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復讐者はこの世界でも頂点を目指す  作者: くまけん
第七章 〜悪魔復活〜
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第111話 「歴史の嘘」

「お前は特殊な境遇の悪魔のようだな、ジェイルとやら。人間の精神を食い切れていない。共存しているのか? まさか」

 クルドフ王に乗り移った悪魔、ハブフブフスはジェイルを舐め回すように見つめた。悪魔は魔力の生物であるため、人間よりも魔力探知能力が高い。一目見ただけでジェイルとユニの関係を見抜いた。

「ご明察。この身は人と悪魔の融合体。二人分の意識が同時に生きている訳でして、はい」

「はっ、珍しいパターンもあるもんだ。精神移住に失敗したか? 人の心を食えないとは、悪魔として恥ずかしかろう なぁ?」

 ハブフブフスは茶化し、何回かジェイルの背中を叩いた。それを見て不愉快そうに眉をひそめるのはメリシアルだった。


「ハブフブフス。其方の軽率な発言が耳障りだわ。妾が恥を掻いたみたいじゃない」

「ん?」

「上手く体を奪えなかったのよ。封印が解かれてから最初に憑依したあの娘……ペトリーナと言ったかしら。あの人間が生意気にも妾の支配を逃れようとしたの」

 メリシアルは復活直後の経緯を思い出していた。封印を破壊したペトリーナに、メリシアルは乗り移るつもりだった。しかし彼女の精神抵抗力は強力で、メリシアルでさえも体を奪えなかった。


 ハブフブフスはゲラゲラと豪快に笑った。

「くくくくぁっ! 滑稽滑稽! 眠りすぎて鈍ったんじゃないか? メリシアル」

「冗談じゃないわ。妾は三千年間、人間共の宗教に付き合ってあげてたのよ。神の真似事なんかして、癒しの魔術まで施して。休む暇なんて無かったんだから、鈍る訳無いじゃない」

「神扱いされたのはお前だけではない。我々六大悪魔が全員、いつの間にやら『神』の座だ。人間共は勝手だな」

「崇められるのは悪い気はしなかったけどね。とにかく、現代の人間は舐めてかかれないわ。危うく妾とあの娘の魂が融合……それどころか、むしろ魔力を食われるかもしれなかった」

 悪魔は人間の精神を食らい、肉体に寄生する生き物だ。同じ肉体を共有するなど悪魔にとって屈辱の極みであり、逆に精神を食われるなど考えたくもない最悪の展開だ。ユニは対話と契約によってジェイルの体を共有する選択をしたが、そんな劣悪な条件で生き永らえようとする悪魔の方が少数派なのは間違いない。


「その娘は宮守の一族か? だとしたら要注意だな。三千年前に我々を封じた連中の末裔。只者では無い」

「でしょうね。でもこの肉体は簡単に奪えたわ。弱すぎて長持ちしなさそうなのが困り物だけど。贅沢は言ってられないわね」

 メリシアルは現在使っている肉体の胸に手を添えた。この体はハンドレド王国研究室調査員、ナナカの物だ。ペトリーナの体を奪えず、引っ越し先を探していた所に現れた、格好の標的と言える人間。魔力に乏しく精神の弱い人間は、悪魔にとって皿に盛り付けられた料理と同じだった。


 ナナカの体に取り憑き、メリシアルはここまで来た。メリシアルの強力な魔力があれば、ナナカが本来使えなかった攻撃魔術も飛行魔術も使い放題だ。遥か遠い外国の地まで辿り着くのに、一日も要さなかった。


「案ずるな。メリシアル。我々がこの世界を再び牛耳れば、人間を選び放題になる。使い勝手の良い肉体もすぐ見つかるだろう」

 そう言ったのはシュテイだった。美少年の体を借りたこの悪魔は、クルドフ王の玉座に腰を落ち着かせる。

「その言葉を待っておったぞ、シュテイ殿。我ら一族の長として、全世界の同胞達に目覚めの挨拶を。そして万物の霊長を騙る傲慢な人間共に、宣戦布告を! シュテイ殿の言霊が新時代の幕開けを告げるであろうぞ」

 老爺の体を借りたコックトは、シワを浮かばせて言った。懐かしの仲間達が集い、現支配者の象徴たる城を奪った今、悪魔の時代が再来するとコックトは期待していた。


「そのつもりだ。久々に自由の身になって気分が良いからな。僕は全力で暴れるぞ。付いて来れるか?」

「当たり前よシュテイ。ふふ。うふふふふ。ゾクゾクしてきちゃう。また貴方のかっこいい所を見れるなんて。私は幸運ね」

 大人びた女性の体を借りたウンデレトマは、シュテイの体に抱きついた。耳元で囁く彼女の吐息には興味を向けず、シュテイは呼びかける。


「ネ。君に任せたい仕事がある。開戦の笛を鳴らすぞ。この国の人間を一人残らず洗脳し、我々の恐怖を世界中に知らしめろ。出来るな?」

 命令を受けた悪魔ネ・オルゴーレは恭しく頭を下げた。

「無論でございます。我輩にお任せを。準備運動にもならない容易い仕事ですが、全霊で挑ませて頂きます」

 礼儀正しいこの男は、道化師のような奇抜な風貌をしていた。その体は紛れもなく、ユフィーリカ王国警備部隊兵士長、リリアンゼ・ゼリリアンの物だった。


              *  *  *


 魔術六国から青い光が確認されて、一週間が経過した。あの異常現象の正体は何なのか。ジェイルの目的は何だったのか。ナナカ調査員の身に何が起きたのか。謎が謎を呼ぶ困惑の最中に、それは訪れた。

 非魔術国家ザガゼロール王国が、世界全土に宣戦布告した。厳密に言い直すと宣戦布告したのは自称『六大悪魔』で、喧嘩を売った相手は『全人類』だ。


 耳を疑ったのは俺だけじゃない。どの国の人々も目を丸くするか鼻で笑うかのどちらかだった。ザガゼロール王国がハンドレド王国と休戦中なのは周知の事実だが、休戦協定を破った上に他の国にまで戦争を仕掛けるなんて無謀もいいとこだった。

 しかし驚くべきはそこではなかった。ザガゼロール王国の様子は、たった数日で大きく変わってしまった。

 国境付近には巨大な壁と要塞が設置され、検問は今までの比でないくらいに厳しくなった。武器の輸入が頻繁に行われた。ザガゼロール王国の様子を調査しに派遣された鳥形ゴーレムは、9割近く撃墜された。半壊しつつ帰還した1割のゴーレムから得た情報で、現状を推測するしかなかった。


 ザガゼロールの人々は一般人まで含めて武装を始めたという。一糸乱れぬ統率された動きは、熟練の軍隊のようだった。武装しただけの素人には決して出来ない連携が取れていたらしい。

 ザガゼロール王国の急変。これらの出来事がたった数日で。


「……以上が、ハンドレド王国研究室の公式調査結果であります」

 コルティ家を訪れたキトー調査員が書類を読み上げ、俺とペトリーナに現状を伝えた。王国が直々に調べたにしては少なすぎる情報だった。それは俺達には伝えられない情報があるのか、それともこれだけしか調査出来なかったからか。


「ナナカさんの行方は分かったんですか」

 俺は一番気になっていた事を質問した。神降宮で突如苦しみだし、自分をメリシアルだと名乗って去って行った彼女。止めようとする俺を撃退したあの力は……こう言ったら失礼だけど、ナナカさんの実力だとは思えなかった。五つ星魔術師かそれ以上の魔力が、あの魔術には込められていた。

「行方は未だ不明であります。しかしナナカ調査員の目撃情報と偵察ゴーレムから得た映像から推察するに……彼女はザガゼロール王国にいると思われるであります」

「それは、囚われているという意味ですの?」

 ペトリーナは質問した。キトー調査員は「分からないであります」と首を横に降る。

「自らの意思で向かったと考えるのが妥当でありますが……動機が無い。あの人はザガゼロール王国とは何の関係もないでありますから」


 キトーも頭を抱えているようだった。近頃の謎の出来事の連続は、世間を大いに混乱させている。分からない事があまりにも多すぎるんだ。

「ペトリーナさんのご容態はどうでありますか。本職が先日お邪魔した時には体調が優れなかったとお聞きしているでありますが」

 キトーは話題を変えた。ペトリーナは「平気ですわ」と微笑む。

「もうすっかり気分が良くなって。あれは一体何だったのでしょう。疲れていたのかもしれませんわね」

「どうぞご自愛を。こんな時にペトリーナさんが倒れるような事になれば国は尚更混乱します」

「ふふっ。ご心配なく。私、心身とも健康なのが取り柄ですから」

 跳ねるような彼女の口調は本当に元気そうだった。ナナカが行方を晦ませた後から、ペトリーナは体調を取り戻した。あれも謎の一つだ。何故ペトリーナが急に体調を崩し、急に治ったのか。


「そうですか。良かった。ペトリーナさんもアレイヤさんもお気を付け下さい。最近、世間は騒がしい。巷では『世界が滅亡する』だの『文明の終焉』だの、怪しい集団が喧伝しております。妙な事件に起こしかねない勢いです」

「戦争が始まるかもしれないという状況なのに、国内の治安まで悪化したら大変ですわね」

 ペトリーナは心配そうに言う。キトーは頷いた。

「えぇ。ハンドレド王国としても戦争は避けたいはず。何とかしてザガゼロールの宣戦布告を撤回させたい所でしょうが……果たして上手くいくのか」

「出来ないと言っている場合ではない。これは最早、人間同士の争いに留まらないのだ。朕が手を打たねば、民草の言う通り世界は終わる」

 重々しい声が、部屋の外から聞こえた。そこに立っていた人物を視認して、空気が硬直する。

 ハンドレド王国法王、タリオ・ハンドレド。この国の君主である男が、当然のようにこの場にいたからだ。


「……んなっ!? 法王陛下!? 何故ここにいらっしゃるのでありますか! しかも護衛の一人もお付けにならず!」

 キトーは声を上擦らせて驚愕した。ペトリーナも突然の事に絶句していた。国一番のVIPが、たった一人で、しかもアポ無しで来たのだから。こんなドッキリがあったら心臓に悪すぎる。もちろん、ドッキリでも冗談でもないのは法王の表情から明らかだった。


「ズォリアに用があってな。通達もせず訪れた事は詫びよう。だが事態は急を要する。其方らも同席を許そう。いずれ世界へ向けて伝えなければならない真実だ」

 冷静に、それでいて切迫した声で彼は告げた。法王が急いでコルティ家に来なければならない理由……それが彼の口調に潜んでいた。


「お父様にご用事ですのね。今すぐ呼んで参りますわ」

 ペトリーナは立ち上がってズォリアを呼ぼうとした。すると「するまでも無い。座っていろ」とズォリアの声が。

 いつの間にかズォリアが来ていた。法王の来訪を知ってか、それとも偶然か。ズォリアはただ一人落ち着いた様子で頭を下げた。

「お忙しい所ご足労頂き恐縮でございます、陛下」

「やめんかズォリア。人の前だからと言って型式ばった口調は不要だ。普段通りでいるが良い。朕と其方の間柄であろう」

 珍しく恭しい態度のズォリアを、タリオ法王は嗜めた。するとズォリアは頭を上げ、悩んだ顔で髪を掻いた。

「……そうかい。じゃ、遠慮なく。全く、人前でこういう態度を見せるのは避けたかったんだがな」

 家でいる時のようなラフな口調に戻ってズォリアは喋った。タリオ法王は硬い表情を少し崩す。

「ふっ、それで良い。其方らも肩の力を抜くが良いぞ。堅苦しいのは苦手だ」

 タリオ法王は俺達にも気軽でいるように言った。そう言われた所でズォリアみたいにすぐに切り替えられない。目の前に王様がいるのだから、やっぱり緊張する。


「で、何しに来たんだタリオ。お前がワシの家に来るなんて何十年ぶりだ? ガキの頃を思い出すな」

「はははっ。そうだな。あの頃はただの友人同士でいられた。夕暮れまで遊び呆けて実に楽しかったな。お互い歳を取って、役目に縛られる人生を送っている訳だが」

 ズォリアとタリオ法王は談笑した。二人が旧知の仲だとは知っていたけど、こうも仲が良いだなんて知らなかった。友人同士の空間に、俺達一般人は付いて行けない。


 ズォリアは机の上にあったティーセットを勝手に使い、一人分のお茶を淹れた。なみなみとお茶を注いだカップに口を付けながら、彼はティーセットをタリオ法王に渡す。

「仕方ないだろ。ワシは宮守の一族、お前は王族だ。一般人のようには振る舞えまいよ」

 ティーセットを受け取ったタリオ法王は自分の分のお茶を作った。

「実はその件で来たのだ。其方の責務と朕の責務、その両方に関わる重要な話だ」

「何だよ。勿体ぶってないで話せ」

「悪魔が復活したのだ」

 お茶を味わいながらタリオ法王は告げる。気軽な世間話のように聞こえるけれど、軽く聞き流せるものでもなかった。

「あん? 悪魔だと。って言うと、創世神話に登場する悪魔か」

 創世神話。それは異世界人の俺でさえ何度も耳にした話だ。

 この世界に人間が誕生して間も無い時代、全ての始まりの物語。人間達の世界を創る、神々の伝承だ。三千年前に神と人は力を合わせ、人に仇なす悪魔を倒した。そして魔術国家の人々は魔術を習得し、神々と崇めるようになった。大まかに言えばそう言うストーリーだ。


「無論。創世神話が歴史を元に作られた物語なのは、言うまでもない。三千年前、確かに我々人類は悪魔と呼ばれる存在と戦い、勝利した。だが神話には嘘が混ぜられておった」

「何だよ嘘って」

神はいなかった(・・・・・・・)。人間は自分達の力だけで悪魔を倒したのだ」

「はぁ?」

 ズォリアは眉をひそめて高い声を出した。怒っているような馬鹿にしているような、何とも言い難い声色だった。


「おいおい、お前冗談とか言うタイプだったか? 神がいないだと? そんな訳ないだろ。魔術は神に与えられた力なのは常識だろうが。毎年『祭典の日』には神降宮で膨大な魔力が観測される。アレがワシら神官の信じる神だろ。それとも何か? ワシらは存在しない神を信仰してたって言いたいのか」

「そう言いたいのだ。『祭典の日』に感じる魔力は、神降玉……正式には『封印玉(ふういんぎょく)』に封じている悪魔から魔力が漏れた結果だ。それを我々は神と思い込んでいるだけだ。魔術も本当は、神の力ではなく悪魔の力だ。我ら人間が勝手に悪魔の力を模倣したに過ぎない」

「………………」

「黙っていて申し訳無かった。いや本来ならずっと黙っているつもりだったのだ。これは隠さねばならない真実だからな。だが悪魔が復活してしまった今となっては隠匿は罪だ」

「待て待て待て。考えが追いつかない。いくらお前の言う事だとしても……信じ難い」

「そうであろうな。受け入れられないのも当然だ。全ては朕達王族が歴史の真相を隠蔽し、宗教という嘘で覆い隠したのが原因だ。どんな糾弾も罵倒も甘んじて受け入れよう」

「そう言う事じゃなくてな……ええい、くそっ!」

 ズォリアはやけくそ気味に叫んでカップのお茶を飲み干した。

「訳が分からん! だがワシはな、神とお前どっちを信じろと言われたらお前を信じる! 気が狂ったんなら承知しないぞ」

「安心しろ。気は確かだ。証拠なら城内にいくらでもある。王族だけが閲覧を許された、歴史の真実が記述された資料だ。其方らもそれを読めば、朕の言葉が誠だと知るであろう」


 法王とズォリアの会話を傍目で聞いて、俺も混乱していた。神はいない? では神降宮にいるはずの六大神は何なんだ。

「法王様……もしや神の正体とは」

 そこまで言って、ペトリーナは言い淀んだ。何かに気付いたようだけど、それを言いたくなさげだった。

 ペトリーナの代わりに、タリオ法王は真実を告げる。神の信徒を絶望に落とす、残酷な真実を。

「六大神の正体は、三千年前に封印された六人の悪魔だ。悪魔達の中でも特に恐ろしい六人のリーダー格を、太古の人間達は神と呼ぶ事にしたのだ」

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