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3-3 キリが悪いからお前、ちょっと付き合え

 入学式が終わり、ムジカがセイリオスの学生となって、早三日。

 その三日間での生活がどんなものだったかといえば、だいたいこんな感じだった。


 一日目。


「さー、そういうわけで我が助手の実力テストを行う。まずは空戦能力のテストだ。演習場に行こうではないか」

「……機体は?」

「<ダンゼル>に私設計のフライトグリーヴを取り付けてある。そいつのテストも兼ねているから、全力でやってくれたまえ。なあに、心配するな。性能は保障するぞ? 装甲はついてないから、事故ったら大変なことになるがね?」

「……帰りてえ」

「ダメ」


 二日目。


「昨日の空戦テストはいい結果だった。つまり、もう少し無茶しても我が助手には余裕があるということだ。どうせなら限界まで行こう。実は、最大速度と加速性能を限界まで盛ったものが作ってある。今日はこれ使って実験しよう」

「あのー……これ、ここなんですけど。形状、もう少し変えられません? 空力特性も考慮すると、旋回時に余分な負荷が――」

「む? ……いいアイデアではないかリムくん。よし、ちょっといじるから待っててくれたまえ」

「……なあ。帰っていいか?」

「ダメ」


 三日目。


「先輩先輩。これ、ちょっと内部構造いじりませんか? 余裕を見てるのはわかるんですけど、正直デッドウェイトになってる感じがするんですよ」

「むう。だがだな、この余剰分がないと、フェイルセーフの観点から見て危ないぞ? うっかり被弾したときに爆散なんて、目も当てられないではないか」

「でもこれ、どうせ敵の攻撃なんか、当たったら死ぬ設計じゃないですか。いらなくないですか?」

「……よし、採用!!」

「おい待て、今うっかり被弾で爆散っつったか?」

「当たらなければどうということはなかろ?」

「…………なあ、頼む。帰らせてくれ」

「ダメ」


 そして今日、四日目。


「楽しい……楽しいっす。モジュール設計、めっちゃ楽しいっす!」

「……俺はお前が悪魔の親戚に見えてきたよ……」


 錬金科としての講義を終え、研究室に向かう昼下がり。いつにもまして気分上々なリムに、ムジカは深々とため息をついた。

 妹分にまさかのマッドの素養が発現し、振り回されてきたここ数日。新設計というフライトグリーヴは、搭乗者を殺したいとしか思えないほどの速度上等仕様。そこにリムの監修が加わって、ムジカの疲労はピークに達していた。

 それでもリムに付き添って研究室に向かっているのだから、なんて律義なんだろうと自分自身に呆れてしまう。


 とにもかくにも、あっさりと辿りついたアルマ班の研究室。顔を覗かせると、この部屋の主は部屋隅のデスクにちょこんと座っていた。

 真剣な顔で、何やらマギコンを叩いているが……


「……む? ああ、君たちか。おはよう」

「おはようございます、アルマ先輩」

「なにやってんだ?」


 挨拶をすっ飛ばすと、リムに肘で軽くどつかれる。

 アルマは「ふむ」と少しだけ考えると、こちらにも見えるようマギコンの情報を壁面のディスプレイに投影した。

 そこに映っているのは……


「……<ナイト>の整備計画?」

「ラウル講師のね。言っただろう? うちで整備もすることになってると……なんだねその、なんか微妙に納得のいってなさそうな顔は」

「……いや、真面目な仕事できるんだなと思って」

「どういう意味かねそれは」


 どういう意味も何も、そのままの意味だが。てっきりまたゲテモノの設計でもしていると思っていたが、違ったらしい。

 不満そうなアルマからは一旦目を離して、ムジカは格納庫のほうを見やった。ガラス越しに見えるハンガーには、<サーヴァント>と<ダンゼル>の他に、<ナイト>が一体増えている。

 ラウル傭兵団所有の<ナイト>だ。今はラウルが講師をする際に使っている。


「よくもまあ、あんな状態で動かせてたものだね」


 と、同じように<ナイト>を見つめながら、アルマが言ってくる。


「外装はまだしも、内装がもうズタボロだ。カタリティックケーブルがちぎれかけてたり、無理やり接いでどうにか接続を確保していたり。間に合わせにもほどがあるよ」

「金がなかったんだから仕方ない。現場の知恵ってやつだよ。どうにかしないと死ぬしかないから、できる範囲で無理くりやってくしかなかったんだ……呆れたか?」

「まあね。でも、面白い。机上の空論を学んでいるつもりはないが、さりとて現実にはこうせざるを得ない環境もあるんだと思うと、ね。いつだって万全な状態で整備ができるわけでもないと、改めて思い知ったよ」


 実物はやはり学びがあるね、などとアルマはしたり顔だ。

 が、その後すぐに何かを放り捨てるようなしぐさをして、


「その上で言うが、アレはもうダメだな。もうしばらくは使えるだろうが、どういじっても各部モジュールのコンディションが正常にならん。仕方がないから、交換の申請をしておいたよ」

「交換? そんな簡単に新しい<ナイト>がもらえるもんなのか?」

「ラウル講師は特別だよ。講師のノブリスが<サーヴァント>では、恰好がつかないしね……ついでに講師はキミの分の<ナイト>もねじ込もうとしたようだが、まあそれは却下されたようだ」

「そりゃそうだろ。錬金科だぞ? いらんだろ普通」

「戦闘科の生徒は一人一台配られるのにねえ……何ともまあ不公平だよ。私たちにも実験台ってことでくれればいいのに」


 恨めしそうにアルマはため息をつくが、錬金科の生徒にも<サーヴァント>であれば個人用に一台配給される。錬金科の講義で使うにしても、<サーヴァント>であれば十分なので、<ナイト>の配給は過剰だろう。

 ついでに言えば、アルマには<ダンゼル>があるのでやはり不要である。本人には不満があるようだが。


「まあいい。そんなことより、<ナイト>の整備だ。新しいのが来るまでは、あれで持たせるしかないわけだしね。リムくん、ちょっと話を聞かせてくれたまえ」

「あ、はい。わかりました」


 と、呼ばれたリムがアルマのデスクへと向かう。

 傭兵団時代、<ナイト>の整備はリムの仕事だった。強引に直したことにした部分も多いから、話は彼女としたほうがいいだろう。

 

「そういえば、今日は朝から講義かね? どうだった?」

「今日はノブリスの歴史についての講義でしたね。メタルが生まれてから人類が浮島に至るまでの流れと、その中でのノブリスの変遷を学ぶ講義だったんですが……パッと目を通しただけでも、知らないことが多くて。ちょっと後で、予習しようかなって思ってます」

「ふむ? まあ、どうせ授業でやるんだから、予習なんてしないでもよさそうなものだが……」


 アルマがちらとこちらを見やる。その目にあるのは微妙な不信だ。言葉にはしなかったが、こう言っているようにも見える――キミは大丈夫なのかね?

 ムジカは肩をすくめてみせた。


「ガキの頃から傭兵やってんだから、そら知らんことも多いだろうさ。お勉強の時間だってそうはなかったしな。教材もねえし」

「その言い方だと、君もあまり勉強できてないように聞こえるが?」

「多少はマシだ。これでも、リムより三年は長く生きてるんでな」


 ある程度までなら、傭兵になる前に履修済みだ。加えて傭兵時代、補給などで浮島に寄った際にはアクセス可能な資料は極力漁るようにしていた。それはリムもだが、雑事担当と戦闘担当では暇な時の自由時間に差が出る。

 と、何やら思いついたらしいアルマが、にやりと笑って言ってくる。


「人類が空へと至る空歴以前、メタルが誕生した経緯は?」

「前史最後の王と呼ばれるリチャード十三世と、当時の宮廷魔術師の暴走。メタルは“人類を幸福に導くための魔道具”と題して、国を挙げて開発が進められたが、完成直後にその力を暴走させた。この件が理由で王家から王権が剥奪されたのが、現代における絶対指導者たる“王”の不在や、“貴族”という存在が身分から役割に変化する流れを作ったんだが……まあ、そこは余禄だな」

「ふむ? んでは次……そうだな。空歴三十五年、人類が空へと逃げだした後、初めて起きた浮島間での抗争の名前は?」

「――クラウ-ガスマン間紛争。キッカケは浮島ガスマンの出身と目される空賊が、浮島クラウを襲撃、物資を略奪したうえで食料プラントを破壊したこと。空賊の狙いは被害を大きくして、追撃を避けることだったんだが……これが原因で、クラウは食糧不足に陥り餓死者が多発した。生き残ったクラウ島民はガスマンを憎悪し復讐に走った。空歴史上最初の汚点だな」


 すらすらと答えて、それがどうかしたかと視線で問う。

 対するアルマの返事は、これだった。


「ふうん。へえ」

「……なんだよ」

「いや。傭兵なんて、てっきり蛮族かその親戚とばかり思っていたんだが。偏見だったかと思い知った」

「言っておくが、傭兵の大半は貴族の非嫡子だぞ? もちろん中にはノブリス適正持ちの元平民だっているけどな。落伍者の集まりなのは否定しないが、だからって無教養な奴ばっかってわけじゃあないぞ」


 もちろん食えなくなれば、空賊にまで身をやつす者も出てきはするが。それでもかつては貴族の一員だったのだ。たとえあぶれ者に身をやつしても、学んだ知識までは失わない。

 ただ余計なことを言ったと気づいたのは、アルマがこう訊いてきたからだ。


「……キミもかね?」

「さてね」


 失言というほどのことでもない。仮にそうだったとしても、だからどうしたという程度のものだ。なのでそこまで強くはごまかさなかった。

 と。


「アルマ嬢、失礼。ムジカは――ああ、いたか」

「ラウル?」


 慌てている、というわけでもないが。どこか急ぎ気味に、ラウルが研究室に顔を出す。

 父親の登場にもリムは顔を上げなかったが、欠片も気にしてもらえなかったことに傷ついたのか、ラウルは複雑そうな顔をした。


「……何やってるんだ?」

「あの<ナイト>の整備計画練ってんだと。それより俺になんか用か?」

「ん。ああ……お前、今日の午後は暇か?」

「やることはないな……今日はフライトグリーヴのテストは?」


 アルマに訊くが、答えは否定だ。


「ないよ。今はデータの整理中だからね。自由にしてくれて構わんよ」

「了解。なら……まあ、その辺散歩でもしてくるかってところか?」


 セイリオスの中央は学園や教育施設が固まっているが、そこから少し離れると居住区が広がり、そのさらに外に繁華街が広がっている。

 ほとんど生徒しかいない街だが、飲食店などは一般教養科が実戦も兼ねて経営しているのだ。空にいた頃にはできなかった、食道楽も悪くない。

 が、その予定は、ラウルの次の一言であっさりおしゃかになった。


「ならちょうどいい。午後の戦闘科の新入生向け講義、参加予定の生徒の数が奇数でな。キリが悪いからお前、ちょっと付き合え」

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