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うちの弟に夢中すぎる②

 アシリアがストローでほうじ茶を混ぜながら「そうかなあ」と怪訝そうにいった。

 なんて勘のいい子なんだ。勘のいい子は大好きよ!

 じゃなくて、なんとか話を逸らさなければ。わたしの話題ばかりだからダメなんだ。


「それより、アシリアちゃんの話も聞きたいなあ。ずっとこの辺りに住んでたの?」

「いえ、中学の頃越してきました。それまでずっと東京で。お父さんの実家のあるこっちと行ったり来たりです」

「へえ、そうなんだ。東京なんてすごいね。都会の人かぁ」


 美夏たちの住む町も田舎というほどではないが、東京都とは比べるべくもない。


「べつにすごかないですよ。美夏さんも恵太くんとおんなじこというんですね」

「恵太と?」

「はい。……高校の入学式が終わったあと、教室でひとりひとり自己紹介するやつ、あるじゃないですか。アタシその頃ちょっと色々あって穏やかじゃなかったというか。だから自己紹介したときもすごく仏頂面だったと思う。誰にも話しかけてほしくなくて、とにかくひとりになりたいってことばっかり考えてて。まわりのみんながグループ作ってるのを横目に、窓の外眺めてたら──」

「ちょっと待って」


 美夏は手で止めた。


「なーんか目に浮かぶようだわ~。そういう子を見ると、あいつは蜂が蜜に寄ってくように声かけるでしょうね」


 アシリアが苦笑いをうかべた。


「アタシ、だいぶキツイこといって恵太くんを追い払おうとしたんですよ。寄るな、バカ、キモイ、ちょっと顔がいいからって図に乗るなって。でも、ぜんっぜんめげない。ずーっとニコニコして、どうでもいいようなことを一方的に話したと思ったら、毎回アタシのことも聞いてくる。どこから来たのかってもう何回も。あんまりしつこいんで根負けして東京って答えたら」

「すごいって、いったわけね」


 美夏の脳裏に差し込まれるように、そのときの映像が浮かんできた。

 きっとアシリアは、軽薄そうなナンパ男が近づいてきたと思い、うんざりした気持ちで恵太をあしらったのだろう。 

 そのとき、ふたりの間には冷たい空気が流れたことだろう。

 ただでさえ顔立ちが整い過ぎて、たいていの男子は気後れしそうな女の子だ。

 そのうえ邪険に扱われては、普通の男子なら心臓が砕けてしまうはずだ。


 まあ、恵太の心臓って、無駄に頑丈なんだよ。

 対女子特攻というか。

 女子には尽くすべし、という姉の教えを律儀に実践し続ける弟の信念に火がついちゃった。


 それからというもの、おそらく数日は話しかけ続けたんだろう。

 休み時間、移動教室の途中、昼食、帰宅時、あらゆる時間の隙間をついてはアタックしまくったはずだ。

 嫌がってる人間には迷惑この上ないというのに、恵太は天性の感なのか寂しさを抱えてる人に惹かれてしまうところがある。


 それはまるで引力に引っ張られるように。


 アシリアの胸中に表面上の態度とはちがう気持ちが見えたのかもしれない。

 かける言葉はなんでもいい。「どこからきたの?」「好きなことは?」「あだ名ってある?」返事さえもらえればなんでもいい。

 凝り固まった壁を崩すには、まず小さな穴から開けることだ。


 そうして、ようやくアシリアから引き出した「東京」の返事。

 それに対して、恵太が爽やか笑顔全開でいうのだ。


「東京! すごいね、じゃあ都会の人だ。いつか案内してほしい!」


 恵太ならたぶんこんな感じだったろうな。

 聡いわたしにはまるっとお見通しだ。


 アシリアが苦笑いした。


「ごめんなさいね。恵太、すっごく鬱陶しかったでしょう」

「はじめのうちは。でも、結果的にはよかったかな。おかげで今は毎日楽しいです」


 気恥ずかしさに負けたのか、ストローに口をつけ、ことさらに音を立てて吸い上げていく。


「小学生の頃からずっとそういう感じなのよ。わたしがうっかり、女子には尽くせって言っちゃったから、本気にしちゃって以来ずっと」

「なるほど。今も飽きずに続けてるのって、そういうことなんだ……」

「そ。いくら注意してもやめやしないんだもん。だから気を悪くしないでね。本人に悪気はないの。アシリアちゃんみたいな素敵な彼女がいるのにまったく」

「素敵だなんてそんな。……ほんっとバカみたいだし。なんでこんな回りくどいことばかりするんだろ」


 それは独り言のようだった。


「ごめんなさい。バカみたいだなんて」


 八の字眉になったアシリアがいった。


「いいのよ。ホントのことなんだから」


 美夏は窓の外に目をやった。

 近頃は天気が変わりやすい。先ほどまで日が差していたのに、厚みのある雲が空を覆い始めていた。

 今にも雨が降り出しそうだ。


「ねえ、アシリアちゃん。恵太のどんなところが好き?」


 美夏がいった。

 不肖の弟とはいえ、ひとりの心を開かせたというなら姉としても鼻が高いしうれしいものだ。


 アシリアの頬がみるみる桜色になり、たまらなく微笑ましかった。


「それはもちろん顔ですね」

「あれ、そこなの!?」


 待って。その答えは予期してなかった。さっきまでのほっこり話はなんだったの。想像してたのと違うよ!


「違うんです!」


 アシリアが慌てながら手を振って否定した。


「顔っていうか表情。恵太くんの笑い方、すごく鮮やかだって思うから」

「鮮やか?」

「あれは意識して作らないとできないと思うし。ひたすら相手を考えて続けてるって感じ」

「……恵太の笑い方が、ねぇ」


 美夏にとっては見慣れた恵太の笑顔もアシリアには衝撃的だったらしい。

 深イイ話しみたいなことはなくて、とりあえず笑っときゃ女子に取り入りやすいという身も蓋もない理由で作ってるんだと思う。


 らせん階段を制服姿の男子が上がってきた。スクールバックを肩に担ぎ、眠そうに目をこすっている。

 美夏は、その人が遠山達也だといち早く気づいた。


 達也が空いた席を探そうとまわりを一瞥すると、美夏とアシリアを見つけ「あ」と声を上げた。


「これはこれは。未知数のお二人がこんなとこでなにしてんですか」


 達也が近づいてきていった。


「遠山くん、こんにちは」


 美夏は微笑んで会釈した。


「どうも」

「アンタ、なにしにきたの」


 アシリアが目を細めていった。露骨に嫌そうで少し面白い。


「勉強しに決まってんだろ。眠気覚ましのコーヒーと余計なものがない机、下には数学の参考書もあるから、家よりよっぽどいい」

「それ以上ガリ勉してどうすんの。てか未知数ってなに」

「気にすんな、誉め言葉だから。俺のような凡人と違って、二人は唯一の存在。たとえ平行宇宙が複数あったって、文字通り二人といないんだ。ま、スペシャルってとこだな」

「意味わかんないこといってんなし」


 ポンポンと遠慮なく言い合うアシリアと達也に、美夏が尋ねた。


「ふたりともお友達?」

「友達っていうか」

「こいつの家庭教師ですね」


 アシリアが口を濁し、達也が答えた。


「ここ座っていいスか」

「ええどうぞ。家庭教師って、すごいね。なにを教えてるの?」

「こいつがわからんということ全部です」


 達也が親指で横のアシリアを指した。


「違いますからね。それ小中のときのハナシで、高校では自力でやってますから」


 アシリアが即座に否定した。


「その調子で今後も頼むぞ。もうお前の一夜漬けに時間を割きたくねえしな」

「いわれなくたって」


 イーッとするように、アシリアが唇を左右に引く。


 涼しい顔の達也がコーヒーを買うといって席を立ち、レジカウンターへ向かった。


「仲がいいね。遠山くんってうちの高校始まって以来の天才なんでしょう。いいなあ、わたしも教えてもらおうかしら」

「やめといたほうがいいですよ。達也の教え方、やばいくらいスパルタだから。講師モード入ると性格変わるんですよ。お前の脳ミソはミジンコ並みかーって、暴言いいまくりだし」

「そ、そうなんだ。人は見かけによらないね」

「試験前の一夜漬けには適任なんです。無駄に頭いいから、アイツのヤマ張った個所は絶対に出ますよ」


 コーヒーを持った達也が戻ってきて席についた。


「そういや美夏さんと妙成寺はいつから知り合いだったんですか」

「知り合ったのはついさっきよ。下の書店でばったり会ってね」

「ふうん。アルファとベータがこのタイミングで……」

「アルファ?」

「ああ、すみません。こっちの話です」


 ばつの悪そうな顔で達也がいった。


「妙成寺は、美夏さんにはいうのか。前の仕事のこと」

「ちょ、バカ、いきなりいうなし」

「前の仕事?」


 アシリアが慌てた様子で達也の口を塞ごうとしていた。


「いいじゃねえか。お前、滝沢にもまだ伝えてねえだろ。あいつそうとうお前のこと気にしてっから、いい加減教えてやれよ」

「だってさあ、自分からいうとか恥ずいし……」

「なになに、恵太にも言ってないことって?」


 顔を赤くするくらいアシリアが内緒にすることには興味がある。


「どうせいずれ言うつもりだろ。もたついてるなら俺が先に言っちまうぞ」

「あぅ」


 アシリアが顔を伏せた。


「美夏さん、『五右衛門』とか『アクア』のCM、見たことあります?」

「それって飲み物の? もちろんあるよ」 

「こいつ昔、そのCMに出てました」

「え、CMに?」


 美夏はぽんと平手を打った。


「そっか。エキストラで出たってことね」

「いや、思いっきりメインで」

「……どゆこと?」


 清涼飲料水CMのメインともなれば企業の重要な広告塔のはず。一般人がメインを張ることはないはずだ。

 アシリアは借りてきた猫のようにおとなしくなっていた。


「美夏さんが小五・六くらいにけっこう活躍してましたよ。WikiやYouTubeにも上がってる。他には……昔あったヒーロー番組の『ソルスペクター』って知ってます?」

「ええ、それはついこないだテレビの過去映像で見たわね。恵太も大好きな番組だったわ」

「こいつ、それのメインキャストです」

「メインキャスト?」


 美夏は、俯いたきり顔を上げようとしないアシリアを見た。

 膝に手を置いたまま握りしめ、すっかり石像のようだ。


(ん~?)


 美夏は席を立って、向かいのアシリアの横で屈んだ。


「アシリアちゃん、ちょっとごめんなさいね」

「あぅ……」


 美夏は両手でやさしくアシリアの両頬に包み、顔を上げさせた。


「アシリアちゃん、はい笑って」

「………………」


 職業病なのか指示があるとちゃんとやるらしい。それは素晴らしい笑顔でアシリアが反応した。


「……あ!」


 美夏は声を上げた。

 見間違えようがない、ソルスペクターに出ていたあの子役!

 目の前のアシリアの笑顔は、テレビで見た子役の笑顔と瓜二つだった!


「てことはあれだアシリアちゃんって芸能人じゃん! うわあどうしよわたし有名な人って初めて会ったよサインもらってもいい?」

「あの、すいません。アタシもう一般人なので、そういうのはできません。ごめんなさい」

「そうよね、わたしこそごめんなさい、はしゃいじゃって。テレビに出てた人が目の前にいるのって初めての経験でつい」


 美夏はアシリアの手を取って、うんうんと頷いた。


「恵太に言ってないってこのことなんだ。でもあいつ、ホントに知らないのかな?」

「どういうことですか?」

「だって恵太、子供の頃『ソルスペクター』が大好きで何度も見直してたわ。レコーダーに取ってたのをもう何度も何度も。アシリアちゃんのことも真っ先に気づきそうなものなのに」

「さあ、どうかな」


 達也が口をはさんだ。


「七歳くらいのことだろうし、覚えてないだろうなあ。美夏さんだって、番組の過去映像見てても言われるまで気づかなかったでしょ。現役ならまだしも、案外そんなもんですよ」

「たしかに。いわれてみればそれもそうね」


 美夏は達也のことばに納得した。


(それにしてもびっくりしたなあ。YouTubeにも上がってるらしいわね~)


 美夏はポケットからスマホを取り出して『五右衛門 CM』で検索してみた。

 ほぼ毎年更新しているコマーシャルなので、最新でソートしているとお目当ての動画が出てこない。

 販売企業のコマーシャルアーカイブから当たったほうが早そうだ。

 しばらく調べているとそれは見つかった。


「これだ!」


 コマーシャルは駅のホームで電車を待つ十歳ほどの少女の映像から始まった。

 少女が五右衛門の薄緑色のペットボトルを見つめている。

 おもむろにボトルラベルを剥がし、目の前に掲げて花のような笑顔で一言「キレイな色」。

 テーマソングが流れ、少女が白い喉を小さく震わせながらお茶を飲む。

 最後に達筆な筆文字で五右衛門と表示されてコマーシャルは終わった。


 美夏はスマホで再生したわずか十五秒ほどの動画を二人に見せた。

 達也が「だっはっは」と大笑いし、アシリアは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「可愛い~! アシリアちゃん、一生のお願いよ。『キレイな色』っていってみてちょうだい」

「い、いやです……ていうか昔の生き恥を見せないでほしいです」

「そこをなんとか! お願いよぉ、これっきり二度といわないから! 恵太の姉としてお願いします!!」


 美夏はアシリアのスカートを握りしめて頼み込んだ。


「うぐっ………一回だけですよ?」

「あ、ついでにアシリアちゃんが飲んでたほうじ茶の紙コップを掲げてお願いします」


 慣れたADのように美夏が両手で紙コップを差し出すと、アシリアは諦めたような顔で紙コップを受け取って目の前に掲げた。

 一呼吸のあと素早く役柄になりきって、柔らかい笑顔を作っていた。

 さすが元プロの役者!


「………キレイな色」

「きゃあーーーーーーーーーっ」


 そこには映像の中の少女が、美しく成長した姿でお茶を飲むリアルコマーシャルが流れていた。

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