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第11話 野菜嫌いを克服せよ! カツサンド大作戦開始

 その日の朝食は、ダイニングルームに驚愕と恍惚をもたらしていた。

 忍が昨夜仕込んだケチャップとマヨネーズ。

 それらを用いた「適正な味付け」がなされた料理は、アレックスやクリスティナの味覚を鮮やかに塗り替えていく。


「……美味い。忍、君という子は本当に……」


 アレックスが愛おしげに忍の頬についたソースを拭おうとした、その時だった。

 執事のビンセントが、険しい顔で入室してきた。


「旦那様。……ウエルシアの森に異変です。魔物の出現が確認されました」


 その一報に、アレックスの瞳から甘さが消え、森の管理者としての鋭い光が宿る。


「……わかった。すぐに行く」


 アレックスは名残惜しそうに忍を一度強く抱きしめると、「屋敷から出るなよ」と何度も言い含め、後ろ髪を引かれる思いで森へと向かった。

 一人残された忍は、嵐のようなアレックスの気配が去ったのを見届け、ふぅと息を吐く。


「……よし。あの過保護な保護者がいない間に羽根をのばすぞ……なんか、こう甘いものが食べたい……ドーナッツでも作っちゃおうかな」


 軽い足取りで、もはや自分の庭と化しつつある厨房へと向かった。



 厨房の扉を開けた瞬間、忍を待っていたのは「怒声」だった。


「あいつら……! また残しやがったな! 『肉が足りねえ』だの『草(野菜)は馬の食いもんだ』だの……! 足りねえのはお前らの脳ミソだってんだ!」


 忍が入る前から、厨房の空気はピリピリと張りつめていた。

 ボリスが兵士たちの食べ残しが山積みになった皿を前に、血管を浮き上がらせて憤っている。


「どうしたの、ボリス。朝から威勢いいじゃん」


「忍先生! 見てくれ、この惨状を! これじゃあ兵士どもの身体が保たねえ!」


 忍は山盛りのキャベツに似た葉野菜をじっと見つめた。


「スープの中に入れりゃ、肉だけ食べやがるし……」


 忍の口角がニヤリと上がる。


「ならさ、ボリス。肉と一緒に、嫌でも野菜を食べなきゃならない料理を作ればいいんだよ」


「肉と一緒に……? そんな魔法みたいな料理があるのか?」


「料理はある意味、魔法だよ」


「料理は魔法……」


 忍は笑い、


「その名も――『カツサンド大作戦』。ボリス、豚肉に似たあの魔獣の肉、厚切りにして持ってきて!」


 忍の指揮のもと、厨房に活気が戻る。

 まずはソース作りだ。

 昨日作ったケチャップに果実酒、香草、少しの酸味を加え、じっくりと煮詰めていく。

「これが『とんかつソース』。揚げ物の脂っぽさを切り裂く、魔法のソースだよ」

 次に、忍はボリスに「トンカツ」の概念を教え込んだ。

 厚めに切った肉に小麦粉をまぶし、余分な粉を叩き落とす。

 牛乳を少し加えた卵液にくぐらせ、細かく砕いたパン粉を纏わせる。


「……忍先生。肉を……揚げるのか? 焼くのではなく?」


「そう。外はサクサク、中はジューシー。これが日本の……いや、俺のじいちゃん直伝の技だ」


 忍は熱している油にパン粉を一粒落とす。

 パン粉は鍋の底までは沈まず、泡を付けて表面に上がってきた。


「さあ、投入!」


 大きな鍋にたっぷりの油を熱し、肉を滑り込ませる。

 ――シュワァァァッ!!

 軽快な音が響き、香ばしい匂いが厨房いっぱいに広がった。


「な……なんだこの匂いは! 食欲が……理性が溶けそうだ!」


「ほら、ボリス、見てないでこの山盛りのキャベツを千切りにする! できるだけ細くね!」


「お、おう!」


 武骨な手がキャベツを掴むと、驚異的な包丁さばきで美しい山へと変わる。

 こんがり揚がったカツをソースにドボンと浸し、パンにこれでもかと多めのキャベツと共に挟み込む。


「完成! 忍特製、がっつりカツサンド!」


 ボリスが震える手でそれを掴み、豪快にかじりついた。

 サクッ……という小気味いい音。


「……っ!? 肉だ! 完璧な肉だ! なのに……野菜のシャキシャキ感が、肉の旨みを何倍にも引き立ててやがる! これならいくらでも野菜が食えるぞ!!」


 忍は満足げに頷いた。


「どうせなら、野菜のスープもリベンジしようかと思います」


「できるんですか? あいつら、野菜は徹底的に避けやがりますよ」


「大丈夫」


 忍が取り出したのは、玉ねぎに似た野菜。

 独特の匂いに嫌がる兵士が多いらしい。

 薄切りにしてもらい、バターでじっくり炒める。


「弱火だよ、弱火。焦がしたら台無しだからね……(じいちゃんに何度怒られたことか)」


 しんなりしたところで、ボリスの作ったブイヨンと水、塩コショウを加えてコトコト煮込む。

 くたくたになったそれをすり鉢で丁寧に潰し、再び鍋へ戻して牛乳を加える。


「異世界版・玉ねぎのポタージュ、出来上がり」


 味見をしたボリスの目がカッと見開いた。


「なんだ、この甘さは…⁉」


「じっくり炒めることで甘さと旨味が凝縮されるんだよ。匂いも気にならないでしょ?」


「忍先生、俺は先生に一生ついていくぜ!」


「一生は嫌だ……せめて三食だけにして……」


 ボリスが料理人たちへ顔を向けた。


「野郎ども、戦闘準備だ! 今日はこれを持って、訓練場に殴り込みだ!」


 厨房の料理人たちが「「「おぉぉー!!」」」と拳を突き上げた。

 野菜嫌いの兵士たちが、この「悪魔のサンドイッチ」と「誘惑のスープ」の前に膝を屈するまで、あと数分。

 忍は満足げに、自分用の小さなカツサンドを頬張るのだった。



 魔物の気配を睨みつけながら、アレックスはふと朝食の味を思い出していた。


(……忍の料理は、本当に……)


 胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。

 そして、彼は剣を握り直した。


(早く帰らねば……忍がまた何か作ってしまう)




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