第4章 危機一髪
8 月 5 日日曜日。
沙紀は朝シャンを済ませ荷物の準備をしていた。
一方、健一は朝7時に起きて、荷物を済ませるとテレビを見て9時15分になり、部屋を出て沙紀を迎えに行った。
なに一つ変わらない朝。
ただ一つちがうのは今日は沙紀の誕生日だと言うこと。
9 時半。沙紀の家のチャイムが鳴る。
「早川ずいぶん早いなぁ。」
ウキウキ気分の沙紀がそう言って玄関へと迎って行き、ドアを開けるとそこには松中がいた。
「俺が悪かった許してくれ。」
「アンタのキモい顔なんか見たくない。帰って!!」
必死に謝る松中に対し沙紀は冷たく平然と突き返した。
「テメェ、こっちはもう一度やり直そうって言ってんだぞ。」
自己中な松中は逆ギレし沙紀を襲った。
「ちょっと、ヤダ!!ヤメテ!!」
沙紀は必死に抵抗するも押さえ付けられ身動きが取れなかった。
「だいたい、お前が悪いんだよ。俺の事ちっともかまってくれやしない!」
沙紀は必死にもがきジタバタし松中を手こずらせていた。
「私はアンタが強引にアプローチしてきたから仕方なく付き合っただけであって、それはアンタが一番よくわかってんでしょ!!」
沙紀はそう言ってバシッと啖呵を切った。
10 時に迎えに来る筈が予定よりも早く着きすぎた健一は沙紀の家の玄関がうっすらと開いてるのに妙な胸騒ぎを覚え、慌てて車から降りた。
沙紀は必死に抵抗し松中にビンタをした。
「テメェ!!」
完全にキレた松中は沙紀にビンタを返し暴れていた。
「イヤだ、やめて、助けて~!!」
松中のがっちりとしたスポーツマン体型に全く身動きが取れない沙紀は泣き叫んでいた。
健一が沙紀の家に静かに入り、ふと見ると見知らぬ男が沙紀に乱暴していた。
「誰も助けに来ねーよ。」
「助けて・・・早川・・・」
「テメェ早川って誰だよ!!」
松中の怒りはピークに達していた。
その時、健一が後ろから、松中の肩をポンポンと叩いた。
「俺だよ!!」
松中が振り向いた瞬間、健一は松中の顔面をおもいっきり殴った。
松中に右ストレートを繰り出した健一はすかさず沙紀を守った。
「テメェ誰だよ!!」
松中は起き上がり健一をおもいっきり殴った。
健一は倒れ顔が腫れるもすかさず松中に殴り掛かってきた。
「沙紀の幼染みの早川゛だよ゛。」
松中のパンチが効いたのか半分呂律がおかしい健一ではあったがしっかり言ったつもりである。
「デメェは引っ込んでろ!!俺は沙紀の彼氏だぞ!!」
松中も健一と同様に呂律がおかしかった。
またしても松中の反撃に倒れる健一ではあったが直ぐに立ち上がり啖呵を斬った。
「デメェこそ彼氏のグゼに沙紀に暴力ふるっでんじゃねぇよ。沙紀はアンダとは別れだっで言ってんだがら彼氏じゃねぇんだよ!!二度と沙紀に関わるな!!」
そう言って健一は松中に突進し倒れ込んだ所を馬乗りになり、顔面を4発殴った。
沙紀は普段の優しい健一が別人の様に松中を殴ってる姿にただ茫然としていた。
「大丈夫か沙紀!?」
沙紀を必死に守ろうとする健一に松中が最後の力を振り絞り反撃を仕掛けてきた。
「早川!!!」
沙紀の叫び声で松中の反撃を知った早川はとっさに振り返り松中の鳩尾を渾身の右裏拳で一発殴り松中は倒れた。
「もう二度と沙紀に近付くな!!」
健一は倒れた松中の胸ぐらを掴みしっかりと相手の目を睨みつけた。
「わ、分かったよ。もう、沙紀には会わねーよ!!」
このままでは殺されると感じた松中は健一の凄い殺気を感じ慌てて逃げて行った。
激闘を終えた健一は殺気を消し沙紀を心配してきた。
「沙紀、大丈夫か?」
「早川~」
健一に抱きついた沙紀は、おもいっきり泣き甘えてきた。
「よしよし、ちょっと休もうか。」
健一はそう言って靴を脱ぎリビングへと入っていった。
健一はしばらく沙紀を落ち着かせていた。
「とりあえず、服着替えて来いよ。」
健一は服が乱れている沙紀にそう言って着替えをすすめた。
「うん。」
健一に落ち着かせられ少し落ち着いた沙紀は自分の部屋へと入っていった。
机の下にあった一枚の写真を目にした健一はそれを拾い見てみた。
「あっ、これ。」
その写真は高校の修学旅行で、健一と沙紀が、函館の夜景を背に仲良くピースしている写真だった。
「懐かしいな~ピースがWになってるよ。」
健一はそう言って昔を思い出し懐かしんだ。
一方、着替え終えた沙紀は茜と電話で喋っていた。
「あのさ、茜、今日、泊まっても良い?」
余りにも静かな沙紀の様子にただならぬ雰囲気を茜は感じた。
「うん。良いよ。」
「時間は分からない。後でまた電話かけるね。」
「うん。分かった。」
茜は放心状態の沙紀に何があったのかそれ以上聞かなかったいや、聞けなかった。
「茜、ありがとう。」
沙紀はそう言って電話を切り、リビングへと戻ってきた。
「お待たせ……!?」
「懐かしい写真だな。」
健一の持ってる写真を見た瞬間、かなり動揺した沙紀は慌てて健一から奪いとった。
「もう、人の物勝手にいじんないでよ。」
顔が赤くなりいつもの沙紀になっていた。
「良く言うよ、昨日人ん家で勝手にゲームしてたくせに。それに写真は床に落ちていたんだぞ。」
健一は沙紀に反論した。
「えっ、あれ?・・・あっ!?えっ、なんでこんなところに落ちてたんだろ?」
とぼける沙紀は健一の顔を見て驚いた。
「それより早川、口腫れてるよ!!」
健一、口の周りが切れていて腫れていた。
「あっ、ホントだ。」
意外と冷静な健一に対し沙紀は慌てて、救急箱と保冷剤を持ってきた。
「大丈夫?これで冷やしといて。」
とりあえず健一は沙紀に渡された保冷剤でアイシング治療をする事にした。
顔の傷が少し癒えてきた健一は保冷剤で患部を冷やしていた。
沙紀は健一の顔に絆創膏を貼っている。
「もう良いよ。俺は大丈夫だ。それより沙紀こそ大丈夫か?」
健一は心身が傷ついた沙紀が心配だった。
「うん。ビンタされて少し腫れてるけど時間が経てばすぐひくから。それより、早川、今日、その・・・本当にごめん!!!」
沙紀はまた涙を流してきた。
「泣くなよ~。見た感じ酷いけど案外、対したこと無いんだぜ!全然大丈夫だから。」
「ホントに!?」
「ああ。だけど沙紀は今日は野球行くのはやめた方が良いな・・・」
沙紀は必死に首を振った。
「ううん。行かせて!!私、早川の野球してる姿を久しぶりに見たいの!!それに……」
健一の側に居ないと怖いと素直に言えない沙紀は声が小さくなった。
「そっか。まぁ、あんまり無理すんなよ……」
沙紀の真意を汲み取ったのか汲み取っていないのか健一は沙紀の意見を呑み荷物を持って家を出た。
沙紀は鍵を閉め車のドアに手をやろうとした。
健一は車の鍵を開け運転席に座るも、ドアも車内も異常な暑さだった。
「ウワァ~暑ぃなこりゃ。」
健一はそう言って笑って見せた。
「アチッ、ウヮ~。まぁ、今日は真夏日だからね。」
健一のノリにあわせた沙紀もそう言いながらドアを開け助手席に座った。
あまりの暑さに耐えかねた健一は早速クーラーをつけ、車を走らせた。
車を走らせ夢の島グラウンドに向かう二人は運良く道が空いていたため、12 時にグラウンドに着き、駐車場に止めた。
その後、近くのロッテリアで軽く食事をする事になった。
健一がハンバーガーを食おうとした時、健一のケータイが鳴った。
見てみると相手は茜からだった。
「もしもし、竹内?」
「やぁハヤケン。今は上村なんだけど...茜で良いよ。」
健一は頭をかいた。
「あっ、そうだったな。どうしたの?」
「いや、なんとなく、暇だったから電話したの。ハヤケン昨日は楽しかったね。」
「うん。あの後どうしたの?」
「ハヤケンの顔を見てたら久々に野球したくなってさ、晃と一緒にバッティングセンター行ったの。」
「へぇ~俺は家で一眠りしようかと思ったら中学ん時のアホが人の合鍵を勝手に使いゲームして、その後そいつとドライブしに行ってますます疲れちゃったよ~」
ムッとした沙紀は思わず健一に目をやった。
電話相手の茜は笑うもふとこの前の沙紀との電話を思い出した。
「あはは、災難だったねww。ん?あれ?まさか、そのアホって後藤沙紀って言わない?」
茜は半分冗談、半分本気で言ってみた。
しかし、健一にとってこれは冗談ではなかった。
「沙紀の事知ってんの!?」
急に言われた沙紀は驚いた。
茜も半分冗談で言った筈が健一が沙紀を知ってるので驚いた。
「知ってるも何も大学の親友よ~」
「へぇ~今、沙紀もいるから変わるね。」
茜にそう告げた健一は沙紀に携帯を渡した。
沙紀は戸惑いながらも健一のケータイをとった。
「もしもし沙紀?」
電話の相手が茜であった事に沙紀は驚いた。
「えっ茜!?」
「そうだよ~♪ねぇ、ハヤケンとはどういう関係なの?」
「えっ!?どういう関係って………中学、高校と6年間同じ学校で同じクラスの友人だよ……てか、そっちこそどういう関係なのよ・・・」
茜の質問に動揺しながら答える沙紀は茜の健一に対する呼び名が気になって仕方がなかった。
「ハヤケンは私の小5、小6の時のクラスメイトで少年野球のチームメイトでもあったのよ。」
健一の事になると嬉しそうに喋る茜に対し沙紀は妙な嫉妬に駆られた。
「そうなんだ…ごめん、これから早川の草野球の試合、見に行くから電話切るね。」
沙紀はそう言って少し自慢し、有無を言わず電話を切った。
「ちょ、ちょっと、えっ、どこでやるのよ!?ちょっと、沙紀!?もう!!」
茜はそんな沙紀に少し怒りながら電話を切った。
電話を切り完全に動揺していた沙紀は健一のケータイを自分のポッケにしまおうとした。
「おいおい、これ俺のケータイだぞ。」
沙紀は慌てて健一に渡した。
「あっ、ゴメンね。はい・・・、今日、私、茜の家に泊まることにしたんだ。」
いくら少し嫉妬したとはいえ、早川の家に泊めてとは言えない沙紀は結局、茜に頼るしかなかった。
健一も健一で俺の家に泊まればとは言えず自分を必死に抑えていた。
「そっか、わかった。よし、そろそろグラウンドに行くか。」
二人はトレーを片付けて球場へと向かった。