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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第六章 世界の澱
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6/32 混沌、あるいは喜悲劇の、


 光の速さで駆け抜け、無駄に広い学院内を一瞬で走破したどり着いた第三演習場。そこで繰り広げられていた光景は、端的に言うと混とんの極みだった。演習場、その中央。混とんを繰り広げる者たちは四名である。その四名はそれぞれがそれぞれに、絶叫していた。


「いいいいいやあああああぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁあ! 来ないでくださいまし、来ないでくださいまし、消えておしまいなさいましいいいいいぃ!」

「うわあああああぁっぁぁぁぁぁ! ひ、姫様に近寄るなああああああああ!」

「ほほほほほほほほほほほほ、魔力が、視えますのぉ、来ておりますのおおおおお!」

「ふははははははははは! きかぬぅ! この筋肉の前にはすべてが無力ぅ!」


 まずヴァルキア主従、その主の方。彼女は半狂乱に泣き叫びながら全力疾走し、かつ彼女の持つ適性魔術『風』と『水』で滅多打ちに攻撃を繰り出しまくっていた。水の槍、風の刃、水の蛇、風の矢……等々。


 しかし受ける変態師匠連は変態だった。


 ノーウィム・コラードこと魔術狂は爺と思えぬ脚力を披露しながら、滅多打ちに打ち出される風や水の攻撃を、恍惚と見つめ、待ち受け、受け止め、……食った。あたかもパン食い競争のパンを華麗に紐から食いちぎるかのごとく、食み、かみしめ、味わっていた。彼は、果たして人間なのだろうか。


 そしてディガ・マイヤーこと筋肉だるまを見れば、こちらも全力疾走しつつ、ふんっふんっと鼻息も荒く筋肉を膨張させ、その天然の鎧にて全ての攻撃をはじいていた。水しぶきの中煌めくその強靭な肉体にはいささかの傷もみられなかった。彼も、果たして、人間なのだろうか。


 一方ヴァルキア主従今度は従の方。彼女は護衛らしくシルヴィナ様の背中を守るように駆けながらも、腰に佩いた長剣を抜き放つ。ひらめく白刃、それは変態どもに襲い掛かり、火花を散らす。ソレイラ・アキト・ジッキンガム。彼女は女性剣士としては珍しく、剛剣の使い手である。押して、押して、押して、押し切る! 細身の女性、どうしても男に劣らざるを得ない肉体的ハンデを負ってなお、それを可能にさせているのは、無属性魔術に特化した彼女の才能である。無属性には適性があるかないかではなく、使えるか使えないか二つに一つのものである。しかし魔力量がさほど多くはなく、属性魔術は適性あるものであっても得手ではないソレイラ殿はあえて無属性魔術を極めた結果、今があるのである。――そう、身体強化による身体能力の大幅な向上。それが彼女の戦闘スタイルを支えているのだ。


 しかし! それを受ける変態どもは、やはり変態であった。


 魔術狂は爺とは思えぬ身軽さでひらりひらりとかわし、時に魔術で壁を作り出し剣戟を退ける。その目はじっとソレイラ殿とシル(獲物)ヴィナ様に向けられてそらされることがない。魔力循環を感じ取り、恍惚とほほを染めている。


 そして筋肉だるまに至っては、ソレイラ殿の腕前に涎をたらさんばかりに興奮して、打ち合っている。主な火花の発生源はここである。


 ……ちなみに、筋肉だるまもソレイラ殿と同じ、魔術が得手ではないが無属性魔術を極めた、という変わり種だ。ゆえに彼もまた、その戦い方は押して、押して、押して、押し切る。これである。身体強化の使い手であることも同じではある。ただ、現状筋肉だるまは純粋に筋肉によってはじけているのであって、魔術は使用していない。つまり、早く仕留めねばもう一段階、奴は進化する。今であっても身体強化を施したソレイラ殿とほぼ互角の膂力に筋肉の鎧は堅牢で、指をワキワキとさせて今しもソレイラ殿とシル(獲物)ヴィナ様にむしゃぶりつきそうな勢いである。気持ちが悪い。


「「っっぎゃあああああああああああ!」」


 もはや淑女と思えぬ切羽詰まった叫び声である。


 そんな、変態二名とヴァルキア主従が繰り広げる追いかけっこ、そして何とか止めに入ろうとしながらも、あまりの魔術の乱舞に割って入れぬ増援部隊。響き渡る悲鳴と奇声。混とんの出来上がりである。……なお、第三演習場管理者は力尽きて隅の方で脱落していたのを回収されていた。でも多分、彼が隙を見て外にこの状況を知らせ、私にまで情報が回ってきたのだろう。


 演習場外部では被害拡大を防ぐために、内部に居合わせたものの避難と、変態どもを逃がさず、また外から犠牲者を近づけないための包囲陣が着々と出来上がっている。


 ――そうしてこれらを、到着してから一瞬にして見て取った私は、滑るように闇から踏み出す。間に合ったが、ギリギリだった。変態どもを、早急に駆除せねばならないだろう。


「あ! シャーロット様!」


 変態どもとヴァルキア主従の攻防に割って入る隙を探していた、増援部隊の隊長と思われる上級生がさっそく私に気づいた。彼の声に周囲も反応し、さっと私に視線を走らせ、隊長までの道を開ける。洗練された動きである。思わぬ上位指揮官の訪問を受けた前線基地の軍隊のようだ。


「ご足労をおかけいたします……! ですが私たちだけではもはやどうにも……護衛騎士殿も手練れ、皇女殿下もまだ魔力が尽きないご様子で……安易な突入で乱闘にでもなれば余計な被害を生み出しかねません」


 ささっと私の近くに来ると現状の説明をする隊長たる上級生。私はなるほど、と一つうなずく。


 確かに、風の魔術の使い手であるシルヴィナ様は言わずもがな、身体強化の使い手であるソレイラ殿も、それを追う変態どもも人体の限界を超えた速度で駆け回っているうえに、魔術に剣術とすさまじい。それもぎりぎりの攻防戦だ。迂闊に近づいてヴァルキア主従の集中力が乱れれば大惨事必至だろう。


 増援部隊の顔には一様に焦りが浮かんでいる。私はこくり、もう一つうなずいた。






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