3-2 これ、本当に作る気か……?
「アニキ、これはー……」
「…………」
乾いた声でリムがこちらを呼ぶが、ムジカは何も言わないでおいた。なにしろ、その程度には“ヒドい”ものが目の前に映し出されていたからだ。
アルマが作るとのたまった、“最強のノブリス”。そのコンセプトは極めてわかりやすかった。
できる限り盛る。それだけである。
まず機動の要であるフライトグリーヴ。速度限界と積載限界の双方に挑戦するかの如く、超大型のものを新規設計。
ついで、高速戦闘を支えるブースト・スタビライザー。高加速度、高旋回性、緊急横避性能の全てを高水準ならぬ“超”水準にまとめた結果、背部ウイングは計八枚。取り付けられたバーニアはもはやフジツボのごとくぎっちり。
更に搭乗者の安全性、安定性を高めるために各部の装甲厚も増加、バイタルガードも装甲を積層化することで堅牢化。バイタルガードは魔力を流せば硬化する魔導感応装甲を用いられるのが常だが、この装甲圧ならそれがなくとも搭乗者を守れることだろう。
そして極めつけが、ガン・ロッドである。
汎用品ではなく専用のものが用意されているようだが、その内容がひたすらにひどい。
燃費、取り回し、速射性、反動、その他諸々全て投げ捨てて火力を盛った、いわば一点特化の“漢”仕様。結果として得られるのは、もはや何を相手にするつもりかわからないほどの超火力。
結果としてあれもこれもと何もかもを欲張った末路は、それを動かすための魔道機関に過剰な要求を押し付けることになるわけで――
「これ、本当に作る気か……? 出力概算、明らかに<マーカス>級でも足りないぞ?」
「<デューク>級を使えばかろうじて形にはなるかもですが……」
リムも苦い顔で後を継いだ。
<デューク>級は現存するノブリスの中でも最高等級だ。浮島の所有者の血族――つまりはこの空で最高の身分――しか所有していない、貴重で格式高い宝物。
わざわざそれをばらしてまでしてこれを作りたいかというと……まあ答えはお察しである。
(……いや? むしろ<デューク>ってみんな、こんなもんか? 出力はダダ余ってるはずだしな……)
なんにしても、仮に魔道機関がどうにかなったとしても、問題は使えるノーブルがいるかどうかだ。
高機動性を維持したまま堅牢性までキープ、更に高火力まで携えた結果、機体バランスは完全に崩壊している。性能が尖っていると言えばまだ聞こえはいいが、尖らせた結果誰も使えないのでは話にならない。
これはつまり、そういう機体だった。
微妙な顔でアルマを見つめると、彼女は顔を真っ赤にして反論してきた。
「そ、それをどうにかするための研究だろう!? け、研究というのはまずは頂上を見て、そこから一歩ずつどうすれば実現できるかを考えるんだ! な、なんだ。なんか文句あるかー!?」」
「それはまあ、そうかもですが……」
至極現実的な視点から、リムが指摘する。
「頂上見るのはわかるんですけど、だからっていきなりそこを目指すのも、なにか違いませんか? せめて一歩ずつ進みましょうよ。ガン・ロッドでもフライトグリーヴでもブースターでも……アニキ的に、このブーストスタビライザーとかどうです? 機動の自由度が格段に上がるのは間違いないと思いますけど」
「<ナイト>に積めるならな。確かに機動性だの旋回性だのは上がるが、出力足らんだろ。装甲削っても、たぶんギリギリ足りねえな……ガン・ロッド持てねえぞこれ」
個々のデータだけ見れば、要所要所は確かに悪くはない。魔道機関のことや出力を考慮しなければ、数値は悪くないのは確かだ。
いきなりゲテモノを見せられて思考が止まっていたが、少なくとも細部はむしろムジカ好みと言えた。
「ちなみにこれ作りたいって申請出したら、思いっきり怒られた。何故だと思う?」
「そりゃまあそうだろ。魔道機関もったいねえし」
本気でわかってなさそうなアルマに半眼を向けてから、ムジカは話を変えた。
「他に設計したのはないのか? なんつーか、これよりはもうちょい現実的なやつで」
「あー……まあ、なくはない。なくはないが……」
「……?」
問いかけに、アルマは奇妙な煮え切らなさを見せる。
「限られたリソースでどれだけ性能を盛れるか、検討したものがある。私個人としてはなかなかいい出来だと思ったんだが、ノーブルどもに見せたら大不評を食らったやつだな。それでもいいか?」
「いいんじゃないか? つまり、さっきのアレよりはマシなんだろ?」
「私の最強のノブリスを“アレ”呼ばわりするなー!!」
シャー! と威嚇してくるアルマに、ムジカは素直に両手を上げて降参した。
まったく、失礼な奴め……などとぷりぷりしながら、アルマがマギコンを操作する。
そうして表示されたものに――
「……これは……」
「――――」
今度は、ムジカも本気で絶句した。
単純に機体性能だけを見た限りでは、そう悪い設計でもない。それがムジカの評価だった。
コンセプトは単純だ。軽装甲、超高速戦闘指向。機動性のみをとことん重視しそれ以外を度外視した、ある意味“極まった”設計思想だ。
<ナイト>級魔道機関を主機とし、機動の要となるフライトグリーヴ、ブーストスタビライザーを積載限界まで大型化。これは先ほどの“アレ”と似た構成だが、敵の攻撃に当たらないことこそ至高とする、機動性至上主義をとことん突き詰めた典型例。
対してそれ以外の部分は極端なまでにないがしろにされている。
ガントレットは最軽量のものを使用し、ノーブルを守るバイタルガードも限界ギリギリまで軽量化。装甲板などほとんどあってないようなものだが、原因は主機の貧弱さだ。機動性を確保した代価として、他の部分に回す出力がほとんどない。
そしてそうまでして浪費を抑えたとしても、この構成ではガン・ロッドを装備できない。魔弾を放つほどの出力の確保が――
(いや、逆か)
ガン・ロッドを持てないのではない。持たないと決め打ったからこそ、その分を余剰として機動力に回せているのだ。
結果として、機体性能だけを見るなら悪くない――どころか、ムジカ好みとさえ言える。一撃ももらうな、やられる前にやれ。そういう機体だ。
だからこそ、最大の問題はこのノブリスの攻撃手段そのものにあった。
「……これ、本当に作る気ですか? 白兵戦用機ですよね?」
震える声で、リムが言う。
「白兵戦用機は、今の時代じゃ誰も受け入れませんよ。先輩も、“ジークフリートの悲劇”は知ってますよね? それなのにこれを……?」
七年前に起きた悲劇のことだ。この事件の結果として、ノブリスでの格闘戦・白兵戦は戦術としても危険性が高いと改めて認知された。
内容は単純だ。とある浮島に、哀れなノーブルがいた。そのノーブルのノブリス、“ジークフリート”は世にも珍しい格闘戦主体の前衛機。敵メタルへと踏み込んで敵を切り裂くその姿は、勇猛さ・勇敢さの象徴として称えられていた。
とある日、その浮島はメタルの大群に襲われた。島のノーブルが総出で討伐に出向くほどの規模だった。後の調査で、周辺空域にメタルの“巣”が作られていたことがわかったそうだが……
その日、ジークフリートもまた出撃し、そして帰らなかった。死んだからだ。
大規模なメタルの襲撃に、ジークフリートは単騎で一画を請け負った。仲間が他のメタルを駆逐するまでの、時間稼ぎを請け負った形だ。
そしてジークフリートはやり切った。稼いだ時間で、救援が間に合った。他を片付けてようやく駆けつけたノーブルたちは、ジークフリートを援護しようと射撃して――その流れ弾が、混戦の中にいた格闘機に直撃した。
勇敢な英雄は、味方の誤射によって殺されたのだ。
以来、白兵戦用兵装は少しずつ姿を消していった。これまでも誤射や誤爆の危険性は指摘されていたが、この件で勢いが加速した。古くから伝わる爵位持ちノブリスの中には特化機体もあったそうだが、極力混戦を避けるよう設計変更がなされたという。
この話が悲劇として伝わっているのは、これまで“英雄”として称えられてきた偉大なノーブルの最期が、よりにもよって友軍の手によるものだったからだ。孤軍奮闘した文字通りの英雄が、誤射とはいえ仲間に殺された。それが悲劇として広まった理由だ。
リムが恐れるように聞いたのは、それだけが理由ではないのだろうが。
アルマがため息混じりに言ってきたのは、これだった。
「それなんだが……私、その事件、知らなかったんだよ」
「へ?」
「<ナイト>級というリソースの限られた機体で、どこまでやれるか考えてみろって課題が出てな? ノブリスの中で最も出力を取られるのがガン・ロッドなのだから、それなしで設計すればいいだろってこれ出したら、散々怒られたのだ。七年前とか昔すぎるわ」
どこか遠い目をして、過去を語る。相当怒られたのか、若干涙目にすらなっていたが。
「別にいいだろ格闘機でも。誤射とか、やらかした奴が悪いだろ。格闘機悪くないじゃないか。なんで私が怒られたのかいまだに納得いかん。そもそも誰だよジークフリート。知らんわそんな奴……ぐぬぬ」
「あー……まあ、なるほど」
なんとなくわかった。何がかといえば、この先輩とやらの人となりだが。
要するにこのちんまいマッドは、本当に好き勝手やってるだけなのだ。ノブリスの設計こそ極端な方向に破綻しているが、それを趣味などとのたまえる辺り、こちらに強要はしてこないだろう。
そういう相手ならやりやすい。相手の嗜好を察した辺りで、ムジカは本題を切り出した。
「とりあえず、あんたが俺たちのリーダーなんだろ? ルールとかあるか?」
「特にはないよ。私は好き勝手やるだけだから、キミたちも好き勝手やりたまえ。ただ、さっきも言ったがラウル講師のノブリスの整備はこの研究班持ちだ。どうせなら私も噛ませてほしい。実戦仕込みの整備手法には興味がある」
「なら、こっちもわからんことがあったら訊かせてくれ。応急処置や間に合わせなんかが多くてな。知識の埋め合わせが必要な部分があると思うんだ」
「持ちつ持たれつか。まあよかろ。そのための研究班だしな」
感触は悪くない。リムを見やると、彼女も笑っていた。
変な先輩ではあるが、居場所が作れないというわけではなさそうだ――
「ああ、あともう一つ」
「?」
と、きょとんとアルマを見やると。
彼女はにやりと笑って、こう言った。
「<ダンゼル>なんだが、アレは新しいモジュールのテスト用だ。何か作ったら、テスターをよろしく頼む……ああ、安心したまえ。設計には最大限気を遣うとも。ヘタなものは作らんと、約束するよ」
「……ゲテモノじゃなけりゃ、まあいいけどな」
あんまり信用できないマッドに、ムジカはため息交じりにそう返した。





