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恋と逆転の女優

 次の日から、滝沢恵太がアタシに付きまとってくるようになった。


 滝沢とは席が離れているので逃れられるのは授業中だけで、空いた時間がひどい。

 休み時間は当たり前のように寄ってくるし、移動教室の途中、昼休みの食堂、下校時まで恋人みたいにベッタリだ。


 その様子を見かねた副担の冴子先生が滝沢に注意をするがまったく効果なし。

 うっさい・バカ・キモイ・寄ってくるなとアタシがいくら言っても滝沢は平謝りしながら「本当にごめん。でもどうしても聞いてほしい話があって」と毎回一方的に雑談をふる。

 そして最後に必ず「妙成寺さんはこの辺りの人?」と出身地を聞いてくるのだ。


 アタシは一切返事をしない。ちょっとだけ悪い気はしても、返事したら滝沢のペースにハマりそう。

 それでも彼は話しかけるのを止めようとしない。入学式から二週間以上経ってもあきらめない。

 なぜだろうと分析してみても理由がわからない。

 アタシがなびかない女だからか?


 滝沢はとにかくモテる人だ。柔和な笑顔とエキゾチックな顔立ちはかなりの破壊力。天から与えられた才能があるとしたら、圧倒的に女子にモテることだろう。

 実際、熱心にアタシに話しかける横でよく女子に一言二言声をかけられてる。

 どう見てもほのかな恋心を秘めてる子もいた。

 女子と仲良くしたければ明らかに好いてくれてる人にいけばいいのに、滝沢はそうしようとしない。


 もしアタシの外見が好みだからという理由なら、うちのクラスには宝多仁美というかなり可愛い子もいたんだから、そっちにいけばいい。

 見た限り大人しそうな性格なので、ナンパ男にしてみれば楽に取り入れそうなものだ。

 どうにも滝沢という人間は理解に苦しむ。


 モテ男子であるがゆえに達成感が欲しいのかもしれない。

 なびかない女、そっけない女、やっかいな女。

 世間がいうところのツンデレ的な属性がいけないのかも。


 アタシは考えた。いつまでも滝沢みたいな人が寄ってくるタイプに付きまとわれては迷惑だ。

 逆をやってみよう。返事をしないことが滝沢の挑戦心を煽るのなら、どんどん返事をするんだ。

 滝沢の中で普通の女子と変わらなくなれば、アタシへの興味が薄れるかもしれない。


 そう思ったのに……。


「妙成寺さん、昨日放送された『恋はつづくよいつまでも』って観てる?」

「……観た」

「そうなんだ! おもしろいから俺は毎週観てるんだ。妙成寺さんも好き?」

「まあまあ。原作コミックも集めてるし、ドラマもかかさず見てる……」

「コミックも! じゃあファンなんだ。知ってる? うちのクラスに梶原悠紀さんっていう絵のうまい子がいてね、その子も『恋いつ』とか少女漫画にすごく詳しいから機会があったら話しかけてみるといいよ。きっと話が合うと思うから!」

「……ふうん。わかった」


 滝沢は満足そうに笑っていた。

 またある時は。


「今度の月曜の美術授業ってペア作って似顔絵描くらしいんだ。妙成寺さんは組む人って決まってる?」

「いや……アタシ高校に知り合い少ないし」

「そっか~。じゃあ俺がって言いたいところなんだけど、同性じゃないとダメらしくって。もし当てがないんだったら、うちのクラスの武村恵麻さんに頼んでみるといいよ。ノリのいい子できっと受けてくれるから!」

「そ、そうなんだ……。にしても滝沢くんって、クラスの子たちに詳しいんだね」

「ああ、前の中学で同じクラスになったことあったから。そうそう、恵麻さんっていえばおもしろい話があるよ。うちのクラスに亜里沙さんって子がいるんだけど、彼女も武村って姓なんだ。同姓なのはもちろんただの偶然。なのにこの二人の髪型と背格好があまりに似てるもんだから、みんなおもしろがって武村シスターズって呼んでるんだ」

「……ぷっ。なにそれ」

「あ、妙成寺さんやっと笑った!」

「……わ、笑ってないし」


 滝沢はまたも満足そうに微笑んでいた。

 おかしい。会話が普通に弾んでるように思うし、彼はますますアタシに積極的に向かってくるようになった。

 なぜだ? 滝沢という人間が本当にわからない。


 もしかして滝沢はアタシのことを知ってるんじゃないだろうか。

 アタシが元役者だと知っていて、物珍しくて近づいてきてるんじゃないだろうか。


 中学時代、友だちとジャンクフード店にいたアタシに気づいた中学生男子がしつこく写真撮らせてと言ってきたことがある。

 そのときの居心地悪さといったら言葉にしづらい。

 結局のところ、滝沢は迷惑なおっかけファンみたいな心理。くだらない興味本位で近づいてるだけじゃないのか。


 月曜日の美術の授業、滝沢に勧められたとおりあまり期待せず武村恵麻に声をかけてみた。

 いつも元気いっぱいのハキハキした子で、アタシがペアを頼んでも嫌がるそぶりも見せず、「いいよ~」と快諾してくれた。


 授業中キャンパスを挟んで恵麻と向き合ってると、彼女がいった。


「妙成寺さん、大変だね~。滝沢くん、スッポン以上にしつこいっしょ?」

「え? う、うん」

「初日のアレがマズかったね~」

「初日のアレっていうと……嫌いだっていったこと?」

「いんや。そんなことよりも、妙成寺さんがめっちゃ暗~い顔してたから。あれじゃあ滝沢くんも本気になるわ」

「なんで? アタシが暗い顔してたのと何の関係があるの?」

「そりゃあ関係あるよ。なんと滝沢くんは、女子を元気にさせずにはいられないビョーキなのだ!」

「ビョーキ扱い!?」

「まあ、早いとこ諦めてふだんから元気出してみるのをオススメする。滝沢くんを鬱陶しく思うんなら、それが解放される近道だよ~」


 元気を出すことが近道……か。けっこう難しい。作り笑顔は得意でも元気を出すとなると具体的にどうすればいいんだろう。


「そうそう、あたしから一個だけ忠告があるよ~」

「忠告?」

「滝沢くんは、純粋な恋愛感情で妙成寺さんに近づいてるわけじゃないと思う。だから、うっかり本気で好きにならないほうがいいかな~。見た目が派手だし、ああいう人だからよく告られて付き合ってる人もいたんだけど、すぐ別れてばっからしいよ~」

「ええー……それってけっこうクズじゃない?」

「あはは。かく言うあたしもその一人! 中学のときうっかり告って付き合って、二週間でごめんなさいって言われたんだ~」

「みじか! そのわりには武村さん、超明るいよね?」

「恵麻でいいよ~。明るいのはまあヤケクソってもんで、滝沢くんらしい理由で別れてくれって言われたからかな~」

「らしい理由……?」

「『恵麻さんはもう俺がいなくても大丈夫だから。元気がない子がいると、俺は恵麻さんだけを見ていることができないから』……だってさ~」

「俺がいなくても大丈夫……?」


 このセリフには聞き覚えがある。偶然かもしれないが、アタシがヒロイン役を務めた番組『ソルスペクター』の主人公が最終回で言ったセリフなのだ。


 街に潜む悪の中枢を駆逐し、自分が必要とされることはもはや無いと確信した主人公は街を去ろうとする。それを引き留めようとするヒロイン(つまりアタシ)。泣いてすがるアタシを慰めるように主人公がいうのだ。「キミはもう俺がいなくても大丈夫だ。俺は俺を必要としている人たちのところへ行かなきゃならない」と。


 単なる偶然? それとも、滝沢はソルスペクターを観たことがあるのか? アタシに感づいてる?


「これは言わないでって口止めされてたんだけどさ……本当は滝沢くんが頼んできたんだ~。もしも妙成寺さんがペア組んでって言ってきたら受けてあげてって」

「え……そうだったの?」

「まああたしは頼まれなくたって受ける気マンマンだったけどね~。……はいできた!」


 恵麻は描く手を止めてキャンパスをひっくり返して見せてきた。

 中々うまいように見えた。サイドテールの髪型なんかで人物の特徴をよくつかんでる絵だ。


「あたしの腕じゃあアッシーのカワイさを表現できないのがくやしいね!」

「あ、アッシー?」


 ヤなあだ名だ。教育バラエティに出演していた頃、メインキャスターがアシスタントの女性に口うるさく指示して奴隷のごとく酷使していたのを見たせいで、アタシにとってはアシスタント=使いぱしり。


「それじゃパシリみたいじゃん」

「おっ、笑ったらめっちゃカワイイね~。いいよいいよ~。そういうところを滝沢くんに見せたらいいんでない?」


 指摘されてすぐに口を横に引いた。自然に笑うなんて、両親が離婚して以来初めてかもしれない。

 自分に緩やかな変化が現れたのをお父さんにも指摘されるようになった。


「なにかいいことでもあったかい?」

「なんで……? そう見えるの?」

「本当に笑ってるように見える」


 お母さんと離婚して以来少しやつれた様子のお父さんに笑顔が戻っていた。

 アタシだけじゃない。お父さんだって空元気じゃなく本当に笑っている。

 アタシの日常は少しずつプラスの方向へ……少しずつ元気が戻ってきているようだった。


 本当にどうしたんだろう。変化が波紋のように広がっていく。

 変化の発端はなんなんだろう。滝沢が付きまとうようになってからなのか。

 まるで暗闇のハイウェイに光が差し込んだような……。

 この感覚をどうとらえたらいいんだろう。


 ある日の朝、高校の靴箱の前でばったり達也と出くわした。

 なんとなくお互い声をかけづらかったが、今日になって達也が重い口を開いた。


「よお。調子は?」

「……まあまあ。アンタの友だちのおかげで騒がしいけど」

「くっくっ、そうだろうなあ。滝沢に目をつけられたのが運の尽きさ」

「ホントそれだし。アンタ友だちなら、初日のとき止めろし」

「そりゃ無理だ。アイツはアイツなりの信念で動いてるからな。俺みたいな凡人の及ぶとこじゃないね」

「アンタでも人を褒めたりするんだ?」

「当たり前だ。俺をなんだと思ってんだよ」


 達也も本当に変わった。角のようなものが取れたというか。


「あとよ……」

「なに?」

「すまなかったな。俺が余計なこと言っちまったせいで」

「なんのこと?」

「だから、俺が、自分のことは自分で決めろなんて言ったせいで、お前の両親が……」


 言いにくそうに言葉をチョイスしていた。アタシの両親が離婚したことは、達也の父親を通して聞いていたんだろう。

 しかもその責任は、小学生時代に言ったアドバイスのせいだと彼は思ってたようだ。

 自責の念から声をかけづらかったのか?


 アタシが学校に通いたいと願ったために今があるのなら、ある意味で正しいのかもしれない。

 きっかけは達也の言葉だったのかもしれない。

 だからといって恨む気持ちはなかった。

 そんなの当然でしょ。

 この道を選んだのは他の誰でもないアタシなんだから。


「なに言ってんの? アンタにそんな影響力あるわけないじゃん。つまんないコト気にすんなし」

「おーおー。そうかいそうかい」


 達也はニヒルな笑みを浮かべた。


「そうだ、これだけは聞かせて。アンタ、滝沢くんにアタシが元役者とかって言った?」

「バカにすんな。女の個人情報ペラペラしゃべるほど、俺の口は軽くねえ」

「……そう」


 アタシの日常はどんどん変わっていく。

 滝沢にも言われるようになった。


「妙成寺さん、笑ってるの本当によく似合うよね」


 お母さんに鍛えられた人受けの良い作り笑顔を褒めているのか、それともアタシの心の奥から発した笑顔なのか。

 今のアタシにはわからない。

 そうそう。変化といえばまた。


「ところで妙成寺さんって、ずっとこの辺りに住んでたの?」

「中学からはね。その前は東京都の武蔵野市」

「ホントに!? すごい! いいなあ。俺もいつか行ってみたいなあ」

「べつにアタシのいたとこって面白いものないよ。それでもよけりゃいつか案内してあげよっか?」

「ホントに? ぜひお願い!」


 アタシは、滝沢の毎度の質問に答えるようになった。

 相変わらず満足そうな笑顔で、社交辞令なのかもわからない人。

 いつの間にか、アタシは変化の発端である滝沢の行動を観察するようになった。


 滝沢の特徴その一。

 彼はよく笑うやつだ。人と話すときは笑顔を絶やさない。

 しかも一つ特徴がある。

 話す相手によって笑顔の度合いが違う。


 軽く微笑んだり、愛嬌があったり、満面だったり、時には闊達だったり。


 例えば武村恵麻のような元気で勢いのある子相手だと、滝沢もオーバーなくらい満面の笑みだ。

 あるいは宝多仁美のような気の大人しい子相手だと軽く微笑む程度に留めている。


 たぶん相手が気に入る自分の表情を意識している。

 相手が不快に思わない表情を探り当ててそうしているのだ。

 かつてスクールで学んだ表情のミラーリング効果によく似ている。

 何も考えてないように見えて、滝沢はすごく他人のことを考えてるやつだ。


 鮮やかな笑顔……悪くいえばカメレオンみたいに変化してるっていうか。


 アタシは気になった。どうしてこんな面倒なことをやっているのか。

 意識して笑顔を作る難しさは自分の経験を通してわかってるつもりだ。

 しかも一人一人の好みに合わせるとなると難しさは飛躍的に上がる。

 そうまでする理由はなんだろう。いったい何のメリットがあるのか知りたかった。


 昼食時、教室で武村シスターズの妹武村亜里沙(本人は完璧不本意そうだったが)と滝沢について語った。


「滝沢くん、お姉さんがいるよ」

「そうなんだ。お姉さんがいるなんて初めて知ったし」

「うちの学校の二年に」

「うわ、めっちゃ近いトコいたし」

「滝沢くんに似ててやっぱり美形でね~。顔小っちゃくて手足長いとか。ランジェリーモデルが似合いそうなカンジ? 二人並んでるともうすっごい目立つね」

「そんなに? 滝沢くんの女子バージョンって感じなのかな? 元気のない男子にこう……」

「さすがにそれはないんじゃないかな~。こう言ったらなんだけど、滝沢くんが特殊すぎるだけで」

「それ、言えてるし」


 滝沢の特徴その二。

 彼は会話の潤滑油みたいな存在だ。

 女子と話すときは彼の話をしておけば話題に事欠かない。


 ついでに滝沢の個人情報がひとつ明らかになった。

 一つ年上のお姉さんがいるらしい。

 興味本位で申し訳ないが、機会があれば一度見てみたい。


 とか思っていたら、機会はわりとすぐに訪れた。

 五月の中旬を過ぎる頃になると、初対面のアレが嘘のようにアタシと滝沢の仲も良くなっていた。


 最近は滝沢の背後から忍び寄り、驚かすのがアタシの中でマイブームとなっている。

 彼は実に良いリアクションを返してくれるのだ。リアクション芸の才能があると思う。きっとモニタリングとかのドッキリ系番組に出ても視聴者に絶賛される。


 その日の朝も通学路で滝沢の後ろ姿が遠目に見えたので、アタシはチャンスとばかりに忍び寄る。

 意外にも彼は一人で登校してくることが多いが、その日は隣に女子を一人連れていた。

 その女子のショートヘアは、滝沢と同じキレイなブラウンですぐにピンときた。この人が滝沢のお姉さんなんだろう。


 たしかに噂以上に目立ってる。

 美男美女の美形姉弟で絵になる光景だ。

 ハーフだからという点を差し引いてもやはり目立つし、インスタ投稿したらバズりそうだ。


 滝沢のお姉さんも噂通り、彼によく似ていて素敵な人だ。

 長身で手足が長くて顔は小さく胸は慎ましやか。

 これぞモデル体型、八頭身スタイルの美人さん。


 アタシもスタイルにはちょっとだけ自信あったが、滝沢のお姉さんには負けるね。


 そんな姉弟の登校中に後ろから驚かすイタズラなんて、さすがに非常識か。

 アタシはそのまま滝沢の後ろ姿を見ながら、彼の通った道を歩く。

 彼はお姉さんを送り届けるつもりらしく、二年校舎の靴箱まで行った。


 アタシはなんとなくその光景を見ていた。べつに他意があったわけじゃない。この姉弟の日常を少しだけ見てみたいと思ったのだ。

 驚いたのは次の瞬間だった。


 知り合って一ヶ月とちょっと。アタシは滝沢について理解したつもりでいた。

 女子に優しく如才なく、いつも笑顔を絶やさず、ヤラしい下心なんて微塵もない。

 ちょっと出来過ぎてるくらい理想の正統派イケメン。そう思っていた。


「もうここでいいから。あなたは自分の校舎に行きなさい」

「姉さんを見送ってから行くよ」

「まったく。わたしはあんたの妹かい」


 お姉さんが靴箱に靴をしまおうと、滝沢から目を離した。

 滝沢はその様子を微笑んでみていた。

 彼の笑顔はそこで途切れた。


 ……ん、なにその顔?

 頬は緩んで口が半開き。お姉さんを見つめる時の慈愛のこもった眼差しといい、顔つきの急激な緩み具合といい。すごくバカっぽい……。


 アタシの目には、脳にピンク色の電流が走ったようにしか見えない。


 眼差しが急に変化してヤらしさが出てきたような。てかなんかエロいこと考えてそうな。

 丁寧に腰を折ってサンダルを床に置くお姉さんの形のいいお尻から、滝沢はジィーっと目を離さない。

 両目血走らせて考えてる……鼻の下伸ばしてまちがいなくエロいこと考えてる。

 内心「でへへへ」とかいってそう。

 頭の中でいったいどんな痴態を繰り広げてるんだろう。

 こんなの滝沢に百年の恋してる女子も冷めるって!


 うわあ、キモい、キモすぎるぅ……。滝沢のこんな姿見たくなかったって思うと同時にアタシは理解した。

 滝沢に恋する女子がいるように、滝沢もまた恋をしていたのだ。しかも相手は自分のお姉さん。おまけに思いっきり性的に見ているうえ事あるごとにエロい妄想する癖がある。

 うん……完全に異常者だし。単に捕まってないだけの。


 手を振り返してお姉さんを見送った滝沢の後ろから、アタシは飛びついた。


「わ!」

「うわっ」


 思った通り滝沢は良いリアクションで驚いてくれた。


 大笑いしつつも正直いって見損なった。失望した。ちょっとだけ自分を呪う気持ちになった。

 まわりの女子には天使のような笑顔を振りまいておいて、中身はコレかと。

 アタシは自分の目で見るだけじゃなく、ちゃんと確認したかった。滝沢の真意を彼の口から直接聞きたかった。


 お姉さんのことが好きなのかと問うと、彼は答えなかった。

 聞くまでもない。

 滝沢の額には滝のように汗が流れてるし、表情には戸惑いしか浮かんでいない。


 最後の確認として滝沢のお姉さんっぽく想像して彼に問うてみた。「好き」と言ってみろと。

 滝沢にとって笑顔は相手のためでもあり、自分のためでもある。仮面だ。自分の本心をもらさないための鉄の仮面なのだ。

 笑顔を作らずに「好き」と言えるかのテストで、彼は言えなかった。

 いつもの自信がなく、溢れるような余裕もまったくない。

 年相応のウブな男子っぽく顔を真っ赤にして、口をもごもごさせるだけだった。


 これが滝沢恵太という男子の本当の姿だ。


 どうしてこんなにも心を掻きむしられるんだろう。

 いや……、本当はわかってた。

 自分自身の素直な気持ち……。

 そんなはずはないと否定してた本当の気持ちを……。


 アタシは、滝沢のことが好きだったのだ。

 アタシの心、アタシの家族……、アタシの生活に元気を戻してくれたキミが好きだった。

 元気を与えてくれたキミが好きだった。好きだからキミをもっと知りたいと思ったんだ。


 滝沢の人間性はまちがいなく褒められるべきもの。

 元気のない子を元気づけたいという気持ちにウソはない。


 でも、恋愛感情でいったら彼の心はお姉さんでいっぱいなんだろう。

 たぶんそこには、アタシの入る余地はない。

 他の誰も入る余地がない。


 それでもアタシは、滝沢の役に立ちたいと思った。

 なにか彼のためにできることはないだろうかと考えた。

 インモラルでしょうもないヤツとはいえ、与えられた恩くらいはきっちり返したかった。


 他の女子であれば芽生えた恋心を押し潰して応援できたかもしれない。

 しかし、相手が実の姉では……応援できなかった。


 姉弟間の恋なんてものは、古今東西多くの物語で悲恋に終わる結末ばっかりだ。

 まともな未来に着地できるとは思えない。

 滝沢が将来まともな人間になれるとはどうしても思えないから。


 なんとかしなくては……ヒミツがバレたとあっては、滝沢はアタシから距離を置きたいと思うにちがいない。

 滝沢に拒否されてしまっては彼の役に立てなくなる……。

 滝沢のそばにいて役に立つためには、友だち以上の関係でいなきゃいけないんだ。


「滝沢くん……。キミはこれからアタシのカレシやって」

「え?」

「今付き合ってる子、いないんでしょ? じゃあ問題ないじゃん。アタシのカレシやって」

「ええっと……。妙成寺さん、それはちょっと……」

「キミに拒否権はないから。カレシやんないならあの人にヒミツバラすよ」

「ぜひやらせていただきます! やりますから……本当に、本当にそれだけは、なにとぞご容赦のほどを……」


 半ば脅して無理矢理にでも、アタシは滝沢を引き留めるしかなかった。

 先のビジョンがあったわけじゃない。今はとにかく時間が欲しい。どうすれば滝沢の役に立てるか考える時間が必要だった。

 どんなに考えても答えは出ないかもしれないが……。




 ……滝沢の特徴その三。

 これは特徴というかアタシの趣味かもしれないけどさ。

 ぶっちゃけ顔を真っ赤にして慌てふためく恵太がめっちゃカワイかった。

 加虐心をそそるというか。可愛い子ほどイジメたくなるという心理かな。

 思えば初対面のときからアタシが攻められっぱなしだったから、攻守逆転できて新鮮なのかも。

 ふっふっふ~。しばらく生殺与奪権はアタシにありだ……!

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