第9話:聖女の“毒”が、魔王を救う日
「……ジルハ、顔が赤い。呼吸も浅いし、目も虚ろ。これ、普通じゃないわね」
「……少し、熱があるだけだ」
「その“少し”が、一番厄介なのよ。ほら、ベッドに寝て」
「待て、執務が──」
「問答無用」
その日、魔王ジルハは高熱と腹痛を訴え、倒れた。
私が即座に診察を始めると、明らかに症状は毒によるものだった。
「……これは、薬じゃない。“毒”よ。しかも天然の、微量を長期的に蓄積させたタイプ」
「……毒殺か」
「いや、そこまでは行ってない。だけど、慢性的に内臓にダメージを与える目的……つまり、“弱らせる”ための毒」
「誰がそんなことを……」
「犯人はさておき、まずは治療。──ただし、これは普通の“解毒”じゃ治らない。むしろ、毒に“毒”をもって対抗する」
私は、かつて王都の神殿では禁術扱いされていた方法を選ぶことにした。
──“毒を逆用し、作用を打ち消す反作用を引き出す処方”。
正式には「逆性平衡療法」。
だが、神殿ではその技術を「神の意志に反する」として禁止していた。
「でもね、私は“癒す”ためなら、神様の機嫌なんて気にしないのよ」
私は地下の調合室で、静かに薬瓶を並べる。
「……“黄花ウツギ”。強めの神経毒。でも、ほんの一滴なら“逆性反応”を引き出せる」
そこへ、補佐官のルグが駆け込んできた。
「リリア様! 魔王様の容体が……っ!」
──嫌な予感が走る。
私は瓶と道具を鞄に詰め込み、ジルハの私室へと駆け込んだ。
彼の額には冷や汗、唇は青く、意識は朦朧としている。
毒が、想像よりも深く身体に蓄積していたのだ。
「……間に合って、よかった」
私は、調合した“毒入りの解毒薬”を口に含ませた。
「これで、もう大丈夫。……あんたは、簡単に死んじゃダメでしょ」
数時間後──
「……リリア?」
「っ……ジルハ!? 気がついたの!?」
彼の瞳に、少しずつ色が戻っていた。
「夢を見た。……お前が、俺を置いてどこかへ行く夢だった」
「それ、ただの熱のせいよ」
「……だとしても、怖かった。……もう、どこにも行くな」
「行かないわよ。私は、あんたの“癒し手”なんだから」
魔王を救ったのは、聖女の“毒だった。
だがその一件が、のちにとある大きな事件を引き寄せるとは──この時、誰も知らなかった。




