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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第六章 世界の澱
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6/67 きっと、いつかどこかで救われる(ソレイラ視点)


 ああもう仕方がないなと、観念した。


 どうして、この少女にあれほどまでに姫様が傾倒するのか。王子殿下や平民のエイヴァ殿、クラスメイトの皆様、王族や教員歴々。多くの人々がどうしてこのたった一人の少女を特別視しているのか。


 傲慢で、自信家で、一歩も引かなくて、謙遜すらしなくて、実際に実力を持っていて、どこまでも輝くような人だ。地位もある。権力もある。美貌もある。ひとが欲しいと思うおよそすべてを手中に収めた少女。


 きっと敵も多いだろう。私のように、内に隠した敵意を、それこそ私などよりよほど上手に秘めているものだってたくさんいるのだろう。


 でも、彼女はそれ以上に愛されている。慕われている。いっそ、異常なまでに。


 なぜだろうと思っていた。理解ができなかった。でも、もう私も人のことを言えはしないだろう。


 ずるい。『ランスリー』の人間は、本当に、ずるい。


 だってほしい言葉を欲しいときに、何でもないことのようにくれるのだ。


 強くなりたかった。理不尽が嫌いだったから。


 でも、強くなれなかった。目指す『強さ』を得られなかった。だって変えようもなく私は女で。……もちろんヴァルキア帝国には女騎士もいるし、実際に祖母も母も騎士の位をいただいている。だが、数が多いわけではない。武の国、と言われていても、言われているからこそ、けれどどうしても体格差や体力の問題で男には劣るそれを、魔術で補っているものは多くて。


 でも、私はどうしようもなく魔術が苦手だった。適性はある、使えないわけではない、でも実践には耐えない。このメイソード王国ほど魔術使いは多くない。貴族に必ず必要とまで言われるステータスであるわけでもない。でも不利なのは変わらなかった。……ずっと、ずっと見習いで。見習いの中でも『落ちこぼれ』と言われる班に割り当てられていて。あきらめろと言われた時もあった。下卑た視線や言葉、誘いをかけられることも、あったのだ。


 変えたのはたった一人の言葉。今でも思い出せるのだ。直接の会話ではない。こちらは見かけただけ。きっと聞こえているなんてあちらは思ってもいなかった。その程度の距離があった。でも口の動きと風向きで聞こえた断片的な音に理解は難しくなかった。


『ああ、これはお見苦しいものを。あれは見目だけの集団ですので、我が国の戦力などと思いませんようにお願いしますね』


 偶然通りかかった集団。そういったのは、我が国の貴族のうち一人だった。悔しいと思うより先に、諦念が浮かびそうになって、そんな自分に嫌気がさした。でも、その時。


『使い方次第、考え方次第で人は変わる。男女も見目も関係ありませんよ。……才能は万能ではないのだから。うかうかしていれば倒されてしまう』


 見た目にたがわぬ柔らかい声でそういったのが、ランスリー公だった。


 その時どうしてか、泣きたいくらいに衝撃を受けて、あきらめるのを、私はやめた。

 その後私は『身体強化』に出会い、極め、今、この地位まで上り詰めたのだ。


 そしてまた、彼と同じ瞳の少女が私に言う。


 私が彼女を憎んでも許せなくても認められなくても、いいのだと。

 『あなたは強い』と。『あなたを信頼している』と。


 ずるい。ずるい、ずるい。だって、ひたすらに傲慢なだけなら。それらが狙って与えた言葉だったなら。『ランスリー』を純粋に憎んだままでいられたのに。


 彼の言葉が、彼女の言葉が、うれしかったから、仕方がない。


 私は私の心のまま、憎いけれど許せないけど認められないけど、彼女を信じて、敬意を表す。その矛盾の同居を許す。


 今は、まだ、それでいいのだと、やっと、思えた。


「っは、あははっ、」


 ふいに、笑いが込み上げた。手は止めることなく魔物を切り裂き吹き飛ばすのに、口元からはこらえられない笑声が上がる。すると同じように魔物を惨殺しながら微笑んでいたというのに、隣の少女はドン引きしましたとばかりに訝しげだ。


「えっ。大丈夫? どうしたの。主に頭」


 失礼な少女である。いやこの場合仕方がないのかもしれないけれど。だが、本当に、笑えて仕方がないのだ。


「ふ、ふふっ、本当に、あなた様は、規格外ですね!」


 考えすぎてしまう悪いくせ。自覚はしていた。でも止められなかった。どこが出口かもわからないから。


 しかしこの少女はいきなり横からやってきて、思考の天井をぶち抜いた。なるほど、『魔術がだめなら、殴ればいいのよ』で一世風靡した女性を母に持つだけはある。暴力的で突き抜けている!


「なんでしょうね、そこはかとなくむかつくわね。まあ、『光栄よ』と答えておくわ」


 実に微妙な顔で炎魔術を乱れ打ちしながら答えるシャーロット様。しかし、その声がどこか楽しげなのは、勘違いではないのだろう。


「く、ふふ。あなた、本当に、十三歳なのですか?」


 跳ね上がって、斬撃で魔物の首を斬り飛ばす。


「どういう意味なのかしら。それ以外の何に見えるという、の!」


 シャーロット様の刀が纏う黒炎が、うず高く燃え上がって扇状に魔物の群れを焼き尽くす。


「老獪で、豪快な、武将の、よう、ですね!」


 巻き起こった爆風、さらにシャーロット様の魔術で補助を受け、天高く飛びあがった私は、広範囲に無数の斬撃を飛ばして魔物を確実に仕留めていく。


「どこかの糞王子と! 似たようなことを言いやがる! シバキ倒しますわよ!」


 舞い降りる私と交差するように天に舞い上がるシャーロット様は天空からこちらを狙う魔鳥を次々と光魔術で撃ち落とした。


「っははは、受けて立ちましょう! 私はあなたを、倒して見せますよ!」


 そして、再び、背中合わせ。少女が後ろで、笑った気配がした。


「……いい顔になったじゃない、ソレイラ」


 いつくしむような声だった、気がしたけれど。振り返りはしなかった。ただ、剣を振るう。


 ――そして、どのくらいがたったのか。とうに生徒の避難は完了して、何度目か、教員と交代しながら魔物が街に近づくことのないよう食い止めて。


「……来たわね」


 回復のために結界内に戻った時だ。つぶやいたシャーロット様と同じ方向を仰げば、いつ設置したのか――おそらく、もともとは生徒たちも使用した転移門を経由して魔道具を運んだのだろうが――巨大な転移門がそびえていた。


 そうしてそれが輝くのは、まさに転移が発動している証拠。


「――お待たせしました。さあ、終わらせましょうか」


 美しく笑うジルファイス第二王子殿下が、王宮魔術師団と騎士団を引き連れて、到着した。
















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