6/50 美しければ、それで(シルヴィナ視点)
『箱庭のお姫様』だったわたくしに、そのお茶会でお姉さまが言いましたわ。
「――誰かに『どう扱われるか』よりも、『どうあろうとするか』なのだと思いますよ」
どういう流れだったのか、「あんまり、わたくしには難しいことは教えてくれないのよ」、なんて、冗談めかして話したのだと思いますわ。『愛されているんですよ』なんて、何度も聞かされた答えが返ってくると思っていたのに、お姉さまの言葉はそれとは全然違いました。
「わからないことは、『どうして?』と聞いていいと思いますわ? だって、知らされないって気持ち悪くありませんか?」
「でも……それは、わたくしのことを、思って、」
「そうですわね……。確かに、心遣いを踏みにじることかもしれません。でも、シルヴィナ様?」
「?」
首をかしげたわたくしに、お姉さまは微笑みました。けれど、声は真摯な響きで。
「私たちは、いつまでも小さな幼子ではないのですもの。『大人』は、いつまでも子供でいてほしいと願うものだ、などと聞いたことがありますけれど、叶わない夢想ですわよね。だって私たちは、そのうち大人になりますわ? ……今はまだ子供扱いされて、隠されて、甘やかされて、その方が楽でも……」
少々毒交じりでしたが、ああ、と腑に落ちた気がしました。
「そう、ですわね……」
「ですから、シルヴィナ様が『こうありたい』と望むのなら、周囲を困らせてでも、ちゃんと話した方が、いいですよ。……踏み込んではいけないところなら、叱られることもあるかもしれません。けれど、少なくとも皇帝陛下も侍女の皆様も。専属騎士の方々も、シルヴィナ様の味方なのですから。線引きは、学べばいいのです。……大人も、私たち子どもも、お互いに」
目が覚める思いでしたわ。神々しく微笑むお姉さま。惚れましたわ。その後の庭園の散策で、カッコいいうえに紳士でさえもあるお姉さまに陥落しましたわぁ!
取り乱しましたわ。
ともかく。そんな経緯を経て、父と激しい攻防を繰り広げ、今に至ります。脱箱庭ですわ。
――そんなお姉さまとわたくしですが、基本的に身分のこともあり、わたくしにはお姉さまもそれなりにお優しく接してくださっていたと気づいております。まあ、お姉さまはいつだって、だれにだってお優しいお方ですけれど。
でも、今、この、魔物の氾濫という緊急事態で、
「――それから私たちのクラス代表は、そうね。……シルヴィナ様。あなた様にお任せしたいのです」
他クラスにうなずき、次いでお姉さまはわたくしをじっと見据え、そういったのです。あの時と同じ、真摯な声で。
ソレイラの背中にかばわれて、顔色を悪くしていたわたくしは、びくっと肩を揺らしました。だって、迷います。ムリだと。わたくしは、まだ。
「お姉さま、わた、わたくしにはっ、」
「シルヴィナ様。あなたは、――『誰』ですか?」
真摯な声のまま。お姉さまは問うてきました。まるでズレたようなそれに、思わず間の抜けた声を上げてしまいます。
「……え?」
けれど。
「あなたは、『シルヴィナ・アセス・ヴァルキア』様。ヴァルキア帝国の、第一皇女様。……そうでしょう?」
「そう、ですわ……でも、でも、わたくしは、」
「……私、あなたさまは、我が国の国王陛下と同じ、矜持を持ったお方であると思っておりますの。そして私はあなた様の力を、侮ってはおりません。……あなたは確実にわがクラスの中心ですわ。……そうして、このような緊急時にこそ、皆の先頭、支柱になってこその皇族でもある」
「……」
めまいがするような、心地でした。けれどお姉さまは続けます。
「その力があると私はあなたを信じております」
「わたくし、でも、……っでも、お姉さまたちはここに残るのでしょう!? どうして、一緒にっ、わたくしだって!」
「――確かに、私はここに残ります。何故なら、あなたにできることと、私にできることは違う。戦場において、私は戦える。あなたは、足手まといにしかならない。避難の統率者とて、多きにすぎるは混乱しか生まない。それくらい、わかっているでしょう」
「……っ」
厳しい言葉でした。けれど、事実は事実。唇をかみしめ、震える。ソレイラが眉をひそめる気配がしたけれど、何も言うことはありませんでした。
「あなたには皆をまとめる力がある。私がそばにいなくとも。―――シルヴィナ様」
あなたは、もう、あなたの力をあなたのものとして、使えるでしょう?
どうしようもなく美しい、アメジストの瞳がわたくしを射抜きました。……覚悟を、決めます。実力でも。身分でも。のちに影響してくる権力の大きさとしても。わたくしが前に立つのが最も効率がいいのです。
恐ろしいけれど。不安だけれど。それでもわたくしは、いいえ、わたくしたちは、己の持ちうるすべてをもって、『全員で』生き残るために、動かねばならないのです。そう、わたくしも。
「……必ず、無事で戻りますわね?」
「もちろん」
不敵に笑った、お姉さまは、どこまでも自信に満ち溢れていたから。わたくしも、自信をもって、このクラスをまとめましょう。大丈夫。わたくしは、もうかつてほど、無知ではないから。
そしてわたくしは踵を返します。するべきことをするために。……だから、ソレイラにも。わたくしは、命じるのです。