6/54 私の忠誠はあなたのもの(ソレイラ視点)
目の前で繰り広げられる光景を、私はただ見守ることしかできない。姫様に避難誘導の指揮を任せるというランスリー公爵令嬢。戸惑い、ためらう、姫様。ランスリー嬢が強い言葉を吐いた時には思わず口を出しそうになったが、こらえた。
この緊急事態に、この上なく冷静に、的確に、必要なことをしようとしているのだと、わかっていたから。
「……必ず、無事で戻りますわね?」
「もちろん」
交わした言葉の最後。不敵に笑った、ランスリー嬢は、どこまでも自信に満ち溢れていた。姫様も、強い光をよみがえらせた瞳で答え、そして踵を返す。そこにいるのは、母国で初めて出会ったときの、どこか頼りないような、何かをあきらめたような、かわいらしいだけの姫様ではなかった。
そうして、彼女は私に命じるのだ。
「……ソレイラ」
「姫様、私は、」
呼ばれた名。それだけで、意図は伝わる。その程度の時間は、おそばで仕えていた。けれどそれでも、簡単に了承はできない。思わず声を上げるけれど、姫様はその強い光をたたえたペリドットの瞳をまっすぐ私に向けていた。
「ソレイラ、わかっているでしょう? あなたは、ここで、お姉さまたちとともに」
わかっている。たった三人であの魔物の大群に立ち向かおうとしているランスリー嬢たち。魔術特化の布陣に、剣術特化の私が混ざればさらに攻守の安定性が増してバランスもとれる。戦術の幅が広がる。それはすなわち、各自の生存率が上がるということだ。
それでも。
「……私は、姫様の、護衛です」
言いつのる。どうしても。どうしても、言いつのってしまう。結果は、見えているのに。
「そうですわ。あなたの主は、わたくし。だから命じるのですわ。そばではなく、離れて、わたくしを、守りなさい」
お願いではない。普段の暴走や強気な発言とは裏腹に、『命じる』ということが少ない姫様の、『命令』。確固たる意志。そもそも、結界に守られ、教師と上級生に守られ、自らも高い魔力を持ち、早急に学院という安全地帯に帰還する目途も立っている姫様と、ランスリー嬢たちの状況。どうするのが最も、『姫様』の安全につながるのか、火を見るよりも明らかなのだ。
それでも、もうずっと気まずいままの『かの少女』と行動を共にすることを避けようとしているのは、私のわがままでしかない。
……それも、きっと、姫様には気づかれているのかもしれない。私の不自然な態度をそれでもずっと、見逃してくれていた優しい主だから。
けれど、彼女は強くなった。この半年で、格段に。私の主は、その心が強くなった。不安に駆られても、最善を選べる。――だから、従うしか術はない。
「……仰せのままに、シルヴィナ様」
半下座に、首を垂れる。
迷いを切れば、あとは、動くだけだ。だから、
「――信じていますわ。だから、……死なないで」
踵を返した直後。聞こえた声に、思わず振り返りそうになったけれど、足早に去っていく気配に、私も歩みを止めず、前へ進む。
「――どうか、ご無事で」
ただ、そうつぶやく。
そうして、この期に及んで何かにぎやかに騒がしく言いあいながら青ざめたり二対一になったりなだめたりと忙しい、三人組のもとへ、私は加わったのだ。
ざっと、草を踏みしめる音に、ランスリー嬢たちは振り返る。その顔に浮かんだのはほんの少しの驚嘆と、納得。
「よろしいの? こちら側で」
問われる。無表情をデフォルトに、私は答えた。
「……私の主は、シルヴィナ様ですので」
「そう。そうですわね」
それだけを返したランスリー嬢とともに、私たちはもはやその姿をはっきりととらえることのできる、魔物たちを見据える。
さあ、出撃をしよう。安寧を脅かすものを残らずつぶそう。