6/33 出撃、あるいは降臨し、
「現状は把握しましたわ。私が出ます……先輩方は、救護の用意を」
私は増援部隊の上級生に指示を出した。私の方が下級生だが、指示を出した。堂々としたものである。なぜならばこれはよくあること、そう学院の日常風景の一つなのである。「いいえ、日常風景に成り下がってしまう以前、最初からあなたは威風堂々と遠慮のかけらも見当たりませんでしたよ?」といつだったがジルに言われた気もするが、まあどうでもいいことだろう。
なぜならば。
「はっ。『学院の救世女王』様がお出ましだ! 総員、救護支援体制に!」
このように実に彼らは素直だからである。軍隊のようだ。蝶よ花よと育てられた、貴族令嬢令息であるはずの彼らがここまで洗練されてしまった昨年一年の激戦の歴史が垣間見えるようである。
「ありがとうございます。今日はコラード先生とマイヤー先生がそろっていらしたので、私たちではまだ力不足……学院五強の皆様も本日はシャーロット様しか残っていらっしゃいませんでしたし……」
そうして彼は眉を下げた。ちなみに、『学院五強』とは、私を筆頭にエル、エイヴァ、ジル、ラルファイス殿下である。名を連ねた全員が下級生に属しているという事実はこの際どうでもいい。プライドなど身の安全を切望する本能の前には糞ほどの役にも立たないのだ。変態の前には実力がすべて。変態も変態で実力があるものからその変態行為を仕掛けていくのだからまあ、ある意味仕方がないともいえる。
つまりは、対変態に駆り出されるのもそもそも変態が変態化する原因も、この中のだれかということが多く、逆に言うならば教師すらも音を上げる変態どもへの対処にこの五名のみが単独対処可能であるところからいつの間にやらそのようにまとめて呼ばれるようになったのである。
なお、実力ゆえに五強に名を連ねているが、対変態戦では実質あまり役に立たないのがエイヴァである。奴は強い。私の次に強いだろう。それはゆるぎない事実であり自他ともに認めている。
だがしかしこの春、ようやく敬語を使用し、他人との健全なコミュニケーションの一歩を踏み出したあの『魔』には、いまだ配慮も手加減も存在しない。心行くまで、奴は楽しげにうれし気に変態を駆逐はするだろうし、それでくたばる変態ではないのでそちらは問題ないが、学院は更地になるだろう。そんなハイリスク破壊兵器な諸刃の剣はお呼びではないのである。
それはともかく。
隊長の指示の下、さっと持ち場につくべく散っていった増援部隊。彼らは動き始める前にきりりと表情を引き締め、言った。
「はっ! すぐに持ち場に! それでは、お願いいたします、学院の救世女王様!」
見事な敬礼であった。そして私の近くにいた隊長である上級生もさっと己の持ち場につくべく敬礼をして去ろうとしている。それを私は見やり、けれど最後に呼びかけた。
「身の安全を第一にしてくださいね。結界を忘れずに。それと――――」
「なんでしょうか?」
「私を、『学院の救世女王』と、呼ばないでと皆さんに言ってくださいね」
にっこり、私は笑った。そしてそのまま、返事を待たずにさっと飛び出す。長々と問答をしていられるほど、悠長な状況ではないのである。「えっ!」だか「はっ!?」だかの奇声が背後から上がったような気もするが、幻聴だろう。
私は断じて『学院の救世女王』ではないというのになぜ彼らは当然のように連呼するのだろうか。しかも敬礼付き。そしてその顔は真剣そのもの。大真面目である。これはそろそろ学院に盛大なテコ入れをして矯正すべきなのかもしれない。この場で彼らを張りたおさなかった私はとっても優しいうえに鉄壁の理性の持ち主であると自賛しよう。
――まあ、それはいったんおいておくのだけれども。
私は思考を切り替えて、眼前でまだまだ繰り広げられる変態の餌食になるか変態をぶちのめすかの真剣勝負兼、広大な演習場を命いっぱいまで使用しての追いかけっこに集中する。私が単独で加勢に入るのは難しくないし、ここは演習場。授業以外では使用しないことになっている殲滅魔術も、この場では許される。
しかしいかんせん、現状のW変態とヴァルキア主従の力が拮抗しており、その距離が近い。近すぎて、殲滅魔術で一気呵成に仕留めるにはいささか不都合である。殴る、あるいは限定規模の魔術でつぶすには一人ずつということになってしまう。できなくはない、しかしそこは実力だけは高い変態が二人そろっているということが問題だ。片方をしとめる間にもう片方が迎撃に出ることは想像に難くなく、奴らの連携が完璧であることはランスリー家勤務時代から折り紙付きである。なぜならば、彼らは私とエルの戦闘訓練授業を出汁にして連携技術を深めていったからである。なお、それがゆえに私の力量はある程度変態たちに筒抜けとなっている。……まあそれは逆もしかりではあるが……。
ともかく、二人そろっていた場合、威力や範囲限定の攻撃でやすやすとやられてくれるほど彼らは甘い相手ではないのである。
さて、どうしたものか、と私は一瞬だけ考え、そして、決めた。