第八節
「ロウさん、来るのが遅れてすみません・・・色々とバタバタしちゃって」
「あぁっ!頭を上げてください、別にそんな些細なことはいいのですよ。貴女が無事にお店に来てくれたことが何より喜ばしいことですから、っと何かを買われたのですか?」
頭を下げる彼女に慌ててそう口を開くロウ、頭を上げた彼女はカウンターに置いてある商品を眺めるロウへと返事をする。
「えっと、もしもの備えで回復ポーションと・・・図鑑を二冊買わせてもらいました」
「それぐらいなら無償で提供したのですが、その場にいなかった僕が何か言える状況でもありませんね。ってウーラ?どうしたんですか、そんな珍しいものを見るような目をして?」
ロウの言葉に彼女もウーラへと視線を向けると、カウンターから出たその顔は驚愕に染まっている。
「ろろろっ、ロウさんが無償提供・・・!?てて、天変地異の前触れですか・・・!?」
「酷くありませんか、ウーラ?僕も血の通った人間なんですが・・・」
ロウの様子に困惑しっぱなしのウーラを尻目に、ロウは気を取り直すために咳払いを挟んでから口を開く。
「僕のことはいいんです、それよりも・・・ラメさんたちから聞きましたよ、貴女の活躍を。廃城に現れた竜族を撃退・・・っというより、お供にしたみたいですね」
そう口にしながら視線をエレナへと向けるロウ、それを受けたエレナは鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「下等生物風情が、気安く主君と話すなんてね・・・手助けしたことがなかったら容赦しなかったわよ?」
「ちょっ・・・エレナ!?」
鋭い視線と見下す口調でそう言い放つエレナに慌てて声をかける彼女、その姿を眺めながらロウは笑みをこぼして口を開く。
「ハハハッ、これは手厳しい。ですがやはり貴女は特別なようだ、竜族に好かれている時点で分かってはいましたが・・・それはさておき、僕が勧めた通り冒険者になられたのなら色々と必要でしょう」
そう言うと一旦お店の奥へと戻ったロウ、すぐに戻ってきたがその手には布に包まれたナイフが握られている。
「剥ぎ取りなどでナイフを使うでしょうからこちらをどうぞ、剥ぎ取りで使わずとも護身用に持っておくといいですよ」
握るナイフをカウンターに置いたロウに彼女は革袋を取り出したが、それをロウは手で制すると首を横に振る。
「お代は結構ですよ、これはこの前助けていただいたお礼の一部ということで・・・それといい加減、このナイフの担い手を見つけたかったところですから」
「ナイフの担い手・・・ですか?」
首を傾げて疑問の声を漏らす彼女に、ロウは一つ頷くとナイフへと視線を向ける。
「実はこのナイフは曰く付きで、使う者を選び、不合格だとその刃で持ち主を傷付けるのです」
「そんなものを主君に与えようって?・・・もしかして、死にたいの?」
鋭い殺気と帯電し始めたエレナと冷気を放つトウカの両名の姿にさすがのロウも少し冷や汗を流すが、咳払いを挟んで気を取り直すようにして口を開く・・・ちなみにウーラはカウンターに完全に隠れて震えていた。
「僕は彼女ならこのナイフを扱えると思ったのです、何故ならこのナイフの刃は''竜族の牙,,で出来ていますから」
「竜族の身体の一部を使うことは本人の同意が必要よ、それを許した竜族がいるって言うの?」
エレナの疑問にしっかりとした頷きで返すロウに不審な視線を向ける二体の竜族、商人と二体の竜族が睨み合っている間に彼女はカウンターに置かれたナイフを手に取る。
「刃物だから重いのかと思ったけど、割と軽いんですね・・・わっ!?」
彼女がナイフを手に取って眺めていると、突然独りでに動き出して彼女の心臓目掛けて振り下ろされる。
「っ――主君!!」
「んっ!」
エレナとトウカが手を伸ばすが一歩届かず、鋭く輝く刃は彼女を突き刺さんとばかりに進み―――
ポヨンッ
―――そんな効果音が聞こえてきそうなほど見事に、ナイフの刃部分は彼女の谷間に収まった。
「・・・?えぇっと、これは・・・?」
彼女は困惑した様子で自身の谷間に挟まるナイフを引き抜く、するとトウカとエレナがすぐに駆け寄って彼女の谷間を確認する。
「んっ、んっ!」
「主君怪我してない!?必要なら買ったばかりのポーションがあるから、なんなら店の全部使って・・・!」
「ふふふっ、二人とも落ち着いて!?そんなに胸触らないでっ、ひゃっ!?だ、大丈夫だからっ!どこも痛くないからーっ!」
二体の竜族に自身の膨らみをもみくちゃにされる彼女は、顔を真っ赤に染めながらそう叫んだ・・・ロウはナイフが谷間に収まった時点で背を向けて見ないようにし、苦笑を浮かべていた。
ナイフで傷を負っていないことを確認した二体の竜族はホッと安堵の息を吐き、ナイフが竜族の牙で出来ていることを認めた様子だった。
「しかし貴女はかなり肝が据わっていますね、普通剥き身の刃が振り下ろされたら振り払おうとしそうなものですが・・・」
「えっと、なんだかこのナイフからは敵意を感じなかったというか・・・(単純に反応できなかっただけかもしれないけど・・・)」
彼女の言葉にどこか納得した様子のロウは、あとは何が必要かと考えるように顎に手を当てる。
「・・・あぁ、たしかに微かにアタシたちと同じ気配を感じるわね。けどこの同族はもう」
「・・・ん」
彼女の側に寄り添うようにして抱き着くエレナとトウカの呟きに、彼女は不思議そうな顔でナイフを見つめる。
「(でも何だか、薄っすらとだけど他の場所にも同じ気配を感じる・・・気がする・・・その内、会えるのかな?)」
そのことを少なからず楽しみに思いながら、頭を悩ませるロウと兎耳だけ飛び出すウーラの姿を眺めながら薄っすらと微笑みを浮かべる彼女だった。
その後も何かと無償で提供しようとするロウに、さすがに申し訳無さを感じた彼女が断り続けるというくだりを数回繰り返す。
「ま、またお店に寄りますから!その時に必要な物を買いますからっ、今はこのナイフだけで十分ですよ・・・!」
「ふーむっ・・・貴女がそこまで言うなら、今回は引き下がることにしましょう」
次回もできればやめてほしいと思いつつ、彼女は苦笑を浮かべて口を開く。
「それじゃあ私たちは依頼を済ませてくるので、今日はこれでお暇しますねっ」
少し早口でそう告げた彼女が出入口へ向かうのを確認したロウは、ふと店の前に大きな黒い影がいることに気付く。
「あれは、ラメさんが言っていた魔鬼馬ですね。たしかに大きい・・・おや?」
魔鬼馬を眺めていたロウはあることに気付き、背に乗ろうと奮闘する彼女へと声をかける。
「すみません、その魔鬼馬・・・サドルを着けていないようですが?」
背にしがみつくようにして足をバタつかせていた彼女は、ロウの言葉で動きを止めて顔を向ける。
「実は厩舎に置いてあったんですけど、この子には小さいものばかりだったので・・・あっ、一応タオルは引いてますよ?」
彼女の返事に少し考える素振りを見せたロウは、一つ頷いてからようやく魔鬼馬の背から降りた彼女へと声をかける。
「それでしたらうちでお作りしましょうか?オーダーメイドなので少し値は張りますが、いかがでしょう?」
ロウの提案を聞いた彼女は嬉しそうに笑みを浮かべたが、すぐにハッとして目を細めてジト目を向けながら口を開く。
「え、いいんですか?―――って、また無償提供をしますとか・・・言わないですよね?」
そんな視線を向けられたロウは、薄っすらとした笑みを浮かべながら首を左右に振ってから口を開く。
「さすがにもう言いませんよ、今回はオーダーメイドですから金貨五枚でどうでしょう?サドルをお渡しする際に払っていただければいいので、どうでしょう?」
「なるほど・・・?(さっき値が張るって言ってたから、これ位が妥当なのかな?)ならそれでお願いします、できるのは何時頃ですか?」
「一週間以内には出来上がると思います、たしか貴女はラメさんと同じ宿に泊まっているそうですね。でしたら出来上がり次第、ウーラが知らせに参ります・・・それでどうでしょう?」
商店の出入り口の扉の影から彼女とロウの話を聞いていたウーラは驚いた表情を浮かべて慌てていたが、彼女はその姿に微笑ましげな視線を向けつつロウに頷きを返す。
「私はそれで構いませんけど、ウーラちゃんは大丈夫なんですか?」
彼女の心配する声にアタフタしていたウーラは瞳を輝かせたかと思うと、今度は自身の耳で顔を隠しながらチラチラと彼女に視線を向けながら口を開く。
「わわ、わたちは大丈夫でしゅ・・・!転移魔法がありますから、場所さえ分かればすぐ行けますっ・・・!」
耳まで赤くしてそう口にするウーラを少し不思議に思いながら、本人が行けると言っている手前これ以上口を挟むのは失礼と考えた彼女は微笑みを浮かべる。
「うん、じゃあお願いするね?」
そう口にして歩み寄って優しくウーラの頭を撫でる彼女に、トウカとエレナがムッとした表情を浮かべて彼女をウーラから引き離す。
「ほら、主君!話が終わったのなら依頼の場所に行くわよ、トウカ!」
「んっ」
「えっ、わ・・・ふ、二人ともどうしたっ―――ひゃわっ」
エレナの言葉に頷きを返したトウカは彼女を抱っこすると魔鬼馬に跳び乗り、エレナも続くようにして跳び乗ると魔鬼馬に視線で合図する。
「ブルッ、ヒヒィンッ!」
それに返事をするように鳴き声と前足を上げた魔鬼馬は、その姿勢のまま器用に方向転換すると街から出入りするための門へと向けて駆け出す。
「すっ、すみません!ロウさん、ウーラちゃん!ま、また後日・・・ひゃぁっ!?」
「んっ・・・!」
振り返りながら大きな声でそう告げた彼女だが、途中でムスッとしたトウカに強制的に前を向かされてそのまま街の喧騒に溶けていった――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
街に消えていく後ろ姿を見送ったロウは、楽しげな笑みを浮かべながら自らの商店へと足を踏み入れる。
そしてドアノブにかけられた札を『OPEN』から『CLOSE』へと引っ繰り返す。
「少し早いですが、今日はお店を閉めましょうか。急ぎの仕事もありませんし、彼女の魔鬼馬のサドルを発注しないといけませんからね」
採寸は先程の彼女とのやり取りの最中に魔法を用いて測り終えているため、後は職人に話を通すだけである。
「ほら、ウーラ。トリップしてないでいい加減現実に帰ってきてください、彼女はすでに依頼に向かっていませんよっ」
「ふへへー、頭だけじゃなくてこっちも撫でてくだしゃっ―――ひょわっ!?ああっ、あれ?ネネさまは・・・?」
頬に手を当ててだらしない表情を浮かべている所を肩を揺すったロウによって正気に戻ったウーラは、口の端から垂れる涎を拭きながら周りへと視線を向ける。
「彼女は依頼に向かいましたから、僕たちもやることを済ませますよ」
ロウの言葉にハッとしてすぐに頷いたウーラだが、一つ思い出したことを尋ねるために口を開く。
「そういえばロウさん、どうしてあんなにネネさまによくするんですか?気持ちはすっっっごく分かりますけど、ロウさんが商売にまで私情を持ち込むのは初めてでしゅよね?」
ウーラの疑問にロウは少し考える素振りを見せてから、笑みを浮かべて口を開く。
「そうですね・・・彼女たちが命の恩人というのもありますが、後は先行投資とでしょうか?」
「先行投資、でしゅか・・・?」
ロウの言葉にどこかムッとした表情を浮かべて声を漏らすウーラに、口角を上げて笑みを浮かべ続けるロウはさらに言葉を紡ぐ。
「彼女が進む先には必ず大きなことが起こるでしょう、ですからそこに加わっていればこの商店の宣伝にもなりますから」
「むぅ・・・ネネさまは商売道具とでも言うんでしゅか・・・!?」
不満気なウーラの言葉に絶やさず笑みを浮かべていたロウだが、一呼吸置いてから口を開く。
「・・・まぁ、一番の理由は何処か放っておけないからなのですが。彼女を見ていると危なっかしくて見ていられないので、つい手を差し伸べたくなってしまうのですよね」
「っ!わかりましゅ!ネネさまのあの何処か放っておけない護ってあげたくなるような雰囲気がとてもいいんですよね!それにとっても綺麗で可愛さもあって、最強でしゅよねっ!」
キラキラと輝く瞳でそう熱弁するウーラに対して、ロウもまた相槌を打ちながら自身の感想を述べながら作業を続けるのだった――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
ロウの商店を後にした彼女たちは驚く警備兵に見送られながら『スロー』の街を出て、最初に彼女が降り立った森の近くにある草原へとやって来た。
「まずはスライムの討伐、かな?」
魔鬼馬から降りた彼女はカバンから依頼書を取り出してそう口にする、トウカは彼女の手を握りながら頷きを返してエレナは依頼書を覗き込みながら口を開く。
「スライム、ねぇ・・・だったらトウカが適任ね、アタシだと核ごと吹き飛ばしちゃうから」
「核?・・・あ、これ?」
依頼書を読み進めるとエレナの言葉通り、スライムの核を十個納品と書いていることに気付く。
「・・・スライムって私でも倒せるのかな?(元の世界だと、璃玖がやってたゲームに出てくる序盤の敵ってイメージがあるけど)」
彼女の呟きを耳にしたエレナは、ジッと彼女の視線を向けながら口を開く。
「主君、裸になりたいの?」
「ぇっ!?な、なんで・・・?」
驚きの声をあげる彼女に対して、エレナは落ち着いた様子で言葉を続ける。
「言いにくいけど主君は強くないわよね、一般人ぐらい?(下手したらそれ以下だけど)だからスライムに攻撃する前に捕まって服を溶かされて、徐々に身体も消化されるのがオチだと思うの」
「ぅぐっ・・・」
エレナの容赦ない口撃に胸を押さえる動作を見せる彼女だが、事実なのでそこまで気落ちしてはいなかった。
「それにスライムは核を壊さないと無限に再生するから、駆け出しには割とキツイ魔物なのよ?」
エレナの言葉になるほどと頷きを返す彼女、しかしふと疑問を抱いて声を漏らす。
「でも核を納品するんだよね?壊さないと無限に再生するのなら、どうやって集めるの?」
「そこでトウカの出番ってわけ、核を凍らせてしまえば再生できないから持ち運べるってわけよ」
そうなんだと納得したように頷く彼女はトウカへと視線を向ける、視線を向けられたトウカは彼女の手の感触を確かめるようにニギニギしていた。
「・・・っ、ん?」
彼女の視線に気付いたトウカは顔を上げて首を傾げるが、草原にスライムが姿を見せたことで視線をそちらに向ける。
「ほら、トウカ。スライムの核を十個取ってきて、そしたら主君が喜んでくれるわよ」
「っ!ん!」
エレナにそう言われたトウカはヤル気に満ちたように瞳を輝かせ、彼女の手を離したと同時にその場から姿が掻き消える。
「? トウカ―――わっ」
ひんやりとしたトウカの手の感触が消えたことに戸惑いの声を漏らした彼女だが、それはすぐに驚きの声に塗り替えられる。
何故なら先程まで草原だった風景が、トウカが姿を消したと同時に白銀の景色へと変わったためである。
「一瞬で、雪原に変わっちゃった・・・あ、トウカ。おかえり」
「んっ」
音もなく戻ってきたトウカは竜人状態に変化しており、その両腕には溢れんばかりの量の凍りついた丸い物体が抱えられていた。
「わ、こんなにいっぱい・・・ありがとう、トウカ」
「んふーっ」
少し見ただけで十個以上ある核を抱えるトウカの頭を優しく撫でてお礼を口にする彼女、それに気持ち良さそうに目を細めながら満足気な息を漏らすトウカであった。
トウカの集めてくれたスライムの核を鞄に仕舞った彼女は、次なる依頼書を取り出して目を通す。
「次は、ゴブリンの討伐だね」
「それならアタシの出番ね、全部根絶やしにしてやるわっ」
身体から放電しながら帯電する捩じれた角と全てを押し潰す槌の尻尾を生やした竜人状態に変化したエレナは、目的のゴブリンが住む洞窟の入り口で片手を翳す。
「わざわざ下等生物のテリトリーに入る必要がある?ないわよ、ねっ!」
翳した手から眩い光と共に雷を放ち、その雷は洞窟の壁を伝うようにして奥へと流れ込んでいく。
「ギギッ・・・ギャ・・・!?」
「グギャ・・・ギィ・・・!?」
洞窟内からゴブリンのモノと思われる驚愕した声が聞こえてきたが、それも一つ二つと小さくなっていき・・・ついには一つも聞こえなくなった。
「それじゃあ主君はここで待ってて、すぐ戻るわ」
「へっ、あ、うん・・・わか、った?」
少し焦げ臭いニオイを放つ洞窟へと入っていくエレナの後ろ姿を眺めながら、中の惨状を思い浮かべて少し胃液が逆流する感覚を覚えて口を押さえる。
「ん、んんっ?んーっ」
そんな彼女の変化に気付いたトウカは、寄り添うように身体を密着させて心配そうな視線を向ける。
「んっ・・・大丈夫だよ、トウカ。心配してくれてありがとう」
トウカの気遣いに微笑を浮かべてお礼を口にした彼女は、トウカをそっと抱き締める。
「っ!ん、んっ!」
突然のことで驚いたように目を見開いたトウカだが、すぐに気を取り直して抱き締め返すと嬉しそうに頬を緩ませる。
「主君、お待たせ・・・ってトウカだけズルい!アタシもギュッと抱き締めてよ、主君!・・・あっ、あと戦利品のゴブリンの耳を剥ぎ取っておいたわよ」
洞窟内から出てきたエレナは彼女とトウカが抱き合っているのを見て不満を口にする、がしっかりと成果の報告も忘れないエレナだった。
トウカとエレナの二体と抱き締め合った彼女は次なる討伐依頼、ジャイアントラビットの生息する森へと足を踏み入れた。
「ジャイアントラビットって、トウカと最初に会った時に側に居た兎かな?」
彼女の呟きに頷きで返したトウカ、エレナは採取依頼をこなすために別行動をしている・・・最後まで彼女の側を離れることを渋っていたが、彼女のお願いでようやく動いたのである。
「でも、獣は本能で二人が竜族ってことが分かるんだよね?だったらすぐ逃げちゃうんじゃ―――」
彼女が言葉を言い終える前に一陣の風が横を吹き抜け、キョトンとした表情を浮かべる彼女の前にドスンっという音と共に大きな影が差す。
「んっ」
その影とは今まさに話題にしていたジャイアントラビットであり、首があらぬ方向を向いている以外は無傷の状態で横たわっている。
「ひぇっ・・・!?と、トウカ・・・ビックリした」
再び手を握って自身を見上げるトウカに安堵の息を吐き、褒めて褒めてといわんばかりに輝く瞳を向けるトウカの頭を優しく撫でる。
「これでジャイアントラビットの討伐は完了かな?あとはエレナが戻ってくるだけっ「呼んだ?主君」――ひゃっ!?」
唐突に背後から声をかけられた彼女は大きく肩を震わせ、大きく鳴り響く胸を押さえながら声の主へと顔を向ける。
「え、エレナ・・・もう集め終わったの?」
「? もしかして遅かった?アタシはトウカほど俊敏がないからこれが限界なの、だからゴメンね?」
何故かシュンとするエレナに困惑した彼女は、慌てて口を開きながらエレナの手を握る。
「何で謝るの!?エレナは私のために動いてくれたんだから、お礼を言ったとしても責めたりしないよ!だから、私のためにありがとう。エレナ」
微笑みを浮かべて落ち込むエレナを元気づけようと言葉を紡ぐ彼女に、エレナは嬉しそうに頬を緩ませながら口を開く。
「主君・・・大好き、愛してる、子作りしない?」
「・・・ふえっ・・・!?」
「んっ・・・!」
気持ちが昂ったことで頬を上気させて距離を詰めるエレナに、彼女は顔全体を真っ赤に染めて狼狽しながら口を動かすがうまく言葉を発することができず、トウカはそんな彼女とエレナの間に身体を滑り込ませて唸り声を上げる。
「何よ、トウカ。アンタだって主君と愛し合いたいんでしょ?」
「・・・・・・んっ!」
「えぇっ!?ととっ、トウカまで!?」
味方だと思っていたトウカすらエレナ側に付いたことに驚きの声を漏らす彼女、視線を彷徨わせて思考を巡らせる彼女が絞り出した答えは・・・
「やっ・・・宿屋に戻ってから、考えますっ」
一旦保留して後に回すことだった、何の解決にもなっていないが彼女の言葉に従うように『スロー』の街に戻るべく彼女と二体の竜族は魔鬼馬に乗馬する。
「それじゃあ早く戻るわよ、魔鬼馬!」
「ブルル、ヒヒィッン!」
エレナの掛け声で駆け出した魔鬼馬に揺られながら、どう返事をすべきかを考える彼女だった・・・ちなみに仕留めたジャイアントラビットは、魔鬼馬の上に乗せてその上にトウカが座る形で運ぶこととなった――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
『スロー』の街に到着した彼女たちは警備兵の驚愕した表情に見送られながら、ギルドの側まで魔鬼馬に乗馬して進んでから地面に降り立った。
「えっと、ジャイアントラビットはどうしよう?」
「アタシが担いでいくわ、主君は先に受付に行っておいて。アタシは魔鬼馬を厩舎に戻してくるわ」
彼女の問いにエレナがそう返し、魔鬼馬は連れて行こうとするエレナに目を向けずに彼女へと視線を向ける。
「今回はありがとうね、また頼りにすると思うけど・・・その時もよろしくね?」
寂しげな視線を向ける魔鬼馬に労いの言葉をかけながら首筋を撫でる彼女に、気持ち良さそうに目を細めながら満足そうな息を吐いた魔鬼馬はエレナの後をついて厩舎へと歩いていった。
「あっ、今度は名前を付けてあげないと・・・」
何がいいかなと考えながら、トウカの手を握り締めながらルースナの待つ受付へと足を向ける。
受付でソワソワと落ち着きなく待ち続けていたルースナは、彼女が側まで近寄ると顔を綻ばせて笑みを浮かべる。
「おかえりなさい、ネネさん!依頼確認をしますので、依頼書と討伐の証と採取した物を出してください!あとギルドカードも更新しますので一緒に出してくださいねっ」
「あ、はいっ・・・!えぇっと・・・」
ルースナの元気な声を聞いて背負っていたカバンを漁る彼女は、スライムの核とゴブリンの耳の詰まった袋と薬草などを取り出して受付台に並べてからギルドカードをルースナに手渡す。
「ありがとうございますっ!えぇっと・・・ひぃ、ふぅ・・・少し多めなので、いつも通り換金しますねっ!」
ルースナの言葉に頷きで返した彼女の真横で大きな音が鳴り、驚いた彼女が視線を向けると床にジャイアントラビットを置いたエレナと目が合う。
「もっ、もう・・・!エレナ、ビックリしたよっ」
「え、かわいっ・・・じゃなくて、驚かせちゃったみたいでゴメンね?主君」
少しむくれて不満気な声色でそう口にする彼女の姿に思わず本音が漏れたエレナだが、すぐに謝罪を口にして取り繕う。
「いや、取り繕えてないよっ!?私はその、注意をしたのであって・・・怒った顔は、可愛くないでしょ?」
恐る恐る彼女がそう口にすると、エレナは不思議そうに首を傾げて声を漏らす。
「えっ、怒ってたの?可愛さが溢れすぎて、つい襲いそうに――んんっ!なんでもないわ」
「んっ、んーっ」
言葉を途中で切って咳払いをするエレナと彼女の腕に抱き着いて頬擦りするトウカ、エレナの言おうとした言葉を理解した彼女は頬を朱に染めて顔を俯かせる。
「うぅっ・・・もう、恥ずかしいよ・・・!」
顔を俯かせながら視線だけ上目遣いで向ける彼女がそう抗議を口にするが、その姿にエレナはキュンっと胸を高鳴らせて距離を詰める。
「主君もしかして誘ってる?ねぇ、もしかして誘ってるの?主君がその気ならアタシは全然いいけど、なんなら今から宿屋に戻って始めちゃう?」
「え、えっ・・・?」
突如瞳に怪しい光を携えながらにじり寄ってくるエレナにただただ困惑の声を漏らす彼女、しかし彼女に触れる一歩手前でその手はトウカによって払い落とされる。
「んっ、んん・・・んーっ!」
「何よ、トウカ。アンタさっきまでアタシとおんなじ意見だったじゃなっ――ぁいたっ!?ちょっとなにすっ、いたたたっ!?」
エレナの動きを制したトウカはなおも食い下がろうとするエレナの腹部に拳を叩き込み、驚愕の表情を浮かべるエレナが抗議の声を上げるのもお構いなしに拳を振るい続けるトウカ。
「わ、わっ・・・ふ、二人とも落ち着いてっ」
衝突する二体の竜族を止めようと声を上げる彼女の耳に、ドスンッと重たい物が勢いよく置かれる音が聞こえて咄嗟にそちらへと視線を向ける。
「はいっ、ネネさん!五つの依頼と余った薬草などの換金分を合わせた報酬です、これからも頑張ってくださいねっ!」
尻尾を揺らしながら笑みを浮かべてそう口にするルースナが報酬の入った皮袋を置いた音だと気付いて、彼女は安堵の息を吐いてから皮袋を受け取る。
「あっ、ありがとうございます。ルースナさん、よいしょっ・・・ととっ」
受け取った皮袋を自身の背負うカバンに入れようとした彼女だが、思ったよりも重みがあったことで少しふらついてしまう。
「ん」
「ちょっと主君、大丈夫?」
しかしすぐに左右に移動した二体の竜族によって支えられて体勢を整えた彼女は、申し訳なさそうに眉を下げながら口を開く。
「あぅっ・・・ゴメンね、二人とも?」
彼女の謝罪にトウカは首を横に振り、エレナは微笑みを浮かべながら革袋をカバンに入れて脇に抱える。
「んーんっ」
「主君が無事ならそれでいいの、カバンはアタシが持つわね?」
そう口にしてから流れるように彼女の手を握ったエレナはギルドの外へと歩き出すが、彼女はそんなエレナに少し慌てた様子で声をかける。
「あ、ちょっ・・・エレナ待って!まだ、ギルドカード受け取ってないからっ・・・!」
「あぁ、そうだったわね。つい気が急いちゃった」
自身の言葉で足を止めたエレナに安堵の息を吐き、ルースナの方へと向き直った彼女は下からギルドカードが差し出されていることに気付いて視線を下げる。
「んっ」
「わっ、ありがとう。トウカ・・・それじゃあルースナさん、また明日っ」
ギルドカードを差し出すトウカから受け取った彼女はトウカの頭を優しく撫でてからルースナに声をかける、撫でられる竜族を据わった目で見つめていたルースナだが彼女の声を耳にすると瞳を輝かせて尻尾を大きく振るう。
「は、はいっ!また、明日ですっ!ネネさん、えへへっ・・・」
彼女の言葉一つで表情をコロコロ変えるルースナに首を傾げながら、エレナに手を引かれるまま彼女はトウカを引き連れてギルドを後にした――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
ギルドを出てさらに街の喧騒を抜けた彼女たちは、宿屋に入る手前でエレナが不意と明後日の方向へと顔を向ける。
「? エレナ?」
彼女が声をかけると視線を戻したエレナは、薄く笑みを浮かべてから口を開く。
「ちょっと用事が出来たから少し出てくるわね、主君はトウカと一緒に宿屋で待っていて。すぐに戻るから」
それだけ告げると彼女の手を泣く泣く離してその場から駆け出すエレナ、その様子を疑問符を浮かべながら見送った彼女はトウカに引っ張られるままに宿屋へと足を踏み入れた。
「そういえばラメさんはまだ帰ってきていないのかな?ロウさんに会いに行ったことはまた今度伝えようかな・・・ってトウカ?どうかしたの?どこかボーっとしてるみたいっ―――だ、けど・・・?」
自身が泊まる部屋へと戻ってきた彼女はベッドに腰を下ろし、立ったままのトウカに声をかけた彼女は視界が急速に変化したことに疑問符を浮かべる。
「んっ、んーっ・・・」
「と、うか・・・?」
竜人状態になったトウカが歯を剥き出しにして荒い息を吐く姿を確認した彼女は、そこでようやくトウカに押し倒されたのだと気付いた。




