第112話 「歴史の真実」
神と悪魔が同じ存在。タリオ法王から語られた真相を、俺達はどう受け止めればいい。人類の味方であったはずの神が、人類の天敵である悪魔だったなんて。
「そうだったのですね……。ではやはり、あの時ナナカさんがメリシアルと名乗ったのは彼女の中に悪魔が……」
ペトリーナは神降宮での出来事を述べた。ナナカ調査員が突然メリシアルを自称し始めたのは嘘でも冗談でもなかったんだ。悪魔メリシアルが彼女の体に乗り移って意識を奪ったから。悪魔復活直後の神降玉……いや封印玉に近付いてしまったが故に、あんな事に。
「それは本当でありますか!?」
狼狽したのはキトー調査員だった。
「であれば、ナナカ調査員はどうなったのでありますか!?」
「悪魔に取り憑かれた者は肉体の自由を失い、意識を奪われる。死んだに等しい状態と言えるであろう」
法王の告げた言葉は無慈悲だった。キトーは「そんな」と弱々しい声を漏らす。法王は「だが」と続けた。
「完全に死んだ訳ではない。早々に悪魔を追い払えば、肉体は再び持ち主の物となる。ナナカ調査員も無事に助けられるであろうな」
「それは誠でありますか法王陛下! ならばすぐに救助隊の編成を! 陛下、どうか御命令を」
「無論、そのつもりだ。王国の貴重な人材を悪魔共に奪われたままでなるものか」
淡々と、それでいて強い意思を感じる口調でタリオ法王は言った。悪魔に取り憑かれたナナカ調査員を救うために、国は戦力を派遣するつもりだ。
「『早々に追い払えば』って言ったな。遅れたらどうなるんだ。死ぬのか?」
「其方は目敏いな、ズォリア。その不安は正鵠を射ている。悪魔に憑依された人間は精神を食われ、徐々に衰弱していく。救出が遅れれば、意識を取り戻したとしても廃人になる。事態は一刻を争うのだ。蘇りし悪魔共が次々と人間の魂を食らえば、生きたまま屍となる人々が増えよう。奴らは人の心を喰らう怪物。決して野放しには出来ん」
悪魔に取り憑かれたままでは、廃人になるかもしれない。タリオ法王の答えた悪魔の生態が、俺達に恐怖を植え付けた。
「随分詳しいな、タリオ。お前ら王族は悪魔の研究家だったのか?」
「そう名乗っても過言ではない。三千年間、民草に悪魔の真実を隠し、いつか来る復活の日に備えて悪魔の対策を練り続けてきた。どの魔術国家の政府も同じだ。歴史の真相は、時の権力者だけに知らされてきたのだ」
「ふん。そうかい。居もしない神を祀ってたワシら宮守にも、真相とやらは伝えなかったんだな」
「本当にすまないと思っている。だが朕は王位継承者の責任があったのだ。許してくれ」
「怒っちゃいない。だが釈然としないな。ワシらの仕事は茶番だったのか?」
「違う。それだけは否定させてくれ。朕は真実を隠したが、其方に偽りを強要した事は一度も無い。宮守も神降宮も必要不可欠だ。信じてくれ」
タリオ法王はまっすぐズォリアを見つめた。誠意しか無い瞳に押され、ズォリアはたじろぐ。
「む、むぅ。そうか。まぁお前を疑いたい訳でもないしな。この話は後回しだ。悪魔を何とかしなきゃいけないんだろ? 今までの話を総括する限り、ザガゼロール王国は悪魔に支配されたと考えるのが妥当だろうが。メリシアル神……じゃなかった、悪魔メリシアルがザガゼロールにいるという情報も得ている。他の悪魔5人も集まっているのなら、奴らが人間に宣戦布告するのは自然な流れだ」
ズォリアの言う通り、ザガゼロール王国は『悪魔』を名乗って人間に戦いを仕掛けた。これは人間同士の争いと言うより、人間と悪魔の争いだ。
「朕も同様に考えている。復活した六大神、もとい六大悪魔は真っ先にザガゼロール王国を奪取した。クルドフ王や王政関係者は悪魔の餌となったであろう。かの国の民草も洗脳されている。悪魔の恐ろしい点は憑依能力だけではない。五つ星魔術師をも凌駕する程の強力な魔力もだ。防護魔術を使えない非魔術国家の人々は、悪魔の精神魔術に抗えないであろう」
「黙って見とく訳じゃないんだろ? どうするんだ」
「近々、臨時の『六国会議』を開く方向で話を進めている。詳しくはそこで決まるであろうが、魔術六国で対悪魔用の部隊を編成する流れになるはずだ。再度の封印も視野に入れねばならん。其方の力も必要になる。頼まれてくれるか」
「それが本題か。良いさ。正直半信半疑だがな。ワシの信じた神が悪魔かどうか、この目で確かめないと気が済まない」
二つ返事でズォリアは承諾した。悪魔との戦いを見据えてタリオ法王達は動き始めている。世間が、時代が、大きく変わろうとしているのが目に見えた。
正直、俺も半信半疑だ。タリオ法王の話はフィクションのように聞こえる。実感があんまり湧かなかった。神話の物語が現実世界に侵食して、最早意味が分からない。
「私も! 何かお手伝いさせて下さいまし!」
名乗りを上げたのはペトリーナだった。
「私が神降玉を壊してしまったのが原因なのでしょう? でしたら、私の責任です。私もお力になれませんか?」
「ペトリーナ殿。其方の正義感は美徳だ。しかし今はまだ急く時ではない。有事に先んじて動くのは上に立つ者の役目だ。いずれ其方にも協力を頼む事となろう。それまで体を休めると良い」
タリオ法王が嗜めて、ペトリーナは「……そうですわね。過ぎた事を申しました」と頭を下げた。
「謝る事ではないぞ。ふはは。ズォリアの娘とは思えん程に謙虚よな」
タリオ法王は笑ってズォリアを見た。ズォリアは唇を尖らせて「一言余計だ」と吐き捨てた。
「お願い申し上げます、陛下。ズォリア神官も。本職の後輩をどうかお助け下さい」
キトーは眉間を締めて懇願した。
「ナナカ調査員は田舎育ちで、首都勤務に就けた事を非常に誇らしく思っていました。不器用で未熟ではありましたが、真面目さでは誰にも負けなかった。あんな誠実な人間が悪魔に操られるなんて理不尽が過ぎる! 助けてあげて下さい。本職も、陛下のために身を粉にして働く所存であります!」
「後輩思いの先輩を持って幸せ者だな、ナナカ調査員は。彼女を不幸者にしないためにも、そして世界中の人々も不幸にしないため、朕達王族は力を溜めてきた」
タリオ法王は立ち上がった。
「民は必ず守る。朕は王であるからな」
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