2章幕間-2
「……普通なら、ですか」
「ああ」
繰り返すレティシアに、アルマは頷いた。
<デューク>級ノブリスは管理者のための――そして、適格者を見つけるためのノブリスだ。たとえ制御用のレギュレータが取り付けられていようと、一般人が起動できるはずがない。
「適性の足りていない者が乗ったとしても、普通なら絶対に起動するはずがない。その上でだが――機体を見てないから正確にはわからんが――、異常を整理しよう。
一つには、〝彼〟が適格者でないにもかかわらず、あの日〝スバルトアルヴ〟を<マーカス>相当機として起動させられたこと。
二つには、〝彼〟の適性が<カウント>級であるにもかかわらず、<マーカス>相当の機体を動かせていたこと。
そして、三つには……<マーカス>相当にまで機能を下げていた、あのレギュレーターを破壊した直後。あの一瞬だけ、真に<デューク>として〝スバルトアルヴ〟が起動したこと」
理屈で考えるのならば、と前置きして、アルマは続けた。
「一つ目は、まあまだ理解できる。これは憶測になるが、〝スバルトアルヴ〟についていたレギュレーター絡みの問題だろう」
「と、言いますと?」
「元々〝スバルトアルヴ〟のノーブルは弱体化していた。管理者も。レギュレーターを組みつけていたということは、管理者が既に<デューク>として〝スバルトアルヴ〟を起動させられなかったということだろう――となれば、適格者の起動認証を回避ないし無効化、あるいは無視するような調整が加えられていたと考えるしかない」
現物がない以上、詳しいことはわからない。そもそも<デューク>級は全てが完全なワンオフ機だ。その調整方法はその島の調律者にしかわからない――というか、調律者ですらわからない部分もある。何が可能で何を目的として、どんな調整をしたのかなど外野からではわからない。
それでも起きた事象が起きうる理屈を付けるなら、という推測だ。あいまいな部分が多すぎるのがもどかしいし腹立たしいが……
レティシアが頷くのを待ってから、次の話をする。
「次に二つ目。等級の問題なんだが……」
これに関して、アルマは難しい顔をした。
「〝彼〟……というか、ラウル講師もなんだが。あの二人、魔力適正を一時的にならごまかせるかもしれん」
「……ええ?」
疑わしげに、レティシアがそんな声を上げる。
が、理屈としてはそうとしか思えないのだ。
「そもそもの問題としてな……本来、魔力適正とノブリスの等級は絶対のものだ。そこはいいな?」
魔力適正が<カウント>級と評価された人間は、ノブリスも<カウント>までしか動かせない。これは普通なら絶対の指標のはずなのだ。
理屈としては、風車が回る理屈が近い。風車が回るのは、ブレードが受け止めた風の勢いが、風車を押し留める摩擦力を始めとする抵抗を上回るからだ。言い換えれば風の勢いが小さい限り、どれだけ風が吹いても風車は回らない――
これに近いことがノブリスにも言える。つまりそもそも<カウント>を動かせる魔力がなければ、<カウント>の魔道機関を動かせるはずがないのだ。
もしそれでも自身の適正以上の等級の機体を動かそうとした場合、足りない魔力を吸い出そうとして搭乗者に激痛をもたらした挙句、魔力が足りずに結局機体が動かないというのが正常な挙動なのだ。
無茶をすれば動かせるというのなら、魔力適正など大した問題ではなくなってしまう。だが現実にはそうはなっておらず、だからこそ魔力適正は絶対な指標のはず、なのだが……
「覚えているか? 先日セイリオスがメタルに襲撃された件だが。別動隊の大型メタルを、〝彼〟が撃墜しただろう」
「ええ。それが?」
「その時に〝彼〟が仕掛けた、イレイスレイの異常共振だが……アレは完全な仕様外の挙動だ。その証拠に、<ダンゼル>に取り付けていた、<バロン>級の魔道機関が焼き付きかけていた」
「……つまり?」
「〝彼〟は機体の中から何かやって、魔道機関をぶっ壊しかけたということになる」
等級としては下の方とはいえ、古代魔術師の遺産である爵位持ちノブリスの魔道機関をだ。
通常、魔道機関は変動の少ない機関だ。ノーブルから一定量の魔力を吸い上げ続け、各部モジュールへ分配し続ける。入力も出力も常に一定で、だからこそ機体は安定する。
そんな機関が、通常の使用だけで焼き付くはずがない。明らかなイレギュラーの痕跡だった。
「そもそもあの後の〝彼〟、急性魔力衰弱で入院しただろう? <カウント>を動かせるはずの人間が、<バロン>級を動かしただけで急性魔力衰弱になんてなると思うか? 明らかに異常なことをした結果だぞアレは」
「……ラウル講師も、というのは?」
「ヤクトの〝ウェズン〟と戦っただろう。あの時のあいつを追い詰めた突撃機動。アレ、通常仕様の<ナイト>の最高速度を明らかに超えていたぞ。機体も異音を上げてたし」
標本数が二つしかないのは如何ともしがたいが、さりとて明確な異常ではあるのだ。もしかしたら二人の出身地、グレンデルでは一般化している技術なのかもしれないが……
「少なくとも、私はこれまで聞いたこともなかったよ。ノーブルが魔道機関に直接干渉する術など。何か持ってるぞ、あの二人」
「それが等級をごまかせた理由、と……では、それが三つ目の理由にも繋がりますか?」
「……いや、それはない。<カウント>から<マーカス>までの誤魔化しが仮にできたとしても、<デューク>にごまかすのは圧倒的に絶対量が足りないよ……というか、それができるなら普通に適格者と判定されそうだ」
問いかけに、アルマは否定を返した。
だが、それでも〝彼〟はあの時、〝スバルトアルヴ〟を<デューク>として起動した――
そして〝彼〟の魔力を一瞬で吸い尽くして、敵メタルを撃墜した。
「一応だがな。あの瞬間だけ<デューク>が起動した理屈を、考えてはみたんだ」
「それは?」
「極めて単純な、物理エラー。蓄積した損傷を原因とした、内部回路の短絡。加えてレギュレーター破壊による魔道機関内の魔力暴走……そうした数々の要因が偶然積み重なったことによる、システムの誤認証」
「それは……そんな偶然があり得るのですか?」
どこか恐れを含んだレティシアの問いかけに、アルマは首を横に振る。
「何度も言ってきたが、普通ならあり得んよ。偶然が過ぎる。万々が一なんて言葉もあるが、だからってたまたまにたまたまが重なって、偶然状況をクリティカルに解決する状態が導かれると思うか? あり得るわけがないよ」
「ですが……」
「ああ。それがあり得てしまったのが、あの状況だ。あり得ない、起こりえない偶然をたくさん重ねて、本当にたまたまあの結果になった。理屈で突き詰めるならそうなる」
そこで一度言葉を区切ると、アルマは静かに告げた。
「それを信じないなら、可能性はあとひとつだ――誰かがそうなるように仕組んだ」
「…………」
「あの偶然に繋がるように――蝶の羽ばたきが、いつか嵐を導くように――仕組んだか。あるいは……あの日あの時あのタイミングで、システムが〝彼〟を承認するように仕込んであったか。そのどちらかしかない」
どちらも、本来ならあり得ないことだ。未来が見えるのでもなければ。
だがそれを可能とする血族がこの空にはいる。偶然を必然に演出できる血を引く者たちが。
だから可能性は錯綜する。誰がどこへたどり着くために引いた道筋なのかは、旅の途中ではわからない。
「……その〝誰か〟は、何者なんでしょう?」
「さてね……可能だったのは、ノブリス〝スバルトアルヴ〟に関われた者たちだけだが」
今はもうどこにもいない――と、言ってからふと思い出す。一人だけ、それに該当する者がいたな、と。
だが彼女がそれをしたとはアルマにも思えなかった。彼女は〝彼〟が〝スバルトアルヴ〟を起動するとは思ってもいない様子だったから。となればそれを仕組んだのは彼女ではあるまい。
(となると……本当に、誰なんだ?)
あるいは、本当に偶然なのか。あり得ると思えない事象を、本当にたまたまで引き当てたのか――
まるで運命のように?
ため息をつくと、ちょうどレティシアも息をついていた。お互い顔を見合わせて苦笑した。そんな顔をするしかないような話だった。
「彼を見てると、退屈しませんねえ。いつ何をしでかすのかとドキドキします」
「まったくだ。本人にそのつもりはないんだろうが、ハラハラだよ。今回はこちらで巻き込んだことだし、私が言えた義理ではないのかもしれんがね」
〝彼〟がセイリオスにやってきてからこっち、〝彼〟が落ち着いているところを見たことがないような気もする。それに付き合っているこちらも。それに苦笑した。
そうして首をゆるゆると振ると。
一呼吸だけ間を置いて、静かにレティシアに告げた。
「すまんな」
「……? それは、何に対する謝罪ですか?」
「…………」
語る前に一度、また呼吸を挟んだ。
告げるのには、勇気がいる話だ。だがそれを隠したままにしておきたくはない――この相手だから。
幼馴染に、アルマは震える声を抑えながら告げた。
「私はアルマー・エルマだ。セイリオスの調律者、その系譜に生まれた。セイリオスから離れることはない――そしてお前はセイリオスだ。お前が私の主。これからも変わらず、お前に仕えるだろう」
「…………」
「……だけどこの心までは、お前にやれん」
そう言って――言い切って。不意に感じたのは、やはり羞恥だった。
レティシアの顔を、まっすぐに見えない。体が熱い。心臓が痛い。呼吸がひきつりそうになる。
くすりと音が聞こえたから、彼女が微笑んでいるのがわかった。
「やっぱり、恋文だったじゃないですか」
「……っ!」
言い返そうとしたが、言葉にはならなかった。
しょげかえるようにまたレティシアから顔を背けるが、頬はきっと朱に染まっている。恥ずかしくて、よくわからない何かが胸の内でうずいて。顔から火が出そうだった。
そんなこちらにくすくすと笑ってから、レティシアが言う。
「まったく、あの人たらしさんったらもう……まあ私も似たような口ですし、あんまりアルマちゃんには言えませんけれども」
「……お前、も?」
「あら、気づいてませんでした?」
「……やたらと〝彼〟を贔屓してるなとは思っていたが。もしかして〝それ〟が理由か?」
「ええ、そうですよ? アルマちゃん、そういうのまったく興味持ってませんでしたけれど。気づいてませんでした?」
「……正直に言うが、気づきたくなかったよ」
今まで見えていなかったものが急に見えてきた衝撃に、げっそりと呻く。
そんな反応すら楽しそうに笑って、レティシアは先を続けた。
「その上で言ってますけれど、いいと思いますよ? ええ、ええ、本当に! 恋敵、大変結構。楽しみましょう? なんなら一緒に、でもいいですけれど。同じ殿方を思う者同士、仲良くしましょうね?」
「からかうな……! こんな想い、どうすればいいかわからないのに……!」
「いいじゃないですか、それも含めて楽しめば」
あっけらかんとレティシアは言う。
コイツすげえな、と思うのはこんな時だ。肝が太いとでも言えばいいのか、一切ペースを崩さない。
ただそこから先に呟いたレティシアの言葉には、わずかにでも真剣なものが覗いていた。
「私たちは、真に浮島を離れることはできない――何故なら、それが役割だから。でも、心くらい自由でいたいと思うのは許されると思いません? 自由であれる今だけは、なんだってしたいと思いませんか?」
「それは……」
「それに……彼がいなくなるまで、あと七年しかありませんよ?」
そう、あと七年――いずれ、〝彼〟はセイリオスを去る人間だから。
それが長いのか短いのかは、アルマにはわからない。だが、いつかは必ずいなくなる――……?
本当に? それを回避する手段はないのか? あるとしたらそれは、どうやって。
頭が急に回り始め、思考が状況を忘れて没頭するが――不意にレティシアの視線に気づいて、ハッと顔を上げた。
腹立たしいほどにんまりした顔と、目が合った。
「アルマちゃんったら……ショック受けたのはわかりましたけど、まったくもう。走り始めたら一直線ですねえ。うふふ」
「~~~~っ! うるさいな! 話が終わったならもう出てけ!!」
「はいはーい。ではまた明日~」
ニマニマとした笑みはそのままに、手のひらをひらひらと振ってレティシアが去る。その背中に枕でも投げてやりたい気持ちだったが、生憎近くに投げても大丈夫そうなものは落ちていなかった。
なので仕方なく憤怒の表情で見送ってから。
去った後のもう見えない背中に、アルマは唇を尖らせた。
「まったく……まったく! なんてことを言うんだ、あの女は……!」
しばらくぷんすかと鼻息を荒くしてから……ため息をつく。
レティシアが変なことを言うせいで、今日はもう設計したい気分ではなくなってしまった。今見ればまた羞恥で体が熱を持ちそうで、だから今日はもうやめにする。
実際に作業をやめてみて、頭に熱がこもっているような感覚がある。やめ時としてもちょうどよかったのだろう。
ベッドに向かうと、アルマはそのままふかふかのベッドに倒れ込んだ。
(本当に、あの女は……! 変に意識させおってからに……!)
ノブリスの設計データを恋文扱いなどと、冗談ではない。
少なくとも、アルマにその気は全くなかった――恋文のつもりで、ノブリスの設計をしていたつもりは。
ただいつものように、空いた時間で新しいノブリスを作ろうとして。その時にふと思い浮かんだのが、〝彼〟の顔だった。
これまでは、誰が使う機体なのかということを、ほとんど全く気にしていなかった。だから今にして思えば、設計データはただパラメータを無理に盛った機体になりがちだったが……その瞬間にふと、芯が生まれたような気がしたのだ。
〝彼〟が使うならどんな機体になるか。〝彼〟を最強とするならどんな機体がふさわしいか。〝彼〟のための機体――〝彼〟を最強にするための機体。
生まれた方向性に突き動かされて、音も聞こえないほど深く集中していた。それを考えている間は、不思議と自分も誇らしくて、満ち足りていて。だから周りが見えなくなるほど、没頭した。
いつも以上に、熱が入っていたと今ならわかる。
その原動力はやはり……恋、なのだろうか?
(……わからん。わかるわけないだろう――ああもう、ままならん……!)
レティシアが変なことを言ったせいで、どうにも落ち着かない。
そもそもこの気持ちがレティシアの言う恋なのかもわからない。答えを誰かに訊きたいが……それは猛烈に恥ずかしいことのような気もする。気持ちをごまかすように身じろぎを繰り返すが、それで気がまぎれることはない。
そうして悶々とそんなことばかり考えていたせいか。不意に思い出したのはやはりというべきか、〝彼〟の顔だった。
――俺がしくじった後で死ねっ!!
それも、あの日――アルマを救おうとしたときの顔で。
あの時は、その必死で真剣な表情に息を呑んだ。零れ落ちる涙も引っ込んで、ただ呆然と彼を見ていた。
何もできないまま、彼を見送った――何を思えばいいのかもわからないまま。
では、〝彼〟の声とその表情を思い出している今思うのは?
――胸の奥で。心臓がどくんと大きく跳ねた。
「……っ! ~~~~~~っ!」
表現できない想いに身悶えする。体ではなく心がむずがゆくてもどかしい。吐く息が熱を帯びて、何が何だかわからないのにただただ恥ずかしい。何かを否定したいのにその何かが見つからない。わからない。
〝彼〟が放った言葉は荒かったけれど、それはただアルマのためだけに放たれた言葉で――それを思うとどうしてか、わからないのに火が出そうなほど顔が熱くて。
(本当に、ままならない……! なんなんだよ、もう……っ!)
自分がこんなことで悩む日が来るなどと、全く思っていなかった。
胸の内でうずく想いを持て余して、アルマはしばらくベッドの上で身悶えした。
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