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計画通り、本人クビになりましたので

1. 傲慢なる断罪

きらびやかな魔導具のシャンデリアが、王宮の大夜会会場をこれでもかと照らし出している。

床に敷き詰められた最高級の大理石は、集まった貴族たちの華やかなドレスや夜会服を鏡のように映し出し、グラスの触れ合う音と優雅な弦楽四重奏の調べが、いかにも平和で退屈な上流階級の夜を演出していた。

――その完璧な調和を叩き割るように、男の高圧的な声が響き渡ったのは、夜会が中盤に差し掛かった頃だった。

「ルミエラ・フォン・アルカディア公爵令嬢! 前に出るが良い!」

一瞬にして、会場の音楽が止まった。

談笑していた貴族たちが一斉に、声の主へと視線を向ける。

声を上げたのは、この国の第一王子であり、次期国王として嘱望されている王太子、エドワード・フォン・ルミナスだった。

まばゆい金髪に、サファイアのような青い瞳。仕立ての良い純白の礼服に身を包んだ彼は、まさに絵本から飛び出してきた王子様そのものの美貌を持っている。

だが、その美しい顔は今、傲慢な愉悦と、目の前の獲物をいたぶろうとするサディスティックな歪みで満ちていた。

しかも、彼の逞しい右腕には、怯えたように震える一人の少女がしがみついている。守るように抱き寄せられているのは、いかにも庇護欲をそそる儚げな風貌をした、男爵令嬢のマリアだった。

貴族たちの視線が、エドワードの正面に立つ少女――ルミエラへと集まる。

ルミエラは、燃えるような見事な赤髪を完璧に結い上げ、夜空を切り取ったかのような深い紺色のドレスを纏っていた。その佇まいは非の打ち所がないほどエレガントで、まさに「完璧な王太子の婚約者」そのものだった。

エドワードは、周囲の注目が自分たちに完全に集まったことを確信すると、これ以上ないほど朗々と、そして芝居がかった仕草でルミエラを指差した。

「貴様がこれまで、私の愛するマリアに対して行ってきた数々の悪行、すべて耳に入っているぞ! 嫉妬に狂い、マリアの教科書を破り、階段から突き落とそうとし、果ては夜道に暴漢を放って彼女を襲わせようとしたな!?」

周囲の貴族たちから、わざとらしい悲鳴と囁き声が漏れる。

「まあ、なんて恐ろしい……」「アルカディア公爵家の令嬢ともあろうお方が」「やはり、あの苛烈な性格は本当だったのね」

エドワードは、周囲の反応に満足げに鼻を鳴らした。そして、ルミエラを見下し、最後通牒を突きつける。

「身の程を知るが良い、悪毒なる女よ! 本日、この聖なる夜会の場をもって、貴様との婚約を破棄する! 貴様のような醜い嫉妬に狂った女は、我がルミナス王国の国母に相応しくない! 新たな私の婚約者には、この清らかで心優しいマリアを迎えるものとする!」

ドヤ顔。

まさに、その言葉がギニョール(人形劇)の悪役を退治した正義のヒーローのように完璧に決まったと、エドワード自身が確信している顔だった。

彼の腕の中で、マリアが「そんな、エドワード様……ルミエラ様が可哀想ですぅ……」と、これまた計算され尽くした極上の「悲劇のヒロイン仕草」でエドワードの胸に顔を埋める。

エドワードはルミエラを睨みつけた。

(さあ、どうしたルミエラ! いつものようにヒステリックに叫び、私にすがりつき、醜く泣き喚いてみせろ! お前がそうして自滅する瞬間を、私はずっと待っていたのだ!)

静寂が、会場を支配する。

誰もが、プライドの高い公爵令嬢が絶望に顔を歪め、怒りのあまりに声を荒げる凄惨な修羅場を予想していた。

ルミエラは、ゆっくりと、深くうつむいた。

長い赤髪が彼女の顔を隠し、その肩が微かに震え始める。

「……っ……ふ、……っ」

誰もが、彼女が泣いているのだと思った。エドワードもまた、「やはりな」と勝ち誇った笑みを深める。

だが、違った。

ルミエラの肩の震えは、絶望によるものではなかった。

押し殺しきれない、狂おしいほどの「歓喜」と「爆笑」を噛み殺すための震えだったのだ。

(――キタキタキタキタキターーーーーーーー!!!!!)

ルミエラの脳内は今、未だかつてないほどのスタンディングオベーションとファンファーレが鳴り響いていた。

(ついに言ったわね、このバカ王子!! 待ってた! 私はこの瞬間を、丸3年間、血の滲むような思いで待ち侘びていたのよ……!!!)

うつむいたルミエラの見えない顔は、およそ公爵令嬢とは思えないほどの、邪悪で、そして最高にハイな肉食獣のような笑みに歪んでいた。

2. 脳内スタンディングオベーション

時計の針を、3年前に戻そう。

アルカディア公爵家の長女として生まれたルミエラは、12歳の時、王家からの打診によって半ば強制的に王太子エドワードの婚約者に指名された。

当時は「王家を支える名誉ある大役」として、ルミエラもそれなりに張り切っていた。生真面目な彼女は、王妃教育という名の地獄の特訓にも耐え、明日の王国のための知識を貪欲に吸収した。

だが、いざ婚約者としてエドワードと深く接し始めた瞬間、ルミエラは文字通り絶望した。

この男、救いようのないウルトラ無能にして、超絶モラハラ男だったのである。

外面だけは良い。顔と声だけは一流。

しかし、中身は空っぽ。王太子としての公務や書類仕事は「めんどくさい」とすべてルミエラに丸投げ。そのくせ、ルミエラが完璧に仕上げた成果は「俺の指示が良かったからだな」と自分の手柄にする。

さらに、少しでもルミエラが「殿下、こちらの予算案ですが、民の税率を考慮すると……」と正論を言おうものなら、

「黙れ! 貴様は俺の言う通りに動いていればいいのだ! 女のくせに生意気な口を利くな!」

と、プライドだけはエベレストより高い割に、中身はそこらの泥にまみれた小石以下の器の小ささだった。

(こんな男と結婚したら、私の人生は確実に終わる。なんなら、この国ごと心中させられるわ!)

ルミエラは即座に危機感を抱いた。

しかし、ここは厳格な身分制社会。ましてや相手は王族だ。公爵家側から「お宅の息子、無能なんで婚約解消で」などと申し出ようものなら、「不敬罪」として実家ごと社会的に抹殺されかねない。

合法的、かつ実家に一切の傷をつけずに、この最悪な泥舟から脱出する方法はただ一つ。

『エドワード側の100%の有責(不貞・理不尽な暴挙)によって、大衆の面前で婚約破棄を叫ばせること』

これしかなかった。

そこからのルミエラの執念は凄まじかった。

彼女は「エドワードが自発的に浮気をし、ルミエラを悪役に仕立て上げて婚約破棄したくなる」ような環境を、3年がかりで緻密に、システマチックに構築し始めた。

まず、エドワードの前では、あえて彼が最も嫌がる「プライドを刺激する、口うるさくて嫉妬深い、完璧すぎる女」を徹底的に演じた。

彼が公務をサボろうとすれば、冷徹な声で「殿下、まだ終わっていません。これしきのこともできないのですか?」と詰め寄り、彼のプライドをバキバキにへし折った。エドワードがルミエラを避ければ避けるほど、ルミエラの計画は順調に進んでいる証拠だった。

そして1年前。都合のいいことに、エドワードの好みにドンピシャな「頭が弱くて、男に都合のいいことしか言わない、おねだり上手な男爵令嬢」であるマリアが学園に入学してきた。

ルミエラは歓喜した。

(神様仏様、マリア様ありがとう!! 最高の撒き餌が飛び込んできたわ!!)

ルミエラは裏でマリアの動向を完全に監視・誘導した。

エドワードとマリアが急接近するように、あえて二人が鉢合わせる図書室のシフトを調整し、二人のデートの邪魔をする「嫉妬深い婚約者」を完璧なタイミングで演じてみせた。

「マリアさん、殿下にあまり気安く話しかけないでくださる? 身分を弁えなさい」

そう言って、マリアをいじめる「悪役令嬢」のノルマを、ルミエラは毎日心の中で「よっしゃ、今日の演技もキレッキレだったわ!」とガッツポーズをしながらこなしていたのだ。

ちなみに、エドワードが並べ立てた「教科書を破いた」「階段から突き落とそうとした」「暴漢を放った」という罪状は、すべてルミエラが裏から手を回し、マリアの自作自演、あるいはエドワードの誇大妄想を**「あえて泳がせて、完璧な証拠として書類に蓄積していた」**ものだった。

すべては、今日、この夜会で、エドワードに「完璧なチェックメイト(婚約破棄)」を叫ばせるための伏線。

そして今、ついにその果実が実ったのだ。

3. 演技終了のホイッスル

「ふ……、ふふふ……」

うつむいていたルミエラから、ついに堪えきれない笑い声が漏れ出た。

周囲の貴族たちが「えっ?」と不審に思ったその瞬間。

ルミエラは、勢いよく顔を上げた。

そこにあったのは、涙に濡れた絶望の顔ではなかった。

春の陽光よりも眩しく、ひまわりのように咲き誇る、文字通りの**「満面の笑み」**だった。

「――やったーーーーーーーーーー!!!!! ついに言ったわね、このバカ王子!!!!」

ルミエラは両拳を天に突き上げ、ドレスの裾が翻るのも構わずに、その場で思いっきりガッツポーズを決めた。

「最高!! 最高のシチュエーションよ! 大衆の面前、王族や高位貴族が勢揃いしたこの大夜会! 証人もこれ以上ないほど揃ってる! 完璧! 100点満点中、5000億点よ!!」

「な……ななな、何だと……!?」

エドワードのドヤ顔が、一瞬で凍りついた。

腕の中のマリアも、涙目を完全に見開いて硬直している。

会場中の貴族たちが、まるで未知の怪獣を見るかのような目でルミエラを凝視していた。

ルミエラはふぅ、と一つ深呼吸をすると、突き上げていた両手を下ろし、すっと背筋を伸ばした。

その瞬間、会場の空気が変わった。

これまでの「ヒステリックで口うるさい嫌な女」の雰囲気が、霧が晴れるように一瞬で消え去った。

そこに立っていたのは、冷徹なまでに理知的で、息をのむほどに美しく、圧倒的な強者のオーラを放つ「本物のアルカディア公爵令嬢」だった。

ルミエラは低く、だが会場の隅々にまでよく通る美しい声(本物のトーン)で言い放った。

「お聞き苦しいところをお見せして失礼いたしました、皆様。……さて、エドワード殿下。今おっしゃった『婚約破棄』というお言葉、確かにこのルミエラ・フォン・アルカディア、並びに集まった我が国の全貴族の耳で、しっかりと承りました」

「な、何を言っている……! 貴様、頭がおかしくなったのか!? 婚約を破棄されたのだぞ!? 絶望し、這いつくばって許しを乞うのが筋だろう!?」

エドワードが冷や汗を流しながら怒鳴るが、ルミエラはそれを鼻で笑った。

「許しを乞う? どうして私が、そんな損なことをしなければならないのですか? むしろ感謝したいくらいですわ。あなたのような、外面だけで中身はスカスカ、公務はすべて私に丸投げ、そのくせ手柄だけは横取りする救いようのないモラハラ無能男の『未来の介護権』を、合法的に放棄させていただけるのですから」

「ぶ、無礼者――ッ!!」

「無礼なのはどちらですか!?」

ルミエラの一喝が、エドワードの声を完全に叩き潰した。

彼女はドレスの隠しポケットから、あらかじめ用意していた魔法具のスクロール(魔導書状)を、シャキィン!と小気味良い音を立てて広げた。

「これは、あなたがこれまでに私に丸投げしてきた公務の書類のコピー、私の成果を自分のものとした音声記録、そしてマリアさんとあなたが育んできた『不貞行為』のすべての動かぬ証拠です。さらに――」

ルミエラは、エドワードがマリアを守るように抱きしめているその姿勢を指差した。

「今現在も、大衆の面前で、正妻である私を根拠のない罪状で誹謗中傷し、浮気相手を庇って婚約破棄を宣言した。この事実こそが、我がアルカディア公爵家に対する重大な侮辱であり、**『王家側、並びに第一王子エドワードの100%の有責』**による婚約破棄の決定的な証拠となります!」

「な……、何、だと……!?」

エドワードの顔から、みるみる血の気が引いていく。

彼はようやく気づいたのだ。自分がルミエラを追い詰めていたのではなく、ルミエラによって「大衆の前で婚約破棄を叫ぶ」という破滅の引き金を引かされていたのだということに。

「これより、我がアルカディア公爵家は、王家に対し正式に婚約破棄を受託いたします。同時に、これまで私が肩代わりしてきた労働の対価、並びに我が家の名誉を傷つけたことに対する精神的慰謝料として――国家予算の1割に相当する額を、エドワード殿下、あなたの個人資産、並びにあなたの派閥から毟り取らせていただきますので、覚悟しておいてくださいね?」

ルミエラは、極上の、そしてとびきり冷酷な微笑みをエドワードに向けた。

「それでは殿下、不実で無能なあなたに相応しい、そこの泥棒猫さんと、どうぞお幸せに」

完璧なカーテシー。

ルミエラは優雅に一礼すると、一度も後ろを振り返ることなく、唖然とする貴族たちの間を割って、颯爽と夜会会場を退場していった。

その背中は、敗者のそれではなく、完璧な勝利を手にした女王の風格そのものだった。

後に残されたのは、ただ呆然と立ち尽くす、顔面蒼白の王太子と、何が起きたか分からず震える男爵令嬢だけだった。

4. 自由の風と、真のゲームの始まり

王宮の重い扉が閉まった瞬間、ルミエラは「ぷはぁー!」と大きく息を吐き出した。

「終わった……! ついに終わったわ!! 自由よ!! 3年間のクソみたいな演技生活に、ついに終止符が打たれたのね!!」

王宮の馬車乗り場へと向かう夜道を歩きながら、ルミエラはスキップしそうなほど弾む足取りで進む。

夜風が、彼女の赤髪を心地よく揺らした。

肩に乗っていた重荷がすべて消え去り、これからは自分のために、自分の好きなように生きられる。その事実だけで、胸がはち切れそうだった。

「お見事な手際でしたな、お嬢様」

影から音もなく現れたのは、アルカディア公爵家に仕える老執事のハンスだった。彼はルミエラの計画をすべて知る、数少ない協力者の一人だ。

「ハンス! 見てた!? あのバカ王子の顔! まるで苦虫を100匹噛み潰したような顔をしてたわ! あー、傑作! 録画魔導具の映像、実家に帰ったら100回はリピート再生するわ!」

「ええ、しっかりと記録に収めてございます。旦那様(公爵)も、今頃は王家への慰謝料請求書の作成で、ノリノリで筆を走らせている頃でしょう」

「お父様も気が早いわね。でも、これでアルカディア家は完全に安全圏よ。あのバカ王子がこれからどうなろうと、私たちには一切関係ないもの」

ルミエラはふふん、と鼻歌を歌いながら、用意されていた公爵家の馬車へと乗り込もうとした。

だが。

「――本当に、関係ないと言い切れるかい? ルミエラ」

暗闇から響いた、低く、どこか艶を帯びた、地鳴りのように美しい声。

ルミエラの身体が、本能的な警戒感でピクリと硬直した。

ハンスが即座にルミエラを庇うように一歩前に出る。

馬車の影、月明かりすら届かない漆黒の闇から、ゆっくりと一人の男が姿を現した。

その男を見た瞬間、ルミエラの目が丸くなった。

漆黒の髪。冷徹なまでに整った、大理石の彫刻のような美貌。そして何より、夜の闇よりも深い、すべてを見透かすような極夜の瞳。

彼の纏う漆黒の夜会服には、この国の貴族のものではない、隣国「グラン・エルバ帝国」の皇室の紋章が刻まれていた。

「……ギルバート・フォン・エルバ……皇太子殿下……!?」

ルミエラは思わず、その名前を呟いていた。

隣国であり、我が国を遥かに凌ぐ軍事力と経済力を誇る超大国、グラン・エルバ帝国の第一皇太子。

冷酷無比にして圧倒的なカリスマを持ち、戦場では「死神」と恐れられ、政治の場では「氷の皇帝」と称される、大陸最高峰の傑物。

なぜ、そんな男が、こんな王宮の裏道に一人で立っているのか。

ギルバートは、警戒するルミエラを見つめると、その端正な唇の端を、ふっと妖しく釣り上げた。

エドワードのような安っぽいドヤ顔ではない。すべてを支配する王者の余裕に満ちた笑みだ。

「素晴らしい芝居だったよ、ルミエラ。3年間、あの無能を騙し続け、完璧なタイミングで首を跳ねた。君のその冷徹なまでの知略と、仮面の裏の美しい本性……実に私好みだ」

「……ご覧になっていたのですか、殿下」

ルミエラは声を低くし、冷徹な視線でギルバートを睨み返した。

せっかく自由になれたと思った直後に、とんでもない大物が目の前に現れたのだ。警戒するなというのが無理な話である。

ギルバートはゆっくりとルミエラに近づくと、彼女の前に立ち、優雅にその右手を差し出した。

「エドワードという泥舟から降りた気分はどうだ? ――だが、君ほどの最高級の知性を、そこらの平穏な生活で腐らせるのはもったいない。どうだろう、ルミエラ。私の『本物の婚約者』にならないか?」

「は……?」

ルミエラは思わず、素の声で呆気にとられた。

「私はエドワードのように、君の成果を横取りしたりはしない。君の知略を、君のその美しい牙を、私の隣で存分に振るうといい。君が望むなら、あの無能な王太子と、彼を甘やかしてきたこの歪んだ王国ごと、君の足元に跪かせてあげよう」

ギルバートの極夜の瞳が、爛々と輝く。それは、獲物を見つけた猛獣の目であり、同時に、心からの狂信的な「執着」を孕んだ目だった。

「――さあ、私と、本当の『社会的逆転劇』を始めようか」

ルミエラは、差し出された彼の手を見つめ、それから彼の美しい顔を見上げた。

(ちょっと待って……。自由な独身生活を満喫するはずが、エドワードの100倍くらいヤバくて、10000倍くらいイケメンな『超大物スパダリ』にロックオンされちゃったんだけど!?)

ルミエラの心の中で、新たなゲームの開始を告げる鐘が、ゴーンと重々しく鳴り響いたのだった。

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