後で!」


莉子ちゃんはそそくさと部屋を出ていった。


莉子ちゃんが出ていったのを見届けると、俺は服を着替え物流センターへと向かう支度を始めた。


凛ちゃんや佐藤夫婦、太田さんや目黒に星野さんまで失ってしまったが、桃川さんという新しい仲間が増えた。


支度を終え、最後に念のためにペティナイフを服の中に忍ばせ、リュックを背負い、スコップを握りしめて廊下に出た。


すると、すでにみんなが待っていた。


渋谷たちと共に、拘束していた男たちの部屋に向かうと、『俺たちに二度と関わるな』と脅してから解放し、マンションをすぐ後にした。


まあ、夜になるまで彼らのマンションを借りただけだし、色々と怖い思いもしたので俺たちに関わることは二度とないだろう。


後は勝手に好きにやればいい。


俺たちには関係のない話だ。


物流センターへの道中、山道の手前の路上で街灯が消え、そのまま闇の山道へと入っていった。


どうやらとうとう電気が止まったらしい。


電気が止まればすぐに水道や都市ガスやインターネットも止まり、ライフラインは機能停止するだろう。


月明かりとリュックから取り出した懐中電灯の明かりを頼りに、俺たちは黙々と山道を進んだ。


彩芽ちゃんはすっかり陽咲たち女子に懐いていて、今日も陽咲の腕の中にいる。  


そして、その傍には詩織がピッタリといるのでとても心強いのだが……マンションでの不審な行動がどうしても気になる。


よく考えれば詩織がその気なら、みんなを助けられたんじゃないか?


俺の言うことを忠実に守って陽咲の傍にいたとしても、最後は陽咲から離れて俺を助けていた。


それに感染者が雪崩れ込んだ時も、陽咲の傍にはいなかった。


端からみんなを助ける気なんてなかったのか?


「どのくらいかかりますかね? 恭伸さん」


考え事をしていたら、俺の隣を歩く小麦ちゃんが質問してきた。


「えっ? 何? ごめん。少し考え事をしていて」


「物流センターまで、どのくらいかかりますかね?」


小麦ちゃんは息を切らせながら、少し苦し気な表情を浮かべている。


「うーん、多分、朝までには着くんじゃないかな」


「でも、山道の上り坂を歩き続けるのってやっぱりキツイですね」


「休憩を多く取りながら行くよ。もう、ここからは民家はないし、感染者に遭遇する確率も低いだろう」


「陽咲と莉子と紗莉渚ちゃんは運動部だったからいいけど、愛海と私は文化部だったから厳しいです」


「へえ、莉子ちゃんは何部だったの?」


「莉子は剣道部のエースだったんですよ」


莉子ちゃんはキリッとした顔立ちをしてるから剣道着姿とかすごく似合いそうだな。


「小麦ちゃんは何部だったの?」


「私と愛海は美術部でしたよ。ふふ」


「美術部か……小麦ちゃんは美人だから、絵を描くよりモデルの方が似合いそうだけどね」


「び、美人とか! 真面目な顔して、さらっと言わないでください!」


いつもクールな小麦ちゃんが、珍しく顔を赤くして照れている。


そんな他愛のない話をしながら進んでいると、想像もできなかった光景が目に飛び込んできた。


道のりの先で、感染者の大群が眠りについていたのだ。


道を埋め尽くすように密集していて、これでは通れそうもない。


「……マズいな。 確実に二十体以上はいるぞ……」


どうする? まさかこんなに感染者がいるとは想定していなかった。


「凄い数ですよ……どうします……恭伸さん……?」


不知火が不安そうな顔をして聞いてきた。


どうしようか悩んでいたその時、西園寺のスマートウォッチがピピッと突然鳴り始め、静寂を切り裂く。


「何やってんだ! 早く止めろ!」


渋谷が西園寺のスマートウォッチの音を止めるように、慌てて促している。


「ご、ごめん! スマートウォッチの音を消し忘れてた!」


西園寺が慌てて音を止めるが、音で目を覚ました感染者が、ゆっくりと立ち上がり一斉にこちらを向いた。


山の方に来れば、感染者に遭遇することはないだろうと完全に油断していた。


俺の凡ミスだ。


どうする? ちょっと数が多すぎるぞ。


ふと詩織を見ると、彼女は陽咲の傍に守るようにピッタリと寄り添っていた。


詩織の今までの不審な行動は気になるが、陽咲にとって最強のボディーガードなのは間違いない。


まあ、やるしかないか。


どっちみち倒さないと先に進めないしな。


俺は覚悟を決めると、男子たちを鼓舞する。


「野郎ども! あいつらぶっ倒して先に進むぞ!」


「「「はい!」」」


渋谷たちが頼もしい返事を返してくれた。


俺は自分を落ち着かせるために一つ息を吐くと、スコップを身構えた。


そんな中、莉子ちゃんがスコップを持って小走りで駆け寄ってきた。


「恭伸さん! 私も手伝います!」


「え? 危ないからダメだよ。 下がってて」


「私は小さい頃からずっと剣道をやってます。長い道具を使うのは得意です。お願いします。やらせてください」


俺は真剣な眼差しを向ける莉子ちゃんの熱意に負け、手伝ってもらうことにした。


「わかった。でも、無理は絶対しないでね。危ないと思ったら逃げるんだよ」


「わかりました!」


暗闇で視界が悪いため、他の女性陣には後ろから懐中電灯でこちらを照らしてもらった。


男子連中三人と莉子ちゃんを連れ、唸り声を上げて近づいてくる感染者の大群へと向かっていく。


「……ぁ、あ、ぁぁ……」


懐中電灯の光が交差する中、いつものように感染者の頭にスコップを思い切り叩き込む。


バキッ


鈍い音とともに感染者は倒れていった。


休む暇もなく、感染者の頭をスコップでフルスイングしていくが、倒しても倒しても、闇の中から次々と感染者が現れて切りがない。


そんな中、莉子ちゃんが軽やかに前に出ると、スコップを上段に構えた。


「面ァッ!!」


鋭い掛け声と共に繰り出された一撃。


スコップの先端が描いた弧は、まるで竹刀のように鋭く、感染者の頭蓋骨を的確に撃ち抜いた。


──ガンッ!


という鈍い衝撃音が夜の山道に響き渡り、頭蓋骨を砕かれた感染者たちが、電池の切れたおもちゃのようにバタバタと倒れていく。


何あれ? 凄いんだけど! 期待のルーキーが現れたか?


しかし、何体いるんだよ。


もう、十体以上は倒してるぞ。


俺は手を休めず、感染者の頭にスコップをフルスイングしていく。


息を切らせながら、みんなで何とかすべて仕留めることができた。


山道に転がっている感染者を見る限り、三十体くらいはいそうだ。


「ふう、凄い人数でしたね。剣道の稽古よりも疲れました」


そう言ってるが、莉子ちゃんは息切れしている俺と違って息ひとつ乱れてない。


渋谷たちが感染者を初めて仕留めた時は、胃の中のものを派手にぶちまけていたが、莉子ちゃんは平然としている……ように装っているが、手が小刻みに震えている。


まあ、感染者とはいえ見た目は人間……無理してるよね……。


でも、戦力的には期待のルーキーなのは間違いない。


俺たちは少し休憩した後、再び歩みを進めた。


しばらく進むと、とんでもない物体が目の前に現れた。


道路の真ん中で、車体に翠嶺ロジスティックスセンターと書かれた中型バスが擁壁に激突していたのだ。


物流センターの送迎バスかな?


もしかしてさっきの感染者たちは、バスに乗っていた物流センターの従業員の人たちか?


バスの中に感染者が紛れ込んでいて、パニックになって事故を起こしたのかもしれないな。


俺たちはバスとガードレールのわずかな隙間を慎重に進んでいった。


ガードレールの下は緑に覆われた崖で、落ちたら大怪我だけでは済まないかもしれない。


その後も休憩を繰り返しながら、順調に進んでいき、ようやく目的地が見えてきた。


俺たちはやっと辿り着いた達成感から、安堵の笑みを浮かべていた。

読んでくださりありがとうございました

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