6/55 化け物どもの、宴(ソレイラ視点)
「さあ、ぶちかますわよ。――エル、私たちから、離れないようにね?」
「わかってるよ、大丈夫」
「我はいく。上からの方がやりやすいからな」
十代前半の子供といっても差し支えない彼女たちは、ひどく手慣れた調子で笑っていた。さながら百戦錬磨の猛将のようである。好戦的だ。そして役割分担通りに、迅速に陣形を組む。
防御担当のエイヴァ殿は、腕輪のようなものを外して地面をけったと思うと風を巻き起こして上空へ駆けあがる。結界の強化に向かったのだろう。一方回復・浄化担当のエルシオ殿は一歩下がって、抜け目なく全体を見渡す。そして、
「ソレイラ殿、私がまずは大きく攻撃しますわ」
私と肩を並べる美しい少女は、私を見上げて笑った。
「……わかっております。お早く」
短く返せば、もちろん、と凛々しい声での応え。見据える先には、生臭さの混じる澱んだ風が吹き荒れて、土煙とともに迫る。
――――――――ギシャアアアアアアアアアアァァァァァァァアアアアアァァァァァァァアアア――――――――――――
劈くような咆哮が、すでに近く。極彩色の異形の魔物が、その姿を視認できるほど。それらは八本の手足、あるいは天を突く四本の牙、あるいは滑る鱗、あるいは四枚の翼、あるいは三つの頭、あるいは形容しがたい触手状の何か、ヘドロのような体液をまき散らすモノ、眼球だらけの頭部……。
おぞましい化け物どもの、群、群、群。耐性のないものであれば、これらの姿を目にした時点で吐き気を催してもおかしくはない。事実、結界に守られているはずの背後の生徒達は再び恐慌に陥りかけている。何とか、持ちこたえてはいるようだが。
しかし傍らの少女にはそれらすべて、特に問題ないことであったようだ。歌うように唱えた。
「――すべてを焼き尽くす光よ……」
美声である。生き生きとしているね、とエルシオ殿の声が聞こえた気がした。そして上にかざした右手に濃縮される、圧倒的なまでの魔力。
「薙ぎ払え」
瞬間。地平線の端から端まで。目もくらむような光線が走った。光が走った音が、私の耳に届く方が遅かった。
―――――――――――お゛あ゛ア゛ア゛ァァァぁぁぁぁァァアアアアアアアアア―――――――――――――――――
化け物の悲鳴が汚く響き、そしてきれいに真一文字に走った焼け跡と、焼失した大量の化け物。くすぶる黒煙。それらが発する邪気は、しかしすぐさまランスリー嬢の背後のエルシオ殿の唱える魔術で払しょくされていく。義姉のやらかした行為に動揺もなければ躊躇もなかった。手慣れている、とはこのことであろう。
「風と光よ――清浄をもたらせ」
風で巻き上がる邪気、虹色の聖気に打ち消されていく様は幻想的ですらあっただろう。背後では規格外の二連打に果てしなく遠い目をしながら、『ランスリー姉弟マジ最強』と呟いた教師陣がいたとか、『女王と貴公子まじ女王と貴公子』と一瞬にして冷静さを取り戻した生徒たちがいたとかいなかったとか……と、私が聞くのは後日である。
なぜならこの時の私は教師陣や生徒たちの達観を知る由もなく、むしろランスリー姉弟の規格外連携魔術攻撃を正確に視認することもなかった。ランスリー嬢の光魔術が炸裂すると同時に、抜き放った愛剣を手に、戦場へとその身を躍らせていたからだ。
身体強化を全身にめぐらせた私の速度はその場に残像を残すほどだ。ランスリー嬢が第一波を一掃したとして、あとからあとから魔物は湧いて出てきて、とどまるところを知らない。それが魔物の氾濫だ。
魔物どもは獲物と見定めた、生徒たちが密集する結界を目指し、どんどん迫り、集まってくる。
私はその先頭の異形に、肉薄し、強化した肉体はそのまま、―――一閃。
―――ドウゥギャアアアアアアアアンンンッ――――
ひと薙ぎで三十以上の魔物を吹き飛ばす。道が開く。『なるほどおかしい』と呟いた生徒がいたというのものちに聞いたが、この時点ではやはり、知る由もないことである。そして私が攻撃直後に飛びずさって距離をとれば、間髪入れずにそこを再び光魔術が飛来した。
吹き飛ぶ魔物、ほとばしる浄化の風と光。同時に私の全身を覆う薄い膜は、疲労を軽減させる治癒の魔術が組み込まれた、エルシオ殿の緻密に計算されたそれだった。
やがて、戦線は広がり、私は結界周辺をめぐり、ランスリー嬢のうち漏らした魔物どもを確実に仕留めてゆく――