27.義理の祖母
あれよあれよと、お城に見える大きな建物の中へご招待。
外も城よりお城っぽい石造りの建物だったけど、中もこれまた漫画などで見たような、同じワンピースのお仕着せを着た使用人たちがずらっと頭を下げて迎える挨拶をされた上、輝くような金の髪を高々と結い上げた、襟とボタンだけポイント遣いで色のある生成りのマーメイドドレスの、祖母だなんてとんでもない、芸能人みたいに若々しく美しいご婦人に出迎えられてしまった。
「んまぁ、想像よりずっと綺麗で可愛らしい子!わたくしはジュラールの妻のミラルダよ。お婆様って呼び方は好きじゃないわ、ミラルダさんと呼んで頂戴?息子の子供たちにもそう呼ばせているの」
「は、はじめましてミラルダさん。チョーコですっ。オクティとお付き合いす、させて頂いてますっ」
「あらあらそんな緊張しなくっていいのよ。いらっしゃい?お茶を用意しているわ」
後ろの宰相さんや秘書さんたちを、手にした扇でしっしっと追い払うような仕草をしながらチョーコだけを奥の部屋へ誘い。追い払われた男性たちは苦笑しながら見送るしかない。
喫茶店のような木の磨いた床に程よい高さの丸テーブル。細かい総レースを編んだテーブルクロス。木彫りのカップとポットに何種類かの粉の入った壺とスプーン立て。
……見覚えのあるオレンジジャムの壺。
赤い髪と水色の髪のスーツ姿の侍従が壁際に黙って控えていたのがすすすっと近寄ってきて椅子など引いて準備してくれる。
絶対に顔で選んだと思う細身の涼やかな青年たちだが、真顔でにこりともしなければ目を合わせたりもしてこない。嫌われている感じはしないから、不愛想というわけじゃなくて、そういうマナーなのかな?
案内されるまま席に着くと、侍従がそのままポットの中にお湯、水差しに水を用意する。
「わたくしは熱い紅茶を濃いめ、オレンジジャムをひと匙ね。チョーコさんは?」
「わ、わたしは冷たい緑茶の濃さは普通でお願いしますっ」
青年たちは声も出さないし食器を掠る音すら立てず鮮やかに支度をして元の立ち位置に戻っていった。
お茶の仕上がりはとても美味しくて、何か作り方にコツがあるのか少し焙ったような香ばしさが追加されてるようにも思う。
「美味しいです、これ。すごく香りが出てる!」
「気に入って貰えてよかったわ。料理長が色々工夫するのが好きでね。あぁ、そうだわ。新しいお菓子があるのよ。あれを持ってきて」
私がアイディアを出してない新しいお菓子?
小皿に2本斜めに重ねて置かれた、子供の指くらいの小さな棒状のものが出された。
色合いはかなり薄い茶色っぽく、表面はちょっとぼこぼこ感があって外側に何か白っぽいものが付いて。見た目だけで言うと細いかりんとうっぽい。
「いただきます」
匂いは甘いが何となく油っぽさを感じる。口にするとしっかり焼いてあるのか表面がカリッとして、甘みとしっとり感が強い。
「ドーナツ……?」
「あら、完全に新作と思ったけれど、これもあなたの故郷にはあったのかしら?」
「いえ全く同じものではないです、食べた感じがちょっと似てるなって。でもこの国にある素材だけで?」
「白い粉と黒砂糖をブタの油で練って焼いてみたそうよ」
「凄い……美味しいです!」
「後で料理長を褒めておくわね」
「こんな風に創意工夫出来る人だったら、もっと新しい料理に挑戦するのも好きでしょうね……」
卵と牛乳、小麦粉とかを使えるようになったら、一気に色々な料理が出来るに違いない。卵……落ちもの獣人への理解がもう少し出てきたらあの村とも交易が出来るようになったりしないかな……
「ふふ、そんなに味に浸ってしまうほど気に入ったかしら?」
「あっ、ごめんなさい。ボーっとしちゃって。料理に使える新しい素材ならもっと色々ありますけど、きっとその人なら私が思いつきもしないようなものも生まれるんだろうなって」
「もっと色々?」
「すぐ手に入りそうな素材だったらゼラチンとか――あ」
言ってよかったかなと口を塞ぐように手を当てる。
ゼラチンを煮出してゼリーを作るのは、この世界の皮でも多分出来るだろうと、まだ予想しただけだ。慌てて出来そうかなと頭で確かめる。
「刻んで煮こんだ妖精の皮?……って何かしら、どういうものなの?」
「えぇと――まず妖精はミミズが良いです、その皮に血が残っていないようにしっかり水で洗います」
「――ちょっと、料理長を呼んでっ!」
お茶を入れてくれた青い髪の方のお兄さんが綺麗なフォームで走って行った。
と、奥の部屋から呼びに行った彼をも押しのける勢いで、頭にばっちり布を巻いて髪を一本も落とさない気合を感じる、なんというか手術医みたいな恰好の、小柄な女の人が飛び出してくる。
「失礼しますっ!料理に使える素材を教えて頂けるとかっ?!」
その勢いのまま思い切りのいい全力ダッシュを見せてテーブルまで飛んできた彼女は、軽く息を切らせて目もギラギラ。パリィの倍くらい濃いピンクの普段は垂れ目がちだと思う可愛い系の目だけど、今は目力が凄くて圧がある。
「紹介するわチョーコさん、料理が好きすぎてうちのメイドから料理長になった、ピエネッタよ」
「チョーコです、このお菓子を開発した方ですよね。美味しかったです!」
「ピエネッタです、ありがとうございますっ!――で、で、新しい素材って何ですかっ?」
「妖精の皮です。ここだとインクの粘りを増すために混ぜるくらいしか使われてなさそうなんですけど、ミミズの皮が厚みがあって料理には一番使いやすいはずです」
「えっ、夕飯の仕込みでこれから剥ぐところなんですけど、あの硬い皮って食べられるんですか?」
「はい。あ、お肉って皮つきで仕入れられるんですね。私もまだ作り方を知ってるだけで自分で試したことがなくって、今度軍部に剥がした皮だけ分けて貰いにいこうかと考えてたんですけど」
「お話聞いたらすぐ剥いで半分お持ちしますね!」
「試すだけなのでちょっとでいいです、掌くらいのサイズでお願いします」
「わかりましたっ」
「まず、剥いだ妖精の皮を火が通りやすいように軽く刻んで。血や土なんかが一切混ざらないようによく水で洗います。綺麗になったら火にかけられる金属製の器に水と刻んだ皮を入れて、火にかけます。皮がドロドロに溶けてくるので、焦がさないように気を付けながら混ぜて、全体が液状になるまでじっくり煮ます。溶け切らないものは細かい網や布に通して取り除きます」
「ふむふむ、液状になるまでじっくり煮込んで、余分なものは取り除くんですね」
「この液状になるまで煮こんだ妖精の皮は、冷やすと固まって、熱くするとまた溶ける性質があるんですけど。水やお茶やオレンジ果汁やスープを混ぜて水分を増やした分だけ、皮の時より柔らかく固まります。この柔らかいけど弾力のある感触が面白い食感になるんです。煮込んで濃くすれば固く、水分を増やせば柔らかくなるので色々試してみてください」
「おぉぉ、なるほど!」
「溶かした後で限界まで煮詰めてから薄く広げて冷やして固め、それをよーく乾燥させた状態は手で折れないくらい硬くなって長期保存が出来ます。素材として売られるのはその硬い状態で、膠とか、ゼラチンと呼んでました。その状態からの方が、料理の時は正確な分量が分かりやすいと思います」
「なるほどっ!さっそく試してきますっ!ありがとうございますっ!」
ぺこーっ!と勢いよく頭を下げて元来た部屋へ猛ダッシュ、そして暫くすると布巾に包んだものを持って再び猛ダッシュで戻ってくる。
「刻んで洗った皮です。この状態で問題なければお持ちください」
開けて触ってみる。とても綺麗に処理されていて使いやすそうだし、感覚的に合ってるのが分かる。
「これで合ってます!ありがとうございます」
「いえ!それでは失礼しますっ」
再び何度も頭を下げながら帰っていった。
よし、これで落ちないインクもゼリーも試せる!何作ろうかな、やっぱり最初はオレンジゼリーかな、紅茶ゼリーも美味しいんだよね。
「ミラルダさん、ありがとうございます」
「こちらこそよ、これでまた色々な料理が楽しめそうだわ!しかも、これはチョーコさんすらまだ試してない新素材なのよね?!」
「そっ、そうですね。宰相さんに言う前に広めて大丈夫かなって思いましたけど、考えてみたらミラルダさんなら同じ家門だから問題ないのかなって」
「うふふふ、そうよ。ジュラールには私から伝えておくし、わたくしにもどんどん教えて頂戴ね。商会のレシピ登録だって、実際に作ってみなければ分からないのだもの。――ねーえチョーコさん?実はわたくし、市井のランジェリーデザイナーの子とお友達なんですけれど」
「ランジェリーデザイナー……服屋のお兄さんの妹さん?」
「あぁそうだと思うわ。あの子から聞いちゃったのよぉ……滑り落ちない靴下とひもで絞めない下着?」
「あ、あぁ。水の地域に住む妖精が素材になるやつですね」
「つい最近、魚人が皇帝に献上されたって聞いたわ。それで?どうだったの?」
「今回戻った遠征隊からの素材にはその妖精はありませんでしたけど、多分ちょっとずつこの国で生産が……えっと、もしかして、私が最初にサンプルを触るから、見つかったらすぐ作って欲しいとか?」
「作れる自信があるならお願いするけど、あなた服飾は専門じゃないでしょう?一番はあの子に作らせてあげたいのよ。あの子に素材を回してあげられないかしら?」
「ミラルダ様は――」
「さん、よ。貴女はもうわたくしの孫娘のようなものなのだから」
「ミラルダさんは、若い芸術家とか、独創的な創作をする人達を応援しているんですね。そういうの、良いと思います」
「わたくしもね、新しいものに触れるのが大好きなの。わたくし自ら剣を取って世界を切り開くようなことは出来ないけれど、そういう方たちを応援すれば代わりに切り開いてくださるからね」
こういう、役に立つものが出来るかどうか分からない人を支援する人がいるから、今までにないものが生まれたりするんだよね。
「分かりました。靴下の素材は先にあの人に届けますね」
「ありがとう、あの子が開発に成功したら、あなたに新しい服を一式贈らせてちょうだい」
「光栄です、あ、あのでも、そんなに高くないものでお願いしますね?」
「大丈夫、任せて」
パチーンとウィンク。その仕草が、確かに勝負下着をくれた人と被った。
「――あらまぁ、もうオクトエイドは外出から戻ってしまったようね。わたくしそんなに長く引き留めてしまったかしら?」
振り返ると、秘書さんがこちらに歩いてきている。
そういえば、ちょっとお城へ行って魚人に会って、重要な取り扱い注意だけして帰るつもりだったのに、色々あったんだった。
「えっと、今日はお邪魔しました。ミラルダさん、いろいろありがとうございます」
「楽しかったわチョーコさん。門番たちもあなたの顔は覚えているから、先ぶれなんてなくても遊びに来て構わないわ。面白い話があったら宜しくね」
立ってぺこりと頭を下げ、秘書さんについていく。
帰りに呼ばれた獣人車も、行きと同じ柴犬さんだった。
「チョーコのあねさーん!おしごと終わったっすか!」
「うん。お仕事終わったから最初に乗せて貰ったあの家に帰るの。またよろしくね」
「了解っす!いくっす!」
とうとう御者の合図も待たずに取っ手を持って走り出したのを見て秘書さんが苦笑い。
「なんと、本当に道順も完全に覚えているんですね……言葉が通じるなら、目的地を指示をするだけで行けるのでしょうか」
「そうですね、前に行ったことのある場所は覚えてると思いますよ。うーん、なにかこの子たちに分かりやすい目印と合図ってなんだろう」
「わうっ?オイラたちが分かる目印と合図っすか?匂いが一番わかるっすけど、次は音っすかねー」
「何の匂いがする所って指示は人間には難しいよね。音で合図って、どういうのがいいの?」
「長いか短いか、高いか低いかの組み合わせは覚えやすいっす。遠くに居ても、どこに集まれとか逃げろとかそれで指示すれば分かるっす」
「あー、音の高さと長さの組み合わせで覚えるのね」
「歌でもいいっすよ」
「歌でいいの?」
「ときどきばーべきゅー隊長が歌ってくれるのが好きっす!あ、チョーコのあねさん、ついたっす!」
ちゃんとオクティの家の前に止まって振り返る。
手を引いて降ろして貰って、柴犬さんにもありがとうと頭を撫で。
「秘書さん、ちょっと柔らかい音色が出る笛とかって借りられますか?」
「柔らかい口笛のような音を音程を変えて自在に出せる木彫りの筒……?ですか?」
「あっ。あー、わかりました。とりあえず今のは忘れてください!大丈夫です」
多分その概念がないから変な翻訳になってるんだろうな。え、つまり楽器ってないの?
秘書さんは微妙な顔をしたけど、分かりました忘れますとすぐに微笑み、それではまたと車に乗る。
そして、秘書さんは柴犬さんをちょいちょい、と突くと。自分を指さして。
「わたくしの家に行けますか?」
とゆっくり言った。
柴犬さんは指さされるとつい秘書さんをくんくん嗅ぐが。
「えっと?しゃてーの匂いがするとこ?いつも出てくる大きな家までいくっす?」
と自信はなさげにチョーコに聞く。
「秘書さんの匂いがするところに行けってことなら、いつも出てくる大きな家に行けばいいのか?って言ってます」
「なんと、そこまで通じるとは。本当に賢いですねー!」
秘書さんはわしわしと柴犬さんを撫で、もう一度自分を指さしてからうんうんと頷く。
「わたくしの匂いがする家、で宰相邸まで行けるのか試してみます」
「通じるようになるといいですよね。もし違ったら、いつもの合図で戻ればいいですし」
いってらっしゃいと手を振ると柴犬さんもとりあえずそれでいいんだなと思ったようで取っ手を掴んだ。
「いいっすか?じゃあいくっす!」
走って行く後ろ姿を見送り、家に向かった。
ドアに着く前にがちゃっとドアが開いてオクティが出てくる。
「帰って来たと思ったのになかなか入って来ないから、どうしたのかと思って……おかえり?」
「あ、遅くなっちゃってごめんね。ただいま!送り迎えの獣人車を引いてくれた獣人が、獣人村の子だったから話が弾んじゃって」
「えっまさか、遠征隊にあの村が見つかったのか……?」
「あっ、見つかったのはダンジョンと村を行き来してた5人だけだって。それで最初はただの獣人として捕まったけど、バーベキューしてた軍の人に混ざってお肉を焼いたら普通の獣人とは違うって思われたから、腕章付けてエリート獣人って呼ばれてるらしいの」
「自分で焼肉をして見せたのか……なるほど。大丈夫そうなら良かったが。とりあえず中に入ろうか」
家に入って鍵を閉め、足など洗ったり部屋着に着替えたりしてから、オクティが入れてくれたオレンジジャム入りの紅茶を飲む。
「で……城へ行って大丈夫だったのか?テレポートで逃げた様子もなかったし、その後に宰相の家に寄って帰ってきたのは分かったけど」
「えっとね。とりあえず魚人って言ってたのはまだ魚から人型になったばっかりの亜成体の女の子3人だったんだけど。その子たちはちゃんと育て方を説明したからもう大丈夫だと思う。綺麗な白い髪を皇帝に気に入られて愛妾にされちゃったけど……なんかすごく甘えん坊みたいで、そこは本人たち全然問題ないみたいだったのよね」
「うーん、伝承でも美しい魚人が魅了で誘惑して恋仲にって話が多いから、元々そういう傾向はあるのかもしれないな。本人が嫌がってないなら良いだろう。それよりチョーコは?皇帝に直接会ったんだよな、何もされなかったか?」
「黒髪は好みじゃないって言われたから大丈夫だったよ。あとね、やっぱり制約を受けろって持ちかけられて、制約言語で『帝国は全てを支配するべきで、皇族の命令は絶対』って言ってきたから、本当に『人族は全部尊重すること、武力に訴える前にまず平和に交渉や交易から』って制約掛け返しちゃった」
「あはは、掛けたら何か変わった?」
「元がどんな感じか知らないけど。魚人達のことを魚奴隷って言ってたのが魚人の娘たちって呼ぶようになったり、酷いことしたことにすまんって謝ったし。お世話の仕方を教えたら自分でやって、ちゃんと可愛がるようになったから、変わったんじゃないかな?」
「あれ?完全に本人の主義と正反対の制約をかけても『出来ないものは出来ない』ってなるはずなんだけど……あ、本当に魚人達のことは気に入ってて、仲良くなりたかったのかな」
「んん、確かに。皇帝の愛妾が嫌なんじゃなくて、扱いが分かってなくて怪我させてたから泣いたって聞いたら謝ってた……え、じゃあお気に入りの魚人にだけ優しくて他の人族にはあんまり変わらない?」
「いいや、もう少なくとも最初から高圧的にはなれないはずだ。『強引にやって嫌われたと思ったけど、尊重して扱えば懐かせることが出来た。尊重や平和的交渉は良い手段だ』とか、本人の中で一度でも納得できてしまえば『その人にとって不可能』ではなくなるからね」
「あ、そういうことか!じゃあ魚人ちゃん達のお世話を任せたのはよかったのね」
「そうだな。元々人間以外の人族を支配なんて無茶だって言ってる人は多かったし、少しは良い方向に変わるといいけど。……しかし、俺たちあのオレンジのある所から海まで歩いたはずだけど、その3人ってどこにいたんだろう。そんな子供だけで、海から川を遡って来たってことか?」
「遠征隊は川の水がどこから来るのか調べようと思って上流に行ったら、岩の隙間みたいなところからちょろちょろ水が出てる所があって、そこに3人が倒れてたのを見つけたんだって。お腹を空かせて魔力も足りない状態だったらしいよ」
「海は……むしろ溢れすぎなくらい魔力が有り余ってたように見えたけどな。川の上流の方に何か起きてるってことか?」
「――明日、見に行ってみようか!」




