6/66 理解されたって変わるはずもない事由を、それでも(ソレイラ視点)
目の前の少女は、淡々と魔物を殲滅しながら言うのだ。
「だから、あなただって、『ランスリー』を、許せないものを許さなくたっていいのよ。別に、あなたの私への態度だって、ちょっと冷たかっただけで、最低限の礼儀と義務は果たしていたのだから、問題なんてなかったじゃない。シルヴィナ様があんまりにも私に親しくしてくださるから温度差が目立っただけで、ただただ皇女の留学と留学先の公爵令嬢という関係性でしかなかったならほとんどの人間が気付かなかったでしょう。それだけとりつくろえれば十分だわ」
そうしてニッと、笑った顔は年相応に無邪気にも見えるのに、幾重にも年月を重ねたような貫禄をも感じさせた。切り飛ばした魔物の首から噴き出す真っ青な体液が弧を描いて噴き出す光景も相まって、現実なのかそうでないのか、わからなくなるような錯覚を抱く。
少女は笑うまま、続ける。
「もちろん、折り合いをつけたければつければいいのよ、時間をかけて。つけられないならぶつかるか、距離をとるか、手法はいくらでもあるわ。理不尽を無条件に許そうとする方が心は疲弊する。のちのち面倒くさくなること請け合いね。だから今、許せないならそれでいいわ」
「……いいのですか。あなたは、それで」
私のかすれた声は、この状況下でもシャーロット様に届いたらしい。
「いいのよ。だって、人間なんてそんなものでしょう。憎しみだって妬みだって糧にして前に進めればすべては必要だった感情よ」
あっけらかんという、少女。子供といっていいはずの年齢の公爵令嬢。世間を知らないから、苦しみを知らないから、そんなきれいごとが言えるのだ、なんてなじりは、声にすることはできなかった。
けれど、そんな私の心うちを読んだようにシャーロット様は。
「きれいごとは嫌いじゃないの。きれいごとを悪いとも思わないわ。誰だって優しい言葉と世界が欲しいでしょ。でも人間も人生もきれいなだけじゃいられないのが現実よね」
「……そうでしょうね」
美しいだけで生きられるならば、だれもが幸せだろう。でもそうじゃないから、もがく。姫様がもがき、進んだように。私が、もがいているように。
苦み走った声で返した私に、どこまでも軽い調子のシャーロット様には、何の気負いもみられないけれど。
「でもいいじゃない。矛盾していたって、そんなものよ。考えて苦しんで悩んで進めばいいでしょう。間違えたってかまわないのよ。立ち止まったって別にいいわ。落ち込むこともあるでしょう。いつまでもそれじゃあ、ダメだろうけど。前を見て、一歩でも進めたならそれで十分」
そうだろうか。そう、なのだろうか。
「……でも、自力で進めない、場所もあります」
だって私はいつまでも、同じところで立ち止まったままだ。ぐるぐると考える、悪いくせ。でも、出口なんて見つからなくて。だから、だからこんなにも。
「一人でダメなら誰かに引きずってもらえばいいじゃない」
シャーロット様の答えが、衝撃的だったのだ。
「一人でやろうと二人でやろうと、もっと大勢だろうと、一歩前に出れば次も歩ける。そのうち一人でも歩けるようになるわよ。人は成長する生き物なのだから」
そうでしょ? と小首をかしげるしぐさは愛らしいのだろう。彼女単体を見れば。場所は戦場で周囲は魔物の死体でその死体の山を築いたのは当の少女というのがその愛らしさを相殺するどころか恐怖しか感じない凄惨さを見せつけてくるけれど。
しかしそんな光景を前にしても、彼女の言葉から受けた衝撃が大きすぎてそれどころではなかった。
「……あ、ああ、」
息のような声しか出すことができない私に、おそらくシャーロット様は気づいている。しかし気にするそぶりも見せない。
「だから、あなたはその心を今すぐどうこうしなくたっていいと私は思うわ。私は気にしない。あなたが何を思っていようと、今進めなかろうと、別にいいのよ。だって今、必要なのは戦力で、あなたは強い。守り方を、知っている人よ。その事実だけで私もあなたに背中を預けることができる。それを私も、『信頼』とよぶわ。あなたが私を許せなくても認められなくても、それは変わらない」
――それで十分なんじゃないの、お互いに。
何かが許せない。認められない。そんなソレイラに、少女はそれでいいという。
どうしたいのかもわからないソレイラに、どうもしなくていいと彼女は笑う。
ただ、背中を預けて戦える。その事実があるならば。
……そうなのだろうか。
そうだったのだろうか。……ああ、私はいつから、
こんなにも単純な事さえもわからないほど、盲目になっていたのだろうか。