6/46 えてして、崩されゆくもの
それに、最初に気づいたのは、私と、おそらくはソレイラ殿であったと思う。
のんびりと平和に、至極平和に行われていた校外実習。教師が用意した魔物――ぎょろっとした一つ目の、全体的にもじゃもじゃした生き物――を、一グループ一匹をノルマに魔術で倒すというのがその概要。まあ、作戦の打ち合わせだったり、ケガの有無の確認だったり、倒した後の教員からのアドバイスや批評の時間だったりに結構な時間をとられるし、魔物も弱いとはいえ、魔物なのだ。慎重であるに越したことはない。
なお、学年丸ごときてはいるが、実質クラスごとに分かれて実習を行っている。午前中に二グループ、昼を挟んで午後が三グループ。一つのグループが魔物に対峙している間はほかのグループは遠巻きに見守っている。
ちなみに結局私たち問題児四人組は見事バラバラになった。予想通り、シルヴィナ様はちょっとだけ駄々をこねたけれども、こんこんとソレイラ殿が言い聞かせ、同グループに所属することになった級友たちが、すかさず詰め寄ったのだ。
「シルヴィナ様、私達では確かに頼りないかもしれません」
「ですが、僕たちはシルヴィナ様と共に学びたいのです」
「今しか、できないことですもの。それに、シルヴィナ様がいてくだされば、わたくしたちも心強く、実習に臨めそうですわ」
「……シルヴィナ様は、お嫌、ですか……?」
我らが級友はこの一年で実に強かになったな、と私とエルは思った。眉を下げて寂しそうに、不安そうに、それでも笑う級友を前にプルプルと震えたシルヴィナ様のツンデレはもちろん華麗にさく裂した、とだけ言っておこう。
むしろ大変だったのは、安定のエイヴァである。知識を言動に活用できない、我らが最古の『魔』は本当に面倒くさいぐらいにうきうきしていてキラキラしていて実に楽しそうだったが、楽しそうだったがゆえに爆弾でしかなかった。
安全安心であるべき学校行事で破壊神の降臨を許してはなるまいと立ち上がったのは私とエルとジル。正確に言うとジルは後方で他人ごとみたいにさわやかに笑っていたのを引きずり込んだ。「ははは、エイヴァ係総出だな!」と国王は快く息子を貸し出してくれた。話の分かるチンピラタヌキである。
結果、三人がかりで行われた調教にエイヴァは幾分やつれていたような気もするが、多少しぼんでいた方が安全なので、好都合だ。私たち三人が意見の一致を見てそろってうなずきあったのは昨日のことである。
ともかく。そんな紆余曲折を経て本日、現在は四グループ目で、わがクラスでは問題児組が所属しない唯一の班が実にほのぼのと魔物を追い詰めて滅している。おおらかにして寛容なわがクラスの皆様は実はサイコパスなのだろうかと思うほどにほのぼのからの滅殺だが、ただの変態の悪影響である。変態には本気で対峙しなければ、こちらの心が折れてしまうのだ。
――だいぶ話がそれまくった気がする。戻そう。
そんなこんなで実習もいよいよあと一班――ちなみにエルの班――で終了する、といったころ。何かを感じた。気のせいと流すには、違和感が強かったそれに、ふと顔を上げたのが、私とソレイラ殿だった。
私たちはどちらからともなく視線を交わし、そして顔を向けた方向は同じだった。
――『森』。
ざわざわと、風が渡る音がする。空は晴れ渡っていたが、わずかに雲が広がり始めていた。私とソレイラ殿は、ただ、『森』を注視する。何も変わらない、先ほどまでと同じような、穏やかな草原と、そのはるか向こう、深緑の帯のようにしか見えない『森』。
気のせいだろうか。……気のせい、だろうか。私と、ソレイラ殿が、同時に、そんな勘違いを起こすはずがあるだろうか。
「……」
目を細める。呼吸をひそめる。級友たちの喧騒から意識を切り離し、五感を集中させる。ソレイラ殿が、無意識のようにシルヴィナ様を背にかばう位置に動く。そして、エルがそんな私たちに、気づいて、訝し気に、私たちの視線の先を追った。その時。
―――――――――――――――――――――――――――聞こえた。
私は、カッと目を見開く。
「実習中止!」
声を張り上げた。ざわつく周囲、しかし丁寧に対応をしている暇はない。
「先生方は警戒態勢! 同時に早急に転移門の準備を! 総員、態勢を整えなさい! 上級生は下級生を守りなさい!」
「姫様、こちらへ! 皆様方慌てずにお早く行動を!」
場に満ちる困惑、私とソレイラ殿の声が響く中、だれもが状況を理解しがたいという顔をする。
そんな中、私を見て、ソレイラ殿を見て、『森』を見つめたエルだけは、瞬時にハッと顔をこわばらせた。私とソレイラ殿もさらに顔を険しくしかめる。音と、振動は、もう。
「魔物の氾濫よ!」
――足音は、地響きともに、もう。
近い。