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もう一度カインドネス①

 八月五日 水曜日


 恵太が家でおとなしくしていると、悩みのタネの一人である妙成寺アシリアからLINEが入った。


『ちょっと相談があるんですけど これから会えますか? (。>人<。)』(お願いのスタンプ)


 ……相談か~。


 ここ数日LINEを見ていて気付いたが、アシリアとはちょくちょくメッセージを交わし合ってたらしい。会話の頻度が高くてほぼアシリアが上に来てる。


 内容はたわいもないようなことだ。毎週見てるドラマの感想だったり、彼女が面白いと感じたインフルエンサーの布教だったり。


 さかのぼってみると一番最初のメッセージは五月上旬になっていた。

 これからよろしくお願いします、となんだか少しかしこまったような文で始まっている。

 たぶん初LINEだから……深い意味はないと思う。


 相談とやらは個人的には喜んでと言いたい。言いたいのだけど三十秒だけ待って。

 相手の情報はないに等しいし、下手に動かないほうがいいと決めたばかり。

 それにアシリアは、いうなれば不確定要素だ。

 彼女との関わりが一年後にどんな影響を及ぼすか……予測できない!


 ついでにいうなら相談というのも疑わしい。

 別の目的があるときの常套句だからなあ……。

 自分も使ってた手だからよくわかる。


 既読のまま葛藤していると、ピロンと追伸。


『悩んでないで 返事! ( •̀人•́ )』(怒りのスタンプ)


 ………………行くに決まってるだろ。




 あまり人の多いところはちょっとと言われたので、ではお年寄りに人気な町の県立公園でということになった。

 急いで待ち合わせ場所に向かうと、アシリアはすでに到着してベンチに座っていた。


「ごめん。早く来たつもりだったけど遅れちゃった」

「全然いいよ。アタシが早く来すぎちゃっただけだし」


 アシリアは恥ずかしそうに笑った。


 初対面の印象だと少しやんちゃなタイプに見えたのに、案外そうでもないかもしれない。

 彼女の内面はともかく……服装はかなり派手に見えた。

 肩を大きく出したブラウスにショートパンツ。

 ここが青い海の広がる南国のビーチならぴったりな格好に思える。


 そのスタイル似合ってるよ、と褒めてみたものの、真っ白な手足が露出していて気になってしまう。

 夏真っ盛りで太陽はほぼ真上、あまり長く日に当たっているとアシリアの肌に悪そうだ。


「あのー、大丈夫?」


 あくまでさりげなく。決してそのスタイルが悪いわけじゃないから。相手の気分を害さないようにしなくては。


「え?」

「ほら、その服だと日焼けが心配で。あっちの日差し避けのついたとこに行こ」

「そ、そだねー」


 アシリアは目を丸くして答えた。

 場所を変えて、二人でベンチに座り、恵太は尋ねた。


「で、相談というのは?」

「え、ソーダン?」


 アシリアは驚いたように聞き返した。


「そんなの口実に決まってんじゃん。用がなきゃ恵太会おうとしないし」

「……あ、ああ、うん、知ってた。一応、聞いてみただけ」


 想定内ではある。

 よくわからないのは、やはり自分たちの関係か。

 もしかして付き合ってたのかな?


 アシリアによると、今の恵太になる前の恵太(以下面倒くさいのでアナザー恵太とする)は自分から誘ったことがないようだ。

 自分の立場だったら付き合ってて誘わないというのはありえないので、友人以上恋人未満というのが妥当か。


「アタシはなんでもいいよー。ハナシするのもいいし、公園ぐるっと回ってみるのもいいしー」


 そういうアシリアは足をぶらぶらさせて、とてもご満悦に見えた。

 う~ん、困った。女子のいうなんでもいいは正解が少なすぎる……。


 話をするのはやぶさかではない。けれど、うっかりポカやらかして違和感を持たれるとややこしくなりそうだ。

 できるだけトークをしないで、アシリアが楽しめそうな場所といえば……。


「それなら、ちょっと遠いけど西スクにでも行く?」


 正式名称は西武スクウェアパーク。平成の初期にオープンした遊園地で、このあたりの住民ならほぼ行ったことがある。

 デートスポットとしてはまずまずなところだった。


「いいねー。じゃあいこー!」


 西の県境に位置したテーマパークのため、バスに乗っていく。自分で行き先を決めた手前、費用は持つ。

 恵太は、お金はアタシが出すからといって譲らないアシリアを制して、到着したパークの料金所で二人分を支払った。


「もう。そもそもアタシが最初に誘ったんだから別にいいのに」

「まあ、そう言わずに。今度ほかのことで返してくれたらいいよ」


 いつもの癖で言っていて、しまったと思った。

 次の約束なんかしてる場合かと。


 ジェットコースターに乗りたいとアシリアがいうので、恵太は付き合った。

 絶叫マシンが好みらしく、ジェットコースターを連続で四回も乗ってしまった。


 正直なところ、一度死んでみてからというものこういった絶叫系が本当にきつく感じる。

 きついというより恐怖のあまり吐きそうになるのだ。

 レールのがたつきに耐えながら空を見上げ、落としたトマトが爆裂するような勢いで急転直下、しかも右へ左へこれでもかと揺らされるのがもう最悪だ。

 胴体は安全バーで固定されてるとはいえ、風圧で頭がもぎ取られてもおかしくない。

 どこのバカがこんな処刑具を作ったんだと怒りさえこみ上げてくる。

 アシリアが楽しそうだから我慢するが、死の疑似体験なんか一人では絶対にしたくない……。


 う、と喉の奥から何かがせり出しそうな衝動を抑えるのも限界に近かった。


「ご、ごめん恵太。だいじょうぶ?」


 顔を青くしている恵太を、アシリアは近くのベンチに座らせた。


「……ありがとう。それにしても、こういうの強いね~。ぜんぜん敵わないや……」

「……乗らされるのイヤならそう言ってってば」

「だ、大丈夫。昔は平気だったけど……、最近、苦手になったみたいで……。ちょっと休めば回復すると思う」


 そういって強がるのが精一杯だった。こういう時はできるだけ下を向かないよう、遠くを見つめるに限る。


 パークの入り口あたりを眺めていると一組の男女が目に入った。

 なんだろう、なにか口論しているようにみえる。

 男がひとしきりしゃべったかと思うと、なんと彼女と思しき女子を置いて帰ってしまった!


 待って待って、そこは送ってくところ!


 人様の事情に首を突っ込むつもりはないとはいえ、女の子を置き去りとは最低だと思う。


「なんだろアレ。痴話げんかかなー」

「そうみたい。気の毒だけど、あんまり見ないほうがいいよ」


 恵太の気分が治まったところで、二人は、今度はおとなしめのアトラクションを探すのだった。




 女の子と遊ぶのは至福のひと時だ。

 思わずテンションが上がりすぎてしまった。

 童心に返って遊んでいて、時がたつのも忘れていた。

 太陽はすでに西に沈み始めている。


「もうこんな時間か。そろそろ帰ろっか」

「しかたないかー。恵太、今日はごめんね。アタシのわがままに付き合ってくれて」

「いえいえ、こっちも十分楽しんだから。また来ようね」


 機会があればまたデートしたいのは本心だった。

 事情が事情なので次などないのはわかっているが。


「……え? ま、まあ、恵太が楽しかったならいいけどさ……」

「もちろん楽しかったに決まってるし。今日は家まで送ってくよ、アシリアさん」


 そういうと、アシリアはぴたりと足を止めた。

 なんだか得も言われぬ雰囲気を漂わせ始めている。

 彼女は俯いたまま、肩を震わせ両手を強く握りしめていた。


 もしかして……怒ってる?

 そんな! 滅多に女子を怒らせたことなんて……ってわりとあるか。

 なぜ? 今回はいったい何が悪かったんだ?


「あ、アシリアさん、どうし……」

「また、『さん』って言ったーーーーーーっ!」


 アシリアは怪獣のような勢いで叫んだ。


「やっと名前呼んだと思ったらなんなの! 前はフツーに呼んでたのに、なんで距離感広がってんの!」


 しまった! アナザー恵太は呼び捨てだったのか! 友人までなら『さん』づけが当たり前だと油断してた!

 それにしても、そこまで怒るほどなのかなと思うが、怒る理由は人それぞれだろう。

 察せなかった自分が悪い。


「ご、ごめん」

「……今日さ、ホントは、恵太の話を聞きたかったんだ。こないだからちょっと様子が変だったし。そしたら今日はいつもの恵太だって思えたのに……なんか時々、アタシのこと知らないみたいな感じになってない?」


 まさにその通りです! なんて言えるかい。

 というかやはり様子が変だというのは伝わっていたのか、と額から冷や汗が流れた。


 このままでは先ほど目撃した喧嘩別れのカップルみたくなってしまいそうだ。

 こうなったらギリギリ嘘にならない程度に真実を話すしかない!


「そんなわけない。実はちょっと……家のことで悩んでて。心配をかけたようなら本当にごめん」

「家のことで?」

「そう」

「家のことっていうか、アノコトでしょ」


 え、なに? アノコトってなんだ?

 アレとかアノとかの代名詞は本当に困るんだ!

 わけわかんない!


 どうする……知ったかぶりでもするか?

 でも、それをしてどうなるかシミュレートしてみよう。


①そうだよと肯定した場合

 さらに二人の間でしか通じない話に発展してしまい収拾がつかなくなる。そして、アシリアはがっかりする。


②ちがうよと否定した場合

 見え透いたウソつくな! と怒られる。そして、アシリアはがっかりする。


 ダメだ。これは詰んだ。


 いやべつに付き合ってもない関係だし、むしろアシリアには関わらないほうがいいまであるが、こんな魅力的な女の子を失望させるのだけはいやだ。マイルール的に。


「ごめん! 詳しくは言えないんだ……」


 もう一度謝るしかない。

 今度は腰を折って誠心誠意を示して。

 話の全貌がさっぱりなので他にどうしようもなかった。


 アシリアに二秒ほどジト目で見つめられ──


「……そうですか、そうですかっ、そうですかっ!」


 どんどん言葉が尻上がりになっていく。しばらく頬を膨らませた後、アシリアはふぅと息をついた。


「わかりましたー、もう聞きませんー、このハナシはお終いですー」


 渋面のままぷいっと顔をそらし、むくれてるのを隠そうともしない。


「じゃあ……アシリア……帰ろっか」

「では、家までよろしくお願いしますー」


 そこは頼むんだ……機嫌が直ったのか、よくわからない。


 パークの料金所を出てずんずんとバス停まで行こうとするアシリアの後ろに、恵太はついていった。

 途中、アシリアの目には入らなかったようで、赤信号の横断歩道を無視して渡ろうとする彼女の肩を、恵太は強引に止めた。


「危ないから!」

「あ……うん」


 幸い車はなかったので危険はない。交通ルールとして正しくないだけだ。

 それでも思わず彼女の肩を掴んで、華奢な体を引き寄せていた。

 なにせ交通事故で早死にした身なので看過できなかった。


 アシリアの柔らかな素肌をつかんだ手が急に熱を帯びたようだ。

 どういうわけか激しく心臓が律動する。

 よく見ると彼女の頬も少し赤い。

 赤信号の灯かりで照らされてるせいかもしれないが……。


「恵太……そういうとこ、マジえぐいし」


 そのえぐいは、良いのでしょうか悪いのでしょうか。


「……本当、ごめんね」


 恵太は手を離した。

 アシリアはそれきりうつむいてしまい、恵太は信号の赤い光を見つめていた。

 隣り合って待つ赤信号が妙に長かった。

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