6/34 その暴虐を撃滅せよ
たん、と私は跳躍した。風、そして闇魔術を使用して高く高く。そして、叫ぶ。
「ソレイラ殿! そこの魔術狂を頼みましたわ!」
ハッと、ソレイラ殿が一瞬だけ私を見上げた。変態の相手に必死だった彼女はたった今、私の存在に気づいたのであろう。驚愕が浮かんでいる。
対して、私の登場にうれしそうなのは変態を含む残りの三人である。
「ぬう! お嬢が来るか!」
「ふほほおほほほひほほほほほ、これは美しい魔術のかほり……」
「お姉さまああああああああ!」
シルヴィナ様に至ってはもはや半泣きで助けを求めている。私は魔力を収束し、準備を始めた。ソレイラ殿は一瞬。迷ったような、戸惑ったような、悔しいような複雑な顔を見せたが―――――それどころではないと切り替え、最前の私の叫びに従って、筋肉だるまの剣戟をするりといなして、魔術狂を抑えにかかった。
ひらひらとよける魔術狂、シルヴィナ様をかばいながら攻撃するソレイラ殿、相変わらず魔術滅多打ちのシルヴィナ様。そして、突如放置され、ほんの一時だけ、その場に取り残された形になった筋肉だるま――――。
私はその隙を、見逃さない。
「風と水よ―――――拘束せよ! 封印氷牢!」
もうすでに、準備をしていた。発動にはコンマ一秒とかからない。危機を感じた筋肉だるまは筋肉を膨張させ、身体強化を試みるが――それを間に合わせるほど私は愚鈍ではない。
カシ、カシン、パキキキキキキ――――――!
演習場の気温を一気に下げる勢いで氷が出現、ディガ師匠を中心にして収束する。ディガ師匠は氷をはじき、もがくが、それよりも氷の収束の方が速い。
そうして、早急にオブジェ(変態入り)が完成したのである。
「まずは一人目――」
と、つぶやきながら私は身をひるがえし、地上へと舞い降りる。そしてそれは正しい判断であった。筋肉だるまが仕留められたのを知った魔術狂の大規模魔術・土石流がソレイラ殿を狙ったついでに、先ほどまで私がいた方にも飛んできたのである。遠慮のかけらもなければ容赦もない一撃であった。彼は本当に教師だろうか。いや、変態は己が楽しむためだけに相手の力量を正確に見極めるという特技を有する。私とソレイラ殿には、全力魔術でも問題はないと判断したがゆえではあるのだろう。事実、ソレイラ殿はシルヴィナ様を見事守り切っているし、私にも傷はない。
だがしかしそれでも私は公爵令嬢であってシルヴィナ様とソレイラ殿は隣国皇女主従である。追いかけまわしておいていまさらかもしれないが、この変態たちの頭の中には『外交問題』や『常識』やら『礼節』の単語は入っていないのだろうか。すべて魔術と筋肉で埋め尽くされているのだろうか。……知っていたが、改めて思い知りたくはなかった事実である。
――と、そんなことをいつまでも考えている暇はない。目配せをすれば……するまでもなく、変態が一人に減ったことを知ったソレイラ殿は剣を一閃、大きく魔術狂を引かせる。その隙にシルヴィナ様を連れて一気に安全圏まで下がった。それを見て取って「ひょっほほほほほ! 逃しませんぞお! とくとみせていただきますぞお! ぬほほほほほほ!」と奇声を上げて魔術を放とうとした魔術狂。「いやああっぁぁぁぁぁあああああ!」と上がるシルヴィナ様の悲鳴。
けれど、ノーウィム師匠の魔術がシルヴィナ様たちに到達する前に、割って入った私は蹴り飛ばすようにしてそれを霧散させた。もちろん足には結界を施している。私の肉体は繊細なご令嬢なのである。
「お姉さまあ!」
「ふむむ! やりますのぉ! 磨きがかかっていますのぉ! まとめて、研究したいですのぉ!」
背後からはシルヴィナ様の安堵の声、前方からは懲りない変態のこの期に及んであきらめていない発言。
「お黙り変態! 地に帰れ!」
そして始まる、大魔術合戦。奴が土ならこちらは水、奴が火ならこちらは雷、奴が風ならこちらは土……と攻防は続く。しかしあまり時間はかけられない。変態は氷に封印されたくらいではくたばらないので、もうしばらくすれば筋肉だるまは復活するだろう。それまでに仕留めなければならないが、魔術を得手とし、防御に優れているノーウィム師匠だ。決定打になるのは殲滅魔術だが……ふむ。事前に散っていた増援部隊が私とノーウィム師匠を結界で取り囲み、周囲への影響を防いでいるのを確認する。
――そして……見えたものに、私は、笑った。
「……今よ」
つぶやいたのと同時。
魔術のぶつかり合いの間隙、呼吸を継ぐ一瞬、興奮した変態の意識の向こうから。轟音、そして一瞬の静寂。
端的に言うと魔術狂は吹っ飛んで、静かになった。
そう。シルヴィナ様を増援部隊に預け、気づかれぬように背後に回ったのは、ソレイラ殿。ぎりぎりまで気配を殺し、全ての怒りを込めた彼女の渾身の殴打が、背後からノーウィム師匠を吹き飛ばしたのだ。
「姫様を怖がらせるなど! この変態めが! 身の程を知れ!」
高らかな怒りの叫びが、演習場にこだました。