表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐者はこの世界でも頂点を目指す  作者: くまけん
第七章 〜悪魔復活〜
110/199

第110話 「悪魔と一つになった男」

 ジェイルの計画はずっと前から企てられていた。それは一年前からとも言えるし、三千年前からとも言える。


 ジェイル・ハルメタリアは転生者だった。生まれた世界で命を終え、この世界へ魂を送られた。輪廻転生の輪に導かれ、ジェイルとしての人生が始まった。

 最初こそジェイルは普通の人間だった。強いて言うなら『生前』の頃に使えた『呪い』の技術をこっちの世界でも使えたが、非魔術国家で生まれ変わったジェイルは魔術師にはなれない。この世界の価値観ではジェイルは凡人だ。


 ジェイルは豊かでも貧乏でもない、ごく普通の生活を続けた。前世の記憶は残っていたが、昔の世界に執着はしなかった。この世界に骨を埋めようと決めて、何年も暮らしてきた。


 そんなある日、ジェイルは悪魔と出会った。今より一年近く昔の話だ。


 「私に体を貸せ、人間」

 男とも女とも分からず、若いとも老いているとも思えない者の声が、突如ジェイルの頭に流れ込んだ。周りには誰もおらず、幻聴としか思えない声だった。けれどジェイルは、この声の主が確かにここにいると確信していた。

「誰じゃ」

 ジェイルは声を発していない。ただ心の中で問いかけた。それだけでコミュニケーションを取るに十分だった。


 返事はすぐに返ってきた。

 「私は神の眷属、あるいは悪魔と呼んでも構わない。人間達は我々の事をそう呼んでいる。この世界で唯一の、精神生命体だ」

 精神生命体。名前だけならジェイルも聞いた覚えがある。肉体を持たず、精神のみで活動する生き物の事だ。精神は魔力と同一視されるため、魔力生命体とも呼ばれる。

 しかしそれは概念であり、実在するとは信じられていなかった。魔力生命体の存在を支持する者は妄想家だと馬鹿にされる風潮もある。


「精神生命体? 悪魔? そりゃ魂消たの。そんなもんが本当にいたとは」

 ジェイルは最初は半信半疑だった。創世神話に登場する『悪魔』や『神』なんて存在が今ここにいるとは素直に受け入れがたい。ましてや精神生命体ときた。子供じみた嘘のように思えてくる。

 しかし、紛れもない真実であると気付いていた。今ジェイルと悪魔は声を交わさずに会話を成立させている。心の中だけで、二人は話す。


 「私は形無くとも確固たる生命だ。今、お前の心に入り込んで語りかけている。自分の中から声が聞こえるような感覚は新鮮だろう?」


「妙な会話の仕方をするんじゃのぉ。お主が幻聴でなく本当にいると仮定して、何故姿を見せん? 僕の心に入り込むなど面妖な事をせずとも良かろうに」


 「我々は肉体を持たぬが故、人間の体に寄生しなければ長生き出来ん。先程、私の宿主が死亡してしまってな。急遽お前の体に乗り移った次第だ。だからお前の前に姿を現せはしない」


「随分勝手な言い分じゃ。お主、僕が気付かん内に僕の体を奪おうとしていたのか?」


 「勝手、か。一理ある。我々は人間の体を勝手に奪い、体の持ち主である人間の魂を食らい、生き延びてきた種族だ。お前達にとって我々は捕食者。忌み嫌うのも当然だろう。しかし私は今、お前に取引を持ちかけている。分かるか? 無断でお前の体を奪うのではなく、許可を取って借りようとしているのだ」


「ほー。それはまたまた妙な話じゃの。人を食らう怪物が、餌である僕に食べていいですかとお願いするとは。悪魔とやらは案外礼儀正しいのじゃな」


 「今回は例外だ。本当はお前の体を乗っ取ってやろうと試みたのだが、上手く行かなくてな。お前、普通の人間より精神が特殊らしい。精神の在り方を理解している者か。この私の干渉に、本能的に抗ってくるとは思わなかった」


「んー、よく知らんが、もしや僕が『呪い屋』だからかのぉ?」


 自称悪魔の説明は、ジェイルの知識では理解が及ばない範囲だ。しかし思い当たる節はあった。呪いを扱えるジェイルは、人の心の動きを把握している。呪いとはすなわち、心を操り現象を起こす技だからだ。それは魔術の成り立ちと似ていた。


 「原因はどうでもいい。私が人の体を奪えなかったという事実だけが重要だ。こんな事態、三千年生きてきて初めてだ」


「それは不憫じゃの」


 「不憫で済む話ではない。私には三千年の悲願があるのだ。必ず成し遂げねばならない復讐があるのだ。志半ばで宿主を失い、衰弱死する訳にはいかない。そこで、だ。私と契約しないか? 人間」


「僕の体を貸せ、というのか? 困るのぉ。お主に体を乗っ取られたら、僕は死ぬのじゃろ?」


 「厳密には即死ではない。悪魔に体を奪われた人間の魂は、肉体の主導権や思考能力を失い、悪魔に精神エネルギーを提供する餌となる。次第に心が食われていき、じわじわと死ぬ」


「結局死ぬではないか」


 「まぁ待て。それは普通の人間が悪魔に支配された場合だ。私は今回だけ特別、お前に肉体の主導権を譲る。思考や感情も自由にしてやる。エネルギーも奪わない。その代わり、お前の心の一部分だけをシェアさせてくれ。ほんの少しだけでいい。私が生き延び、復讐を成し遂げるためのチャンスをくれればいいんだ」


「今も既に、僕の体を乗っ取ったようなものではないのか? 現に、僕の頭の中で会話しているじゃろ」


 「今は仮契約のような状態だ。少しでも私が気を抜けば、私はお前の体から追い出される。お前の精神の抵抗力は、それ程までに強烈だ」


「そうなのか。自覚は無いが、疑って得は無いし信じてやろうかの。で、契約が成立したら僕はどうなる」


 「お前と私、二人の精神が混じるような形になる。一つの肉体に、二つの魂の共存だ。お前はほとんど何も変わらないが、私の意思が少しだけ介在するようになる」


「と言うと?」


 「『六大悪魔を復活させ、憎きグリミラズ・バーハウベルゲを倒す』という意思だ」


「んんん……誰じゃそいつ。僕がグリミラズとやらと戦わんといけんのか? 面倒じゃのお」


 ジェイルが断りそうな心境を醸しているのは、ひしひしと悪魔に伝わった。悪魔は慌てて、それでいて動揺が伝わらないように説得を続けた。


 「無論、お前にもメリットのある契約だ。私の悲願成就に力を貸してくれるのであれば、私の力を貸してやる。つまり魔術だ。お前、魔術師ではないのだろう? 私がいれば強力な魔術であれど使い放題だ。悪くない条件だろう」


「魔術か。そうじゃのぉ……」


 ジェイルは悩んだ。魔術に興味が無いと言えば嘘になる。好奇心に身を預けて悪魔と契約するか、それともリスクを鑑みて拒絶するか。


「お主よ。答えを決める前に質問があるのじゃが」


 「何だ? 人間」


「悪魔と人間は友達になれると思うか?」


 予想だにしない質問だった。三千年生きた悪魔でさえ答えに困る。


 「……思わないな。まぁ、しかし。興味深い命題ではある」


 どんな返答が正解なのかなど分からないし、シンプルに本心を答えた。ジェイルはニヤリと笑った。


「そうか。お主、清々しい奴じゃのお。良し、契約じゃ! 僕の体を使え!」


 「おお。有り難い限りだ。素直に感謝するぞ人間」


「ジェイルじゃ。ハルメと呼んでもいいぞ」


 「なら私の事はユニと呼べ、ジェイル」


 そして悪魔ユニはジェイルの体を借りた。ジェイルがユニを受け入れた途端、ジェイルの精神防護は解かれる。精神生命体の魔力はジェイルの心と融合し、一つの新たな魂となる。


 この日からジェイルはジェイルではなくなった。ユニでもない。人と悪魔、二人の精神が合体した前代未聞の魂が完成したのだ。

 ジェイルにとって、心が変化した自覚は無い。だが、六大悪魔を蘇らせなければという熱意とグリミラズへの復讐心が芽生え始めた。六大悪魔もグリミラズも、当時のジェイルは知らない。知識としては知らなくても、本能的に知っている気がした。


 これから一年間、新生ジェイルは悪魔の復権に向けて暗躍した。でも計画そのものは三千年前から始まっていた。

 創世神話の時代、人間に敗北し封印された六人の悪魔を、この世に呼び戻す。あの屈辱の敗北からユニは人類に勝利する日を待ち望んできた。長い、とても長い年月を。


 そして、ジェイルの悪魔復活計画は順調に進んでいた。間も無く六大悪魔が蘇るであろうといった時に、ジェイルは己の内のユニに問いかけた。

「ユニ。お主の願いが叶ったとして、その先のどんな未来をお主は望む?」

 悪魔ユニの扱う魔術は、予言魔術と呼ばれる種類のものだ。未来を知る事が出来る高度な魔術だ。ユニに取り憑かれているジェイルも、同じ魔術を使える。彼らには悪魔復活の光景が見えていた。だが、その先の遠い未来まではジェイルは知らない。予言魔術で確かめられる未来は断片的で曖昧だ。未来全てを見通せる訳ではなかった。


 「私は、我々精神生命体こそ世界を統べるに相応しい存在だと考えている。人間共が文明を築き、世界を支配するこの時代など偽りだ。我々は復権し、頂点に立たねばならない」


「ほう」


 「我々から世界を奪った人間に復讐し、再び覇権を握る。今が人間に汚された時代だとしても。三千年前と同等の栄光を私は信じている」


 三千年もの時を孤独に過ごしたユニが、同じ目的のために奮闘し続けられた理由は、そこにある。ユニは悪魔が王者として君臨していた時代の栄光を忘れられない。あの理想的な世界のためなら何度だって戦う。

 孤独な復讐者は頂点を目指す。この、人間に支配された世界でも。


「そうかそうか。応援しとるぞ。しっかし奇特な縁じゃな、僕とお主は。お主が三千年かけても成し遂げられなかった野望が、僕と手を組んだ途端に現実味を帯びるとは。お主の予言魔術、間違いないのじゃろうな?」


 「無論だ。私とて手を抜いていた訳ではない。強力な肉体を持つ人間に取り憑き、神降宮に侵入しようと何度も試みた。だが人間共は日に日に警備を厳重にしている。魔術師では神降宮を突破出来ん」


「神降宮に保管されている『神降玉』に六大悪魔は封印されておるのじゃったな? それを壊せば良いのなら、すぐに出来そうじゃがな」


 「何重もの魔術結界と、並外れた力を持つ宮守が守護している。魔術的なアプローチでは封印を解けないように、人間共は策を練った。反魔術的な技術を用いるか、魔術の理の外にある技を使うしかない」


「なるほどの。それが僕の『呪い』という訳か」


 「そうだ。お前と私の出会いは奇跡だったのかもしれない。感謝するぞジェイル。お前の呪いがあれば、あり得ざる不幸をも現実に変える」


 本来ならば、神降玉は壊れない。世界最高級の封印は、物理的な干渉も魔術的な干渉も高確率で弾く至上の防御だ。

 だが、抜け道はあった。『呪い』は不幸を人為的に引き起こす特殊能力だ。たとえ奇跡と呼ぶに等しい低確率な現象であれど、条件さえ揃えば確実に起こってしまう。

 『失敗する可能性があるものは失敗する』とは、ジェイルが前に生きていた世界の言葉だ。ジョークの一種でしかなかったそれを、笑い物にならない現実に昇華したのが、ジェイルの呪いだ。


「僕が宮守を呪えば、神降玉は壊れる。そうじゃな?」


 「違いない。私の予言魔術を信じろ」


「傑作じゃな。悪魔が語る占いを信じろと」


 「疑うのか?」


「いいや。かく言う僕も呪い屋じゃ。似た者同士じゃろうよ」


 今はジェイルとユニは一つの体を共有する仲間だ。同じ目的のために二人三脚で歩いてきた。今更疑う事など無い。

「行くぞ、ユニ。お主の見たかった景色を見せてやろう」

 ジェイルは魔術六国の神降宮を訪問した。時には古物商のフリをして、時には政府の関係者のフリをして、時には熱心な信者のフリをして。神を信じる宮守に接触した。

 ジェイルが仕掛けた呪いは、復讐の呪いだ。目には目を、歯には歯を。自分の大切なものを犠牲にして、相手の大切なものを奪う呪い。

 ジェイルはクルドフ王から授かった宝を犠牲にして呪いをかける事にした。凄まじく高価な宝を宮守に壊させる事で、罪悪感を増幅させる。宮守に刻まれた『罪』は、自動発動する呪いを化した。後は宮守が神降宮に入るのを待つだけ。宮守の一番大切なもの……つまり神降玉は、宮守自身に仕込まれた呪いの力で壊される。そんな運命を、強制するのだ。神降玉が壊れる確率がどれだけ低かろうと、呪われた以上、『復讐』は必ず成就する。


 作戦は成功した。各国の宮守は全員呪われ、自業自得の『不運』によって神降玉を破壊した。封印が解かれた時、空に青い光が放たれた。悪魔復活と共に起こる現象だ。


「これで封印された悪魔は全員自由になったのかの?」


 「まだ言い切れない。我々は宿主がいなくても空気中に存在出来るが、魔力供給の無い状態では長いき出来ない。呼吸を止めているようなものだ。早く人間に憑依しなければ死んでしまう」


「人の手で封印を解かせたから、大丈夫じゃろ。この世に出てきた途端、目の前に宿主がおる訳じゃからな」


 「人の体を容易に奪える保証は無い。お前のように精神の抵抗力が強い人間が封印を解いたかもしれないからな。そんな例外、滅多に無いが」


「僕のせいで用心深くなっとるのぉ、お主」


 「仮に憑依に失敗したとしても、あの方々ならすぐに別の器に乗り換えるだろう。六大悪魔は並の悪魔とは格が違う」


「ほう。そう言えば気になっとったんじゃが、お主や六大悪魔の他にも悪魔はおるのか?」


 「いる。数は少ないがな。人間のフリをして社会に溶け込んでいるぞ。悪魔であると知られたら殺されかねないから、目立たないように必死だ」


「それはそれは屈辱じゃろうな。お主の気持ちも段々分かってきたぞ」


 「人間に同情されるとは、いよいよ我々も落ちぶれたな。だがそれも終わりだ。あの方々が解き放たれたからには、人間の時代は幕を閉じる」


「そのお偉いさんはどこにおるんじゃろうな? 精神生命体など僕には見えんし、人に乗り移ったとて、それが人間か悪魔など一目では分からんわい」


 「人間と悪魔憑きの区別か。お前には難しいだろうな。私には容易だ。精神生命体はお互いに交信が出来る。今、収集をかけた。皆、いずれ私の元へ集うだろう」


「テレパシーみたいなものかの? 便利じゃなぁ。それなら、ザガゼロール城を集合場所にしてみるか。世界の覇権を握るのなら、拠点となる城は必要じゃろ?」


 「なるほど、人間の城を奪うか。良い提案だ」


「決まりじゃな。僅かな間じゃが世話になったクルドフ王に、別れを告げるとしようかの」


 悪魔達が復活した以上、クルドフ王の利用価値は無くなった。切り捨てるタイミングは今だろう。人間同士の争いに固執していた愚かな国に、人間よりも恐ろしい天敵の存在を知らしめるのだ。


 ジェイルは玉座の間の門を叩く。裏切り者の配下を信じ切ったクルドフ王は、朗報を期待してジェイルを迎え入れる。ジェイルは内なる悪魔を隠して、笑顔で答えるのだ。「首尾は整いました」と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ