8/4 各自、動き出す
エルとジルは全力でエイヴァのご機嫌を取っていた。だがしかし頬を膨らませあからさまに不機嫌ですと拗ねているだけなので間もなくころりと機嫌を直すだろう。むしろエルとジルに二人掛かりでかまわれて既にちょっとうれしそうに口の端がむずむずしている。実に単純で助かる人外である。なのでそちらは二人に任せて、私は腕の中の少女に視線を戻す。さっと視線を走らせたが外傷はなし。顔色も異常はない。
というか、まあ、この少女、たぶん落下してきた当初は確かに失神していたのだろうけれども、現在は気絶からすやすやと健やかな睡眠にそのまま移行している。エルまでそろって今の今まで不審者疑惑は出せども、彼女の状態を心配するそぶりを見せなかったのは、あからさまに彼女が健康そうだったからだ。この異常な状況を全く関知せずに熟睡できるとはもしかして彼女は大物なのかもしれない。
ともかく。再度軽く確認をしてもやはり彼女は健康なようだったのでとりあえず安堵の息を吐く。それからエイヴァがころりと機嫌を直したころ合いを見計らって、声をかけた。
「エル、ジル。このままここにおいておくわけにもいきませんし、私はとりあえず、この子をランスリー本邸に保護いたしますわ」
それにぱっと二人が振り向く。
「え、なら僕が……、いや、女性だもんね、シャロンの方が安心できるか……」
「そういうことね。まあ体調に異変はなさそうですけれど、診察にしろ話を聞くにしろ、……害意があるにしろ、私の方が対処しやすいことに変わりはないわ。……エイヴァの機嫌がせっかく直ったようですし、『森』に行かないというのはちょっと、ね。エル、ジルも、エイヴァのことをお願いいたしますわ」
「まあ、そうなりますか……。ただの不審者であればこちらの管轄ですが、異世界の者となると……何もわからないうちに安易に王都へは招けませんからね。陛下への報告は……」
反論しかけたエルは自分で回答に思い当って撤回する。ジルもこめかみを抑えながら同意した。
そう、これこそが私が彼女を『異世界人である』と早々に判明させたかった理由だ。ただの不審者であれば国で裁かれるなり尋問されるなり、あるいは保護であっても一介の公爵家が出張る理由には弱い。だがしかしそれが『得体のしれない異世界人』であれば話は別だ。建国から武力面で王家を支え、且魔術において右に出る者はいないランスリー家で保護、あるいは調査するということに妥当性を見出しやすくなるのだ。
ともかくも、私は最後にわずかに思案したジルに答える。
「そちらも問題ございませんわ、ジル。――ディーネ、ランスリー邸に先触れを。それから陛下にも一報を」
「はっ。了解ですお嬢」
打てば響くように返答があった次の瞬間にはすっとディーネの気配が消え去る。現在すでに実用化されている転移魔道具を発動させたのだろう。
「ノーミーはこのままエルたちについていて。私は彼女の荷物を軽く確認だけして、屋敷に戻るわ」
「はっ。了解しました、お嬢」
続けてノーミーへも指示をすればこちらも瞬時に了承が返り、限りなく薄まった気配がエルの方へと移動する。
「ありがとうございます、シャロン。本当なら私も一度王城へ戻るべきでしょうが……エイヴァは待てなさそうですね」
「そこも含めてディーネならば伝えてくれますわ。陛下もエイヴァのことはご承知ですもの」
わずかに苦笑したジルの視線の先でエイヴァはもう『森』に突撃する気満々どころか早く早くと焦れてきている。そろそろ本当に待てなさそうだ。
「シャロン、荷物ってこれだよね? なんだか変わった人形……? オモチャ……? みたいなのがたくさんついてるけど」
そうしてエルは、少し離れた場所に投げ出されていた学生かばんを持ってきてくれた。確かに、ストラップやチャームがしゃらしゃらと揺れているそれは、この世界では珍しいだろう。私は未だに腕に抱えたままだった少女を一時だけエルに預け、悪いとは思いつつ事態が事態なので、カバンの中を改める。仮にも異世界からきているのだし、界を渡った時に変なものがまぎれてしまった可能性もあるのである。
だがしかし教科書に筆記具、スマホと財布、化粧品などが入ったポーチにお菓子が入っている袋、ブックカバーがかかった本。とくにおかしなものは見当たらなかったのでよしとする。
「その薄い……板のようなものは一体……?」
ジルがスマホに興味を示していたが、答えるわけにもいかない。私が知っている頃よりもさらに薄っぺらくなったように感じるそれを持ち上げ、首をかしげておく。
「さあ? 異世界特有のものかもしれませんわ。おかしな気配は致しませんから、彼女が起きてから詳しく聞いてみるしかありませんわね。……本当に、今にもエイヴァが弾丸のように飛び出しそうですし、私はそろそろ行きますわ。ジル、エル、ノーミーも、こちらは頼みましたわ」
「ええ、……そちらも、お気をつけて」
「エイヴァ君のことは、何とか頑張るから」
「エル坊ちゃまはこの命に代えてもお守りします。お嬢、心配いりません」
「なあ、行かぬのか? 我、もう遊びたい! なあ、なあなあ!」
焦れに焦れているエイヴァを除いた私たちは視線を交わし、うなずきあう。そうして私たちはそれぞれに、動き出したのだ。




