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うちの弟に夢中すぎる①

 十二月二日 水曜日


「ごめんなさい。わたし、今、気になってる人がいますので」


 二人だけの教室で、美夏は深々と、目の前の男子に頭を下げた。

 彼の名は有馬真一郎。クラスメイトで、夏休みに水城舟穂高と付き合っていた男子だ。

 本日、なぜか有馬に呼び出され「以前から気になってました。付き合ってください」と告白されたのだ。


 美夏から見て有馬真一郎という男子を一言でいうなら、絵にかいたようなイケメンだった。

 背は高く顔はハンサム、性格は明朗快活で、成績は学年で常に五位以内に入っている。

 おまけに運動神経も抜群の男らしい。


 面食いの穂高が付き合おうと考えたのもじゅうぶん頷けるほどのハイスペック。同学年でも彼に憧れている女子は多い。恵太とちがって欠点らしい欠点が見当たらない男子なのだ。


 でも、いきなり付き合ってくれと言われてもときめきも何もなく、正直困るというのが本音だった。

 からかわれているのかもしれない。

 普段挨拶を交わしてるくらいであまり親しくないし、そもそも一度穂高と付き合っていたという時点でない。

 偏見かもしれないけど、女性を見る目は確実にないんじゃないかな。うん、きっとそうだ、そうに決まってる。


「どうしても、俺じゃダメ?」


 有馬が諦めきれないという面持ちでいった。


「あ、いえ、そういうわけでは……」


 有馬の気に触ったかもしれない。女子からみて優良物件すぎる故、本人のプライドも相応に高いだろう。

 とはいえ、気になる人がいるというのもウソではない。

 我が家にはまだ手のかかる弟がいるので、今は男子とお付き合いしている場合ではないのだ。


「あの……ところで、なんでわたしなんですか?」


 そうだ。そこのところがまったくわからない。なんでわたしに告白した?

 自分なんて手足ばっかり長くて、体型はがりがり、胸部も寂しい上に、顔は日本語が通じるのか怪しい濃ゆさ。

 とても男子受けしそうにないのに。


「え? だって滝沢は美人なのに誰とも付き合ってないって聞いたし、性格も親しみが持てるタイプだと思ったから」

「そんな、美人だなんて……有馬くん、口がうまいんだから」


 めっちゃ照れる。見る目はなくともお世辞は一級品らしい。

 よく思い返してみたらこの人、恵太のせいで穂高と別れたようなものなのに、姉のわたしをそこまで褒めちぎるなんて人間できてるんだな~。


 美夏は、有馬の目をしっかりと見据えた。


「本当にありがとう。有馬くん、すごくモテるんだから、彼女なんてすぐできるよ」


 美夏は申し訳ない気持ちで、もう一度深々と頭を下げた。なにか言いたそうな有馬の静止を聞かず、逃げるように教室を出たのだった。




 年に一回あるかどうかという告白を断った直後でおとなしく家に帰る気になれなかった。


 胸にわだかまりを抱えたまま、わけもなく駅前の書店に来ていた。

 たまらず逃げてしまったが、有馬にはまた明日もお詫びを入れよう。


 というかわたしに告白する暇があるなら、穂高のバカとヨリを戻してくれないかな。そのほうがぜんぶ丸く収まるのに。

 そうしたら恵太の厄介ごともひとつ片付くのに。

 考えてみればわたしがこんなに悶々としてるのも、穂高が有馬くんをしっかり引き留めておかないからよね。


 結論。ぜんぶ穂高のせいだ。わたしに面倒ごとばかり押し付けて、まったく。


 書店に入り、雑誌でも読んで行こうと女性誌コーナーへ回った。

 毎月立ち読みしているVIVIDの最新号を手にとった。

 あまり行儀の良いことではないけれど、スマホでは味わえない立ち読みの良さというものがある。

 あとでちゃんと買うので大目に見てほしい。


 しばらく立ち読みに興じていると、後ろから来た女の子が「すみません」とPOPTeens誌を取った。


 美夏は、その声に聞き覚えがあった。

 さり気なく横に目を向けると、同じ制服を着たアシリアがいた。

 いつもはサイドテールだったのに、今日は髪を肩くらいまでおろしたミディアムで一瞬わからなかった。


 妙成寺アシリア。変わったお名前の恵太の彼女。知っている限り今もまだ付き合っていて、弟にしてはかなり長続き。


 恵太はここ最近、アシリアとどこへ行こうか、なにを贈ろうかとうんうん唸ってばかりいる。

 つい先日も自分にアドバイスを求めてきたくらいだ。

 微笑ましいとも思えるし、クリスマスという男女の情熱が否応なしに燃え上がるイベントで、いくとこまでいってしまわないか心配でもある。


 アシリアはなにやら熱心に雑誌のページをめくっていた。

 目当てのページを開くと、没頭するように自分の世界に入ってしまった。

 美夏がチラッチラッと見ていてもお構いなし。すごい集中力。


 美夏は雑誌で顔を隠しながら、アシリアの横顔をそれとなく観察していた。

 耳を出すため髪をかけ分ける仕草が艶めかしくてドキドキしてしまう。

 女の自分から見ても、これほど可愛い子は見たことがない。


 美しさの基準としてEラインというものがあるのは女性誌などでもよく取り上げられるが、整ったアシリアの横顔はまさしくそれだと思えた。

 大きな瞳に長いまつ毛、ぴんとした鼻筋、ちょうど良いと思えるアゴの高さ。

 いったい前世でどんな徳を積めばこんなふうに生まれるんだろうと不思議でならない。

 千年にひとり、いや、万年にひとり。見てるだけで鼻息荒くなりそう。自分が男なら絶対に放っとかないタイプだ。


 そんなアシリアが夢中になって読んでいるページがどうしても気になって、失礼とは思うものの、一歩後ずさって彼女の視線の先を追ってみた。


……Make You Happyな 彼氏と過ごすエモ可愛クリスマスデート!


 お、おう。思ったより俗っぽかった。可愛い顔に似合わずやる気まんまんね。さらにその視線の先を追ってみると──


……クリスマスデートは彼とホテルで2人きり♡ カップルにおすすめのホテル


 いや、待ってよ! その雑誌、対象年齢中高生向けじゃないの! なんでクリスマスデートプランすっとばしてラブホ直行なのよ!


……みなとみらいの夜景。Barhotel箱根。ホテルオークラ東京。


 横浜に、箱根に、東京のオークラ……? ってこれぜんぶ宿泊の有名どころじゃん! ラブホじゃなくて、お金のある大人がガチで行くところじゃん。この記事の記者いったいなに考えてんの、ちゃんと中高生向けコンテンツにしろ!


 アシリアが背後の気配に気づいて、ぱっと後ろを振り返ると、美夏とばっちり目が合った。

 不審な西欧顔の女に凝視され、戸惑っているような目だった。


 美夏は、あなたのことは存じ上げませんよというふうを装って回れ右。すきま風のようにこの場から立ち去りたかった。


「あの」


 アシリアの呼び止めに、美夏はぴたりと足を止めて振り返った。


「は、はい」

「あの、恵太の……、恵太くんのお姉さんですよね?」

「ええ、そうですけど……、あなたは?」


 ごめんなさい。だいぶ前からあなたたちをストーキング&盗聴しておりますので、存じ上げております。


「妙成寺アシリアといいます。弟さんと付き合ってまして……、お姉さんのことは以前から聞いていました」

「あら、恵太の彼女さん? これはどうも。滝沢美夏と申します。いつも弟がお世話になっております」


 美夏は笑顔をつくってうやうやしくお辞儀した。いかん、どう対応していいかわからん。


 アシリアは妙に畏まってて、以前遊園地でデートしていたときの明るさは鳴りを潜めている。

 そりゃ付き合ってる男の子の姉とかどう対応していいかわからないよね、うん、わたしもだよ。


 ではこのへんでごきげんよう、と立ち去りたい。


「よかったら、この上のスタバで少し話しませんか?」

「ええと……」

「ぜひお姉さんと話したかったんです! 行きましょ! アタシ奢りますから」


 この建物は一階が書店、二階がアメリカ発祥のコーヒーチェーン店になっている。

 返事する間もなく、アシリアに腕を絡められ、美夏は上に続くらせん階段に連行された。

 いかん、畏まっててもやっぱりイケイケな子だった。


 レジで素早くほうじ茶クリームティーラテを注文したアシリアが、「お姉さんはなにがいいですか」と聞いた。


「……では、コーヒーをホットで」


 誘われるまま丸テーブルに相席した。


「砂糖は多めがいいですか」


 なにを話せばいいかわからずニコニコ笑って思案していると、アシリアがシュガーポットを差し出した。


「え、ええ、そうね。あれ? わたし、砂糖の好みっていいましたっけ」

「ああ、すみません。弟さんがいつもそうなので、てっきりそれぐらいかなって」


 恥ずかしそうにアシリアがいった。照れてる様子が実に眼福であった。


「お姉さん、こういうところ似合いますね。いかにも本場ってカンジで」

「ありがとう。まあ、本場といっても、海外に行ったことないので、なんちゃってだけどね」


 そういうとアシリアはさも可笑しそうに笑った。笑った顔が狂おしいほど可愛い。

 恵太がだらしない顔で見惚れてもしかたないわこりゃ。


「あの、それで、今日お話ししたいのはですね、お姉さん」

「美夏でいいわよ。そんなにかしこまらないで」


 どうも緊張した面持ちのアシリアをほぐしたくて、美夏は出来る限り微笑んでいった。


「わかりました。アタシのことも呼び捨てでかまいませんので」

「わかったわ」

「それでずばり聞きますが……美夏さん、今付き合ってる人いますか?」

「……はぇ?」


 思わずまぬけな声が出た。深刻そうな顔でなにかと思えば交際相手の有無? 初対面の相手に?


「ええと……なぜに?」

「すみません……それはワケあって話せません。でも、すっごく大事なコトなんです。本当に大事なコトなんです! 会ったばかりの後輩に言いたくないとは思いますが、秘密はぜったい人に言ったりしないので、どうか教えてください」


 整った顔を突き出すように、アシリアが言い切った。


「に、二回いうぐらい大事なことなら仕方ないわね。……今付き合ってる人はいないわ」


 特に減るものでもないので正直にいった。

 だって自分はアシリアを一方的に知っているからね(盗聴で)。

 こちらが彼女の質問に答えないのはフェアじゃないからね。


「あ、でも、今はっていうと昔いたみたいよね。正確にいうと今も昔もいないわ。白状しちゃうと、男の子と付き合ったこと自体ないの」


 特に減らないと思ってたのに減っていく。自尊心がすり減っていく。しゃべってて涙がちょちょぎれそうだ。でも事実だから言わなきゃ。フェアじゃないからしかたない!


「そうですか。なんか、意外でした。恵太くんがアレなのに……。では好きな人はいますか。あるいは言い寄られた人とか。もちろん、名前は言わなくてだいじょうぶです」

「好きな人……、好きな人かぁ……。ええと」


 美夏はコーヒーから立ち昇る湯気を見ながら考えた。

 言われてみれば恋らしい恋をした覚えがない。

 好みのタイプがいないわけではないのに、いまいち恋愛に乗り気になれないのはなぜだろう。

 恵太のことで忙しいからかな……。

 あいつがまともになってくれれば、恋のひとつもできそうなのに。


 今日、告白してくれた有馬も、本当ならこちらからお願いしたいくらい素敵な人だったのに。

 まさに女子の理想を詰め込んだイケメンで非の打ち所がない。

 それを断るなんて、友人にいったら「美夏ってバカじゃないの」とツッコまれるだろう。


「あんまり考えたことなかったわね……。なんというかこう、そのうち、自然にそういう人ができるのかな~なんて」

「……わかりました。今のところ、好きな人はいないんですね」

「でも告白されたことならあるわ。今日もここに来る前に、ある人に……」

「告白された!?」


 アシリアが椅子を倒す勢いで立ち上がった。ガタンと大きな音を立てて、数人の客の目が集まった。


「アシリアちゃん、どうどう。落ち着いて」

「す、すみません。今日、告白されたって、もしかしてオーケーしました?」

「いえ、ちゃんとお断りしたわよ」


 美夏はきっぱり言ってからコーヒーを一口飲んだ。

 理由はわからないけれど、自分に好きな人や恋人がいるのは、アシリアにとって都合が悪いみたいなので、そこははっきり言って安心させたい。


「なんでですか!? 試しに一度くらいお茶してからでも遅くないじゃないですか。結論はやくないですか。そんなにダメそうな人でした?」


 アシリアは、意外にも非難するようにまくし立ててきた。

 あれ、おかしいな。なんで落胆の色がありありと?


「ダメどころか、すごい人だと思うわね。顔良し、頭良し、運動神経良しで……、ぱっとみ完璧みたいな人だったかな」


 有馬の評判は友人からのまた聞きだった。

 今思えば、たしかにお茶するぐらいはよかったかもしれない。

 もしかしなくても早計すぎた?


 アシリアががっくり項垂れて、ゴツンと音を立てて額をテーブルにつけた。


「……思ってたよりこれ大変だし。正直甘く見てたなあ」


 アシリアが顔を上げた。


「断ったワケを聞いてもいいですか」


 美夏は答えに詰まった。

 特にはっきり理由があったわけでもない。恵太のことで忙しいといっても、さすがにそれをいうわけにはいかないか。


「だってほら、その人本当にすごい人で、どう考えてもわたしが釣り合わないと思うもの。わたしなんて見た目がこんななだけで、中身普通の女子よ。平々凡々。告白してくれたのも、たぶんわたしがちょっと目立つからだと思うし……。それにほら、クリスマスが近いじゃない。この時期になると男の子は張り切るものなのよ」


 途中から、恵太の行動を見ていた自分の予想と願望が入り混じったような気がする。


「そうですか……はあ。大体わかりました」


 いったい、なにがわかったんだろう?

 アシリアが手元のほうじ茶のストローを吸った。思い巡らせるように視線を天井に走らせ、はたと思いついたようにいう。


「ところで、アタシと美夏さんって会ったことありましたっけ?」

「いえ、今日が初対面だと思うよ」


 美夏は自信をもっていった。


「なんか、何度か美夏さんを見かけたような気が……。前に恵太くんと遊園地行ったんですが、美夏さん、いませんでした?」

「それはあれね、わたしにそっくりな人がいたのね。欧州系の女性がいたらみんなわたしに見えてしまう謎の現象よ。友達にもよく言われるの、きっとそれね!」

「夏休みに図書館で……」

「いやあ、わたしのそっくりさんって多いのね。まいったなあ。謎の現象っていうか、もはやなんとかの法則かもしれないわね!」


 早口で断言した。ストーキングの事実だけはなんとしても墓場まで持っていく!

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