6/36 被害者たちの弁明
私の腕にしがみつくシルヴィナ様、それをなだめる私、そんな私たちを鉄壁笑顔で見つめるジル。ここだけ世界が絶妙にずれているのではないだろうかという光景だが、一応これでも私たちはまじめに目の前で展開されているソレイラ殿と学院長の一騎打ち……違った、話し合いに耳を傾けている。シルヴィナ様が、学院長の先の問いにうなずいたことからも、それは明らかであるだろう。
そして今現在も、そんなソレイラ殿と学院長のお話は進んでいるのである。
「確かに、お話は伺っておりましたが、見るのと聞くのでは随分と違いました。……学院にあいさつに赴いた時も、理由をつけて顔合わせを先延ばしにされておられましたね」
ざっくりソレイラ殿が切りつければ。
「そうですな」
涙目が嘘かのようにひらりと学院長が受け流す。ピクリ、ソレイラ殿の眉がわずかに動き、怜悧な光をたたえた瞳の力が強まった。
「……認められるのですね。……故意であったと」
「まあ、こうなってしまったからには、偽るつもりはありませぬ。正直に語るはせめてもの誠意と思っていただけませぬか」
好々爺かのように眉を下げるは学院長、やくざの取り立てのようにもはやがんたれているといっても過言ではないのはソレイラ殿。
「誠意と語るのであれば、せめて顔合わせくらいはさせてくださるべきであったのではないですか。―――それでも、私どもはメイソード王国の方々、を信じておりました。ですから、『彼ら』の話を聞いた時も、実質的にケガなど被害を負うことはないのであろうと思っていたのですが?」
ここで、学院長はわずか、遠い目をした。その意味を察した私とジルも、たぶん、遠い目になった。
「……ごもっともですな」
「ならばっ」
力のわずかにしおたれた学院長に、ソレイラ殿はたたみかけようとする――が。
「……彼らが『特殊』でなければのお話ですがの」
遠い遠い、それはもうはるか遠くを見つめる目で、学院長は言った。
「……『特殊』?」
ソレイラ殿の顔には、はっきりと「はあ?」と書いてあったし、「あれが特殊なのはわかりきっているし、むしろあれが特殊でないなら何が特殊であると?」とありありと語っていた。なんて素直な顔面なんだろうと思った。でもその気持ちはすごくわかる。学院長にも分かったのだろう。遠くを見つめる瞳を、若干、わずか、逸らした。
「ご覧になって分かったと思いますがの、ノーウィム師、コラード師は独特の感性をお持ちの先生方……シルヴィナ皇女やジッキンガム卿をはじめとした護衛の方々に引き合わせれば、暴走するのは目に見えておりました」
ふふふ、と小刻みに震える学院長。「はあ……」と相槌をうったソレイラ殿はここにきて若干引き気味である。しかし学院長は小刻みに震えながらテカリと頭を輝かせ、ついでに瞳も光らせて力強く続けた。
「で、あるからして! 段階を踏むつもりだったのです。春と夏は彼らが元気になる季節ですので……秋に、万全の警護の布陣を敷いたうえで顔を合わせていただき、徐々に互いの存在に慣れていただくようにと既に上層部での話は進んでおりました!」
その前にあの者共が暴走しましたが! と、舞台演説かのごとく語りはじめてしまった学院長。「なる、ほど……?」と実に微妙な反応をしているソレイラ殿。温度差で風邪をひきそうであるがそんなことはオンステージな学院長には関係がないのであろう。
「こちらの準備が整いきっておらず、対応策も固まっていなかったのはこちらの落ち度でありましょう。重ねて謝罪いたします! ……ですが、時間がなかった、実情もわかっていただきたいのです。……なぜか、彼らに対応するうえで重要である、シャーロット嬢に話が通るのが遅かったもので」
心底なんでかわからんと言いたげな学院長におそらくは悪意はなかった。そして悪意がなかったからこそ鋭利にその言葉はヴァルキア主従をえぐったらしい。
「うっ」
「ううっ!」
学院長に対峙していたソレイラ殿だけではなく、私の腕にしがみつくシルヴィナ様までが被弾してうめき声をあげていた。なぜって……うん。まあ、そもそも、実はこの留学自体が割と強引かつ急に決まった話であるというのは調べがついていたりする。通常はもっと時間をかけるのだ。……箱入り皇女の留学、しかも編入、しかも長期なのだ。それこそ半年ほどかけて準備をするものなのだが、その半分の準備期間もなかったときりきり働かされて干からびそうな国王から聞いている。まあそれにも理由があるのだということまで我らが有能なる『影』さんたちは調べ上げてきたのだが、それは今は割愛しよう。
そんなこんなでそもそも時間も余裕もなかったのに、そのうえ私に情報が渡ったのは春休み、もはや学院が始まるのも目前の時期。その理由はシルヴィナ様のロマンを追求する心。うん、反論できないだろう。二人とも根本的な常識自体はあるから、余計に。
うめき声をあげた二人は不思議そうな学院長からそれはもうこれでもかと目をそらしている。正直である。なお、全てを察しつつうめき声など私は聞かなかったことにしたが、ジルは鉄壁笑顔のまま鼻で笑った気がしないでもない。そんなことはしていませんとばかりに涼しい美麗なご尊顔だが、シルヴィナ様が疑いと恨みのこもった目でジルをにらみ上げている。……私を挟んでじゃれあうのはやめていただきたいものである。
「――ごほんっ! それは、そうかもしれませんが!」
と、強引に話を変えたのはソレイラ殿であった。
「だからと言って『彼ら』は常軌を逸しています! そもそも、なぜ、あのようなものらが教職についているのですか!」
あんまりな言いざまである。しかし否定できない叫びであった。かくも本日、本来寡黙なソレイラ殿はよくしゃべり、そして正直である。きっと変態ショックが抜け切れていないのだろう。哀れである。
「それは――」
そこで、学院長は困ったように、再度、私を見た。私は……