6/41 ただそこにあるのは事実だけ
何を今更。
それが、私と、そしてまだその場にとどまっていたジルの脳内に浮かんだ言葉であった。そんな怪訝に思う感情を察したのだろう。時間を気にしつつも、ソレイラ殿は重ねて問うてくる。
「どうして、私を……信用したのです」
子供のような戸惑いをにじませた声だった。けれど視線は真っすぐ、私を見ている。彼女の気性を表す、愚直さだった。私は一つ息を吐いて――
「ソレイラ殿。私は、わかり切った答えを言われなければわからないような愚鈍な人物だと、あなたを思ってはいませんわよ?」
私の言葉に、ぴくっとわずか、肩を震わせたソレイラ殿。空色の瞳が、ほんの少しだけ、揺れた。
そう。だって、わかっていないはずがないのだ。ソレイラ・アキト・ジッキンガム。彼女は騎士だ。それも、箱入り皇女の専属護衛として、学院内に同行することを唯一許されたほど、信頼も厚く有能な騎士。つい本日先ほどだって、二人掛かりの変態を相手に初見であるというのにシルヴィナ様を守ってその本分を果たしていた。魔術大国は確かにメイソード王国ではあるが、だからと言って他国で魔術に関する研究がされないわけでも、魔術を扱えるものがいないわけでもない。ソレイラ殿が、まさに身体強化という魔術を極めているように。
――だから、わかっているはずだ。生半可な魔術では、防御にも優れた魔術狂・ノーウィム・コラードには意味がなかったことも。そうであるからといって、大規模殲滅魔術を行使すれば、その威力に、増援部隊の上級生が張った結界では耐えきれなかったであろうことも。……シルヴィナ様の魔力量に目をきらめかせていた魔術狂にとっては、私自身が殲滅魔術に耐えうる結界を張る、たったそれだけが致命的な隙になるということも。
ゆえに、あの時はすでに動き出していたソレイラ殿に任せるのが最適であったし最速だった。状況を話で聞いただけのジルにだってわかっているのだ。その場で見ていたソレイラ殿に、わからないはずがない。
そういうわけで、私は今更なことをいちいち懇切丁寧に説明する気はない。ない、のだが……。
「……けれど、まあ、そうですわね」
これだけは答えておきましょうか。
そうつなげた私に、いつの間にやら唇をかんでうつむいていたソレイラ殿がバッと顔を上げる。
「私は、あなたの実力を信用しています。あなたは強い。……シルヴィナ様を守るためであるなら、なおのこと。それは事実。そこに私情は必要ありませんわ」
言い切る。それはゆるぎないものだから。
たとえ彼女が私を信用しなかろうと、認めなかろうと、純然たる現実として、私が変態二人を駆逐できる実力を持っていることを正しくソレイラ殿が認識しているのと同じだ。私は彼女の実力を、これでも正しく評価しているつもりなのだ。
迷子のように、ソレイラ殿が何度か口を開き、言葉を見つけ損ねたように、閉じ、――開いた。
「あなた様は、どうして――――――それでも、私はあなたを……」
と、そこで、
「ソレイラ? どうしたの?」
いつまでたっても馬車に乗り込んでこない護衛騎士を不審に思ったのだろう、シルヴィナ様がソレイラ殿を呼ぶ。ハッと主を振り向き、ソレイラ殿は「申し訳ありません! すぐに!」と返す。そして私とジルに深く一礼した。
「ご無礼をお許しください。これにて、失礼させていただきます」
そして、顔を上げた時には、迷子のような表情は消えていて。ただ苦み走ったように眉だけをゆがめていた。そうして、
「ただ……ランスリー公爵令嬢。それでも、私はあなた様を認められないのです。それだけは、非礼を承知で、お伝えしておきます」
告げて、もう一度深々、礼をしてから馬車の中へと消えていった、凛とした後ろ姿。颯爽としていた。むしろ風のようだった。その場にとり残されたのは私と、ジル。目の前で起こった鮮やかな撤収に、え? 言い逃げされた……? と呆然としている私たちは悪くはないだろう。
いや、偶然位置的に、というか計画的『偶然』によって聞き耳を立てていたと思われるわがランスリー家の御者がいたことはすごく悪かったかもしれない。ヴァルキア・王宮の御者は位置的に難しかったというか多分聞こえてしまってとてつもない形相をしている我が家の御者がおかしい。なんという般若の地獄耳。これは我が家の使用人の間でソレイラ殿が大炎上リターンズの可能性大である。昨日半壊した鍛錬場が本日全壊の危機を迎えるかもしれない。なんてこった。