6/39 天才、
問い。変態の功績とはなんぞや。
……その答えは、大きく分けて二つある。一つは学院に雇用されてからのもの。そしてもう一つは、学院雇用前のもの。
「前者はわかりやすいですわ。昨年一年での学生たちの能力の向上。これですわね。魔術・体術の技術向上、差別意識の緩和、統率力および指揮・状況判断能力の獲得、派閥間緊張の緩和」
つらつらとあげれば、ソレイラ殿の顔には「どうしてそんなことに」とはっきり書き出されていた。というかそのままそっくり口からその疑問が言葉で飛び出した。どうしてだろうね……? そんなことはだれも狙っていなかったのに。うん、まあ、程よい敵であり、程よく憎めないキャラであり、絶妙に実力伯仲に持って行ってくれるせいなのかもしれない。多分。きっと。……その補足は学院長がしてくれた。やんわりとオブラートに包んだふんわりしたお言葉で。うん、頑張ったね、学院長。努力の甲斐あってソレイラ殿は何となく理解はしたようだ。ともかく。
「それで、もうひとつ。後者はかれらのかつて、ですわ。それはランスリー家に雇われるよりも以前のお話です」
話を戻せば、ソレイラ殿の視線は私を射抜き、先を促す。私はどこからどう話したものかと数瞬考え――そして言葉を紡ぐ。
「……ソレイラ殿。あなたは身体強化を使われていましたね」
「は? はぁ……それが……?」
瞬き、いぶかし気なソレイラ殿。私は淡々と続ける。
「……その身体強化を極め、魔術として確立し、広めたのは……ディガ・マイヤー師ですわ」
すなわち、変態師匠連の、筋肉だるまの方である。驚愕、というのが正しい表情をするソレイラ殿。その視線は私、ジル、学院長、そして私とさまよう。
「は? ……え、それは、いえ、確か二十年ほど前に……、確立されたとは知っていましたが、」
困惑あらわなソレイラ殿。瞬き、いまいち理解できない表情でシルヴィナ様はソレイラ殿と私を交互に伺う。私ははっきり、うなずいた。
「ええ。マイヤー師です」
「けれどそんなことはどこにも! そう、文献には違う方の名前が!」
バッと、ソレイラ殿は顔を上げた。そしてその言葉は正しい。
「ええ。そうですわね。文献上は」
「……事実は、違うと?」
ソレイラ殿は私が強調に込めた意味を正しくくみ取る。
「ええ。かつて、身体強化はもっと効率が悪くとても実戦で使用できたものではなかったそうです。それを良しとしなかったマイヤー師が己の全身全霊を持って仕上げたのが現在の形……ですが、まあ、彼はあの通り肉体美と筋肉にしか興味がありませんし、一度はその愛が行き過ぎて実家を追放されすらしてますわ。文献に載っているのは、彼がとった(そして後日逃げられた)弟子の中の一人ですわね。ご本人はもちろん訂正されようとしたけれども、マイヤー師の『面倒だからこのままでかまわん! それより筋肉だ!』で一刀両断されたそうですわ……」
良くも悪くも、己の欲望に忠実で一途な変態なのである。あれは私にも衝撃の事実だった。国王にとっても衝撃の事実だったらしい。「変態なのに!?」とか叫んでいた。本音が駄々洩れすぎてこの国主、大丈夫だろうかと不安になった。
なお、そんな私の言に現在進行形でソレイラ殿はまだまだ困惑しているが、それでは話が進まないのでサクサク私は先へ進むことにする。
「――それから、もう片方も……春、シルヴィナ様たちも使われていた、『転移門』。多くの貴族が移動に多用しておりますわね。その技術を開発したのは、ノーウィム・コラード師ですのよ。それまでは転移門は少人数での移動しかなしえない、小規模なものしかなかった。それを覆したのが、コラード師。……こちらは研究開発者にきちんと名を連ねていますから、調べればわかるはずですわ」
サクサク進んだところ、「は? ……は?」と言語が成り立たなくなってきたのでそろそろソレイラ殿もキャパオーバーなのかもしれない。うん。情報過多だろうが、説明を求めたのはソレイラ殿だ。
「……まあ、それぞれいろいろとなしえはしたものの周りがついていけないし、なのに周りにぐいぐい行くし、という社会生活不適合の烙印を押されて職場から干されたのですけれどね」
ついでのようにこぼせば、そこだけははっきりと、そうだろうな、という顔をしたソレイラ殿。私とソレイラ殿が通じ合えた瞬間だった。
なんであれ、事程左様に、実績があるので解雇できない、というのを突き付けることには成功した私である。しかしソレイラ殿はキャパオーバーぎりぎりながら、それでも言いつのった。
「しかし、それでも、生徒や保護者の不満はどうしようもないでしょう……」
声に力がない。彼女もつかれているようだ。けれど、彼女の望む答えを私は返せないので、これまた事実を述べるのである。
「……生徒たちは案外、順応性が高いのですわ。というか……苦情が貴族の保護者から上がったのですけれど、当の生徒たちが猛反発しましたの。己の実力の向上を著しく感じていたのでしょう。打倒変態に燃えに燃えておりますわね。むしろ、変態を解雇すれば生徒からの不満が膨れ上がることでしょう。それもあって、彼らは解雇の道は初めからなかったのですわ」
「ソウデスカ」、と返したソレイラ殿の声は、それはもうからからに乾いていた。