第103話 「恋人に捧げる懺悔」
ハンドレド王国古城跡地。ここが『古城跡地』なんて重複した名前で呼ばれるようになったのは、実際に『古城』の『跡地』だからに他ならない。
観光地として栄えた古城は、俺とグリミラズとの戦いで崩壊した。俺が眠る前の建物は無事だったから、ペトリーナとの戦いで壊れたと推理するのが妥当だろうけど。真相はともかく、周辺住民はこれを「神の怒りだ」と恐れていた。突如として雷雨が起こり、地震が発生して古城が崩れたのだから、神罰か何かだと思っても不思議じゃない。
古城跡地はついさっきまで王室勤務の魔術師達に閉鎖されていた。現場の安全確認、そして倒壊状況の調査を経て、この場所は再び自由に出入り出来るようになった。と言っても、みんな怯えて近付こうとしない。足を踏み入れたのは俺だけだった。
何故俺はここに戻って来たのか。その最大の理由は、ミリーナをきちんと弔うためだ。
突発的な災害に巻き込まれて不幸な死を遂げた、身元不明の少女……ミリーナは、そういう扱いで発見された。メリシアル教支部の神官達が、ミリーナの遺体を手厚く葬ってくれたらしい。彼女はもう、墓の下だ。
古城跡地の側に立てられた墓に、俺は祈りを捧げた。正直、ミリーナの遺体を見るのは怖かった。俺の罪と向き合うのが怖かった。彼女が土の中に姿を隠している事に、安堵してしまっている自分がいる。
保健室から飛び出して、衝動的にここまで来た。来て、俺は何をしたかったんだろう。懺悔でもしたかったのか。まだ現実を受け入れてないくせに。
ミリーナの墓に合わせる顔が無い。彼女を殺した張本人が、何のうのうと墓参りになんて来てるんだ。いっその事、殺人犯として捕まえてくれても良かった。
それが現実的じゃないのも知っている。政府は既にミリーナの死を「事故」として処理した。俺が自白しても、俺の罪を証明する材料が無い以上、事件として扱ってくれない。
それに、この世界にも正当防衛の概念はある。争いなど珍しくないこの国において、身を守るために戦って人を殺す事件も同様に珍しくない。それらは「決闘」として扱われ、裁かれない。決闘は国民の権利だからだ。
仮に俺とミリーナの戦いが白日の下に晒されたとして、俺は無罪だろう。俺の罪は自分で背負っていくしかない。誰も俺を咎めなくても、俺だけは俺を許さない。
洗脳の人術で俺は操られて、ミリーナを殺したらしい。だから俺のせいじゃないって? そんな訳ないだろ。原因と責任は別だ。俺が無責任に自分を許していい理由にはならない。
愛する人の命を奪ったのは俺自身だ。
俺が正気にさえ戻っていたなら。こんな事にはならなかったのに!
「俺は……なんて馬鹿だったんだ」
「あぁ、違いねぇ。馬鹿すぎて笑いが止まらねぇよ。かかかかっ!」
性格の歪んだような笑みが、背後から聞こえた。振り向くと、そこにはフォクセルが立っていた。
「フォクセル……!?」
「よぅ」
往年の親友みたいな馴れ馴れしい態度で、フォクセルは隣に座った。何しに来たんだこいつ。ミリーナの墓参りに訪れた訳は無いし。
「帰ってくれ。今は誰とも話したくないんだ」
「惚れた女が死んじまって悲しいんだろ? そりゃ辛いよな。泣いちまえよ。思いっきり泣いた方が少しは楽になるぜ」
フォクセルは俺の肩をバンバンと叩いた。
「なんでお前が知ってんだよ!」
「んー? こいつから聞いた」
フォクセルは親指で後ろを指した。四色の一人、コルクマン・ブラウンがこちらに歩いて来るのが目に映った。
「コルクマン! お前、捕まったんじゃなかったのか」
「執行猶予が付いたのだ。オイラの与えた被害は少なかったのが考慮されたのだな。シアンリもいずれ出て来るはずなのだ」
確かに、コルクマンは戦う前に人術で人払いをしていたし、余計な被害者が出ないように配慮していた。あの戦いで傷付いたのは建物くらいだ。当然それも罪だけど、決闘に準ずる被害という事で情状酌量があったのだろう。
「それより、オイラは別件で君に謝罪しなければならない」
コルクマンは俺に頭を下げた。脈絡の無い行動に困惑してしまう。
「え?」
「君の想い人……ミリーナさんの遺体を瓦礫の中から発見したのはオイラだ。彼女の無残な姿を目の当たりにして、居ても立っても居られなくなったのだ。すぐにでも君に謝らねばと」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。コルクマンがなんで謝るんだよ。関係ないだろ」
ミリーナが野晒しにされずに埋葬されたのはコルクマンが見つけてくれたおかげだ。いくらコルクマンが敵だったとは言え、そこには素直に感謝しよう。でも、お礼を言うより先に気になって質問せざるを得ない。何故コルクマンが頭を下げる? ミリーナが死んだのは彼のせいじゃないのに。
「知っていたのだ。グリミラズが君の感情を操っていた事も、奴がミリーナさんを蘇らせて君と対峙させようと企んでいた事も」
「……!」
俺は何も言えなかった。言葉が喉まで迫っているはずなのに、上手く言葉に変換出来ない。
「オイラが『四色』になる少し前、奴は旅行の計画を語るような楽しげな口調でオイラに喋った。アレイヤ君がグリミラズを殺しに来るのは計画通りだと。ミリーナさんと再会させたらどんな顔をするか楽しみだと。……どんな惨劇が待っているか期待している、とも」
頭を下げたままのコルクマンの声色は、低く弱々しくなっていた。
「この状況は奴の思惑通りだったのだ。それを知ってなお、オイラは指を咥えて眺めていた。迷っていたのだ。グリミラズを裏切るような真似をすればどうなるか、想像して怖くなったのだ。……だが今は後悔している。罪無き少女を見殺しにして、何が用心棒だ。オイラは、自分の仕事の誇りを捨ててしまったのだ!」
コルクマンの叫びは自責の念でいっぱいだった。騎士のような誠実さを持つこの男の、懺悔の言葉に耳が離せない。
「全部……グリミラズが」
驚きは案外少なかった。言われてみればそうだろうと思えてしまう。グリミラズがわざわざミリーナを生き返らせて、憤慨する俺の前に登場させた……その行為に意味が無いはずがない。
だとしても。俺の罪が雪がれた訳ではない。何も変わらないんだ。もちろん、コルクマンが悪い訳もない。
俺は首を横に振った。
「謝らないでくれ、コルクマン。お前のせいなんかじゃないだろ」
「許すと言うのか。敵であるこのオイラを、憎まないと」
「もう敵でも何でもないだろ? それとも今も俺の命を狙ってるのか?」
コルクマンは大きく首を横に振った。
「オイラは『四色』を辞めた。グリミラズとは手を切ったのだ」
「じゃあやっぱり俺がお前を嫌う理由なんて無いな。変に気を遣わないでくれ。こっちが困る」
紛れもない本心だった。コルクマンは俺をじっと見て、不思議そうに首を傾げる。
「グリミラズの洗脳には、『奴と関わりのある人間も同様に恨む』ような誘導が含まれていたはずだ。オイラを恨まないということは……解放されたのだな。奴の呪縛から」
「……あぁ」
ペトリーナの鎮静魔術のおかげで、俺の洗脳は解かれた。今はグリミラズの事を考えても怒りが込み上げない。それが正しいのか間違っているのかは分からないけど……精神の自由を奪われるような感覚は無くなって良かった。『四色を恨まなければいけない』という強迫観念も、今は無い。
「かかかっ。不運だなテメェも。頭のイカれた野郎に狙われて、友人も恋人も奪われて、洗脳までされたってか。泣きてぇだろ。さっさと泣いちまえば楽になるぜ?」
フォクセルは相変わらず馴れ馴れしく接してくる。今日のこいつはどうしたんだ。俺を襲うでもなく、何か企んでる訳でもなく、普通に話に来たみたいじゃないか。
「っていうか、なんでフォクセルとコルクマンが一緒なんだ。知り合いだったのか?」
「いーや。さっき会ったばかりだ。グリミラズについて聞き込みしてたらこいつを見つけてよ。聞けばグリミラズの協力者だったそうじゃねぇか。これ以上無ぇ情報源だ。質問責めしてやったぜ」
フォクセルはしたり顔で言った。コルクマンは無言で頷く。
「聞き込みって、そんなのしたら目立つんじゃないのか? お前、世界一有名な指名手配犯だぞ」
「そう思うだろ? 結構、変装だけでバレないんだぜ」
フォクセルはどこからか眼鏡を取り出してかけた。あんまり似合ってない。いかにも伊達眼鏡です、って雰囲気だ。
「冗談だろ」
「いやマジ。オレの手配書写真って、役所の権力者共が加工してやがんだよ。オレがいかに恐ろしくて凶悪な犯罪者か民衆に訴えるために、悪そうな表情の写真選別して、色調とか変えてな」
「……? それで?」
「だから、どいつもこいつも現実のオレの顔をよく分かってねぇ。国が喧伝する『悪者っぽいイメージのフォクセル』しか知らねぇ。かかかかっ! 本当に馬鹿だぜ。本当のオレはどこにでもいる、凡人極まる顔立ちだってのによぉ」
嘲けるようにフォクセルは笑った。考えてみれば、ちょっと笑える話だ。国民を一致団結させてフォクセルを捕まえようと工夫をした結果、フォクセルが白昼堂々歩いていても見つけられなくなってしまったのだから。権力者のフォクセルへの憎悪が裏目に出てしまっている。部外者の俺ですらクスリと笑ってしまうのだから、当のフォクセルは噴飯物だろう。
冗談みたいな本当の話。フォクセルの雑な変装は効果覿面だ。何なら変装すら不要かもしれない。
「っつーかテメェらが知り合いだった方が驚きだぜ。世間は狭ぇな」
「まぁ、色々あって」
その『色々』は話すと長くなるし、わざわざ説明しないけど。
「その……何つったっけ? そうそう『四色』だ。そいつらがアレイヤを狙ってたんだろ? このおっさんも四色の一人って訳だ」
フォクセルはコルクマンを指差す。コルクマンは「元、だ」と訂正した。
「四色を名乗る奴ならオレも遭遇したぜ。ラモーブ、とかいう名前だったな。返り討ちにしてやったけどよ」
「それは……間違いないのか? フォクセル」
「あぁん? 嘘吐く意味なんて無ぇだろ」
フォクセルは怪訝そうに俺を見た。ラモーブと名乗る人物が、四色の一人……。そうか、謎が一つ解明された。
やっぱりミリーナは四色のメンバーじゃなかった。グリミラズがネックレスを渡して、俺に誤認させただけだ。俺の知らない、四人目の『四色』……それがラモーブという人物だったんだ。
「ラモーブは、死んだのか?」
コルクマンがフォクセルに尋ねた。フォクセルが「あぁ」と答えると、コルクマンは「そうか」と短く言う。あまり興味は無さそうだった。
「戦いの中の誇り高き死なら、何も言うまい。あの青年の性格は気に障ったが、後で祈りくらいは捧げに行ってやるのだ」
「ふーん。義理堅いんだな。そんな事より調査の続きだ。アレイヤ、テメェにもたっぷり話を聞かせてもらわねぇとな」
コルクマンとの会話を切り上げ、フォクセルは俺に興味を示した。こいつの妙な態度は、もしかして俺から話を聞くためか?
「グリミラズの話か? 待て、なんでお前がそんなの知りたがるんだよ」
フォクセルとグリミラズに関係性があるようには思えなかった。共通点と言えば、二人とも指名手配犯である事くらいだ。それとも、俺の知らない間に二人に因縁が出来ていたんだろうか。
「んー、まぁそうだな。何かあった訳じゃねぇんだけどよ。オレの勘が言ってるんだぜ」
フォクセルはニヤけつつも、真面目な目付きで言った。
「あの男はやべえ。ほっといたら世界の一つや二つ滅ぼしそうな、本物の化け物の匂いがするんだ」




