フワフワ
「まだ、怒っているのか?」
「怒るわよ!! 普通、ランジェリーショップに男は一緒に行かないでしょ」
「そうかぁ? 結構、カップルで一緒に下着選ぶって聞くけどな」
「それは、アンタの周りだけよ!!」
時は少し遡り、橘の家で暮らすにあたり必要な物を買い出しに向かったデパート。最後に連れて行かれたのがランジェリーショップだった。
可愛らしいブラジャーやショーツ、セクシーなベビードールやキャミソールが所狭しと並べられた店内を、手を繋がれ平然と歩かれ、淡いピンク色のレースで花柄模様が描かれた真っ白のブラとショーツを手渡された時は、あまりの衝撃に眩暈を起こしかけた。
たまにランジェリーショップで見かける、ラブラブカップルが二人で彼女の下着を選んでいる微笑ましい光景。あれを見る度、居た堪れない心境に陥り、そそくさと店内から逃げ出していた私が、まさか男と二人で下着を選ぶ側になろうとは誰が想像出来ただろうか。
ショップでのやり取りは、ほとんど覚えていない。次から次へと、色とりどりの下着を渡されて、何やら聞かれるままに頷いていた記憶しかない。結局、恥ずかしさのあまり、奴にお任せで何を買ったかも覚えていない。たぶん終始顔は真っ赤だったと思う。
「それに、アンタとは恋人ではない! だから、カップルで一緒に下着を選ぶのが普通って言う理論にも、私達は当てはまりませんから!!」
「まぁ~そうだな、今は……。はいはい。あんまり怒ると可愛い顔が台無しだぞ~」
クッションを抱えてソファに座り、ブー垂れていた私と目線を合わせるように彼が目の前に屈み込む。
「ほら、眉間にシワ寄ってる」
ニッと笑った橘の破壊力増し増しの笑顔に心を撃ち抜かれ、額をトントンと押す悪戯な指先ですら払い退ける事が出来ない。
「機嫌直してさ、お風呂先に入ってきなよ。その間に夕飯作っておくからさ」
渡されたバスタオルを見つめ、慌てて彼と目線を合わせる。
「えっと。橘君が夕飯作るの?」
「あぁ。俺が作るのは変か? 一人暮らし長いし大抵の物は作れるけどな。まぁ、初日くらいご馳走しますよ。追々、鈴香の手料理も食べたいけどなぁ~。さぁ、行った行った!」
グイッと手を引かれ立ち上がった私は、橘に連れられリビングを出ると、そのまま脱衣所へ放り込まれた。
「風呂場にあるモノ自由に使っていいからなぁ。あと、買ってきたメイク落とし、洗顔料もろもろ洗面台の棚に置いといたから」
不貞腐れている間に、全てが準備されていた事に気づき、唖然とする。
本当、何から何まで手際が良過ぎて嫌になる。お世話になるのは私であって、買って来たモノは全て私の物なのに。当の本人は不貞腐れて、通されたソファから一歩も動かなかった。
本当、どっちが子供だかわからない。
「ありがとう。色々、準備してくれて。何にも手伝わなくてゴメン……」
閉められた扉に手をつけ呟く。
「俺に気を使わなくていいから。怒って、泣いて、笑って……。ありのままの鈴香で居てくれた方が嬉しい。とことん甘やかすつもりだから覚悟しとけよぉ~」
パタパタと遠ざかって行く足音を聴きながら、心に広がった温かな気持ちに一人悶絶する事になった。
*
あぁぁ、気持ちいい……
湯船に浸かり、疲れた身体を癒す。
これから橘と二人で暮らす事に抵抗がないわけではない。ただ、一緒に過ごした事で、彼に対する認識が変わって来たのも事実だった。買い物をし、食事をし、疲れたらお茶をする。ありきたりな行動の中、見え隠れするちょっとした優しさを心地良く感じている自分が確かにいる。
時折り言われる意地悪な言葉も、よくよく考えれば、周りの目が気になり出した時に言われていたように思う。他人の目を気にし過ぎる私の意識を、彼に繋ぎ止めておくため、敢えて怒りを煽る。そのおかげか、超絶イケメンの奴が隣に居ても、普通に買い物を楽しめた。
よく見ていると思う。
ただ、それを感じさせないくらいさり気なくだけど、それに気づけば心が熱くなり、甘い痺れが走る。
本当に私のことが好きなのかな……
フワフワと心地良く酩酊する脳を持て余し、ブクブクと湯船に沈んでいく。
あぁぁぁぁ、考えるのやめた!!
ガバッと湯船から出ると、冷たいシャワーを浴び浴室を出た。ガシガシとバスタオルで髪と身体を拭き、着替えの服を探すべく辺りを見回せば、綺麗に畳まれたトレーナーと先ほど買ったと思しきブラとショーツが洗濯機の上に置かれていた。
あぁ、橘はこういうのが好きなのねぇ。
手に持ち上げたブラジャーのデザインを見て苦笑がもれる。
意外と普通ね。
淡いブルーの生地に白のレースがリボン状にクロスされたデザインのブラジャーは三十路の女が身につけるには可愛らしいデザインだった。
そういえば、奴とはベージュのおばブラを見られた仲だった。しかも、盛大にバカにされた覚えもある。スーツケースに下着を一切入れなかったのは、あの時の意趣返しなのか?
本当は、こんな可愛らしいブラを着けるのは抵抗がある。絶対に似合わないのも分かっている。ただ……
萎えそうになる気持ちを奮い立たせ、勢いでブラとショーツを身につけ、トレーナーを着る。
誰に見せるわけでもないしと、どうでもいい言い訳をしつつ、はたと気づく。
「えっ!? 下がない……」
大き過ぎるトレーナーは、明らかに女性物ではない。完全に指先まで覆われた袖に太ももの半分以上が見えている裾の長さと、ゆる過ぎる首回り。極めつけは、ほんのり香る奴の匂い。
間違えたのか? いや違う確信犯か……
俗に言う『彼シャツ』状態の自分の姿を認め、絶叫していた。
「どうした!? あぁ……良く似合ってる。俺の服」
勢いよく開け放たれた扉の先に、ニッと笑った橘の姿を見つけ、慌ててしゃがみ込む。
「さっさと私のパジャマ出しなさいよぉぉぉぉ!!!!」
「残念、似合ってるのに」
奴の鼻先で扉をバタンっと力いっぱい閉めてやる。
あぁぁ、ちょっとは良い奴だと思った私の気持ちを返せぇぇぇぇ……




