体当たりと自爆する女優
登校日の朝、恵太はなぜかおっかなびっくりな様子で席につくとノートを広げてなにやら書きなぐっていた。
頭を抱えてどうしたんだろう。そのまま机に突っ伏して寝入ってしまった。
十日ぶりに会う。アタシと恵太のファーストインプレッションはあんまり良いものではなかったけど(ていうか気持ち悪いとか嫌いとか最悪だったな)、セカンドはもっとマシにしないと!
なんて声をかけようか。オハヨ……違うありきたりだ。なにしてた? ……アタシのせいで怯えてたかもしれないな。
うーん、良い声かけがわからなくなってきた。
決めた。まず恵太の椅子を思い切り引っ張ってビックリさせてやろう。きっと心拍が早まるはず。そこにアタシが最高の笑顔を見せてやれば吊り橋効果で恋愛的なドキドキと錯覚させられるかもしれない。
実に良い作戦だね! もう明日に回したりなんてしないし。思い立ったら即やれというのがここ二ヶ月で学んだ真理だ!
「うわっ」
「あはは、びっくりした?」
恵太の椅子を思い切り引くと、予想以上に彼が驚愕の表情になったんでこっちが驚く。ちょっとやりすぎた。
「恵太、びびりすぎー」
恵太に倣ってちょっとオーバーなくらい笑顔を作ってみた。
見てるね……アタシに魅入ってるね。
口が半開きになっちゃって心奪われてるように見えるし。
これイケるんじゃない?
恵太は満面の笑顔が好みみたい。しっかり覚えておく。
恵太に会うときはこの顔を徹底しよう。
それから休み時間の間、恵太にベッタリ張り付いていたが、なんか様子がヘンだ。
夏休みの間、同中の友だちと会って楽しかったことを話してても「ああ」とか「うん」とか空返事が多い気がするし、いつもの鮮やかな笑顔はしてるけどアタシ用の笑顔になってない。
恵太の笑顔は人によって変わるのだ。アタシに対しては宝多仁美にするみたいな軽く微笑む程度で、実際アタシもその表情は好ましく思ってる。
なのに今の恵太の表情は武村恵麻にするみたいな満面の笑顔……なんかまちがってない?
ギターでいったらペグ巻き過ぎっていうか。
恵太の返事が空虚なのもあって違和感ハンパない。
夏バテで体調を崩したか……それともアタシに嫌われたくてわざと好みの表情外してるのか?
さすがに深読みしすぎかな?
アタシの名前を全然呼んでくれないのも引っかかってしかたないし……。
恵太を誘うどころか、破局の危機じゃないかと不安になってきた。
そうなったらお姉さんネタをチラつかせるしかないのに、これは抑止力みたいなもので本当にやっちゃダメだ。
そんなことしたらいくら温厚な恵太でもマジで怒りそうだし。
ヤバい。決意が土台から揺らいできた。どうしよう……今遊びに誘ってもうまくいく気がぜんぜんしないよ。
悶々とした登校日は午前中だけで終了。一緒に帰ろうと誘う間もなく、恵太は我先に教室を飛び出していた。
そ、そんな……そんなにアタシとハナシするのがイヤだなんて……。
恋人たち(仮)の仲はすでに危険域に達したと判断するしかないぞ。
冷静でいられなくなってどうしようもなくなり、アタシは帰り支度を整える武村恵麻へ泣きついていた。
「エマ、助けて! ヤバい、恵太に嫌われたー!」
「ちょい待って。オーケー、まずは落ち着くんだアッシー。嫌われたってどうしたん? なんかしたの?」
「うん……詳しくは話せないけど、したといえばした……」
「いったいなにしたんだか。でもね~、滝沢くんが女子を嫌うとかよっぽどだよ? 明日氷河期が訪れるとかのレベルだよ? ありえないと思うな~。アッシーの深読みな気がするね」
「だってさ、なんか恵太の様子がヘンだったし。心ここにあらずってカンジで、アタシが声かけるより早く帰っちゃったし! これはもうアタシに愛想が尽きたってことでは?」
「いやいや。滝沢くんだって虫の居所が悪いって日くらいあるっしょ。スーパーの特売に間に合わないからソッコーで帰らなきゃとかの理由かもしれないじゃん」
「た、たしかに、そういう可能性もある……のかな?」
「いいから、素直にスマホで聞いてみなって」
「わ、わかった。で、でも……それで無視されたらどうしたらいい?」
「されないからダイジョーブだって! マイナス思考は禁物~。考えてもごらん。アッシーと滝沢くん、付き合ってどんくらいになる? たしか五月末くらいからだっけ。もう八月だよ? 二月も経ってるなんて今までの滝沢くんにはありえんからね~」
「あー……うん。ソーダネー……」
普通ならそう思うよね。実際は恵太に断る権利がないだけだよ!
「なんでカタコトになる……? いちおー聞くけどさ、夏休みはなにしてた? 一回くらいはデートしたでしょ?」
「デ、デー……ト……?」
「まさか……していらっしゃらない? アッシー、チミは夏休み前半いったいなにしてたん?」
「それは……同中の友だちと遊んでて……ヒマがなくて」
「十日もあったのに?」
「……スミマセン。見栄を張りました。誘う勇気が湧かなくてズルズルと今日にいたりました」
アタシの震え声に、エマが肩をすくめた。
「……ホント、初日の闇オーラ放ってたアッシーが懐いなぁ。もうすっかり行方不明。滝沢くん、やっぱスゴいわ」
エマは自分に任せろとばかりに親指を立てた。
翌日、エマに駅前ショッピングモールへ呼び出され、デート用のコーディネートを指示された。
「初デートだったら思っきし目立たなきゃね~」
たったこれだけの理由で肩だしトップスとショートパンツというどこの浜辺にいるんだという格好にされた。
あんまし肌の露出が激しいのは好みじゃないので、かなり恥ずい。
「いいね~、その恥ずかしそうな表情グッとくるよ! 滝沢くんもメロメロや~!」
「……マジでこれじゃないとダメ? 恵太に頭悪そうとか思われない?」
「そんなん今更……いや、ないない! あの人ぜったい人を悪く言ったりしないから。あとは誘い方だけどさ~」
「今更っていった……誘い方ってなんかいい手でも?」
「相談があるからとかなんとかテキトーにいっちゃえ」
それでパーフェク百パーだからとサムズアップされて、次の日アタシは恵太を誘い出すLINEを送ることにした。
『ちょっと相談があるんですけど これから会えますか? (。>人<。)』(お願いのスタンプ)
できるだけ可愛くしたつもりで、なけなしの勇気を振り絞ってポチる。
ソッコーで既読がついた。そこからが長い。
五秒……十秒……十五秒……長い。
……二〇秒……二十五秒……長すぎる。
……三〇…………四〇…………五〇…………。
……もう限界!
既読スルーなんて許すもんかとアタシは自分の持てるフリック技術を最速で駆使。
『悩んでないで 返事! ( •̀人•́ )』(怒りのスタンプ)
アタシは半ばヤケになってポチった。すると返事がきた。
『どこで会いますか?』(困り顔のアザラシのようなスタンプ)
エマ師匠、マジ感謝!
相談という体の初デート当日、アタシは待ち合わせ時間より一時間ほど早く、県立公園のベンチで待っていた。
服装はエマ直伝のコールガールみたいな派手なやつだ。
普段はパンツスタイルかロングスカートで露出を抑えたやつしか着ないから、めちゃくちゃ違和感ある。
腕も肩も足も出しちゃって、ホントにこの格好でダイジョーブなのか?
恥ずかしくて脳が茹だりそうだ。せめて顔を隠せるようつば広の帽子でもかぶってくれば良かったと後悔した。
しかも早く来すぎた。暇を持て余したお年寄りの散歩コースに最適な場所なので、お爺さんお婆さん方の目を引いていたたまれない……。
TPOをわきまえろと暗に言われてるみたいで。
ちょっと待って……今更になっちゃうのに……アタシこれからデートするんだよね?
アホみたいに勢い任せでここまで来といて、ちょっとクールダウンしたら緊張してきたぞ。
奥歯がガタガタ震えて心臓の鼓動もおかしいことになってきた。
これほどの緊張は初めてオーディション面接受けた子供のころ以来だ。
ソルスペクター出演ヒロイン面接会場には四〇人ほどの女児たちが集まって、一人二分の持ち時間で自己PRと演技披露をした。この時の二分が長くて長くてはやく終わってくれと念じたのを思い出す。
思い出に浸りながら早く来てくれと念じていること数十分、ついに恵太が来てくれた!
会って早々アタシのふざけた格好を褒めてくれたし、体を気遣ってもくれた。
恵太自身はまともな服装でちゃんとしてるのに、釣り合いクラッシャーで申し訳ないと思った。
頼っておいてなんだけど、今後エマから服装の指南は受けないようにしよう。
それにしても……ワンチャンお色気で恵太の気を引けないかな~とか期待してたのに、彼はニコニコ笑ってるだけで(まだオーバー気味)鼻の下伸ばしてるようには見えない……。
お姉さんのお尻に興奮するようなやつなので人並みに下心は持ってるだろうに、相手は選ぶか。
チッ。悔しいが、アタシのビジュアルで恵太の心を撃墜しようとか淡い期待は捨てたほうがよさそうだ。
その後恵太の提案で町はずれにある遊園地へ行った。
漫画やドラマでしか見たことないステレオタイプの展開でアタシのテンションは急上昇!
大好きなカレシと好きなジェットコースターに乗るとか夢にまでみたシチュエーションも果たせて大満足だった!
この満足感をリピートしたいあまり、ジェットコースターばっか乗って、激しい乗り物が苦手な恵太の気分を悪くさせてしてしまったことは今後の反省点!
徐々に恵太の笑顔もアタシの好みである軽く微笑む程度に戻ってきていた。
まるでチューニングを合わせるように、やっとアタシへの警戒心が和らいできたと思うと嬉しい。
相変わらずアタシの名前は呼んでくれなかったけど……。
楽しいひと時はあっという間に過ぎて、帰る時間になった頃、恵太がやっとアタシの名前を呼んだ。
「今日は家まで送ってくよ、アシリアさん」
……なぜかさん付けで。
アタシは悔しさのあまり怒ってしまった。
だってこれじゃあ付き合ってる彼氏彼女じゃなくて、それ未満の友だち……いやさらに未満の初対面同士みたいだったから。
初対面……よく考えてみたら、今日の恵太の態度を表現するのにこれほどピッタリな言葉はないだろう。
初対面だから優しい。初対面だから笑顔をまちがえて。初対面だから名前もさん付け。
恵太の中では、アタシの存在は初対面の位置づけなのかと憤慨した。
頭ではわかっているのに。もともとアタシが無理矢理いうこと聞かせてるんだから、恵太を怒るのはスジ違いだって。
でも止まらなかった。ちょっとくらいその気になってくれてもいいじゃないかと、不平不満が噴出してきた。
アタシの身勝手な言い分にも、恵太は一生懸命謝ってくれた。
自分が嫌になる。これじゃまた恵太に嫌がられてしまう。
遊園地を出てバス停に向かう途中、アタシは自己嫌悪に陥るあまり横断歩道の信号も見ずに渡ろうとした。
その時、恵太がアタシの肩をつかんで強い口調でいった。
「危ないから!」
「あ……うん」
今日初めて恵太に触れられた。細かく気を使ってお姫様のように扱ってくれてはいたけど、アタシの手も握ってはくれなかったのに。
初めて触られた。アタシの肩に恵太が触った。肩にはまだ指の感触が残ってる。心から心配してくれたような優しさが伝わってくるみたい……。
顔を上げられない。きっと真っ赤になってる……こんなの、ぜったい見せられない。
「恵太……、そういうとこ、マジえぐいし」
どうしようもないくらいまた好きになった。




