14
日本列島に台風が近づいていた。
沖縄では早くも暴風で青い綺麗な海も姿を変え自然の凶器となろうかと息をひそめている。
そんな中、駒井運送の地下駐車場は異様な雰囲気が漂っていた。
駒井運送を取り囲む大勢の刑事達。
そしてそこから更に囲みこむ報道陣。
駒井運送ではこの十数年に及ぶ腐敗した歴史に終止符を打つカウントダウンが始まっていた。
台風が上陸するのが先か。
駒井運送が倒れるのが先か。
それは誰も知る由もない。
しかし、一つだけ分かることがある。
これから起きるであろう出来事は、日本という平和国家を根底から覆すことだ。
*
長嶋は手塚から手渡された一式を持ち、会議室を出ると手塚と合流した。
手塚は何も言わず小さく頷くと、先ほど停めた車へと向かった。
車に向かう途中二人は言葉を発しなかった。
長嶋はショックのあまり考え込んでいた。
あの場面に自分の上司と自分とコンビを組んでいた刑事がいるということが何を示しているのかを。
考えなくとも分かるが、考えずにはいられなかった。
現実から目を背けたかった。
そんな長嶋の様子に手塚は無理に話しかけようとはしなかった。
手塚にも長嶋の気持ちは痛いほどわかっていた。
同じ刑事として、コンビを組んでいた刑事が犯罪に何かしらの形で関わっていたことに対する精神的ダメージを。
そしてそれに気が付けなかった自分に対する憎悪感を。
刑事とて百パーセントではない。
自分の仲間がおかしな動きをしていることに気づけなかったからといって、刑事失格かというとそんなことはないと手塚は思っていた。
刑事としてやるべきことはその後の捜査である。
このまま長嶋がずるずる引きずり、捜査に支障をきたすようであるならば、この事件から手を引くよう言うが、長嶋と言う刑事はそんなやわな刑事ではないと手塚は確信に近いものを持っていた。
公安で捜査をしていた時、ファミレスで長嶋や萌花達が話をしているところを張り込んだ時には、長嶋の調査を終えており、どんな刑事かどんな経歴でどんな人間かを把握しており、長嶋と接触をもったのもその長嶋の人間性を評価しての事であった。
その後、車に乗り込み長嶋が運転をする形で警察署を出た。
道中長嶋は重い口を開いた。
「正直先程の写真には度肝を抜かれましたよ。つい先日までコンビを組んでいた刑事が捜査中の犯罪に関わっているであろう現場を写しているのですから」
手塚は長嶋の表情の変化を見逃すまいとするように長嶋の顔を見つめた。
「だけど、自分は刑事である以上誰が犯罪に関わっていようとやることは変わりません。刑事が関わっている事実は少々捜査が面倒になりますが、真実を追い求める事、それだけです」
手塚は少し安堵した表情を見せると長嶋に返した。
「少しは精神的にも強いようだな。正直、この事件に刑事が関わっている事が発覚してから公安でも捜査が停滞したんだ。刑事である俺たちの仲間が一様にして口を閉ざしている。実際に事件に関わっている刑事は数人かも知れんがその後ろの口を閉ざした腐りきった刑事共も共犯だ」
「やっぱりそうだったんですか。身内の捜査ということになると俺達公務員はどうも上司という壁が立ちはだかりますから。しかし、その上司までもが犯罪に関わっていたとなると俺も黙ってはいませんよ」
「これからの警察組織の事はこの事件が解決してから酒でも飲んで話し合おうじゃないか」
「望むところです」
長嶋と手塚を乗せた車はあるマンションに向かっていた。
そこの一室にいる横山沙織という女性は駒井運送の配送で雅也がよく担当しており、崎山から沙織に荷物の宅配を依頼されたようで、その送り先が工藤警部宛になっていたことから話を聞きに行こうということになったのである。
本来ならばプライベートな事が絡んでいるので、宅配物に関しての質問はタブーなのであるがそうも言ってはいられないと思った雅也は手塚に連絡しすぐさま沙織宅に向かうことになったのである。
「こんな捜査が出来るなんてさすが公安ですね。自分達なら切羽詰った状況でも二の足を踏んでしまいますよ」
「誰かがやらなければ真実はいつになっても闇の中だからな。公安がというより俺自身がどんな事でも犯罪以外ならば進んで捜査するさ」
雅也と合流した長嶋と手塚は沙織宅があるマンションの入り口で女性を待っていた。
そこのマンションは近年ではほとんどのマンションで設置しているオートロック式になっており女性宅に行くにはオートロックを解除するボタン上部にあるスピーカーにて該当する住人に連絡しロックを解除してもらう必要がある。
三人はそこで沙織に連絡をしたらオートロックの所で待っているように言われたのである。
数十秒で沙織が現われて扉を開け少し微笑みながら自己紹介をし会釈をした。
長嶋は警察手帳を見せ、捜査に協力することに対する礼を述べた。
沙織はジーパンに無地のTシャツという軽装で、スキニ―タイプのジーパンに少しタイトなTシャツを着ており、童顔で実際の年齢よりも若く見える顔をしているが、スタイルの良さが際立っていた。
沙織宅に入った三人は早速例の宅配物を見せてもらい話を聞いた。
沙織曰くその荷物はある人物から渡されたもので送り状に書いてある所に送るよう依頼されたのだそうだ。
その依頼された人物のは自分の妹だそうで長嶋は氏名を聞こうと手帳とペンを出し、何気なく質問したがその答えは思わぬものだった。
「﨑山桃子と言いまして、あなた方と同じ刑事さんですよ」
長嶋はメモをしようとしていたペンを止めたまま目を細めた。
﨑山から工藤警部宛に宅配の依頼。
これが何を意味するのか。
そして駒井運送近くに位置する妹の家。
﨑山が周辺に現れても妹に会いに来たといえば筋が通る。
非常に動きやすい存在に﨑山はなっていたことになる。
その﨑山を工藤警部が何かしら裏で操っていたとするならば、この宅配物はこの一連の事件に関わる物の可能性が非常に高い。
この考えは手塚も同じようで、ここで空けるべきなのか逡巡しているようであった。
少し考えると、手塚は長嶋の耳元で「管理官に電話で指示を仰ぐ」と言い、玄関を出て行った。
「その﨑山桃子さんは今何処にお住まいなのかご存知ですか」
長嶋は﨑山とコンビを組んでいたことを隠し、面識も無いようなフリをして沙織に聞き込むことにした。
長嶋と﨑山の関係を知られると何かしら勘ぐられる可能性があるからだ。
「つい最近までは近くに住んでいたのですが、もうすぐ引っ越すようなことを言ってました」
「引っ越す?」
「はい。刑事さんなので部署が変わり遠くに行くことになったのだろうと思ってましたが、違うのですか」
「そういう可能性もあるにはあるのですが、沙織さんの妹の年齢でしたら可能性は低いかと。申し訳ないのですがあまり内部の事は言えないので」
「いえいえ、こちらこそ答えにくい質問をしてしまいまして」
「話は変わりますが、単刀直入にこの宛先にある工藤という方をご存じないですか」
「いや、それが始めてみた名前ではないんですよ。以前数度に渡り工藤と言う刑事さんが妹の事でここに話をしに来ましてね」
ここまで黙っていた雅也が「妹さんの事で?」と少々驚きを隠せないようであった。
「はい。数年前になりますが、私がここに住むようになったばかりのことだったのですが、ある事件の事で話を聞きに来た際に妹の事も詳しく聞かれました」
「その事件とはどういうものでしたか」
「細かい日日は忘れてしまいましたが、近くの河川敷にて集団自殺があったようで、そのことについての話でした」
思わぬところから自分の父の死につながる事件が出てきたので雅也は息をのんだ。
しかし、雅也はさすがは公安の刑事である。
いまここで質問を担当する刑事が誰なのか察知しており雅也は聞き役に徹していた。
「少し疑問なのですが、何故その集団自殺の話で妹さんの話に繋がったのでしょうか」
「曖昧な記憶で申し訳ないのですが、事件の話を一通り話終わった後、何故か私の家族構成の話になりまして。妹の名前を出した途端に妹の話一点張りでした」
「そうでしたか。先ほどの段ボールの中身次第では再び話を聞きに来る可能性がありますが、その度はまた協力をお願いしたいのですが」
「それは構いませんよ。妹の事も気がかりですし。何せ急に引っ越すと聞いたもので。まだ若いのにいきなり遠くへ職場が変わると不安になります」
「お気持ちはお察しいたします。妹さんの事で何か分かりましたら、ご報告差し上げます」
「ありがとうございます」
沙織は礼を言うと深々と頭を下げた。
長嶋は一つ腑に落ちたことがあった。
正直、今ここにこうして話を聞きに来るきっかけは工藤警部宛の宅配物の事であるが、プライバシーに関わることだけにすんなり宅配物を調べさせてほしいとの申し出に協力してくれることに疑問があった。
しかし、それは妹である﨑山の周辺で起きているであろう異変に姉である沙織も感づいているためであり、妹の事を少しでも知りたいとの思いからの事であるに違いなかった。
深まる﨑山の疑惑に長嶋は気を落とさずにいられなかった。
数年とはいえおなじ班として、そしてコンビとして行動することが多かった﨑山の異変に気付かなかった事に自分に対する憎悪感もあった。
それ以前に自分の上司である工藤が何かしらの形で長年にわたる駒井運送の事件に関わっていることが濃厚になっていることに対して、﨑山と同様気付けなかったのである。
すると、そこで手塚が戻って来るなり「ある場所で管理官と落ち合う。そこで中身を調べる」と言い沙織宅を後にすることになった。
車中沙織との一連の会話を手塚に聞かせた。
すると手塚はこんなことを言い出した。
「警察は縦社会だからな。もし﨑山ではなく俺だったならお前は気づいているはずだ。全く別の部署でこうして動いている。多少の優劣はあるが同じ土俵で捜査を共にしているからな。だけど、﨑山くんと工藤さんとの場合は少し違う。完全なる縦社会が存在している。
警部である工藤は長嶋に対して物を教える立場だ。長嶋が﨑山に対する時もそうだ。そうすると見えるものが見えなくなるものさ」
手塚の言葉に長嶋は唇を噛みながら少し思案していた。
すると雅也が口を開いた。
「自分も手塚さんの話に賛成だな。自分達公安は良いも悪いも個々なんだ。お互いの事を全く知らないからだ。だから情もわきにくい。情が出るとどうしても信じたくなり、悪いことから目を背けたくなるものじゃないか」
この雅也の言葉には長嶋も納得したようで浅く数度頷いた。
手塚に行き先を聞いた長嶋は先を急いだ。
管理官もこの荷物が何を意味するのかすぐに察知したようですぐにある場所を指定した。
「俺の家に持ってこい。ある意味どこよりも安全だ」
管理官宅を入力したカーナビには残り八百メートルを表示しており、これから起きる事を考えると、武者震いが起きてもおかしくなかった。
管理官の家は壮大たるものであった。
和を基調にした門構えで門を潜れば玄関へ続く石畳。
軒先には庭があり池も備えていて鹿威しが奏でる音は人を癒しの世界へ導いてくれそうだ。
そんな家の門を潜り大きな段ボールを抱えながら玄関へ向う姿は他から見たら滑稽の産物であろう。
門のインターホンを押したため、管理官は玄関先で待ち受けていた。
「ご苦労だったな。早速だが、ここではなく裏の倉庫へ案内する」
三人は管理官に言われたとおりに管理官の跡を付いて行った。
先ほどから風情ある音を奏でている鹿威しがある池の方から家の裏へ回ると、プレハブがあり何かしらの準備は出来ているのか扉からは電気の明かりが漏れていた。
「先ほど手塚君から電話をもらってから急ピッチで場所を作った。だから少し汚いと思うが我慢してくれ」
扉を開けると三人を中にいざなった。
すると中には思いもよらない人物たちが待ち受けていた。
「健人君に萌花ちゃん、そして社長さんに奥さんまでどうしてここに」
萌花の母親は雅也に依頼し保護してもらった後、警察署で待機させていたはずである。
菊山の判断でここまで連れて来たのだろうか。
そして、安否を心配していた萌花と健人が安全な場所にいたことに対して安堵を隠せないでいると、健人が口を開いた。
「あの時、長嶋さんが﨑山さんの家を出た後、萌花のお父さんが来たんだ。血相をかいて部屋に飛び込んできて長嶋さんに逃げろとだけすぐに伝えろって」
長嶋は手塚と目を合わせた後続きを促した。
「そしたら菊山さんが来て事情を説明されたあとここに移動したんだ」
菊山は大きく頷いた後後ろ手で扉を閉め中央にある大きなテーブルに段ボールを置くよう指示した。
中身が何なのか予想もつかない状態で、子供の前で空けて良いのか、考えていると菊山は言った。
「正直子供二人に見せるには少々刺激が強すぎるのかもしれんが、真相が分からぬまま人生を過ごすのはあまりに辛いものがあろう。その事は手塚君の相方が身に染みて分かっているだろうが」
雅也は名前を名乗っていなかったことに思い至り名だけの自己紹介をした。
公安内での暗号めいた呼び名は菊山は知っているはずであるが敢えて名前を名乗らせた。
そこには現在の状況に対する菊山なりの配慮なのだろうと誰もが悟っていた。
「一つ言わなければならないことがある。これからここにいるメンバーで真相を究明することになる。もはやこれは仕事ではない。長嶋君と手塚君そして雅也君には勤務外で思わぬ重い捜査をさせ、申し訳なく思っている。しかし、ここからは皆でこの真相に立ち向かい苦しい思いを共有していく。事によっては闇に葬らねばならないことも出てくるかもしれん。先ほども言ったが子供二人のこれからの人生のためにも真実だけは明らかにしようではないか」
皆が硬い表情で頷くと菊山が付け足した。
「駒井家と家族関係の無い健人君が何故このメンバーに加わっているのか。それはここにある段ボールの中に答えがあると確信している」
長嶋はハッとした。
よく考えればもっともな話である。
昔から萌花と健人はお互いに兄弟みたいな間柄であっても、本当の家族関係は無い。
その健人をこの駒井家が代々関わる駒井運送の件に深く関わらせる必要は無いのである。
健人が未成年と言うのを考えても深く関わらせない方が良いのは誰もが考えうるものである。
では、なぜ関わらせているのか。
菊山曰くこの段ボールの中に答えがあるようなことを言っているが、果たしてそれは何なのか。
ここにいるメンバー、そして日本社会のこれからを左右するであろう真相を解き明かすべく、菊山が段ボールに厳重に巻いているガムテープを剝していった。
*
皆に注目される中、菊山を先頭にした屈強な刑事達が駒井運送に入って行く。
車から刑事が降りるたび無数のフラッシュが炊かれ、一人一人の息遣いが怒号のように聞こえてくる。
菊山に続くように車を降りた長嶋はこれから行い事がどれだけ日本のこれからを左右するのか、この異様な光景を見ただけで胸にひしひしと伝わって来ていた。
こういう場に菊山がいるだけで異例ではあったが、しかも先頭を切って捜査に向かう姿は長嶋の記憶上皆無であった。
長嶋たちは三グループに分け一斉に潜入することになっている。
一グループ目は本社、二グループ目は物流館。
そして、三グループ目は倉庫。
この倉庫は昨日長嶋が手塚と待ち合わせた倉庫であり、ちょうどこの倉庫の前で健人から連絡をもらい、離れて行った場所である。
長嶋はこの倉庫担当の三グループに入り、手塚と共に陣頭指揮を執ることになった。
「君達は分かっていると思うが、今回の捜索で一番の目的は、本社ではなく倉庫だ。心してかかるように」
果してその倉庫には何があるのか。
長嶋もある程度考えがまとまっているようで菊山の言葉に頷き顔を引き締めた。
と、管理官が突入の指示を出そうとしたその瞬間、本社最上階から爆発音とともに窓ガラスが割れ振って来た。
その瞬間その窓ガラスからとてつもない勢いで炎が吹き出しあっという間に四階部分を覆った。
本社突入グループは突然の事態に後退を余儀なくし、物流館グループも立ち往生していた。
しかし、長嶋と手塚はその瞬間、倉庫に走り出した。
菊山も慌てて倉庫に駆け寄った。
倉庫は案の定鍵がかかっており、電動カッターで別の捜査員が倉庫の扉を開けた。
そこには、何十箱も段ボールが積み上げられており、爆発の衝撃で少し離れているにもかかわらず段ボールが数十個地面に落ち中身が散乱していた。
そこには、膨大な数の紙幣があり、これらを写真にとった長嶋たちは急いで倉庫から非難した。
長嶋が外に出た瞬間倉庫が爆発し、長嶋はその衝撃で宙を舞い地面に背中を強か打ち付けた。
長嶋は痛みをこらえながらも、燃え盛る炎をやるせない気持ちで呆然と見ていた。
数十年にわたる駒井運送を取り巻く黒い影の正体に近づきつつあった長嶋たちであったが目の前にして証拠は灰と化してしまった。
残ったのはスマホで獲った写真に写る紙幣のみである。
「長嶋さん大丈夫ですか」
声の方を向くと萌花と健人がこちら側に走って来た。
危ないからと二人を遠ざけようとすると、健人が封筒を抱えているのを見た長嶋は問うと「さっき数人の刑事みたいな人が慌てて走っていた時に自分とぶつかって落としていったんだよ」と言うと長嶋に封筒を手渡した。
「それは悪かったね。見て分かるように爆発が起きて見張りの刑事も駆け付けたんだろう」
すると萌花は顔を振り「爆発が起きる前にここから出て行っていたよ」と言い首をかしげた。
長嶋と手塚、そして菊山はお互いに顔を合わせた。
三人ともその人物たちが誰なのか見当がついたようで、菊山は捜査車両へ戻り検問等の要請をしに行った。
そうすると、健人が抱えている封筒の中身はは駒井運送に関する隠された真実に関連しているのは間違いなく、長嶋は預かると捜査車両の方に手塚と共に向かった。
健人と萌花も同様に。
捜査車両の中はモニターが十数個設置されており、駒井運送の敷地内を全てチェックできるようになっていた。
モニターをチェックしていた捜査員に逃げた数人の刑事の確認をしたところ、画面に映っていたようである刑事に報告したとのことであった。
その刑事の名前を聞いた菊山は舌打ちをするとともに、各捜査責任者をこの捜査車両に呼び出した。
数分後全員集まった所でこの一連の事件の黒幕と思われる人物の説明を始めた。
全ての刑事が同じように驚いた顔をしており、最後に菊山が言った。
「正直、このことはまだ数人の刑事しか知らなかった。まだ他に協力者がいる可能性があったからだ。家宅捜査する時点でお前達には言っておくべきであった。もしくはまだ動くには早すぎたのかもしれん。俺のミスだ」
菊山は深く頭を下げたのだった。
菊山の行動に誰も口を開けず、ただただ立ち尽くしているだけであった。
それだけ菊山が頭を下げ、皆に謝っていることに刑事全員が深い責任を感じていたのである。
今回の事件を担当しているトップの人間に頭を下げさせてしまったことに対する後悔と自分たちの実力不足を痛感してのことでる。
すると重い口を開いたのは長嶋であった。
「いま大事なのは過去の事を振り返るのではなくこれからどうするかです。全力で逃げた人物を追いましょう」
この言葉にすべての刑事が頷き、引き締め直した。
「長嶋君の言う通りかもしれん。検問の手配は終っているから、付近一帯の監視カメラの映像を回収し、何としても逃がさんぞ。そしてこれからが本題だ。その逃げたと思われる人物たちが持っていた物の一部がこの封筒だ。ここにいる二人の学生が大手柄を上げてくれた」
健人と萌花が手に入れたということよりも、逃げた人物が所持していたこの封筒の中身を想像すると、否が応でも社内は緊迫感に包まれた。
菊山が傍らにあったカッターで封を切り、中身を取り出すとそこには思わぬ内容が印してあるA4用紙が入っていた。
これには菊山も言葉を失い、呆然と立ちすくむしかなかった。