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プレゼントはあからさまに  作者: 真月 一蓮


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3/3

後編

 ――左手に移り、また小指から始まる。新しくペン先を出した。使っていたのはキッチンペーパーを敷いて置いておく。




 あの日は誕生日でもなんでもなかった。久し振りのデートではあったけど。


「サプラーイズ!」


 陽介が背中に隠していた小包を前に回す。夏はまだなのに、ずいぶん短く髪を切っていた。まぁ楽でいいよね、とよく分からない褒め方をした。


「ちょっと、大きい声出さないでよ」


 駅前のカフェはいつも混雑している。背もたれにショルダーバックを掛けていたから、そこから出したのだろう。渡されたのは角が丸みを帯びた小箱だ。

 ぱこんと開けた中にはイヤリングが二つ。高いやつだろう。今まで見たどのイヤリングよりも綺麗だった。


「かわいい。ありがとう。どうしたのよ」


「俺、新しい仕事を任されそうなんだ。昇進できるかもしれない」


「おめでとう。相変わらず楽しそうね」


「疲れるけどな。それで仕事のピークが俺たちの付き合い記念日にバッティングしちゃいそうでさ。だから、前祝い?」


 私たちの関係はそろそろ終わりの雰囲気が蔓延していた。だからプレゼントがあったことに驚いた。


「そうなんだ。へぇ。あれじゃあ来月? 陽介の誕生日じゃない」


 ……本音を吐露すれば私はどうすればいいのか分からない。このままダラダラと続いても、結婚しても、別れても。ネイルの仕事が楽しくなってきて、読みたい本もマンガもドラマもあって(既に渋滞が起きている)、将来を疎かにしていたのは否めない。陽介はどう考えているのだろう。


「そうなんだよね。でも、文もやりたいじゃん? 俺の誕生日を盛大に祝いたいでしょ」


「ん?」


「ほら、そこは祝いたいですって」


「んん。別にいいかな。だって私の誕生日じゃないし。記念日って感じでもないでしょ」


「ひでぇ」


「あはは。ウソよウソ。暇を見つけて別の日にやろ? 有休とるから」




 ――左手の薬指へ筆の舞台は移る。ペン先にとったフレッシュグリーンは手元の明かりを反射してどろりと光った。




 ジェルネイルは専用のライトを当てれば数十秒で固まる。

 どうしよう。確かめたいのにどうやって聞けばいいのか分からない。いつからかも気になる。自分のコミュニケーション能力のなさにびっくりするほど言葉は出てこなかった。


 無言のまま左指に移った。ほんの少しの角度の違いで、見える場所は、世界の風景は一変する。

 両手を固定された荻野さんが窮屈そうに左肩を動かした。

 髪に隠れてキラっと何かが光る。反射で目が追った。一瞬だけ見えたイヤリングが鮮明に田湖の網膜に刻まれる。

 私と色違いの、緑色の三日月。

 潰れたイモムシみたい。おぞましい。気持ち悪い。悪寒が一気にせりあがる。


 なんて言い訳して席を離れたのかも思い出せない。トイレに駆け込んだ。泣きそうだし吐きそうだし。どうにか体を便器に向かって倒れ込ませる。

 ゲロっと出たら、次々とせり上がった。涙も出た。鼻の中でもやしかネギみたいのが詰まってる。異物感でもう一回吐いた。


「田湖さん。大丈夫?」


 矢ヶ崎さんの声だ。


「開けるわよ?」


 一拍おいてドアがきしいだ。影が便器に差す。まだ顔を上げられない。声も出ない。


「ほら、背中さすってあげるから。出すもん出しなさい


「ゴエェ」


 背中を擦る矢ヶ崎さんの指は信じられないくらい滑らかで、細かった。途端に喉の力が抜ける。すっかり出すと吐気は収まった。


「どうしたの?」


 言えない。言いたくもない。


「すぐ戻りなさい。時間が掛かるなら、私が引き継ぐから帰りなさい」


「すいません……。大丈夫です。あと二分だけ時間ください」


「……いいわ」


「すぐに戻ります」


 洗面器で鼻をすすぐ。痛みに涙が出たけど、ねちっこい涙じゃない。顔を洗うわけにもいかないので、目元だけ指で押さえる。

 大丈夫。元に戻った――。大丈夫。大丈夫。ふぅ。

 もしかしたら、勘違いの可能性もある。そう思ってスマホで調べると、やっぱりだった。




 ――中指は緑色の帽子を被る。鼻歌でも口ずさみそうな爪だった。




「大丈夫ですか?」


 こんなに対面で話していて、病気だったら嫌だろうな。勘違いでサロンに嫌な噂がついても困る。そう思ったら咄嗟に嘘が出た。


「妊娠してるんです。その、すいません。つわりで」


「――えっ?」


 席に座る。荻野さんはさすがに驚いているようだ。たまたま担当したネイリストが同じ大学出身で、若くも妊娠してるなんて。


「おめでたですねぇ。よかったですねぇ。お子さんはどっちですか。女の子?」


 何も知らない彼女は無邪気に驚く。


「まだ分からなくて」


「そうなんですかぁ。お相手はどなたですか。職場の人ですよね?」


 思い付きで言っただけだ。誤魔化せるほどの知識もないからこの会話は続けたくない。


「いえいえサロンには女性しかい居ませんよ。続きをしていきますねぇ」

 小指を塗ったら、後は二度塗りしないと。彼女の髪に隠れたイヤリングを想うだけで、また吐きそう。




 ――人差し指がじっとこちらを向く。誰かを糾弾するように。




「あの」


 意を決し声を出した。


「はい?」


 荻野が田湖を見る。刺すような視線にたじろぎ、田湖は言葉が続かなった。


「その……。もしっ、よろしかったらなんですけど。ワンポイント入れましょうか?」


「――時間もちょうどだし、助かりますけど」


 思ったよりも乗り気だ。本当なら要望を聞いて、それから提案する。けれど私にはアイデアがあった。急場にしてはよく考えたと思う。


「そのイヤリングと合わせましょうか。それ、けっこういいやつですよね」


 いつから付き合っているとかも、どうでもいい。


「あ、これ。そうなんですね」


 荻野さんがよく見えるようにと、髪を耳に沿わせる。吐き気はない。静かな怒りは冷たくて、。


「私からもプレゼントです」


 もちろん荻野さんにではない。私は、私を選ぶことが陽介にとって幸福だと思う。だから、選ばせてあげるのが私からのプレゼント。

 傲慢だし、別れる雰囲気が蔓延しても何も動かなかった。今さらなんだと言われても仕方ない。


 草船のように舵を持たず、受け入れることが上手になってしまった私がする初めての反逆だった。

 キッチンペーパーの上に置いていたペン先に替える。高揚が不安を隠してくれた。緊張で指が震えることもない。左手の薬指にそっと、青色で三日月を描いた。判別つかない程度にリングを通す。物言わぬプレゼントは、あからさまな方が分かりやすい。

 満足して顔を上げる。確かめる彼女は微妙そうな顔だ。


「ライトで固めますねぇ」


 荻野さんは施術台の上で両手の指を伸ばしチェックする。喉が渇く。消して欲しいと言われたらそれまでだ。

 おもむろに笑みを作った荻野さんが頷いた。きっと本人は気付いていない。


 ゆっくりとした動きでジェルをライトに当てる。耳の底に沈んでいたぶぅんと低い機械音が鼓膜に浮上する。

 乾くまでが長かった。後悔して、開き直って、誇らしくもなって、でも不安になって。心は忙しなく、ごっそりと体力を持っていかれた。ジェルの焦げるような匂いを嗅いだ気がして、ハッとする。気のせいだ。

 唇を少し開け、深く呼吸する。

 施術台の隅にあるタイマーが四十秒を回った。後戻りはできない。




 ――親指は知っていたように静かに塗られていく。筆が間違った始点から描こうが、面積の広い親指は修正が効く。




 荻野さんを見送る。

「……」


 最後に彼女はなにか言おうとた。けど聞けなかった。店の時計を一瞥してから、小走りにエレベーターへ向かっていた。


 時間を空けて次の客が来る。束の間の休憩時間にメッセージを打とうと田湖はスマホを構えた。いまさら指が震える。結局、送信ボタンは押さなかった。陽介に伝えなければならない言葉が思いつかなかった。


 陽介は荻野さんの指を見てどんな反応をするだろう。気付かないとは考えなかった。絶対に気付く。そんな予感がする。そして温い三角関係を終わらせる時が来たと理解するのだ。選ばれるのは私だ。そう仕向けたのだから。




 ――左手の薬指に現れた青い三日月は、クリアなベースとフレッシュグリーンのラインの狭間にある。三日月は草原の水たまりでぽつんと浮かぶようだった。




 ドアが閉まった時と同じようにゆっくりと、エレベーターは降りる。

 フリー予約の安さに惹かれて指名予約を忘れるという痛恨のミスをしてしまった。せっかく陽介の名刺入れから田湖文の名刺を探し当てたのに意味がない。


 けど私は持ってる。

 三分の一を引き当てたのは偶然じゃない。運命だ。そしてその運命が、人の男を盗もうとする性悪女に制裁を与えろとけしかけた。

 イヤリングを見せるつもりはなかった。私の正体は気付かれずに、ただ値踏みするだけでよかった。今夜にでも彼女の情報を披露して、陽介にチクリと釘を刺す。それで浮気が収まったら終わりだ。そのはずだった――。


 不安は時間を置いてやってくる。荻野沙希は下唇に前歯を置くことでその不安をやり過ごそうとした。

 妊娠は本当なのかな。もし訴えられたらどのくらい慰謝料取られちゃうんだろう……。


 そしたら陽介は仕事をクビになっちゃうかも。あれだけ仕事を頑張ってるのに。可哀想。それに彼氏が無職なんて絶対に嫌だ。

 やっぱり帰り際に聞けばよかった。聞いてみれば、――いや、聞いても仕方ないよね。そんなの私でも分かる。


 おもむろに、荻野は左手の薬指のネイルに右手の親指の爪を当てる。ゴリゴリと力強く削った。フレンチの部分は削りたくないけど、もういい。

 三日月のマークはまず先に尖っているところからぽろっと落ちる。そこからは少しずつ零れていった。白が焼けた古いエレベーターに、小さな青い粉塵が舞う。キラキラと輝きながら、固まったばかりのジェルが削れていく。

 産むつもりですか。

 やはり声に出せず、荻野の唇だけが言葉を作った。

 いつも私の稚作を読んでくださる方、そしてここまで読んで下さった方へ、有難う御座います。


 少しでも面白いと思っていただけたらリアクションや星で評価していただけなら更新する励みになります。(ページ下部のところでお好きなリアクション、星の数をタップすればできます)


 星の数は正直にしていただけると大変助かりますし、コメントで今回は微妙、今回は良かったとか主観で構いませんので書いてくれたら参考にさせていただきます。

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