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区役所ダンジョン対策課 〜住民票の次はボス部屋です〜  作者: やどかり


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第6話:予算という名のボス

捜索の継続には、金がかかる。


嘱託探索員の日当、装備の損耗、照明と通信機材、危険手当。一回潜るたびに、対策課の乏しい予算は削られていく。三日目の朝、新庄が青ざめた顔で計算書を持ってきた。


「黒田さん。このペースだと、捜索予算、あと四日で尽きます」


「だろうな」黒田は驚かなかった。「応急措置の予算は、もともと短期前提だ。長期捜索の費目が、対策課にはない」


「本庁に追加申請、できないんですか」


「した。阿久津に蹴られた。『再開発予定区画への長期予算投入は認められない』そうだ」


ハルが机を叩いた。「子どもの命より、再開発の予定が優先なわけ?」


「優先じゃない」黒田は冷静に言った。「向こうにとっては『どちらも書類の一行』なんです。命の重さと、再開発の都合が、同じ天秤に乗ってる。だから、こっちは別の天秤を持ってくる」


彼は、例規集と、補助金の要綱の束を机に積み上げた。


「予算は、一つの財布から出すから足りなくなる。なら、複数の財布から、少しずつ引く」


黒田のペンが走り始めた。


第一に、ダンジョン由来の魔物が地上に漏出するリスクがある以上、「環境衛生」の害獣・害虫駆除予算が適用できる。第二に、迷宮の拡張が周辺住宅の地盤に影響する可能性を「建築安全」の調査名目で計上できる。第三に、行方不明児童の捜索は「子ども・若者育成支援」の枠で、福祉の補助金が一部使える。


「一つひとつは、小さい。でも、三つ合わせれば、捜索一週間分にはなる」黒田は書き上げた申請書の束を掲げた。「再開発を理由に断れるのは、災害予算だけだ。環境衛生も、建築安全も、福祉も、本庁の別の部署の財布。阿久津には、止める権限がない」


新庄が目を輝かせた。「縦割りを……逆に使うんですね。みんな『自分の管轄』しか見てないから、横から少しずつ抜いても気づかない」


「縦割りは、敵にもなるが、味方にもなる」黒田は言った。「壁が多いってことは、それだけ抜け穴も多いってことです」


ハルが、半ば呆れ、半ば感心したように腕を組んだ。「あんた、ほんとに役所の中で生きてきた人間だね。剣より、こっちの方がよっぽど怖いわ」


申請は通った。三つの部署の担当者は、それぞれ自分の費目の小さな支出にしか見えず、誰も全体像に気づかなかった。捜索は、一週間、延命された。


その夜、課に阿久津から内線が入った。声が、初めて苛立っていた。


「黒田さん。あなた、いったい何枚の申請書を回してるんですか。あちこちの課から、桜ヶ丘の費目が上がってきてる」


「業務に必要な、正当な申請です。何か問題でも?」


「……いいですか。これは私の親切な忠告です」阿久津の声が、低くなった。「桜ヶ丘の再開発は、もう動き始めてる。本庁の、もっと上の方の話だ。あの区画は、近いうちに別の扱いになる。あなたが何枚書類を書こうと、流れは変えられない。子ども一人のために、自分の経歴を棒に振るのは、賢くない」


黒田は、しばらく沈黙した。


それから、静かに言った。


「阿久津さん。一つ、教えてください。あなたが今言った『流れ』を決めてるのは、誰ですか。名前のある、一人の人間でしょう」


電話の向こうが、凍りついた。


「……それは」


「規定でも、流れでもない。誰かが、決めてる。子どもの命より、再開発を優先すると、判子を押した人間が、どこかにいる」黒田の声は、氷のように静かだった。「俺は、その人に会いに行きます。書類を持って」


カチャ、と受話器を置いた。


新庄が、息を殺して見ていた。「黒田さん……相手、本庁の偉い人ですよね」


「ああ」黒田はメモの「再開発」の文字を見つめた。「だが、偉かろうが、判子を押した以上、記録が残ってる。記録は、嘘をつかない。──さて、誰の判子か、洗い出すか」


予算という名のボス、第一ラウンド突破。一つの財布で足りないなら、三つの財布から。縦割りを逆手に取る黒田の予算ハック、いかがでしたか。

そして、阿久津の口から漏れ続ける「再開発」。子どもの命より優先される、その「流れ」を決めているのは──名前のある、一人の人間。

黒田が、ついに巨大な縦穴の縁に手をかけました。次回、最強のクレーマー登場。

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