6/57 秘たるを、見ている、(ソレイラ視点)
初めてシャーロット・ランスリー嬢に出会ったのはこの春。二年前、姫様の専属騎士に任命されたのは、姫様とランスリー嬢との邂逅後、使節団が帰国してからであったのだ。
話は多く聞いていた。口々に人々が称賛する令嬢は、よほど魅力的で素晴らしい人格者であると。……ヴァルキア帝国には、私と同じような立場の者など珍しくはない。
『紫の瞳の鬼』。そう呼ばれた、男。苛烈な魔術の使い手。最も恐れられた戦場の魔術師。殺された、私の、祖父。多くの同胞。
だからそれらを踏まえても、我が国の貴族の心をつかんでいった少女の人心掌握力を侮れないと思った。
美しい少女、だという。深い見識と巧みな話術と紳士的とすらいえる優雅な物腰の人物だと。そうして、その瞳は宝石を思わせる、アメジストであると、聞いていた。
――それらの評価は、おおむね正しかったと、初対面を終えた私は思った。ハッとするほどの美貌と、市民に親しまれるその人柄。……優雅さについては、まあ、あれは、姫様があれだったので、割愛しよう。あれは仕方がなかったと私でも思う。
けれど、同時に戦慄したのだ。美貌、見識、礼儀。様々なものを兼ね備えている少女は高位貴族の……王女のいないメイソード王国においては淑女の看板でもあるであろう『公爵令嬢』として、これ以上ないほどに十分な資質を示していた。
何も知らなければ称賛でいい。感嘆だけで十分だ。
けれど、彼女は『ランスリー』だ。
『魔術の天才』の名をほしいままにする少女。――『鬼』の子。『紫の瞳』を継いだ少女。
なのに、感じなかった。
全く持って、その秘めたる実力が、目の前に立っていた少女から、測れなかった。
その片鱗は見えたのに。あの春の日、姫様の暴挙の後で連れていかれた別室の中、はられた結界は確実にあの少女によるものだっただろう。それを、あの時ジルファイス第二王子殿下も、当のランスリー嬢も、エルシオ殿も、明確にはしなかったけれど。それでも、結界から読み取れた精密さと性能は肌が泡立つほどのものだった。それをたった一瞬で張り、途中まで結界が存在することすら私にも気づかせないその力。
恐ろしいと思った。姫様と同い年の少女を、決して侮ってはいけないと心に刻んだ。
観察眼には、自信があるのだ。私は女だ。加え、魔術や遠距離攻撃は得手ではない。私を幼い頃鍛えたのは祖父だが、常に言われていた。
『相手の実力を見極めなさい。それがお前の、生死を分ける。見なさい。気づきなさい。格上相手でも、それだけで活路が開けるのだから』と。
だから、私は『見る』。人を。その挙動を。その視線の流れを。思考を探る。予測する。先を見る。些細なことに気づけるように。一歩先に出ることができるように。隙を見逃さないように。
それは、姫様の専属騎士としてそばに仕えるうえでも役に立った。
けれど、ランスリー嬢のそれは、見えなかった。その実力も。思考も。実力者であることはわかる。けれど見通せなかった。彼女の実力は私より上か否かさえも。
私は、一層彼女を警戒したのだ。
そして学院に行けば、さらに警戒は増すことになる。さすがは名高いヴェルザンティア王立魔術学院。実力者は多く、教師の質も高かった。その中で高い実力を誇ったのは五名だ。言わずもがな、シャーロット・ランスリー公爵令嬢。エルシオ・ランスリー公爵令息。ラルファイス・メイソード王太子殿下。ジルファイス・メイソード第二王子殿下。そして、今生徒たちの結界を強化することに尽力している、エイヴァ殿。
身分は平民であるというものの、平然と高位貴族の間に交じり、その実力は遜色がない。……どころか、彼の底も、私にはまた、見通せなかった。
エイヴァ殿は常に腕輪をはめている。推測はしていたが、先ほど結界を張るためにその腕輪を外したところから、魔力抑制の魔道具の類であるのだろう。その腕輪をしていてなお、他を圧倒する実力なのだ。
一見、エルシオ殿やジルファイス殿下の方が魔力量が多く、高い実力を持っているように見える。けれど真に危険なのはあの白髪の少年だろう。その実力の予測ができる、多少なりとも思考の読めるほかの方々に比べて、エイヴァ殿は異質だ。
何がどうとは言い切れない。平民ゆえの感覚の違いであるといわれればそうであるかとも感じられるが、私は騎士爵出身だ。根底に限りなく平民に近い感覚を持っているのだ。
シャーロット・ランスリー公爵令嬢。
エイヴァ殿。
この二人は、私が学院で最大級に警戒する人間だった。
それでも、警戒がランスリー嬢に偏ったのは、あからさまに姫様が慕っていらっしゃるからに他ならない。エイヴァ殿とランスリー嬢の力関係を見た結果、明らかにランスリー嬢が優位になっているという事実も踏まえてはいるが。
そしてそこに絡む、個人的な、確執。
ランスリー嬢が、それを『知っているか』を私は知らなかった。けれどおそらくは、彼女は『知って』いるのだろうと今は思う。
どうしても、許せないと思う。心のどこかが、常にいら立つような感覚を持っている。
だからかかわりたくなかった。姫様にも、かかわってほしくはなかった。
ランスリー嬢は得体が知れない。底が見えない。『鬼の子』にふさわしい、恐ろしいほどの実力を秘めていて、おそらくはそれは私を凌駕する。私がいつくしむ姫様が、彼女に必要以上に心を許すことが、どうしようもなく、恐ろしかったのだ。
だから。
だけど。
……だけど。