6/61 道はない、それでも(ソレイラ視点)
ランスリー嬢は基本的に理路整然とした合理主義者だと私は認識していた。しかし、先ほどの発言は残念ながら私には理解が及ばなかった。
え? 魔力を、回復……?
ちょっと意味が分からない。何故なら、魔力には個人個人の『個性』があるというのが常識だ。魔道具に注ぐ魔力が『個性』を持ち、補充を拒むように、人から人への魔力の受け渡しも、不可能なのだ。不可能な、はず。なのだ。
しかし規格外を地で行く公爵令嬢はやはりここでも規格外でしかなかったようである。
「時間がないから詳細は省くわ。わが商会が開発した魔道具用の新技術の応用よ。つまり私は魔力の受け渡しができる。それだけ理解していれば問題ないわ。疑問は飲みこみなさい」
「なるほど」
うって響くように私が返した言葉は短いもので、しかし肯定を含んでいた。なぜならば考えることをあきらめるのが正しい選択だと、この時私は懸命にも判断したのである。疑問はいっぱいであるが、捨て置けと既にバッサリと切り捨てられている。私はこの期に及んで時間を無駄にするほど愚かではないつもりだった。
「……」
「……」
ランスリー嬢は無言で、そんな私の手を取ると、聞き取れないほどの声で言霊を唱える。するとつながれた手が淡く輝き、温かい何かが急速に流れ込むのを感じた。さすがに、わずか、瞠目する。信じていなかったわけではない。この令嬢はやるといえば必ずやるのであろうことは既に知っていた。
それでも、私の中の常識が驚きを隠せない。けれど現実として、急速に回復していく、私の魔力。なるほどおかしい。何がどうなれば魔力の持つ個性を無視して拒絶反応もなくこうもすんなりなじんでいくのだろう。意味が分からない。しかしこの疑問は既に捨て置けと言われている以上答えを得られるわけもない愚問である。
「……あなたは、剣も、使えたのですね」
ゆえに、沈黙に耐えられず、思わずこぼしたのはそんな言葉だった。そんな私に視線を向けるでもなく、魔力の回復に集中しながら、何でもないようにランスリー嬢は答える。それは答えてくれるのか……と思ったが、口には出さなかった。
「そうね。言ったでしょう、ディガ・マイヤー先生もかつてわがランスリー家に仕えていたの。その時に、一通り修めましたわ。それに、私……」
「……?」
不自然に開いた間に眉を顰めれば、にいっと笑った少女と目が、合った。
「私、『血まみれ聖女』の娘ですもの」
……。
「は?」
ちょっと意味が分からなかった。しかしランスリー嬢は淡々としている。真顔だ。
「『血まみれ聖女』ですわ」
「は?」
「母、ルイーズ・ランスリーの異名ですわね」
「は?」
「なみいる不埒な男をその拳で沈め、夫婦喧嘩では常に勝利をおさめ、数々の家具を破壊し、鼻血の海を作って微笑む聖女ですわ」
「せいじょ」
「母の適性魔術は光でしたのよ。特に癒しの魔術は他の追随を許しませんでしたの。攻撃魔術は得意ではなかったのですけれど……『魔術がだめなら、殴ればいいのよ』の名言で一世を風靡しましたわ」
「いっせいをふうび」
「ええ。殴って治療して殴って回復させて殴って治して殴って蘇生して殴る。確実に心を折りに行くその姿勢はだれもが尊敬したと聞いておりますわ」
「……」
「――だから、私は、強いわ」
真顔で言うランスリー嬢。嘘、には見えない。何もかも。ただただ事実を語る、少女の作り物のように美しい顔に、知らず、魅入る。その間にも魔力が満たされていく。淡く輝く手が、その光をゆっくりとおさめ、そして離された。私はランスリー嬢を、見下ろす。
彼女は言った。ただの事実だと、淡々と。
「私、強いわ。普通じゃないもの。でも、私だけでは、すべてを守れないのよ」
だから、と、彼女はつなぎ、刀を構え、結界の向こう、魔物の群れを見据えた。
「ソレイラ、あなたの力が必要よ。全員で、帰る。あなたも。……あなたの主だって、死ぬなと願ったでしょう?」
あきらめることは許さない、と彼女の横顔は語っていた。私は彼女を見て、己の手を見下ろし、そして目を一瞬とじる。
開けば、そこは変わらぬ戦場。美しい紫の瞳の少女は言った。
「主に願われたのなら、何をしてでも叶えなくては。そうでしょう?」
『死なないで』。そういって、毅然と歩きだした、小さな主。もはや箱庭にとらわれたお姫様ではない、ヴァルキア帝国第一皇女。彼女は、変わった。自分の足で、立てるようになった。強く、なった。ああ、だから、私も、もう。認めて、変わらなければならないのだ。
「……わかっています。私は、まだ、戦える。必ず守ると誓ったのだから。あの方の命も、心も。だから、感謝を。―――――――シャーロット様」
五分。エルシオ殿が持たせてくれた時間きっかり。私たち二人を覆う結界は、はじけるように、解かれた。