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区役所ダンジョン対策課 〜住民票の次はボス部屋です〜  作者: やどかり


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第30話:それでも、課は回る

連鎖湧出は、少しずつ落ち着いていった。


連携協定のもとで、区と災対庁は九か所のダンジョンを分担して処理した。危険なものは災対庁が、生活圏のものは区が。そしてどの案件でも、「採算の合わない命」を、必ず誰かが拾うようになった。


ヴァルゴ・セキュリティは、安全軽視の記録を突きつけられ、区の委託から外された。鷲尾は現場統括の座を退いた。剣を持つ男の「合理」は、一枚の記録に敗れたのだ。


豆腐屋の老店主は、区があっせんした新しい店で、また豆腐を作り始めた。商店街の再開発は、住民の反対と崩落事故の余波で白紙に戻った。真壁の本命の利権は、ひとまず頓挫した。


そして、地下二階の対策課に、新しいデスクが一つ増えた。


「一ノ瀬です! 今日から、よろしくお願いします!」


若き探索員は、対策課の二人目の武力として配属された。給料は安く、書類は多い。それでも、彼の顔は輝いていた。


「で、何から教えればいい?」ハルが腕を組んで言った。


「まずは、剣よりこれだ」黒田が分厚い区例規集を、一ノ瀬の机にドンと置いた。「うちの、一番強い武器だ」


「ええっ、例規集ですか!?」


「剣は抜けないが、抜け穴は見つける」新庄が得意げに引用した。すっかり対策課の標語になっている。


地下二階に、笑い声が響いた。


その日の夕方、遠野が訪ねてきた。


「黒田主任。連携協定、見事でした。本庁でも評価が高い」いつもの隙のないスーツ。だが、その表情は以前より少し柔らかかった。「あなたはまた、前例を一つ作りましたね」


「遠野さんの情報のおかげです」


「いえ。私はまだ、何も終わらせていない」遠野の目が鋭くなった。彼は一枚の書類を、机に置いた。「真壁議員の件です。商店街の再開発は頓挫した。だが、彼の利権の本体は、まだ無傷だ。そして──」


彼は声を潜めた。


「ヴァルゴの過去の業務記録を、洗い直しました。緑川市のダンジョン処理。あの契約書に、真壁の署名があった。コピーを、一枚手に入れましたよ」


黒田の動きが、止まった。


緑川市。子どもを見殺しにした、あの事案。その契約書に、真壁の署名。


「これは、まだ入口です」遠野は言った。「真壁の本当の利権構造は、これよりずっと深い。そして、あなたを緑川からここへ飛ばした人事の裏にも、たぶん彼がいる。──追うなら、覚悟が要りますよ」


黒田は、その契約書のコピーを手に取った。


二年前、握り潰された声。なかったことにされた、子どもの命。飛ばされた、自分。そのすべてが、一枚の署名に繋がっていた。


「……ありがとうございます」黒田は静かに言った。「次は、緑川だ」


その言葉に、ハルが剣を握った。一ノ瀬が背筋を伸ばした。新庄がメモ帳を開いた。桐生課長が、湯呑みを置いた。


「黒田くん」桐生が言った。「相手は大物だぞ。また、潰されるかもしれん」


「今度は、一人じゃありません」黒田は、課の仲間たちを見渡した。「書類も、剣も、住民も、前例も、ある。──潰されるのは、向こうです」


机の上の内線が、鳴った。


黒田は慣れた手つきで、受話器を肩に挟む。


「はい、ダンジョン対策課、第3係」


電話の向こうで、また誰かが困っている。どこかの穴の底で、誰かが助けを待っている。管轄の隙間で。採算の、外側で。


黒田は、付箋のページに指を滑らせた。


口角が、わずかに上がる。


「ご安心ください。担当部署は──ここです」


剣は抜けない。だが、抜け穴は見つける。採算では拾えない。だが、制度で拾い上げる。


日も差さない地下二階に、今日も、町の小さな悲鳴が届く。それを拾うのは、いつだって、ここだけだった。


なくてはならない、区役所ダンジョン対策課。


戦わない公務員たちの、終わらないお仕事は──まだ、続く。


―― 第二部「連鎖湧出・民間委託編」 完 ――


第二部「連鎖湧出・民間委託編」、これにて完結です。お読みいただき、ありがとうございました。


効率の暴走、民間委託の落とし穴。「採算の取れない命を、誰が拾うのか」という問いに、黒田たちは「連携協定」という一つの答えを出しました。そしてハルは、二年越しの過去に決別し、一ノ瀬という新しい仲間を得ました。


第一部が「縦割り」との戦いなら、第二部は「効率の暴走」との戦い。一件ごとに書類で勝ち取ってきたものが、ついに「制度」になる──黒田の戦い方が、一段スケールを上げた巻でもありました。


そして、ラストで示された真壁の署名。緑川市。黒田がずっと、向き合うことを避けてきた過去の本丸が、ついに射程に入りました。第三部はいよいよ、その「縦穴」の一番底へ。


ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、対策課の貴重な「住民の声」として永久保存いたします。苦情も、応援も、すべて承ります。担当:第3係まで。


それでは、本日の業務を終了します。お疲れさまでした。──次は、緑川で、お会いしましょう。

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