もう一度ファミリーズ
ともあれ情報が足りない。
恵太は、自室をぐるぐると動き回りながら考えていた。
相談できる相手はいないし、誰かに相談しようものなら頭の病院コース直行にちがいない。
頭の中もぐるぐると思考ループし続けるしかない。
ベッドに寝転がり天井の模様の一点をじっと見つめていると、考えがまとまってきた。
そして重大な事に気づく。
……もしかして俺って、一年後に同じ行動をとったら、もう一度死ぬの?
もし過去であるならじゅうぶんありうるから困る。
同じ轍を踏むのだけは絶対にごめんだ。なんとしても避けたい。
自分が助かるだけなら簡単なのだ。あの時の、車に轢かれるはずだった女子を助けなければいい。
だけど、それはあまりにも……。
一年後に危ない目にあう、最悪死んでしまうかもしれない人を見捨てていいのか。
見殺しという人殺しをする気なのか。
自分だけが知っているのに。助けられるのに助けない。それって悪いことじゃないのか。
とはいえ、助けた結果また自分が死んでしまうのではいけない。
せめて危機を伝えられればいい。直接助けられないまでも、あの女子に警告できればまだ希望はある。
ただし問題もある。まず一つに、あの時の女子が誰なのかわからないのだ。
わかるのは同じ高校の生徒であることくらいだ。
覚えているのは後ろ姿であったし、特徴といえばセミロングの髪型くらい。
唯一顔を見た際も、道路に寝そべり死ぬ間際だったので記憶がおぼろげだ。
だめだ。どう考えても情報が足りない。
事前に誰かを特定して警告できそうにない。
来年夏の八月一日、同じ交差点に張り込んででも阻止するしかなさそうだ。
次に第二の問題。プラスアルファ、滝沢美夏について。
わかっているのは血のつながった姉であるということ。
自分は母と姉の三人家族になったということ。
美夏の性格、不明。得意不得意、不明。趣味、不明。姉弟仲、不明。その他パーソナルデータ一切不明。
……………………。
やはり情報が足りなすぎる。
とりあえずコミュニケーションを図っていくしかないか。
見た目の特徴をいったら美人の部類に入るだろう。長身でモデルみたいにスラっとしてて。
ハーフ特有のエキゾチックな顔立ちなので好みは別れそうだが。
「恵太ーっ」
ドアの向こうで美夏の大声がした。
「恵太が先にお風呂入ってよ」
「えー……俺はまだいいかな」
今人生の儚さについてすごく真面目に考え中なので。この至上の命題が終わらないうちは遠慮させてほしい。
そう思っていたら不機嫌そうにドアを叩く音がした。
「いいからさっさと入れ! わたしは早く入りたいの。あとで恵太に入られるのイヤだから。それと湯舟に毛残さないでよ。上がったら即掃除!」
俺はあなたのお父さんかと激しくツッコみたい!
「……うん。わかった」
しぶしぶ言う通りにタンスから着替えを用意していると、勢いよくドアが開いた!
美夏が眉間に皺をよせた険しい顔でこちらを睨んでいた。
「な、なに?」
なんで怒ってるんだろう?
「恵太、あなた……」
「う、うん」
美夏の反応を待ち、ごくりと唾を呑んだ。なにか感づかれたか?
「前から言おうと思ってたけど、今みたいに呆気にとられて口を半開きにする癖やめなさい。みっともないわよ。今日すっごく恥ずかしかったんだから」
目を細めながら冷徹な声で「いいわね? それと体はちゃんと隅々までゴシゴシするように」と念を押すと、美夏は静かにドアを閉めた。
ああ、教室を間違えたときのことか。
そうか、半開きだったか~。それはちょっと恥ずかしいな。
それにしても俺と美夏……さんが姉弟ということより、この人が母さんの娘だというのは信じられる。
叱り方が似すぎてて怖いくらいだ……。
湯舟につかりながら、目を閉じ思考再開。第三の問題、プラスベータについて。
妙成寺アシリア。教室で親し気にからかってきた少女の名前だ。
美夏と同じく面識のない子だった。
一年前の記憶にアシリアの名はないし、そもそもいなかったはず。
こんな変わった名前の女子がいたら真っ先に覚えられるはずなのだ。
いろんな意味で目立つと感じる子だった。
自分はハーフだから目立つかもしれないが、彼女の場合はあふれ出る魅力の為に目立つのだ。
涼やかでありながらよく通る声、均整とれた身体つき、顔立ちまでキレイすぎて一般人っぽく思えなかった。
おまけに咲き誇る華のような笑顔は最高で天真爛漫というのがふさわしい。
全身からまばゆいオーラを放ってた気がする。
あの子、アイドルとか女優さんとかなんじゃないの?
ボーイミーツガール青春編と名づけたスポーツドリンクコマーシャルで見かけてもいいくらいだ。
一言でいえばスター性があるんだろう。人の目を強く惹きつけて離さないモノを持っている。
少し話しただけなのに、不思議と高揚感まで伴ってくるからスゴイ。
ややこしい状況でなければあっという間に好きになってたかもしれない。
今はそれどころじゃなかったというだけで。
呼び捨てだったし積極的に話しかけてくるし、かなり親しい間柄のように思うのだが、相手のことがまったくわからない。
変に不信感を持たれたくなかったので、当たり障りのないよう笑って相づちをうつのに徹するしかなかった。
内心では、あなたの知ってる恵太とは中身が違うんですごめんなさいと謝りたい気持ちでいっぱいだった。
気持ちを切り替えるべく、頭に冷水のシャワーを浴びせた。
さて、一年後の運命の日まではかなり猶予がある。
これからどうするか。
目的はもちろん自分が生き残ることだ。
そしてあの時の少女(以下アルファ・ベータに続いてガンマと呼ぶことにする)も助けたい。
一年後の八月一日、通学路の交差点、恵太とガンマ。
これらの条件がそろうのはとてもまずいように感じる。
でもガンマは正体不明な以上、その時その場所にいないと守れない。
一年限定とはいえ、未来の出来事を知ってるのだからできるはずだ。しかし、ここに落とし穴がある。
過去と未来をスポーツカーで行き来する大名作映画ゴートゥザフューチャーに登場した天才科学者が相棒の少年にしつこく言っていた。
『なにが原因で未来が変化するか分かったものじゃない。過去の人間には決して関わるな』
今の状況はこれに近い。過去の人たちに関わって、中途半端に未来を変えてはいけない。
まかりまちがってガンマが運命の日に現れないとどうなるか。
目先の危機は避けられても、またすぐ別の危機がやってきそうに思える。
通過儀礼とでもいえばいいのか。交通事故は起きたうえで生き残らなくては意味がない。そう思えるのだ。
ベストなのは事故が起こったその瞬間に救うこと。
あの時はガンマを押し出すのに必死で、自分が代わりに轢かれてしまったが、事前にわかっていればラグビータックルみたく押し出してお互い無事でいるのも可能だと思う。
なんとなく希望が出てきた。
助かる見込みが出た以上、ガンマにはその時その場所にいてもらわないと困る。
未来を変えかねないうかつな行動は慎もう。
そう難しくはない。記憶にない行動をしなければいいだけだ。
もっとも一年間の自分の行動全てを覚えているのかといわれるとかなり怪しい……。
なにせ三日前の夕飯すらろくに覚えちゃいないのだ。
まわりで特に大きな事件などは起きなかったから大丈夫だと思うが……。
今後の方針をまとめると、姉に言われたとおり湯舟に浮かんだ毛を取り除いた。
今までやったことがない作業なので面倒くさい。
「ただいまー」
母の声が聞こえた。いつもより遅い時間だ。
家族三人そろっての最初の日。少なくとも自分にとっては……。
少し緊張してしまう。
その日は寝る前のわずかな時間、三人そろってリビングに集まるときがあった。
──課題はちゃんと進んでいるか。
──将来設計はできているか。
──休みだからって夜更かしはしないように。
お堅い母らしいいつもの小言のオンパレードで安心する。
「ああ」とか「うん」とか、気の抜けた返事ばかりする恵太を気にした母が、美夏に尋ねた。
「どうしたの?」
「さあ。今日はずっとこんな調子」
そんななんでもないやり取りの中、恵太は胸に温かいものがこみ上げるのを感じるのだった。




