第105話 「ここにいる理由」
どうやって帰ったか覚えていない。いつの間にか俺はコルティ家に戻って来ていて、朝を迎えていた。いつも通りの朝。ペトリーナ達と食卓を囲む。
「一時はどうなるかと思ったが、アレイヤ少年もペトリーナも無事で良かった! 二人が今日も健康に飯を食える喜びに、乾杯!」
食卓の中心に座るズォリアは、上機嫌に酒を呷った。この家の大黒柱であるズォリアが威勢よく食事しているのに釣られ、孤児院の子供達も笑顔で御馳走を頬張っている。
ペトリーナが顔を覗かせて俺を心配そうに見つめた。
「どうしましたの? アレイヤさん。お疲れですか?」
俺はハッとして目の前の皿に意識を向けた。ボーっとして食事に手をつけていない俺は病人のように見えたはずだ。
「ううん。ごめん。大丈夫。食べるから」
義務感で食べ物を口に運ぶ。味がよく分からない。
俺は何をやってるんだろう。人の家で暮らして、ご飯まで貰って。こんな生活をしてていいんだろうか。
意味なんてあるのか。魔術学校に通って、強くなって、それがどうした。
「ズォリアさん」
「ん? 何だアレイヤ少年。おかわりが欲しいのか?」
「そうじゃなくて、俺ってこの家に居ていいんでしょうか」
すると、空気がしんと静まった。ズォリアはナイフとフォークを置いて、思案顔をする。
「む。妙な事を聞きおる。良いに決まっているだろう。君はペトリーナの騎士に指定されたのだぞ?」
「そうですよ! アレイヤさんは私達の家族です!」
ズォリアの発言にペトリーナが同調した。この家の人達は、俺を受け入れてくれる。ありがたい限りだ。
なんで皆、こんなにも優しいんだろう。空っぽの俺なのに。
「ありがとう……ございます」
礼を言葉にする。でも結論が出た訳じゃない。考えさせて欲しい。俺がここにいる意味を。
食事を終えて部屋で寝転んでると、ノックもせずにユーリンが入って来た。
「おう。邪魔するでー」
「どうぞ、ご勝手に」
俺が招待するとユーリンは俺の背中に乗ってペチペチと叩いた。
「いたっ。何?」
「ボケ。何やねんさっきのは。ペトリーナ姉ちゃん困っとったやろ。構ってちゃんかいな」
俺の朝食の発言が癪に障ったようだ。ふざけ気味のユーリンが、今は真面目な声色だ。
「ごめん」
「謝るんならもうやめとけや。ペトリーナ姉ちゃんに気にして欲しいんならもっと直球勝負せんかい。男やろ」
「そういうのじゃないんだ」
ただ純粋に、疑問を抱いただけだ。別世界の住人である俺が、当たり前のようにこの世界で暮らしている現状に。このままで良いのかと疑いたくなる。
グリミラズを追っていた頃は、この世界に滞在する明確な理由があった。でも今は違う。何かしらも目標が無ければ俺は惰性で人生を食い潰すだろう。そんな気がするんだ。
「何や。アレイヤあんちゃん、メンヘラか? それとも賢者モードか。さては起きて早々処理しとったな?」
「ユーリンはいつも元気だよな。軸がブレないというか……子供だから純粋でいられるんだろうか」
「は? 元気なのは子供の特権ちゃうわ。そもそもワイの精神年齢は高いんやで。マセガキやから」
「自覚あったんだ」
「『魔誘性知能過剰発達障害』」
「?」
「ワイの病名や。生まれつきの高い魔力が原因で、子供のうちに精神が成熟してしまう病気。ワイはな、子供だった時代がほとんど無い。肉体年齢こそ5歳やけどな。子供心なんて分からへんねん」
難しい病名は、俺には理解出来ない。でも彼女の口調から、それが軽口程度で済むようなものじゃないのは理解出来た。
「ワイの実の両親は、ワイを気味悪がっとってな。子供の言動ちゃうゆーて、ワイが悪魔に乗っ取られたと疑いよるねん。で、手に負えんでワイを捨てた。コルティ家の孤児院が無かったらワイは一人ぼっちやった。感謝しとるんやで、ほんまに」
ユーリンは重い過去をさらりと言ってのけた。その平然とした態度は、まさしく大人びていた。
「せやから、あんちゃんも『ここに居ていいんか』とか言わんとき。折角、あんちゃんの帰りを待ってくれる人がいるんやし」
「そうだな……ごめん」
「はい、じゃあこの話はおしまいや。あんちゃん、悩みでもあるなら聞かせえ」
ユーリンは両手を一回叩いて俺の前に座った。
「悩みって程でも。自分のやりたい事が分からなくなって」
「へへっ。何やそれ。オモロイな。モラトリアム真っ盛りの学生みたいな事言いおって」
「実際俺、学生だし」
「せやな。でもこんなん簡単やん」
「そう?」
「やりたい事なんて、がむしゃらに生きてたら勝手に見つかるもんや。せやから、今は『やりたい事』より『やるべき事』を優先しいな」
「やるべき事って?」
「そんなん、ペトリーナ姉ちゃんを守る役目に決まっとるやろ。あんちゃんはペトリーナ姉ちゃんの騎士なんやで」
そっか、騎士……。俺はペトリーナを守る任を背負っていたんだ。正直、実感は湧かない。ペトリーナをフォクセルから助け出したのは、責任感からではなくて俺の良心に従っただけだ。これが俺の宿命だと言われると、そんな堅苦しいものでもないと言いたくなる。
でも、とりあえずはこれで良いのかもしれない。ユーリンの言う通り、今はやるべき事に集中しよう。普段通りに学校に通って、コルティ家の一員として暮らす。その先に答えが待っていると信じて。
「ありがとう、ユーリン。目下の目標は決まった」
「礼なんて要らへんわ。それより聞かせて欲しいんやけど」
「ん? 何?」
ユーリンは数秒黙ってから口を開いた。
「アレイヤあんちゃんは、ペトリーナ姉ちゃんの事好きか?」
「え? そりゃ、色々お世話になってるし、人として尊敬はしてるけど」
「そうやない。ペトリーナ姉ちゃんを女として見とるかって聞いとんねん」
前にも同じような質問をされた気がする。でも、今のユーリンは茶化すような表情ではなく真顔だ。
「……前にも答えたけど、俺は好きな人がいるんだ。今だって、変わらない」
俺はミリーナを忘れられない。もう一生、彼女と添い遂げる未来は無いとしても。この想いは変えられない。
「……そっか。分かった。もうええ」
ユーリンは寂しげな表情をして、徐に部屋を出て行った。
「ペトリーナ姉ちゃんも難儀やなぁ……」
去り際のユーリンの声は、弱々しく震えていた。




