卒業式
いよいよ最終話です!!ここまでこの作品を読んでいただき、本当にありがとうございました!!
「・・いよいよ、この日がやってきたのですね。」
私は、自室で自分の姿を鏡に映しながら、そう呟きました。今日の私は、いつもの制服ではなく、一週間前に両親から贈られた真っ赤なドレスを着ています。
このいかにも悪役令嬢が着ていそうな派手な赤いドレスは、ゲームでアンジェリカ・スパルタンが着ていたドレスのデザインまさにそのものでした。そして、このドレスを着て卒業式に出たアンジェリカ・スパルタンはアズリエル様に婚約破棄を言い渡されると同時に、魔法が使えないことを皆の前でバラされ、家から追い出されてしまうのです。
・・そう、あの武闘大会の日からもう一年が経過し、三年生に進級した私は、ついに運命の日・・。魔法学園の卒業式の日を迎えたのです。
最初このドレスを見た時は、何故ゲームのことを知っている両親がこんな縁起でも無いものを・・。と疑問に思いましたが、ドレスと一緒に添えられていた手紙を見て、流石お父様とお母様だと改めて両親を尊敬する気持ちが高まりました。
その手紙には、お父様の力強い文字でこう記されておりました。
『アンジェリカ、お前の力で、定められた運命を変えてみせろ!』
つまり、敢えてゲームと同じこの格好で卒業式に参加することで、真に自分だけの力で破滅エンドを回避してみせろという、お父様からの熱いエールがこのドレスには込められていたのです。
ただ、ゲームと少しだけ違うのは、ドレスの他にゲームでは付けていなかったブローチも一緒に贈られてきたこと。・・ブローチの中央には、お母様の髪の色と同じ緑色の大きな宝石が埋め込まれています。
そして・・今私の目の前に跪き、私の胸にそのブローチを付けてくれているゼル君の存在です。
「アンジェリカ様、そのドレスもブローチも、アンジェリカ様の魅力を大変よく引き出しております。今日は誰もがアンジェリカ様の姿に魅了されることでしょう。」
「ふふ・・。ありがとうございます、ゼル君。ゼル君に褒めてもらえると、私も自信が出てきます。」
ゼル君は、今日の卒業式の時も、ずっと私の影の中に潜んでくれることになっています。最初は、私一人で卒業式は乗り越えてみせると言ったのですが、ゼル君はこの時だけは私の頼みを聞いてくれませんでした。
「・・すいません。いくらアンジェリカ様の頼みとはいえ、それだけは従うことは出来ません。いついかなる時も主の傍でその御身をお守りする・・それが下僕たる私の務めですから。」
その答えを聞いて、正直ほっとした自分がいました。ゼル君には格好つけて一人でも大丈夫だと言いましたし、アズリエル様やルルとの関係もゲームとはだいぶ違い良好なものなので、ゲームと同じような展開になるとは思えないのですが、やはり少し心細かったで。
「それでは・・いきましょうか。」
「はい、アンジェリカ様。私の心と身体は、常に貴女様と共に・・。」
私が声をかけると同時に、ゼル君は恭しく一礼した後、私の影の中に潜り込みます。それを確認した私は、自分の部屋のドアを開け、運命が待ち受ける式の会場へとその一歩を踏み出したのでした。
会場へと向かう道の途中、私は思わぬ人物と遭遇し、思わず目を丸くいたしました。
「ガイアス様!?どうしてこんなところにおられるのですか?二年生の貴方は今日の式には参加しないはず・・。」
そこに居たのは、廊下の端にある柱に寄りかかるようにして立ちながらこちらに視線を投げかけるアズリエル様の弟君、ガイアス様でした。確か、ガイアス様はゲームで卒業式イベントには参加していなかったはず・・。
「ああ、俺は本来ここに来る予定ではなかった。だが・・どうしても、式の前に貴女を一目見ておきたかったのだ。」
ガイアス様は、そう言って眼鏡の奥の目を細められます。私に向けるその視線は、初対面の時からは想像できないほど優しいものでした。
「誰よりも・・兄上よりも先に、貴女の姿を見たかった。今日の貴女はいつにもまして一段と・・美しい。」
・・ごめんなさい。実はゼル君の方が先に見ちゃってます・・。とは、流石の私でも言うことはありません。とりあえず、無難に礼を返しておきます。
「ありがとうございます。今日のドレスは私の両親が用意してくれたものなので、そう褒められるととても嬉しいですわ。」
私がにっこりと微笑んでそう言うと、何故かガイアス様は困ったような笑みを浮かべられます。
「いや、確かにそのドレスは貴女によく似合っているが、俺が言いたいのはそういうことではなくて・・。ああ、もう。貴女のそういうところは一年前から全く変わらないな。」
ガイアス様はそう言うと、おもむろに私との距離を詰めてきました。その間も、彼の目はずっと私の目を見つめてきていて、その熱い視線に思わず少しドキッとしてしまいます。
「俺は・・昔からよく、兄上と同じモノを好きになることが多かった。それが分けられるモノならば、二人で分けることが出来る。しかし、一つしか無いモノを好きになってしまったら、どうしたらいい・・?少し前の俺なら、兄上に譲っていただろう。だが、今回ばかりは、たとえ兄上だろうと譲るつもりはない。」
ガイアス様は、真剣な表情でそう語った後、ふっと表情を緩め、私に近づけていた顔を離しました。
「つまりは・・まあ、そういう訳だ。だが、貴女にその気がないことも十分分かっている。今はただ、卒業おめでとうと、その言葉だけを贈らせて貰おう。」
そう言うと、ガイアス様はその場を去ってしまわれました。私は、その後ろ姿に向かってそっと頭を下げます。
・・流石の私も、一年間一緒に居れば、ガイアス様の私に対する好意に気付いていました。彼の好意は割と鈍い自覚がある私でさえ分かりやすいものでしたから。
ただ・・私にとってのガイアス様とは、親しい友人であり、彼と恋人になるつもりは全くないのです。私がそう思っていることを、ガイアス様も恐らく感じ取っているのでしょう。結局、最後まで肝心なことは言わなかった彼の優しさに、私は甘えることを選んだのでした。
・・ガイアス様との思わぬ遭遇で、少し心が痛んでおりますが、まだ卒業式は始まってもいません。ガイアス様の優しさを無駄にしないためにも、私は気持ちを切り替えて卒業式の会場へと足を踏み入れました。
「師匠!!今日はいよいよ卒業式ですな!!」
そして、会場に足を踏み入れた瞬間、聞き慣れた声が私に話しかけてきたので、私はその彼・・騎士団長の一人息子、ミカルダ様に笑顔を向けました。
「ミカルダ様は、今日もいつもと変わらずお元気ですね。」
「まあ、それだけが私の取り柄ですからな!!イエーーーイ!!!!・・・それにしても早いモノです。私は、師匠に初めて負けたあの日のことをまるで昨日のことのように思い出せますよ・・。」
ミカルダ様は、しみじみとした様子でそう語られます。その様子が少しおかしくて、私はふふっと笑い声を上げました。
「流石にそれは言い過ぎではありませんか?」
「いえ!!私にとって師匠と過ごした時間はかけがえのないモノでありました!!そんな師匠ともこの卒業式が終わるとお別れかと思うと、私は・・私は・・うおおおおおお!!!」
ミカルダ様は、話しているうちに感極まったようで、声を上げて男泣きし始めました。そんなミカルダ様の頭を抱え、私はそっと背中を撫でてあげることにします。
「泣かないでください、ミカルダ様。・・確かに、これまでよりはお会いできる機会が減るかもしれませんが、私と貴方の絆が消える訳ではありません。また一緒に訓練をいたしましょう。」
「うう・・師匠・・ししょおおーーー!!!!!」
ひとしきり泣いたことで落ち着いたミカルダ様は、私の腕の中から離れ、恥ずかしそうに顔を赤らめました。
「いやあ・・まだ式も始まっていないというのに、このような恥ずかしい姿を師匠にお見せしてしまうとは・・。まだまだ修行が足りませぬな。」
そんなミカルダ様に、私は敢えて師匠らしく偉そうに胸を張り、こう言いました。
「そうですよ。ミカルダ・サンシャイン。貴方はまだまだ修行が足りません。これからは今までよりもっと厳しい修行をしますので、覚悟していてくださいよ?」
ミカルダ様は、一瞬驚いたように目を見開いた後、にっ!と満面の笑みを浮かべられました。
「ふふ、それは大変そうですな!!早く師匠に認められるよう、私もこれからもっと精進いたしますぞ!!イエーーーーーーーイ!!!!!!!」
その後、ミカルダ様と一緒に式が行われる会場の中心へと向かいます。その途中、またしてもなじみの顔を見つけ、今度は私の方から彼女に声をかけました。
「ルル!!そのドレス、とっても似合ってますわよ!!」
今日のルルは、聖女らしい純白のドレスにその身を包んでおりました。彼女のこの姿もまた、私と同じでゲームでの衣装そのままです。
ルルは、私の言葉にこちらを見た後、一瞬ピキッ!とフリーズいたしました。一体どうしたのか?と心配する私の前で、ルルは小刻みに震え始めます。
「おおお、お姉様!?なんて魅力的なドレスを・・。めちゃんこビューティフォーですわぁぁぁ!!!?」
「わあ!?ルル、鼻血を出して気絶するのだけは我慢してくださいよ!?」
そうじゃないと折角似合っているドレスが悲惨なことになってしまいます!!
何とか鼻血を出すことだけは我慢してくれたルルは、ミカルダ様には聞こえないよう小声でそっと私に話しかけてきました。
「・・それにしても、何故お姉様はそのドレスを?確かそのドレスはゲームと同じ・・。」
「・・このドレスは、私の両親が用意してくれたモノなのです。敢えてこのドレスを着て、その上で運命を変えてこいというメッセージが込められているのですわ。」
「・・流石、お姉様のご両親、素敵ですわ。」
「・・ところで、ルルも何故そのドレスを?確かそのドレスはゲームではアズリエル様から貰ったものだったはず・・。」
私は、若干の不安を覚えつつルルにドレスのことを尋ねました。すると、ルルはそんな私の気持ちが分かったかのように・・いや、ルルのことだから実際分かったのでしょうね。
ルルは、にっこりと笑みを浮かべてこう言いました。
「安心してくださいませ、お姉様。これは、アズリエル様から貰ったものではありませんわ。私、どうしても卒業式でこのドレスを着たかったんですの。・・私も、『聖女伝説2』のファンですから。」
成程、ルルのその気持ちはよく分かります。確かに、卒業式でこの白いドレスを着ているルルーシュ・ポルカの姿はとても美しく、私もかなり印象に残ってましたから。
「それに・・もしあの男がお姉様に婚約破棄なんかを言い出したら、この私がボコボコにぶちのめしてやりますわ!!そしてその時は・・私と一緒に、この国ではないどこか遠いところへ逃げましょう!!知っていますか?この世界には、同性婚がOKな国も存在するのですよ?フフフフ・・・。」
さ、流石に冗談ですよね?私の緊張をほぐすためにこんなことを言っているのですよね?何か目がガチな気がしますけれど、どうかジョークだと信じたいところです・・。私、ルルとは親友のつもりで、それ以上の危ない感情は持っていませんから!!
さて、卒業式が始まる前にミカルダ様とルルの二人には会うことが出来ましたが、肝心のアズリエル様の姿がどこにも見当たりません。どこに居るのかと辺りを探している内に、先生から席につくよう声をかけられ、結局姿を見つけることが出来ないまま、式が始まることになってしまいました。
『さて、ただ今から、魔法学園の卒業式を・・「ちょっと待ったー!!」』
先生が開会の宣言をしようとした言葉を遮って、聞き慣れたその声と共に、アズリエル様がドアを開けて会場に入ってきました。先生の言葉を遮るというその非常識な行為に、周囲からはざわめきが走り、唯一ゲームのことを知る私とルルは顔を見合わせます。
「開会宣言の途中で遮ってしまい、誠に申し訳ありません。しかし、僕にはどうしても、式の前に皆の前で伝えておきたいことがあるのです。罰なら後でいくらでも受けますから、僕に少しばかり時間をくれないでしょうか?」
「・・仕方ありませんね。三分間だけ待ってあげます。」
どこのム○カ大佐かと思うような台詞を述べた先生は、アズリエル様にそっと目配せし、アズリエル様もそれに答えます。・・どうやら、この流れ、事前に打ち合わせしたもののようですね。
そして、皆の注目を一身に受けたアズリエル様は、大きな声で私の名前を呼びました。
「アンジェリカ・スパルタン!!貴女に一つ言いたいことがある!!」
・・ああ、やはり、運命は変えることが出来ないのでしょうか?この流れは、アズリエル様がゲームでアンジェリカに婚約破棄を告げる時と同じモノ。私は、アズリエル様と良好な関係を築いていたつもりでしたが、やはりアズリエル様は私よりルルのことを・・。
「アンジェリカ・スパルタン・・いや、アンジー。改めて言わせてほしい。僕と・・結婚してくれ!!」
・・え?今、アズリエル様は何と仰いましたか?
混乱する私に、アズリエル様はそっと近づいて跪くと、少し赤い顔で私を見上げ、力強い声で再びこう告げました。
「僕は、アンジーのことが昔から大好きだった。今はまだアンジーより弱いけれど、必ずいつか強くなって君の理想の男になってみせる。だから・・僕の傍に居て、一生僕にその笑顔を見せてほしい。」
アズリエル様からの熱いその告白に、私の心もまた熱くなるのを感じます。先程まで抱いていた不安は一気になくなり、幸せな気持ちが胸一杯にこみ上げてきます。
「・・私より強くなるのは、並大抵の努力では無理ですよ?」
「!?そ、それはつまり・・?」
「ええ・・。その時まで私、気長に待つことにいたしますわ。・・貴方の傍で。」
私がそう答えると同時に、アズリエル様はぱあっと一気に顔を明るくして、「やったーーー!!!」と叫んで私に抱きついてきました。そんな彼の身体を、私も笑って受け止めます。
その様子を見ていた同級生たちは、一斉に歓声を上げ、先生はアズリエル様に「キスしろ!!キス!!」とヤジを飛ばします。・・先生、貴方貴族ですよね?
「・・納得いきませんわ!!アズリエル様より、私の方が強い!!つまり、私の方がお姉様と結婚する資格を持っているはずです!!」
しかし、歓迎ムードの中、ルルだけが一人抗議の声を上げました。そして、そのルルの声に、意外なところから擁護が入ります。
「・・確かに、その意見には一理ある。なかなか良いことを言うではないか、小娘。」
「ゼ、ゼル君!?いきなりどうしたんですか!?」
突然私の影から飛び出したゼル君に、私が目を丸くすると、ゼル君は私に恭しく一礼した後、こんなことを言い出しました。
「・・すいません。アンジェリカ様。主の幸せを祝福したいと思っていたのですが、私、案外嫉妬深いようでして、アンジェリカ様の傍に居る存在は、あくまで私だけでありたいと思ってしまったのです。」
え?それってどういう・・。
「つまり、私も貴女のことが好きだということです。アンジェリカ様。」
「・・え?ええええええええ!?」
突然のゼル君の告白に再び混乱する私の肩を抱き、アズリエル様がゼル君を睨み付けます。
「ちょっと!!僕が告白した後でそんなこと言うとか、ずるくない?言っておくけれど、いくら魔王でもアンジーを渡すつもりはないから。」
「それはこちらの台詞だ、小僧。」
「ちょっと!!私もお姉様のこと諦めていませんからね!!」
突然私を巡ってにらみ合いを始めた三人に、私も周りの方々も皆ついて行けずに困惑しています。そんな中、ミカルダ様だけはいつもの様子で、こんなことを言い出しました。
「それならば、今から三人で戦われて、勝利した者が師匠と結婚する、ということでよろしいのではないですか?」
「「「それだ!!!」」」
ミカルダ様のその提案に、三人は声をそろえてそう言いました。そして、早速当事者である私を置き去りにしての戦闘が始まってしまいます。
「アンジーと結婚するのは僕だ!!喰らえ!!『神罰』!!」
「それしきの魔法で魔王を倒そうとは片腹痛いわ!!『揺るぎなき忠誠』!!」
「聖女の力、思い知れぇぇ!!『煌めく純愛』!!」
私は、しばらく呆然とその光景を見つめておりましたが、その内ふつふつと何やら名状しがたい感情がわき上がってくるのを感じました。
・・ああ、どうしましょう。私、どうやら強くなるため修行を重ねるうち、少しばかりおかしくなってしまったのかもしれません。
なぜなら、今、私はあの中に混じって戦いたくて仕方が無いのですから!!
「ちょっと!!三人とも、一旦私の話を聞いてくださいませ!!」
私がそう叫ぶと、三人は一斉にピタリと動きを止め、こちらを見つめてきます。そんな三人に、私は満面の笑みを浮かべ、こう言いました。
「どうせ戦うなら・・この私も混ぜてください!!そして・・もし私と結婚したいなら、この私を倒してからにしてください!!」
ー『聖女伝説2』でも、トゥルーエンドを見るためにはラスボスである魔王を倒す必要があります。しかし、その魔王がここにいる今、魔王より強い存在がラスボスとして現れるのは当然ではないでしょうか?
私は、こちらへと向かってくる三人を前にして、ラスボスらしく大きく手を広げ待ち構えます。
さあ、どこからでもかかってきてください!!私の鍛え抜いた女子力(物理)をお見舞いしてあげますよ!!
『悪役令嬢の女子力(物理)、完』
この作品はこれにて完結となります。楽しんでいただけたでしょうか?
思った以上に多くの方に読んでいただけたこの作品、私にとっても大変思い出深いモノとなりました。
もし要望があれば、一応続編の構想も考えてはおりますが、この作品はこれで完結させた方が綺麗な気もするので、正直微妙なところです。
そして、これからは再び元々書いていた『神様の遊戯盤の上で』を完結させるため、執筆作業を進めていこうと思っております。こちらはまだこの作品ほど評価はされていませんが、個人的にはかなりの愛情を込めて書いていた作品なので。作風はかなり違うため、この作品を読まれた読者の方に受け入れられるかは不安ですが、よろしければこちらも是非お読みください。
改めて、この作品を最後まで読んでいただけたこと、感謝いたします。これからも、どうか応援いただければ幸いです。