第109話 「ジェイルの野望」
魔術六国には、それぞれの王室が発行している六つの広報誌がある。奇しくも、その全ての一面を同じ記事が飾った。
『神降宮から空へ向かう謎の青い光』
『神降玉が破損する事故が発生。青の光との関係は』
どの魔術国家も同時期に神降玉が壊れ、青の光が空を貫いた。偶然と呼ぶにはあまりにも出来すぎている怪奇現象。それもそのはず。これが偶然ではなく、人為的な事件だ。
「首尾は整いました、我が王」
ザガゼロール国王の御前で跪き、ジェイル・ハルメタリアは報告した。君主クルドフ・ザガゼロールは、歴史上類を見ない軍事作戦の進行を見守る。
コルティ家の神降宮での『仕掛け』が終わり、全ての準備は整った。ジェイルは真っ先にザガゼロール王国に戻り、王と謁見する。
「ふむ。絵空事ではないと分かっていたが、実際に起こると夢と疑いたくなるな。『神』は本当に解き放たれたのか」
クルドフ王は既に魔術六国の広報誌に目を通していた。ハンドレド王国、ユフィーリカ王国、アヴァスッド王国、ポウポウ王国、ワレモール公国、ザファ民国。六つの魔術国家が、未曾有の事態に襲われている。神が降りる媒体とされ、国一番の宝とされる神降玉が、壊れてしまったのだ。
自分の国でそんな事件が起きたと知るだけで絶句物だ。さらに他の魔術国家でも同様のトラブルが発生したと知ったなら、誰だって言い知れぬ不安に襲われる。
この騒動は前触れに過ぎない。この先何が起こるか知っている人物は、ここザガゼロール城にしかいなかった。
「はい。魔術六国が崇める『神』はこの世界に君臨しました。後は我々が一丸となり、『神』の力で魔術六国を支配するだけです」
ザガゼロール王国は『神』を軍事利用する計画を密かに進めていた。魔術を使えないザガゼロール王国が魔術国家と戦うための打開策だ。
神降玉が壊された事により、六柱の『神』は現世に立つ確かな存在となった。全てはジェイルの企て通りだ。
「あの青い光は『神』が復活した証。六つの神降宮から光が発せられたのはつまり、神々が顕現したという事。お喜び下さい、陛下。貴方は新たな時代の支配者となるのです」
六つの魔術国家の一つずつ建てられた神降宮。それぞれに別の神が祀られている。鎮静の神メリシアル、恐怖の神ネ・オルゴーレ、憤怒の神ハブフブフス、嫌悪の神コックト、魅了の神ウンデレトマ、無関心の神シュテイ。六種の神は今、この世界に。
「そうかそうか。余がついに世界の王に! ぐふふ……笑いが止まらんな。ジェイルよ、神をここに集めて参れ! 神々を使役し、余の力としてやろうぞ!」
作戦が順調に進んでクルドフ王は歓喜した。ジェイルも笑みを絶やさなかった。
「無論でございます、我が王。既に召集はかけてあります故。間も無く神々はこの玉座の間へ集うでしょう」
噂をすれば、だった。玉座の間の扉が勢いよく開かれる。六人の男女が、堂々たる態度で中へ足を踏み入れた。
「な、何者だ貴様ら!」
突然の来客にクルドフ王はたじろいだ。普通、王との謁見は誰でも気軽に許されるものではない。王室に事前に許可を取って、指定された時間にのみ謁見するのが基本だ。来客の前には召使が連絡する手筈。急な来客などありえないはずだった。
「ここが現代の君主の居城か? 簡単に侵入出来て拍子抜けだな。装飾だけ豪勢にしてもこれでは廃墟と同じだぞ」
少女のような顔立ちの少年が、辺りを見渡して言った。隣に立つ老爺がケタケタと笑った。
「広々として麻呂の好みではあるぞ、シュテイ殿。なぁに、奪った後にシュテイ殿の好きなように改築してしまえば良い」
勝手に入室した挙句、傍若無人に歩き回る六人の男女。その無礼な態度にクルドフの頭から湯気が登った。
「き、貴様ら! 余の前だぞ! 無礼千万! 守衛の兵はどうした! こやつらを摘み出せ!」
クルドフは門の外で待機しているはずの兵士達に命令した。しかしその声は虚しく反響するだけで終わる。
「守衛? もしや外にいた雑魚共の事か? 奴らなら気絶しているぞ。もう目覚めないかもしれないがな」
シュテイと呼ばれた少年は背後に視線を向けた。開かれた門の奥に、倒れた兵士の姿が映った。
王を守る兵士達を強制的に突破し、玉座の間に侵入した謎の者達。国王を脅かす敵であるのは明白だった。
「なっ……貴様ら曲者だな! ジェイル! そやつらをひっ捕らえよ!」
ジェイルとクルドフ王は二人きりで対話していた。守衛の兵が倒れた今、クルドフ王の身を守る兵士はジェイルだけだ。
だがジェイルは何もしない。王の命令を無視して突っ立っている。
「何をしている! 早く戦えジェイル!」
「我が王。この身は貴方様のために」
ジェイルは跪いた。クルドフではなく、シュテイの方に。
クルドフ王は言葉を失った。現状が理解出来なかった。忠臣であるはずのジェイルが、不審者の方に頭を下げている。クルドフ王の身を守ろうともしない。
この光景の意味は一つしかなかった。ジェイルが忠義を尽くす『王』が誰か、もう語るまでもない。
「ジェイル……貴様まさか」
「クルドフ王。頭が高いですよ? いつまで玉座に座っているのです。ここに御座すのは魔術六国が崇める六大神。人類を支配する神々なのです。三千年前は『悪魔』と呼ばれていましたがね」
ジェイルは冷たい声で言った。彼が頭を下げる六人こそが、この世に顕現した神々。だがそれは現代人にとっての呼び名。かつて人々は、この支配者達を『悪魔』と呼んだ。
「謀ったなジェイル! 神の力を操るなどと嘯きよって!」
「当然でしょう。神の力を人間如きが支配しようなんて、傲慢にも程がある。貴方は利用される側だったのですよ。この身の悲願……六大悪魔をこの世に復活させるための道具としてね」
ジェイルは立ち上がり、クルドフ王に手を伸ばした。
「『ダーティー・チェイン』」
口にしたのは、魔術名。茶色い鎖が突如として現れ、クルドフ王の全身を束縛する。
「こ、これは魔術!? ジェイル、貴様が何故魔術を!?」
ジェイルは魔術国家の生まれではない。魔術は使えないはずの人間だ。クルドフ王もそう思っていた。魔術師じゃない人間だから、クルドフ王はジェイルを信頼したのだ。しかし。
「使えないなんて、誰が言いました?」
ジェイルは平然と欺いた。非魔術師のフリをして、忠臣のフリをして、ただの人間のフリをした。彼の嘘をクルドフ王は見抜けない。世界の支配者になれるかもしれないという誘惑が、王から警戒心を奪った。
「大丈夫。安心して下さいクルドフ王。貴方は世界の頂点に立てます。ただし、その肉体だけですが」
身動き取れないクルドフ王を、ジェイルは悪魔の一人に差し出した。彼の貢いだ『手土産』を受け取ったのは、幼い少女の姿をした悪魔だった。
「気が利くな、名も知らない同族よ。この体は貧弱で使い物にならないと思っていた所だ。この男の方が少しは使い勝手がいいだろう。俺の新しい器にさせて貰うぞ」
少女はクルドフ王に触れた。その途端、クルドフ王は呻き出す。
「が……ぐがっ……」
目を見開き、鼻血を出し、体を震えさせる。苦しげな声がしばらく続いたかと思うと、クルドフ王は静かになって項垂れた。そして、少女は死んだように倒れる。
鎖に縛られ、病人のような顔色になっていたクルドフ王は、唐突に口を開く。
「くく……良いぞ。この体は俺に馴染む。しばしの間こっちを使ってやろう」
クルドフ王は全身を縛る鎖を引き千切った。否、最早この人物はクルドフ王ではない。今言葉を発している魂は、悪魔のものだ。
「ジェイル、と言ったか。お前、この肉体を捨てておけ。用済みだ」
悪魔は床に倒れる少女の体を蹴った。ジェイルは「仰せのままに」と、物言わぬ少女の肉体を持ち上げる。
「雑用であれ、何であれ。存分にこの身をお使い下さい。これからの時代、これからの世界は、貴方がたの物なのですから」
ジェイルは本心からの忠誠を誓った。ここに悪魔は復活した。それはすなわち、人間が食物連鎖の頂点に立つ時代が終わった事を意味する。
王を失った玉座は、豪華な装飾が施されただけのガラクタだった。




