第一話: 初期の覚醒とゾーンアウト
この世界には、万物に宿る「精霊の力」を宿し、五感を極限まで高めた『精霊の守り手』と呼ばれる者たちが存在する。
彼らの力は世界を守る剣となるが、感情の暴走は『魔物化』を引き起こし、己の命と周囲の全てを破壊する諸刃の剣でもある。
その守り手を鎮め、力を導くのが、稀有な才能を持つ『魂の共鳴者』、通称『共鳴者』である。
ガイドの「共鳴の儀式」なくして、守り手は長く生きられない。
彼らは、魂の深部で結ばれる唯一の「運命の絆」を探し求める。
世界の人口に比して少数である彼らの多くは『神殿』に属し、その庇護下で能力を開花させる。
その中でも貴族階級の者たちはノブレス・オブリージュの精神の下、『王宮直属の聖護隊』に属し、世界の矛として戦う。
そして、そのどちらの力も持たぬ大多数の人間を『無才の民』、あるいは『一般人』と呼ぶ。
物語は、その守り手の中でも最も稀有なS級の才能を持ちながら、あるトラウマから自分を一般人だと偽り、辺境の地で孤独に生きる一人の娘、リオナ・レヴァントの隠れ家から始まる――。
神聖国の辺境にある、人里離れた薬草採取地。
リオナが一般人として静かに暮らすための隠れ家近く。
一般人として静かに暮らすリオナはアッシュブラウンの髪と苔のような深い緑色の瞳を隠すようにフードを深くかぶり、日課の薬草を摘んでいた。
それは、五感を鈍らせる特殊な薬草でリオナには必需品であった。
その彼女が発する強い波動に惹かれ、背の高い立派な体躯の男カイル・ブランドンが現れた。
陽光を反射するプラチナブロンドの髪、冷たい鋼のような淡い水色の瞳がリオナに近づく。
「ようやく見つけたぞ。お前のような危険な未覚醒者が、野放しになっているのは世界にとって害悪だ」
いきなり現れて、悪態をつくカイルにリオナは唖然とした。
薬草を積む手を止め、睨み返す。
「何の話ですか。私はただの一般人です。……すぐに立ち去ってください。この場所はあんたの傲慢な嗅覚なんかに汚されるにはもったいない」
カイルはその言葉に苛立ちを感じた。
深い緑の瞳に強い拒絶の色があるのが見える。
しかも、彼女のものであろう藤の籠に集められた薬草を見て顔をしかめた。
(何を言っているんだこの女は。……強い波動を持っているくせに、俺のガイディング・リンクを無意識に拒絶している。
しかも、五感を閉ざす薬草など集めてどうするつもりだ? ……自分の力を冒涜している)
「無駄だ。俺の『ガイドの共鳴』はお前の嘘を見抜いている。今すぐ能力を受け入れろ。さもなくば、その鈍った五感は近いうちにお前の命を奪うぞ。お前の両親がどうなったか、忘れたわけではないだろう?」
カイルの言葉はレオナの心の奥底に押し込めていた琴線に触れる。
両親の死に様については、彼女のトラウマだった。
両親の「暴走」に言及され、リオナの感情が激しく揺さぶられ、無意識にその聴覚が荒れ狂いはじめる。
カイルの心の声や周囲の全ての音が雪崩のように押し寄せ、彼女は苦痛に顔を歪ませた。
『精霊の守り手』としての能力。レオナが両親の記憶とともに魂の奥底に沈めていたものが一気に溢れ出した。
「っ……馬鹿な。この拒絶と暴走の不協和音は何だ……! こんな強烈な共鳴は初めてだ。まさか、これが運命の絆というやつなのか? だが、このままでは本当に能力が暴走する!」
濁流のように迸る「精霊の力」に引きずり込まれそうになる。
恐ろしいまでの吸引力を持つそれは、まさしく彼だけの「運命の絆」の証であった。
暴れ馬のように荒れ狂う力をそのままにすれば間違いなく『魔物化』が起こり、『精霊の守り手』の命が失われる。
その守り手を鎮め、力を導くのが、稀有な才能を持つ『魂の共鳴者』、通称『ガイド』の役目である。
ガイドの「共鳴の儀式」なくして、守り手は長く生きられない。
カイルは『ガイド』である自らの役割を果たさねばならなかった。
例え、拒絶されても、『精霊の守り手』は守らなくてはならない。
――しかも、彼女は世界に唯一の「|運命の絆《運命の絆》」なのだ。
カイルは即座に行動した。傲慢な貴族としてのプライドと、ガイドとしての冷静な使命感が、彼の中で激しく衝突する。
(くそっ、この娘の拒絶はあまりにも強い! これほど完璧に共鳴する魂なのに、なぜここまで頑なに俺を拒むんだ! このまま放っておけば、彼女は確実に魔物化する……俺の運命の絆が、この場で失われるなんて冗談じゃない!)
プラチナブロンドの髪が陽光を反射し、鋼の瞳に焦りの色が差す。
カイルは躊躇なく、その長身を屈めてリオナの顔に近づけた。
「抵抗するな、欠陥品! 貴様の呪いのような力など、俺の共鳴の儀式で瞬時に鎮めてやる!」
カイルは荒々しく、しかし確実に、リオナの細い手首を掴んだ。
二人の皮膚が触れ合った瞬間、リオナの脳裏に、洪水のような情報と共鳴の波動が流れ込んだ。
それは、カイルの激しい「支配」の意志でありながら、魂の奥底から発せられる「守りたい」という切実な願いだった。
そして、彼の過去の失敗への深い後悔と恐怖が混ざった複雑な感情でもあった。
リオナの苔のような瞳から涙が溢れた。その涙は苦痛によるものか、それとも魂の深部で初めて得た安らぎによるものか、本人にも判別がつかない。
「っ、離しなさい! あんたなんかに……触られたくない!」
リオナは振り払おうとするが、激しく暴走する五感は、彼女自身の身体能力すらも制御を奪い、手の震えを止めることができない。
その制御不能な振動を、カイルは共鳴の儀式で強引に鎮圧する。
「黙ってろ! この期に及んで抵抗など、無駄な努力だ! 言っただろう、これは貴様のためではない。俺の任務だ。……もう二度と、俺の共鳴の儀式を必要とする者を、目の前で失いたくはないんだ」
カイルは最後まで傲慢な言葉を選んだが、共鳴の儀式を通して流し込んだ「鎮静」の波動は、その言葉とは裏腹に、リオナの魂の深部まで届く「優しさ」を含んでいた。
リオナの体から発せられていた荒々しい波動は急速に収束し、苦痛に歪んでいた顔が、疲弊と困惑に変わる。
リオナは全身の力が抜け、その場で膝から崩れ落ちた。カイルは彼女を抱き留めるのではなく、冷徹に手首を掴んだまま立たせ、鋼の瞳で断罪する。
「これ以上、貴様の危険な気まぐれに付き合うつもりはない。貴様は今日から俺の監視下に置かれる。俺の目的は貴様を完全な『精霊の守り手』として覚醒させ、制御可能にすることだ。お前の拒絶も、トラウマも知ったことではない。これは、王宮直属の聖護隊の義務だ」
リオナの瞳の奥で、拒絶と、初めて感じた魂の安らぎが混じり合い、複雑な感情が渦巻く。
(大嫌いよ、この傲慢な男……! でも……なぜ、こんなにも……私の魂はこの手に安らぎを覚えるの……?)
二人の、運命的な不協和音は、始まったばかりだった。




