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プレゼントはあからさまに  作者: 真月 一蓮


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前編

 スマホで小箱に書いてあったブランドを検索する。ホームページの一番上にでかでかと載っているから、すぐに分かった。


『期間限定のイヤリング 海の魔法』


 謳い文句が心で重く反響する。日本では翠玉色と呼ばれるエメラルドグリーンは、テレビで見た地中海の海だった。

 ……私がプレゼントされたのは通常販売のものだ。送料は二つ頼んでも変わらない。

 耳に指で触れる。そのまま引きちぎりたい衝動が頭を出す。血に濡れたイヤリングを陽介に投げつけてやれば少しは気持ちも晴れるだろうか。




 ――じれったいくらいの速度で、筆は小指の爪が伸びた白い部分をなぞった。




 カーテンを引っ張り開ける。その手を朝日が照らす。波打ち際のように青がきらきらと反射した。


「きれい……」


 寝惚け眼に飛び込んできた光景に田湖文たご あやは思わず呟いた。

 爪のジェルネイルは青い魚をイメージさせる。南国の海を気持ちよさそうに泳ぐ小さな魚たち。指がくらくらと、光の海を揺蕩う。

 暗いところへ沈む深い青は、光に透かすと明るくなるどころかより濃さを増したように見える。

 それにしても。爪先のトップから根元のルヌーラまで塗りムラもなく、いい仕事だなぁと惚れ惚れした。時間を確認する。さぁ、出勤する準備だ。


「おはようございます」


「おはようございますっ」


 年下の小森さんはロッカーからぴょこんと顔だけを出す。横向きになった彼女はいつも通りの元気さだ。小さな体のどこからそんなパワーが生まれるのだろう。


「おはよう」


 難しい顔をしている矢ヶ崎さんの唇がきゅっと笑う。ザ・美人といった感じの矢ヶ崎さんは黒髪を少しウェーブさせ、真っ赤な唇がやけに似合う。コンビニの百円コーヒーが高貴なものに見えるから不思議だ。年は三十後半くらいだと予想している。けど美人なだけ、四十歳を超えていてもおかしくはない


 駅前にあるボロけたビルの三階に私の職場はある。六階建てだけど大抵どこかのフロアは空いている。知らない会社がある日入ってきて、そしていつの間にか消える。「五階建てみたいなものよ」と言ったのは店長の矢ヶ崎さんだ。

 大学生の頃は意識しなかったが、こんなにも入れ替わりがあるんだと最初は驚いた。田舎育ちの私には、やはり東京はどこか別世界だと心の底では感じていたが、その想いを改めて認識する。


 実家の周りはいつ帰っても風景が変わらない。

 平野に広がる田んぼたちが季節に色めき、山の裾野を埋める畑の緑の濃淡に収穫の時期を見出すくらいだ。どこぞの店が潰れたとか、ましてや都心の店が出店なんてしたら大騒ぎだった。


「今日のフリー予約は何件ですか?」


 矢ヶ崎はパソコンに向いたまま答える。いつも通り長い髪を一本に結わえている。健康を意識した体が羨ましい。


「八件です。指名は出しておいたので、確認してくださいね」


 ネイルサロン『ウィル』。未来を嘱望するには相応しくないビルなのは言わずもがな。ただ店に入ると印象はがらりと変わる。

 施術用のL字机が三つ、横並びにドカンとサロンを半分に区切る。

「信号機みたい」と、小森さんがいつか言った。施術台の前にはそれぞれ赤、青、黄の一人用のカウチがある(私の前のカウチは青だ)。その間には目隠し代わりの観賞植物が置かれた。そこかしこにある可愛らしい小物は昼寝する犬や首を傾げるフクロウなど、矢ヶ崎さん持ち前のセンスが存分に発揮されている。


 入口から施術台を渡った奥にはロッカースペースがあった。その手前、建物の柱との狭い隙間を矢ヶ崎さんが使うパソコンが埋める。トイレはエレベーターのすぐ横にあり、ビルが管理した。


「小森さんは今日指名いくつ?」


 小動物が森からひょっこり出てきましたみたいなのが小森さんだ。好奇心旺盛で、視線がきょろきょろと跳ね回る。


「今日は二件です。お馴染みさんですねぇ」


「そっか。私も二件。やりますか」


 プリントアウトされた一覧を見る。予約全体がちょうど二で割れるから、私たちでフリーも回せそうだ。矢ヶ崎さんの指名依頼は六件だった。

 伸びる田湖を見上げて小森が言う。


「ていうか、その爪はどうしたんですか」


「昨日、勉強がてらに他の店行ってきたの。手際良いし、デザイン良いしでびっくりしちゃった」


「それって、あそこですか。雑誌の。なんだっけ名前が出てこないや」


「サロンドネリエ、紹介されていたところよ」


 待合用に最新の美容雑誌が置かれている。矢ヶ崎さんの私物だ。今月はちょうど近場のネイルサロンが紹介されていて、クーポンもあったから行ってみた。矢ヶ崎さんほどではないけど、私も日々勉強している。


「イヤリングもしてましたっけ」


 三日月に整形された貝殻が、青い顔料で彩られている。触れると見た目よりも分厚い。付けると重量もある。

 イヤリングに合わせてとお任せしたらネイリストは凄い仕事をした。二十八歳の私より若いのに、私よりずっと技術は高かった。


「プレゼントなの」


「すごい。だから今日は機嫌が良いんですねっ」


 こういう一言余計なのが玉に瑕なのよね。小森さんが気付いて言っているのか、天然なのか。未だに分からない。キラキラした目に、わたしも欲しいって書いてあるから後者だと思うけれど。




 ――薬指は筆を待つ。爪の白い部分を除いたネイルプレートが、真四角なのを不覚にも可愛いと思う。




 そのお客さんは午後五時十分に来た。

 三十分前に来た指名客はフィットネスジムの受付をしている人で、彼女は毎月のように来る。自分磨きを着飾って歩かせたような人だ。私は凝った肩をマッサージガンでドコドコ揉み解していた。イヤリングは重いから、お昼の時に外した。


「こんにちは」


 矢ヶ崎さんの声に、条件反射でマッサージマシンの電源を切りロッカールームから出る。はねた後ろ髪を撫でつけ、胸の名札も直した。


「予約していた荻野です」


 フリー予約のお客様だ。小森さんは指名客の施術をしている。


「こんにちは。こちらのカルテをご記入頂いて少々お待ちください」


 入口を右に入るとカルテを書くためのソファと、小さなコーヒーテーブルがあった。荻野さんはきょろきょろと周りを珍しそうに眺める。


「あの、お客様」


「ああ。はい」


 カルテを受け取った手の爪はとてもきれいな状態だった。

 座り、足を組んだ荻野さんは午後なのに疲れている様子もなく、かといって大学生風な感じではなかった。痩せた体と量産的な化粧。ブランドっぽい服装はキャバ嬢を思わせる。肩口までのボブが似合っていた。

 書き終えたカルテの要望欄にだけ目を通したら、後ろにいる矢ヶ崎さんに渡す。アンケートの入力は彼女のパソコンしか出来ない。


「ではそちらに座って下さい」


 フレンチネイルで、根元を菱形カット。色は書いていない。


「お色はどうします?」


「緑色か青色かなぁ」


「サンプルで試してみましょう」


 甘皮を処理し、爪の表面を均す。元の状態が良かったからすぐに終わった。

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