歪界
—————ズキッ!!———
((‥‥汝、この世界の理を修復せん‥‥))
頭の中に“その声”が響いた、その刹那。
視界がグニャリと歪んだ。
(‥‥立ち眩みか?)
そう思いながら、目を開ける。
目の前には、さっきまで掃除していた護摩壇。
(‥‥最近、よく眠れなかったから、疲れてんのかな。ま、早く終わらせて帰って寝よう。)
そう思って、後輩の姿を探そうと顔を上げ・・・・
———ヒュウウゥゥ——
(‥‥??‥‥風!?‥‥)
「あれ?ここ、護摩堂だよな??建物の中なのに風が・・・」
辺りを見ると、そこは小高い丘の上だった。
遠くには、和風建築なようで異質な建物が見える。
「‥‥‥は!?」
頭が追い付かない。
(待て。オレは、後輩の寺の手伝いに来てて‥‥)
☆☆☆
『ボス(後輩がオレをこう呼ぶ)、護摩壇お願いしまーす!護摩焚き忘れてても、セット出来るでしょ!』
「あ!?オレ、加行終わって何年経ってると思ってんだよ。5年だぞ。5年。ウチ寺じゃねーから普段全く坊さんしてないし、殆ど忘れてんだけど。」
『いやいやいや。ボス、何年ウチに手伝い来てるんすか!出来るっしょ!』
「‥‥ったく、仕方ねーな。護摩壇片付けるの、面倒なんだよな。後でしっかり請求するからな!」
そんな話をしてて、そしたら声が頭に響いて‥‥
———んで、今これ。
「‥‥いや。だから説明になってねーな。」
(‥‥悪い冗談か?)
しかし、冗談にしては手が込みすぎてる。護摩壇ごと、違う場所に移す事なんて出来はしない。
そんな事を考えていた時だった。
—————ズキッ!!———
あの時感じた、頭痛。
「‥‥ぐっ‥‥。何だ‥‥これ‥‥」
((‥‥汝、この世界の理を修復せん‥‥))
あの時、頭に響いた“声”だ。
(‥‥何だ?…何の事だ‥‥?この‥‥世界‥‥?)
((我、空と海を愛でる者也。我の作りし世界の理が、不浄なる者により歪められようとせん。))
(‥‥空‥‥海!?‥‥空海?‥‥は???‥‥)
((我の力は、時を経て及ばぬ。よって、汝にこの世界の修復を求む。))
「‥‥いや。お待ちください。いくら何でも、オレじゃなくてもたくさんお坊さんはいるでしょ!?何でオレなんです???」
素朴な疑問が口をつく。
((汝、幼き頃より神仏と共に育ち、我の弟子となっておる。また、汝の祖母の願いであろう。))
(‥‥何で、それを‥‥。ウチの婆ちゃんとの約束を‥‥)
((‥‥良き祖母を持ったな。汝には、金剛薩埵の息吹を感じる。精進せよ。))
頭の中の“声”は静かに消えた。
(‥‥‥弘法大師様??‥‥‥え??‥‥修復??‥…どういう事??‥‥何をどうすれば???‥‥)
お大師様、全くヒントくれなかったな‥‥。
でも、ここが元の世界では無い事だけは分かった。そして、何かこの世界の理を歪めようとする者がいて、この世界の修復をしろ。という事か。
状況が少しずつ分かってきた。
でも、肝心な事が分かってない。
————ここ、どこ???———
その時だった。
———ザザッ‥‥ザザザッ‥‥!
(‥‥ん?‥‥何の音だ?)
風の音じゃない。
草をかき分けるような‥‥いや、もっと重い。
「‥‥おいおい、マジかよ。こんな時にイノシシとか出てきたら、洒落になんねーぞ‥‥」
そう呟いた瞬間だった。
———ギィ‥‥ギギギ‥‥ギャアアアアアッ!!———
(‥‥は?‥‥)
丘の下。
木々の影の中から“それ”が這い出してきた。
四つ足……のようで、違う。
獣のようで……いや、違う。
形は“動物”に近いのに、輪郭が揺れている。
まるで、
世界の理から“はみ出している”みたいに。
「‥‥いやいやいや。何だよ、あれ‥‥。生き物って、あんな揺れ方しねぇだろ‥‥」
———ギャアアアアアッ!!———
音が刺さる。
耳じゃなくて、頭に直接響く。
(‥‥これ、やばい。やばいやつだ。絶対に関わっちゃいけないやつだ‥‥!)
逃げようと足を動かした瞬間。
———ズキィッ!!———
また、あの頭痛。
(‥‥っ‥‥!今そんなの‥‥!やめてくれ‥‥!)
((‥‥汝‥‥))
(またかよ‥‥!)
((‥‥恐れるな‥‥))
「いや、恐れるわ!!あんなの出てきたら普通ビビるだろ!!」
((‥‥真言‥‥思い出せ‥‥))
「無茶言うな!!忘れてんだよ!!加行終わって何年経ってると思ってんだ!!」
———ギャアアアアアッ!!———
怪物が跳んだ。
こちらへ向かって。
(‥‥やばい‥‥!死ぬ‥‥!)
その瞬間。
口が勝手に動いた。
「オン‥‥バザラ‥‥ボキシャ‥‥ボ‥‥ク!」
弾指を怪物に向かって弾く。
———バチィィィィィン!!———
空気が弾けた。
怪物の輪郭が、一部吹き飛んだ。
(‥‥え‥‥?今‥‥オレ‥‥)
「‥‥真言‥‥唱えた‥‥?」
怪物は地面に叩きつけられ、黒い煙のように溶けて消えた。
風だけが残る。
「‥‥は?いや‥‥いやいやいや‥‥何だよこれ‥‥!」
震える手を見つめながら、呟いた。
「‥‥オレ‥‥本当に‥‥異世界に来たのか‥‥?」
(今、発遣であの気持ち悪いヤツ吹き飛んだよな‥‥)
発遣とは、魔を祓う・天上へ仏様を送り届けるという意味で使われ、密教では割とポピュラーな部類である。
よく僧侶が本堂や建物に入る際などに、
入口で“パチン”と人差し指を弾いて音を出すものである。
(‥‥これに、そんな力が?‥‥まぁ、確かに魔を祓うって言われてるけど‥‥)
そう思って、近くに生えている木に向かって、指弾を弾いてみる。
“パチン”
———・・・・・・・・。
「‥‥いや。何も起きないんかいっ!!」
(あれ?さっき、何だか飛んで行ってたような気がするんだけどな‥‥)
———そこで、ふと気付いた。
「‥‥あ。真言か‥‥」
そう思って、同じ木に向かって今度は真言を唱えて、指弾を放ってみる事にした。
(‥‥確か、真言は‥‥‥‥)
「オンバザラボキシャボク!」
“パチン”
———刹那。
指先に力の塊のような球体が出現し、木に向かって轟音と共に飛翔した。
———バチィィィィィン!!———
その球体は木に直撃。球体は炸裂し霧散した・・・・・
「お‥‥おおーーー!!すげー!!!これ、最強じゃん!!」
そう思ったのも束の間。
「‥‥って‥‥あれ?何もなってない‥‥」
木は形を変えることなく、そのままの状態で立っている。
「‥‥いや。何もなって無いんかい!」
そう、一人でツッコミを入れた時、突然意識が遠くなるのを感じた。
(・・・・・あれ!?・・・目の前が真っ暗・・・・)
オレはその場で意識を失った。




