第8話:魔族の里で、“聖女”は迷子になる
「えーと……ここ、どこ?」
澄みきった青空、草木の香り、そして聞いたことのない鳥の鳴き声。
私は見知らぬ山道の真ん中で、完全に立ち尽くしていた。
「いやいや、道まっすぐだったよね? 一本道だったはずなんだけど? なんで森がぐるっと私を囲ってんの?」
そう、原因は単純だった。
──薬草採集に夢中になりすぎた。
魔王城の南に広がる魔族の里「レンゼル」。そこにしか自生しないレアな癒し草「蒼影葉」を求めて一人で山へ入ったのだが……。
「ジルハが同行しないの、めずらしいな~なんて思ってたらこれよ。迷ったとか、ほんと聖女失格じゃない?」
とはいえ、ここでパニックになっても仕方ない。
私は腰に下げたポーチを確認する。
「よし、水はある。非常食もある。あとは……あった。煙玉。非常信号用」
以前、魔王がわざわざ作ってくれた“香り付き煙玉”を取り出し、ぽん、と地面に叩きつける。
──ぼんっ!!
濃い青煙がもくもくと立ちのぼり、空に向かって香りが広がっていく。
「これで、誰かが気づいてくれるはず……って、ああああ!!」
叫ぶ間もなく、地面が抜けた。
「落とし穴ァ!?」
一方その頃、魔王ジルハは静かに激怒していた。
「リリアが……帰ってこない? 何時間だ?」
「こ、今朝からすでに六時間でございます……」
「なぜもっと早く報告しなかった」
「い、いえ、その……いつも“薬草探しで時間忘れるのは日常茶飯事”と……」
「今回は違う。リリアの香りが、城に残っていない。──“煙玉”も使われた形跡がある」
「ま、まさか、何かに……!」
「全軍、出る。今すぐ、“リリア奪還作戦”を発動だ」
「全軍て!?」
「……はー、ふかふかの苔に助けられてよかったわ」
落とし穴の底は意外にもやわらかく、怪我はなかった。
ただし──出口がない。
「って、誰!? 誰かいるの!?」
視線を感じて振り返ると、そこには小さな魔族の子供たち。どうやらこの辺りに住む“隠れ里”の住人らしい。
「お姉ちゃん、空から降ってきた!」
「人間のにおいするけど、こわくないね?」
「……お姉ちゃんは、薬草を集めてただけなの。悪いことしてないのよ?」
警戒されるかと思いきや、子供たちは笑顔で近づいてくる。
「お腹すいた? 焼き芋あるよ!」
「魔王さまが言ってたよ。“白い服着た小さいお姉ちゃんが来たら、助けてやれ”って!」
「小さい、は余計!」
子供たちの案内で、私はどうにか地上に戻ることができた。
そして──。
「リリアァ!!」
「ひゃっ!?」
木々の向こうから、全速力で駆けてきたのは……魔王・ジルハ。
彼は私を抱きしめるなり、低く、震える声でつぶやいた。
「……無事で、よかった……」
「え、あ、ちょっ、そんなに心配してたの?」
「当然だ。お前は俺の癒し手であり──大切な存在だ」
そのまましばらく、ジルハは私を離さなかった。
迷子になって、落とし穴に落ちて、魔族の子供に焼き芋もらって──
散々だったけど、こんな風に迎えられるなら、まあ悪くない。