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区役所ダンジョン対策課 〜住民票の次はボス部屋です〜  作者: やどかり


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第1話:縦穴ダンジョン、出現届

本作をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。


世の中には、剣とスキルで迷宮を攻略する物語が多いようですが、

残念ながら現実の迷宮には、まず「担当部署」と「予算」が必要です。


この物語は、戦闘力ゼロの窓口公務員が、

住宅街に湧いたダンジョンを、条例の抜け穴と根回しで「管理」していくお話です。


転入届、出します。ダンジョン、湧きました。

——では、本日の受付業務を開始します。


朝九時。区役所の窓口が開くと同時に、その電話は鳴った。


「公園に、穴が空いてるんだよ! 昨日まで砂場だったところに! 深さも分かんねえ真っ暗な縦穴が! 区役所、何やってんだ!」


黒田マモルは受話器を耳と肩で挟みながら、慣れた手つきで受付票を引き寄せた。声の主は桜ヶ丘三丁目の町内会長。怒りで声が裏返っている。


「落ち着いてください。深さ不明の縦穴、桜ヶ丘第二公園、と。……ダンジョンですね」


「ダンジョンだよ! 子どもが落ちたらどうすんだ! 今すぐ埋めろ!」


「承知しました。担当部署に──」言いかけて、黒田は口をつぐんだ。担当部署。それが、問題なのだ。


電話を切って、彼は自分の席を見た。デスクのプレートには「ダンジョン対策課 第3係」。三か月前、出世コースから外れた黒田が「飛ばされた」部署である。職員は黒田を入れて三人。予算は最低限。区役所の地下二階、日も差さない一角に押し込められている。


ダンジョンが全国の市区町村に突発発生するようになって、もう五年。国は災対庁さいたいちょうが大規模な迷宮を、自治体の対策課が「生活圏の小迷宮」を担当する二層構造を作った。だが現場は、いつだって人も金も足りない。


「黒田さん、本庁に上げますか」隣の席で、若手職員の新庄アオイがメモ帳を握りしめて言う。


「上げてどうなる」


黒田は本庁の災害対策担当に内線を入れた。返ってきた答えは、予想通りだった。


「桜ヶ丘の件? ああ、報告は受けてます。ただ正式なダンジョン認定には現地調査と等級判定が要りまして、その予算が次年度でないと──」


「次年度? 公園に深さ不明の穴が空いてるんですよ。住民が激怒してる」


「気持ちは分かりますが、前例がないので。災害認定されない限り、緊急予算は動かせません。規定ですので。担当は阿久津あくつです、また何かあれば」


規定ですので。


黒田は受話器を置いた。怒りはない。慣れている。本庁は前例で動く。前例がなければ、人が困っていようと一円も出ない。それが行政だ。


──だが、抜け道はある。いつだって。


彼は分厚い区例規集れいきしゅうを引き寄せ、付箋だらけのページをめくり始めた。災害。違う。施設管理。違う。環境衛生……指が、止まった。


「『廃棄物の処理及び清掃に関する条例』、第十二条。公共の場所に不法に投棄された物件について、区は所有者不明の場合、緊急に除去・封鎖の措置を講ずることができる──」


黒田の口角が、わずかに上がった。


「ダンジョンは、災害じゃない。公園に勝手に湧いた、所有者不明の『不法投棄物』だ」


「えっ」新庄が目を丸くする。「ダンジョンを、ゴミ扱いするんですか」


「条例上はな。災害認定は次年度? 結構。こっちは今日、環境衛生の緊急予算で柵を立てて封鎖する。不法投棄物の除去措置だ。前例がないなら、俺が前例を作る」


黒田は申請書のフォーマットを開き、猛烈な勢いで書き始めた。住民の怒りも、本庁の壁も、全部この一枚の書類で迂回する。これが彼の戦い方だった。剣は抜けない。だが、抜け穴は見つける。


その日の午後には、桜ヶ丘第二公園に「区指定・危険物につき立入禁止」の柵が立った。町内会長は「やればできるじゃねえか」と上機嫌で帰っていった。


問題は、ここからだった。


「不法投棄物」として処理する以上、内容物の査定が要る。何が投棄されているのか、区として記録しなければならない。つまり──


「一階層だけ、潜ります」


翌朝、黒田は嘱託しょくたくの探索員・芹沢ハルに頭を下げていた。元冒険者の彼女は、対策課が雇える唯一の武力だ。


「公務員が、ダンジョンに潜る?」ハルは呆れ顔だった。「あんた、戦闘力ゼロでしょ」


「査定だけです。一階層、十分。あなたが守ってくれれば」


「……書類仕事しか能のない人だと思ってた」


「能はありませんよ。だから書類で何とかするんです」


縦穴の底は、思ったより浅かった。湿った土と、こけの匂い。魔物の気配は薄い。黒田は懐中電灯で壁を照らし、几帳面に査定メモを取っていく。投棄物の種類、規模、危険度。役所の様式に従って、淡々と。


そして、光の輪の端に、それを見つけた。


小さな、子どもの上履き。片方だけ。泥にまみれて、底に落ちている。


黒田の手が止まった。上履きのつま先には、油性ペンで名前が書いてあった。にじんで、かすれて──だが読めた。


「……先月、この近くで行方不明になった子が、いましたよね」黒田は呟いた。声が、わずかに震えた。


ハルの表情が、変わった。


「区の児童福祉課が、捜索願を受理してた。三丁目の、小学一年生」


ダンジョンと、行方不明の子ども。繋がってはいけないものが、底で繋がっていた。


黒田は上履きを、汚さないようそっと拾い上げた。これはもう、不法投棄物の査定ではない。書類の抜け穴で済む話ではなくなった。


地上へ戻ると、彼は無言で例規集を閉じ、別のファイルを開いた。表紙には「行方不明児童・捜索」とある。


「黒田さん」ハルが静かに言った。「これ、対策課の管轄、超えてない?」


「超えてます」黒田は上履きを証拠保全の袋に収めながら答えた。「でもね、芹沢さん。管轄を理由に子どもを見捨てるのが、俺は一番嫌いなんです」


窓の外では、桜ヶ丘の住民が、いつもと変わらず公園の柵の前を通り過ぎていく。誰も、その底に何があるかを知らない。


知っているのは、地下二階の、日も差さない対策課だけだった。


お読みいただきありがとうございます。戦わない公務員のダンジョン奮闘記、はじまりです。

ダンジョンを「不法投棄物」扱いする黒田の機転、いかがでしたか。次回、その底で見つけた上履きが、彼を「管轄の壁」へと向かわせます。

ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、対策課の貴重な「住民の声」として受理いたします。担当:第3係まで。

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