6/40 おそらくは理解の及ばない事由を、それでも
「ソウデスカ」と、片言を発したきり、何かとても大切なものをあきらめてしまったかのように鎮まったソレイラ殿に、一応決定していた変態師匠連への処罰を伝える。
すなわち一年間の減給と一か月の謹慎。なお、謹慎期間は筋肉断ちと魔術断ちをしてもらうことになっている。この世の終わりのような顔をする師匠連が見えるようだ。きっとひどい断末魔を上げることだろう。見張りは国王と教師陣が頑張るといっていたという。なんという一蓮托生。諸刃の処罰である。……ちなみに、処罰は王国側と学院側とヴァルキア側の三方で決めたらしい。
そしてどうして私がそれを知っているのかと言われれば答えは簡単、わが有能なる『影』さんたちがどこからともなく私に耳打ちしていったからだ。余談だが、この時のヴァルキア代表には、学院長と私が、シルヴィナ様とソレイラ殿にした説明を、ほぼそのまま切々とラルファイス殿下が語ったらしい。
会議は紛糾したが……結局、彼ら師匠連は『有益』と判断され、今回もリストラの危機を乗り越えたようである。なお、学院側の変態接触阻止任務失敗につきその他教師連にも減給と反省文と再訓練のペナルティが課されたようだ。ただでさえ変態の禁欲生活の見張りという憂き目にあうのに、なんという追い打ち。泣きっ面に蜂がたかったうえに鳥がフンを落としていったかのようである。体調不良が生じたあかつきにはぜひわがアザレア商会印の薬を有料で提供しよう。ごひいきに。
……翻って学生側……つまり事情を把握していた生徒側の協力者である私たちは、現状で説明を任されたりなんだりとしている、というのが私とジルとラルファイス殿下へのペナルティで、エルはエイヴァのお守りをし続けることがペナルティだったようだ。エイヴァ自身は……うん、あれは変態師匠連とは別枠の特殊事例だから今回は例外である。ていうか、やさしく微笑むエルにずるずると引きずられて消えていった本日のエイヴァは、ここ最近再発して来た菓子泥棒癖にてとうとうわがランスリー家の良心たるエルをキレさせたようだ。ディーネとノーミーとエルに三方を囲まれて追い詰められて引きちぎられたカエルのような喘鳴を上げていたと報告してくれたのはもちろん『影』さんたちである。ざまあみろと声音ににじんでいた『影』さんたちはどれほどエイヴァに煮え湯を飲まされたのであろうか。
ともかく。
どうにも心の声は脱線して長くなったが、現実ではここまでの説明を、かいつまんで行った私。ペナルティをこなした私。超がんばった。ほぼしゃべらなかったに等しいジルには、この後シルヴィナ様を王宮にてもてなす任務が決定している。どういうわけか、何かを争い既にバッチバチに視線でしのぎを削っているが、ようやくシルヴィナ様が元気を取り戻してきて何よりである。キャパオーバーにつきこの説明会の中身は全然彼女の頭の中に残っていない可能性が濃厚ではあるが、そこはそれ、ジルとソレイラ殿が必要であればフォローをしてくれるだろう。
なんであれ、説明がひと段落し、シルヴィナ様の意識が変態の実態の真実から完全にそれ、ソレイラ殿がぐったりと理解をあきらめた時点で解散の空気が漂った。それを見逃す学院長ではなかった。
「本日はお疲れでしょうからのぉ、ゆるりと休まれて、また話があるのであればいつでも場を設けましょうぞ」
ほっほっほ。と好々爺の笑顔でテカリと頭頂部をきらめかせながらひげをわっしわっしとなでつける学院長を見た視線は、三つが冷めていて、一つが死んでいた。そして学院長の目も漏れなく、うつろだった。輝くのは彼の頭頂部ばかりである。何故なら私を含め、この場の人間はつかれていた。変態・ショック。直接的にもやってくるが、忘れたころに時間差でやってくる追撃的精神的脱力感に見舞われ始めたのである。
「……そうですね。今日は魔術も多用されましたし……姫様には早く休んでいただきたいところです」
死んだ瞳のままソレイラ殿が同意したのが決定打だった。学院長室に集まった五人は始まりの勢いが嘘であったかのように静かに、解散した。放課後になってから変態との遭遇、そして説明会と随分な時間を過ごし、すでに夕暮れ。校内を横切り、私たちを待つ校門の馬車までの道を並んで歩けば、さほどの時間もかけずにたどり着く。馬車は三台。シルヴィナ様とソレイラ殿を待つヴァルキアのもの、ジルを待つ王宮のもの、私を待つランスリー公爵邸のもの。
軽く挨拶を交わしあって、常より何倍もあっさりと、まず馬車に乗り込んだのはシルヴィナ様。それをしっかりと支えながらも見守ったソレイラ殿が次いで一礼をして馬車に――と、ここで。
「ランスリー公爵令嬢」
彼女は馬車へのステップに足をかけようとして、ためらい、そう私に声をかけてきた。私は小首をかしげる。そして言われた言葉は――
「……どうして、あの時……私を待ったのです? あなた様であれば、あの者たちを二人まとめて相手に、できたでしょう」
苦いような、困ったような声だった。私は一瞬何のことか理解が追い付かなかったが、すぐに気づいた。……彼女が言いたいのは、筋肉だるまをしとめた私が、魔術狂の始末をソレイラ殿に任せた、あの一幕のことだ、と。