七不思議の開かない箱
夜中の学校って、どうしてこう恐怖心を煽るんだろうか……。音も響くし、うろつくアイツらの数は昼間とそう変わらないけど、よりキモ度が高い。
足元をチョロチョロするちっこいオジを、持ってきたバトミントンのラケットで叩く。ギャッと短い悲鳴をあげてちっこいオジは消えていく。
……そう、オレ、倒せるようになったんだよね。神成りしかけてるから、特別な道具を必要としなくて、なんでもいいんだって。
なんでバトミントンのラケットなのかというと、母さんが昔使ってたものをもらったから。
竹刀とかよりバトミントンのラケットのほうが面積も大きいし、持ち歩いてても不審がられないから助かる。
「おー、遂に悠里が覚醒した」
昴が拍手をする。
その昴の手には竹刀。
ルカに言われて本当に道場に通い始めた昴。
レラちゃんのためなら頑張る昴。でもその気持ち分かる! オレもハクジの電池以外で役立ちたいからね!
昴が持つ竹刀にレラちゃんが力を注いでおくと、昴も悪霊達に攻撃が出来るようになる。こうするとレラちゃんの経験値も上がるし、昴の霊格も上がるので一石二鳥。ただ昴がめちゃくちゃ腹が減るんだけどねー。
レラちゃんと違って神成り前のオレが倒せるのはちっこいオジや、弱めの悪霊。なので結局大物はハクジ頼り。でも繰り返していればオレも生きてる間に神成りできて強くなれるはず! 神さまになりたいんじゃなくてハクジの役に立ちたいの!
それにしてもバドミントンのラケット、思った以上に良い。面積があるから当てやすい。オジたちスピードないし。ただね、昴と同じで自分で倒そうとハクジに倒してもらおうと霊力を使うから腹が減る。
そんなわけでオレと昴は時折エネルギーをチャージする必要がある。
相変わらずキモくて大っ嫌いだけど、これまではハクジに倒してもらわないと自分ではどうしようもなかった。ハクジがいるから視覚的なダメージ以外の被害はなかったけど、自分に攻撃手段があるというのはメンタルにおいて大きな差がある!
「レラちゃんの気持ちが分かった気がする」
ちっこいオジを倒せたと喜んでいたレラちゃん。自分も倒せるようになってその気持ちがよく分かる。あちこちにいて、何を言ってるのか分からないのにうるさいのだ、奴らは。ちっこいオジ倒してるとより大きいオジが出てくるので、今の自分がどのレベルなのかが判断しやすい。
「昴、煎餅はチョイスミスなんじゃないの?」
煎餅休憩してる昴に声をかけると、いやいや、と昴が首を振る。
「調子にのってまた太りたくないから、一度の補給エネルギーはほどほどでいいよ」
ルカに太ったと言われたのがよっぽど嫌だったんだな。まぁオレも食べてるのは脂肪分少なめなんですけどね。
満腹になるまでは食べず、少しずつ補給していくスタイルに変えた。成長期とはいえ、毎回チョコパイ一箱にツナマヨおにぎり四個、焼きそばパンにコロッケパンとかはやりすぎだったと反省。
話しながら理科室に向かう。
普通なら鍵がかかっていて入れないんだけど、ルカが何故か持ってる。どうやって手にしたのかは聞かないほうがいいんだろうか……。
「その空の箱ってなんなの?」
「ただの箱なのよ、呼び寄せるという特性を除けば」
呼び寄せる。
あのおじいさん神様も邪なるものがって言ってたから、悪いものが入っちゃったってことなんだろうけど。
「その箱を壊せばいいの?」
「壊れないのよ、何をしてもね。捨てても必ず戻ってくるの」
「なにそれコワイ」
「人形でそういう話聞くよね。その箱にも怨念みたいなものが宿ってるの?」
ルカは首を振る。
「人形は人形をしてるのもあって、魂が宿りやすいのよ。今回の箱はね、洞を閉じ込めるために作ったらしいわよ」
「うろを閉じ込める? ごめん、もうちょっと初心者向けにお願い」
何度生まれ変わってようと、霊感体質だろうと、知らんものは知らんのです。なんなら毎回リセットされてるからね。
でも、ハクジ曰く、毎回同じことをオレは願うらしいから、オレの魂に刻まれてるのか、性質なのかな。
「洞という歪みのようなものがあるのよ。見える者にしか見えないの」
「それがまたなんで、こんなオカルトなものに?」
「箱に入れたことによって入れ物としての性質を持ってしまったの」
言ってることは分かるんだけど、分からん。
「アンタ達は人間という存在で、その形が変わることはないわ。でも、性質は変質する」
性質は変質する?
「オレが神成りすること?」
「そうよ。肉体は一つの枷だけれど、肉体があるからこそ保たれるものもあるの」
なんか分かる。
「その箱さ、開かないんだろ?」
「よく分かったわね」
「なぁ、それ、壊しちゃ駄目なのか?」
「壊れないわよ」
「多分だけど、壊せると思う」
「はぁ?」
アンタ馬鹿なの? とでも言いそうである。
なんとなくなんだけど、直感っていうか。
オレなら壊せるかも、って思った。
「壊せたら壊していいの?」
「勿論よ。この世にあっても良いことがないもの」
「そっか、なら安心した」
オレが壊せると思ってないルカは、馬鹿にしたような顔をする。
いや、絶対的な自信はオレにもないんだけどね。
「期待してるわよ、悠里くん?」
「ぅわっ、ムカつく」
「悔しかったら壊してみなさいよー」
「もし壊せたらどうする?」
「そうねー、女装やめるわ」
「え」
「え?」
「なによ。いつも止めろって言ってくる癖に」
それはそうなんだけど、賭けに使うのはなぁ。
「それはルカが止めたくなったら止めろよ、負けたらとかじゃなく」
理科室に到着。
「壊せたらルカのおごりでドーナツ食い放題な」
「いいけど太るわよ?」
鍵穴に鍵を差し込み、回すとカチリと音がした。
ドアを開けると、ぶわりと濃密な何かが理科室からあふれた。
理科室はサウナに入ったような息苦しさがある。
目を凝らすと、理科準備室のほうに光とも違う筋が見えた。呼び寄せるという性質は確かにあるんだろう。何かに呼ばれているような気がするし、音もする。
「これ、悠里も見えてるんだよね?」
昴が準備室に続く筋を指差す。
「うん。昴は音も聞こえる?」
「音?」
「そう」
耳を澄ましたあと、昴は首を振った。
「音は聞こえない。悠里には聞こえるんだ?」
「なんていうのかな、ほわんほわんみたいな音がする」
決して心地良い音ではないけど、不快な音でもない。
準備室に入ると更に空気の密度が増した気がする。
「…………う」
振り向くと昴が口を袖でおおっていた。
レラちゃんが昴の顔に手をあてると、手から光があふれて、昴がホッと息を吐いた。浄化みたいなことをレラちゃんがやったんだろう。
オレ、苦しくないな。……そうか、本当に人じゃなくなってきてるんだな。
見えるとか聞こえるとか、そういうのは人でもできるけど、これはそうじゃない。
まぁ、だからこそ、箱を壊せるんだろうけど。
棚の上に置かれたダンボールを、脚立にのっておろすと、作業台の上に置く。
ピッチリとガムテープで閉じられている。そっと剥がしたつもりだったのに、バリッと剥がれてしまった。不器用なのが恨めしい……。
気を取り直してダンボールを開けると、その中には小さな木の箱が鎮座してる。三センチ四方の正方形の小さな小さな箱だ。
パッと見、箱は開けられる場所がなく、隙間もないのに中から禍々しい色の光とも違うものがあふれてる。中に入ったのが悪霊じゃなかったら違う色なんだろうか。
「悠里、やるの?」
「うん」
深呼吸をして、箱に手を伸ばす。
さっき、直感的に思ったんだよ。
壊せるって。
箱に触れると、箱の中の何かが抵抗してるのか、静電気のような抵抗がある。
パチパチして地味に痛いから、早く終わらせよう。
両手で箱を包みこむように持ち、ぐっと力を入れて念じると、手の中で呆気なく箱は崩れた。
「ウソ!?」
開いた手の中には、箱の残骸が残った。
「どうやったのよ!?」
「どうもしてないよ、普通に潰しただけだ」
「今まで誰も壊せなかったのよ!?」
「それはルカが箱だと思ってたからだよ」
「は?」
「これは箱じゃないよ、ルカ」
オレがそう言うと、口をぱくぱくさせた後、やっと気がついたのかがっくりと肩を落とした。
「悠里ごときに教えられるとは……!」
悠里ごときとか酷くない!?
残骸となった木片を、ハクジは空中に浮かばせると、燃やしてしまった。
箱として作ったのかもしれないけど、何かを入れるために作られるのが箱なら、入れる面を持たないアレは箱じゃない。箱として壊そうとすれば箱としての性質が壊されることを許容しない。でも、箱じゃないなら壊せる。
…………って何でだか思ったんだよね。
「良かった、壊せて」
ルカは悔しそうにオレを見てる。
「ドーナツにしといて良かったろ?」
「うっさい、バカ悠里」
「理不尽!」




